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2019-11-09 / わたしの好きな街と仕事

大変ご無沙汰しております。公式サイトのブログはもちろん、Instagramまで投稿が滞ってしまいました。Twitterだけは「いつ寝てるんですか?」と真顔で訊かれるほど更新していますが、あれはね、寝ながら寝言をつぶやいてるんですよ。意識してSNSと距離を置いているとか、とくに深遠な意図があるわけではなくて、9月の日本出張からこちら……まったく慌ただしく過ごしており……文字通り、涙目で起床してはそれを拭う間もなくベッドに倒れ込む繰り返し、時間的余裕がなく、精神的な余裕もなくなり、さすがに無理、と思っているうちに10月が終わってしまいました。ちょこちょこ遊びに出かけたりはしていたけど、誰とどこで会って何をして楽しんだのか時系列がまったく思い出せない。

そんな合間にも、各種新プロジェクトが続々進行中です。一冊目の本『ハジの多い人生』の文庫化が正式に決まりました。今からどんなふうになるのか楽しみ。そして、立て続けに既刊の海外翻訳出版も決まっています。早く現地の友人に自慢したいのだが、グッと我慢……。

解禁できる情報としては、12月にポプラ社から刊行される、SUUMOタウン編集部のアンソロジー『わたしの好きな街』に参加しています。「SUUMOタウン」はリクルート住まいカンパニーが運営するオウンドメディアで、以前書かせていただいた「四谷」にまつわる思い出語りに加えて、2019年に再訪したときの追記をちょこっと書きました。入稿は無事に片付いたけど、この本のためだけの書き下ろし語り下ろしもたっぷりなので、私もまだ全容を知らないんですよね……。手に取るのが楽しみです。

 



『わたしの好きな街 独断と偏愛の東京』
SUUMOタウン編集部(監修)

発行:ポプラ社
四六判 256ページ
定価 1,400円+税
ISBN:9784591164822


青春という言葉は嫌いだけど、
語るべきことはあの街にあった。
酸いも甘いも詰め込んで、
総勢20名が本音で書き、語る。
東京で暮らすこと、働くことのすべて。
住めば都? 実際どうなの?
あなたの「住みたい」を後押しする極上のエッセイ集。

【エッセイ】
雨宮まみ『都会と下町、まるで違う二つの顔を持つ街「西新宿」』
岡田育『昼はコドモ、夜はオトナのものとなる「四谷」――飲んで飲まれて歩いて帰れる街で暮らした日々』
ひらりさ『「実家脱出ゲーム」を成功させるために――三十歳おひとりさまライターが語る「東新宿」』
枝優花『「高田馬場」ゴミロータリーで過ごしたかけがえのない時間』
九龍ジョー『社員(シャイン)オンユー東中野』
夏目知幸『先行きなくともただひたすら楽しかった 東高円寺でのその日暮らし』
カツセマサヒコ『何者にもなれない僕が「荻窪」にいた』
美村里江『世田谷代田の秘密基地――「役者の色」に染め直してくれた夕日と住宅街の景色』
山田ルイ53世『一発屋であることを呑み込んだ「中目黒」』
ヨッピー『渋谷のヤクザマンションの話――僕が繁華街に住むことをおすすめする理由』
山内マリコ『吉祥寺で過ごした二十代は悲惨だった』
もぐもぐ『自由とカオスと町田』
pato『僕には八王子という“距離”が必要だ』
小野寺史宜『ノー銀座、ノーライフ――この街に住むことをあきらめない』
pha『東京に住んでいるのは嘘なんじゃないかって今でもときどき思ってしまう』

【上京物語】
みうらじゅん『東京で暮らすなら、いつも心に「不真面目」を』
東村アキコ『家賃を稼がなくちゃいけないから、ここまで描いてこられた』
鈴木敏夫『ジブリの秘密は“4階”にあった――「時間と空間」をめぐる五十年』
他、加藤一二三、赤江珠緒へのインタビューも収録。

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784591164822

 


忙しいのは別にネガティブな話ではなく、おかげさまで日米の二重生活が調子良く軌道に乗ってしまった、というだけのことです。今夏はグラフィックデザイナーとしては実質無職で、その空き時間を使って文芸誌で月刊連載を始めたのですが、これも「隔月じゃないと絶対に無理です!」と訴えていたのを敏腕編集者が「まぁ、時々休んでもいいですよ〜」と笑いながら言う口車に乗せられているうち、あれよあれよと月刊進行が定着してしまい、落とすわけにはいかない空気に。なんで今月号にも無事に載っているんだろう。不思議。編集部に信じられない負荷をかけているはずだし絶対無理だと今なお思ってる。でも有難いことです(ごめんなさい)。

で、そこに突然、通常の倍くらいの回転速度で進行する上に思ったより長引く新規クライアントの仕事が入ったと。そりゃあ首が回らなくもなります。9月に日本で会った人たちの大半に「秋冬はめちゃくちゃ暇なので〜」と言っていた、あれは何だったんだ。ただの嘘でした。思い返せば本当の意味で暇になったことなど一度もない人生である。一週間の九割九分を狭い自宅でパジャマ着たままPCに向かって作業しているうちにメールの返事を10日止める、みたいなことを繰り返していたらあっという間に二ヶ月。まるで褒められた働き方ではないが、なかなかに充実している。

現在進行形で具体的に何をしているのかは秘密保持契約の都合で書けないことが多いけれど、大学で勉強したデザインスキルを活かし、引き続き「何でも屋」を続けている感じです。最初は下請け臨時雇いのデザイナーとして採用され、途中からバイリンガルのコピーライター職や、イラストレーターの役割も任されるようになり、そのうち決裁権を持つ人の相談役のようになって、自分が作ってないものにまで口出してブランドコンサルタントとして報酬が出るようになる……という流れを幾筋か経験して、だいぶ自信がついた。取引先はもっぱらスモールビジネス。フルタイムで雇うより安くつくし、先方も「何でも屋」に頼めたほうがラクだよね。我ながら便利よ。とくに営業をかけていないのに、似たような問題を抱えた依頼主がやって来るのが面白い。それで一人称に「we」を使いながら、自分が所属していない会社組織のことを渾渾と考え続ける、探偵や傭兵や軍配者のような暮らし。

ちなみにこれ、日本においては多分、いつまで経っても最下層のジュニアレベルデザイナーとしての給料しか出ないですよ。職場における茶飲み話でどれだけ画期的なアイディア出そうとも、誰か前任者のマズい仕事ぶりにメスを入れてゼロからクリエイティブをまるごと作り直してやっても、気の良い上司が自腹で一杯奢ってくれたらいいほうで、考課査定の範囲外。そういう目で見ると私は「経験二年のパート」だし「35歳以上」だから雇い止め一直線。日本ではできなかった働き方だ。何故なんだろうな。

新卒サラリーマンとして働いていた編集者時代、別の業界にいる目上の社会人から「ちょっと君の意見を聞かせてよ」と喫茶店に呼び出されて、新商品やサービスのプロトタイプについて相談に乗ることがよくあった。こちらへ来て初めて、「あれ、コンサルティングの仕事じゃん! ミーティングについても分刻みで時給百ドル単位の請求書を立ててよかったんだ!」と知りました。ようやく。遅いよ。なくそう時間泥棒。もぎ取ろう副業収入。減らそう実働時間。脳味噌は毎日フル稼働だし、加齢に伴って徹夜作業はきかなくなってきているけど、でも、昔と違って身体は壊さずに済みそうですね。引き続きうまく回せるようになりたい。

2019-09-02, 09-03 / 石川禅5thソロコンサート

■はじめに

 今年もまた行ってきました。地球の裏から飛行機とばして、世界のどこでも観られない唯一無二のソロコンサート。前回4thの感想では「もう(しばらく他の活動を休んでもいいから)CD出そうよ」と結論づけていましたね。しかし、そんなものまったく出る気配がないまま一年が過ぎ、それでもソロコンサートは続いていくのです。今回の総括は、

「禅ちゃん、君は永遠の驚きだ!!」

 に尽きます。ミュージカル『ラカージュオフォール』日本版で、ジョルジュが長年連れ添った連れ合いのアルバンに対し、驚き呆れると同時にメロメロに惚れ直して口走る言葉ですね。タハーッ、と溜息つく鹿賀丈史のジョルジュが超かっこいいやつ。アンコールのラストまで観て、同じことを叫びたくなったお客さん、多いと思う。

 2018年に開催された第四回目のコンサートは本当に非の打ち所なく完成度が高く、それまでの実験的な三回を踏まえた「集大成」という印象だった。でも、五回目を観てやっとわかった。フロントマンの石川禅、プロデューサーの梶浦氏、YUKAさん率いるバンドとその他スタッフの皆様、この人たち、とにかく「新しいこと」がしたいのだ。普段はできないことがしたい、今までに見たことないものを見せたい。客席をびっくりさせたい。

 言い換えれば、二度と同じことをする気は、さらさらないのであろうよ。なぜならこれは役者・石川禅による長い長い「一人芝居」のシリーズプロジェクトであり、毎回のセットリストは、いつも書き下ろしの「新作」だから。この一年、「4thの全編をそのまま真空パックしてCDやDVDにしてほしい」と願い続けていた。それは当然「もう一回観たい」「繰り返し観たい」という意味だ。しかし、あー、そうか、当面そんなこと許してくれないんだね、タハー……。と、打ちのめされて帰って来た。

 第一回の感想はこちら: https://okadaic.net/archives/1561
 第三回の感想はこちら: https://okadaic.net/archives/2906
 第四回の感想はこちら: https://okadaic.net/archives/4063

 前回の感想、ものすごくズレてたんじゃないかな、と己が不明を恥じましたよ。このかけがえのない一回性、再現不可能性こそが「ひとり劇団・石川禅」の存在意義で、同じセットリストで何度も似たような公演を重ねる気なんか、ないんだな。でも、やっぱり「スターズ」だけはテンドンの笑いを取りに来るんかーい! と、なんだかものすごく吹っ切れた気分で楽しめた全二回公演でした。「守破離の離」って感じ。

 毎回の感想がおそろしく長く、今回はさらに二ヶ月近く時間があいてしまい、正直、自分でもうまく読み返せないほどである。でもこれもまた、瞬間の芸術に対して私なりに筆で対抗しようと思った結果なので、今回も相変わらずダラダラ書きます。あと一応、ファンクラブ会報へのオマージュのつもりでやってんですよ。禅ちゃんのあのダラダラダラダラ長い文章を読むのが大好きなので。オタクが書いた長いもの読んで嬉しくなるオタクが書くものは長い! 当たり前!

 なんですかねこの、大好きなのにライバル視するような態度。ほとんど闘争心のようなキレ気味の意欲。やー、だって悔しいじゃない? 到底敵わないから大好きなんだけど、大好きだからコノヤロウとも思うじゃない? 面と向かった接触イベントでは「ぴゃー、素敵でしたー、あばばばばば無理無理無理無理しぬ」とかしか言えないので、ブログくらい好きに書くぞ。内弁慶なめんなよ。演じる役者が一回性を生きるとしても、観てる客は、絶対にびたいち忘れねえからな! 私は自分が何度でも何度でも何十年でも反芻するためだけに、憶えていることは全部、記録に書き残してやるぞ! 末代まで語り継いでやるぞ!


■全体のこと

 会場は3rdまでと同じ、よみうり大手町ホール。4thから据え置きのバンドスタイルで、メンバーが一人増。一夜限りのエレクトーン一台から始まったソロコンサート、古巣に堂々の「凱旋」と呼んでよいだろう。ホリプロに加えて共同主催に会場主の読売新聞社が加わり、チケット一般発売前からインタビュー記事が組まれ、都営地下鉄には「TBS日曜劇場『ノーサイド・ゲーム』で注目の!」なんて枕詞を並べた車内広告が打たれ、ものすごくちゃんとした興行に進化した印象。こうなると1stの手弁当っぷりが懐かしくもなるが、いや、断然ちゃんとしてるほうがいい。

 ちなみに私、二日目の開演前は同ビル階上の読売新聞社と中央公論新社で打ち合わせだったのだが、「看板、出てましたね〜、岡田さんの推しっていうからもっと渋いオジサマかと思ったら、意外と甘い感じのイケメンなんですね〜」(はい)「もう今日は気もそぞろで仕事の話なんかできないでしょ!」(はい)と図星を突かれ続けて宣伝効果も抜群です。音響も格段によくなっていたし、当初は不安材料しかなかったよみうり大手町ホールが、嘘のようなホーム感。ただいま。

 あと、会場花ね!! 「あなたのファン」こと紫のバラの人からの!! これも階上の会社にまで知れ渡ってザワつかせていたよ。青薔薇は不可能の象徴、なんて聞いて育ったものですが、あんなに綺麗な発色のパープルローズが贈れるんだったら、そりゃあ贈りたい……俺の、俺たちの北島マヤに……。

 ちなみに贈ったのは私ではございません。そりゃあ私だって、推しの愛読書と知って慌てて『ガラスの仮面』を読み返した全宇宙に数多いる自称速水真澄の一人ですが、別の速水真澄に先を越されてしまった。次からは有志連名で一口乗りたい。今宵このよみうり大手町ホールに地球人類の中から選りすぐり精鋭500人の速水真澄が集結している、と身の引き締まる想いでした。

 グッズは、公演パンフレット、Tシャツ、ポーチ、マスキングテープで、セットで5500円。相変わらず、安い。他に課金のしどころがないので保存用と2セット買っておいたが、なんでこんな無欲な価格設定なんだろう。ロットも万単位ではなかろうに、利益率は大丈夫なのか。案の定、大半きれいに品切れていて追加購入できなかった。次回以降はもう少し在庫置いといてほしい、俺たちは、いつもいつでも石川禅に何口でも課金したいのである。

 だって、あのクオリティでチケット代7500円だよ!? 豪華おみやげつきでも1万5000円切るってコストパフォーマンスおかしい。まぁ、下手に高額なディナーショーなんか開催されるよりは、この形式のストイックなコンサートが一番よいのですが。飲まず食わずのガチンコ真剣勝負で「一人芝居」が生のまま供されるほうが、合ってるよね、御本人に……まぁ、飴ちゃんは配られるわけだが……。

#M01:「炎の中へ」(スカーレット・ピンパーネル)
#M02:「どうやって伝えよう」(ロミオ&ジュリエット)
#M03:レベッカIII(レベッカ)
#M04:ポップスメドレー(明日があるさ〜もしもピアノが弾けたなら〜LOVE LOVE LOVE)
#M05:かもめはかもめ
#M06:オン・マイ・オウン(レ・ミゼラブル)
#M07:カフェソング(レ・ミゼラブル)
#M08:新たな生活(ジキル&ハイド)
#M09:ルーシーの死(ジキル&ハイド)
#M10:対決(ジキル&ハイド)
#M11:「愛せぬならば」(美女と野獣)
#M12:「パート・オブ・ユア・ワールド」(リトル・マーメイド)
#M13:「目を開いて」(笑う男)

#EC1:「スターズ」(レ・ミゼラブル)
#EC2:(一日目)「涙そうそう」
#EC2:(二日目)「少年時代」
#EC3:「今、この時」(ラ・カージュ・オ・フォール)


■M01:「炎の中へ」(スカーレット・ピンパーネル)

 向かって下手から、スタンウェイのグランドピアノ、白いスツールと給水コーナー、ヴァイオリン、ギター、ベース、ドラムスという舞台配置。メンバーが位置について、後から登場した禅ちゃん、おー、目新しい! 衣装スタイリングは相変わらず及川千春氏だが、タイトでダークでドレッシーにゴージャスでバッチバチにキメていた前回までとは違い、ずいぶん爽やかなジャケットスタイル。

 明るいグレーにサックスブルーの大きな一重格子縞、呼称はウィンドウペンでいいのかな? トラッドの中でも難易度高いやつですよ……!! タイは細めで、一日目が青、二日目が黒。合わせはオフホワイトのパンツ、ジレも結構明るいサックスブルー、『アリスインワンダーランド』の白のナイト役のときも思ったけど、なんであんな膨張色オンパレードをあんなにしゅっと細身に着こなせるんですか? 本体は針金ですか? 極めつけは、濃いめの紺ピンストライプの、く、く、クレリックシャツ!! 殺される……普段アメリカでモッサい男どもしか見慣れていない私、ハイパー爽やか和製コンチネンタル美中年に殺される……!! 歌い始める前からもう瀕死。

 しかも一曲目からいきなり『スカーレット・ピンパーネル』ですから。仁王立ちに笑顔、ドラムに合わせて強めのフットライトが明滅するのが美しかった。あと「稲妻よ」と歌うところで禅パーシーがパッと手を挙げると、照明がパッと稲妻を出す。シャレたおしてんなあ……。

 宝塚歌劇団在籍時の安蘭けい版のイメージが強く、「あーあのイケメン群舞祭の歌ね」という雑な印象しかなかった。パンフレットによると「安蘭けいドラマティックコンサート」で田代万里生くんとデュエットしたそうで、それも観たかったなー。しかし、あんまり意識してなかったけど、音程の上下が激しい結構な難曲ですよね。

 たった一人での独唱は新鮮。盛り上がれば盛り上がるほど、歌い手の孤独が強調される。ネガティブな意味ではなくて、ここからの90分間、大海原も稲妻も炎も、すべて自分の手で創り出し、その上で乗り越えて見せよう、という宣言にも見えて。たしかにソロコンの一曲目には向いている選曲だと思った。


■MC

 拍手喝采を受けて、一日目は緊張しまくり、二日目は割と長めだった気がするMC1回目。ようこそお越しくださいましたのご挨拶、皆様のおかげで、25周年記念の1stから早くも五回目ですよー、4thに引き続きバンド編成でお届けします云々。「ギターが増えました!」と嬉しそうに紹介。あと二日目の公演では、M1途中で起きた「放送事故」へのお詫び。でも、これについてはTwitterにも書いたのだけど、私はわかりませんでした。何箇所か入りをミスしたかな? たぶん。


■M02:「どうやって伝えよう」(ロミオ&ジュリエット)

 あちこちで感想を眺めていて、人気が高いんだなぁ、と改めて。スタッフからのリクエストも多かったそうで、みなさんよくこんな曲を思い出して選べるな! と感心した。私も『ロミオ&ジュリエット』は日本版の初演と再演、禅キャピュレット卿を目当てにずいぶん通ったが、正直、そこまで深い思い入れはなく……初演時、浦井健治ベンヴォーリオのソロに心洗われたのは大変よく憶えてるけどね……。

 しかしこれが、一曲入魂で「芝居歌」を聴かせるミュージカル俳優のソロコンサートには大層向いているのだよ。とにかく一部始終を「言葉」でうるさいほど説明する曲である。これはキャピュレット卿の「娘よ」も同じなんだけど、劇中では早トチリである「ジュリエットが死んだ」という歌詞が、作品から切り出されると物語全体を覆う悲劇として語られるのがよい。

 一日目は並行世界のマリウスが別シチュエーションで歌う「カフェソング」、というような印象の、若々しい禅ヴォーリオ。ずーっと泣きそうな目のまま口角だけを無理矢理に笑顔の形に上げながら、聴衆の胸にはただただ、かわいそう、の五文字が浮かぶ。それでも十分ひしひし胸を打つのだが、二日目は、ほとんど別物のように深みが増していたので驚いた。「世界を治める王だった」というワンフレーズだけで三時間近い二幕物のミュージカル全編が走馬灯のように巡る。そこには居ないはずのあの「死」が、墓所に王冠を掲げて立ち上ってくるようだ。鳥肌。いやいや『R&J』って冒頭から大公が語り手じゃなかったっけ? ベンヴォーリオ役者が、ベンヴォーリオに割り振られた限りある字数の歌詞だけで、あの物語のすべてを説明することもできるんだなぁ。

 ああ、石川禅のベンヴォーリオ、9月2日夜が世界初演初日で、9月3日夜が大千穐楽、との感想である。一日目の夜にポッと誕生した新キャラクターが、二日目の夜には演じられ尽くして、そしてこの世から去っていってしまう。もう二度と同じ形では我々観客の前に現れない。二夜二公演しか宿らない生命、初舞台を踏む新人のような初々しさと、何ヶ月もロングランを重ねて到達したかのような完成形。なんという贅沢なものを観ているんだ、我々は。


■M03:レベッカIII(レベッカ)

 今年1月に本公演を観た『レベッカ』からダンヴァース夫人のナンバー。禅ベッカの禅ヴァース夫人といえば、数年前にクリエのコンサートで聴いた「何者にも負けない」が忘れられなかったのだけど、今回も大変よかった。本役やってください!

 拍手喝采の後にマイクスタンドを出してきた禅ちゃんが、スッとゾーンに入ったのを確認してから、バンマスYUKAさんが演奏を始める。その空白の数秒が非常に美しかった。全幅の信頼。段取りが何でもかんでもチャキチャキしているミュージカル作品と違い、ソロコンサートにおいてはフロントマンの一挙手一投足がすべてを決めるキューになる。バンマスさえも、石川禅を待つ。といってただの伴奏ではなく、すべてが呼吸を揃えた総合演出の範疇である。一人芝居だけど一人じゃない、と堪能できる間合い。

 照明は下手から強い西日が当たり、一瞬にしてそこはマンダレイに。以前観た禅ヴァース夫人との最大の違いは、歌いながらフルでお芝居してくれたこと! ナイトガウンを持ち上げて「きれいでしょう」と甘い匂いを嗅ぎ、「触れればわかる」と歌詞の通りに触れて、全身で女主人レベッカを愛撫するダンヴァース。エロい。数秒ずつ音が止まり、おそろしく長い時間が流れる。

 最初に「レベッカ、」と愛しそうに名を呼びかけるところ、ピアノだけを従えて独り言のように、太く小さな重低音で、極限までゆったりと囁く。でもそれは男ではなく女の声、そして、プラトニックじゃなく肉体関係を匂わせるほどの官能的な百合語り。二番の「気をつけて」からはまるで違う声音で、眼前にいる「わたし」をしっかり拒絶する歌い方。リズム隊も入るが、とにかく終始テンポは落とし気味、勢いだけじゃ引っ張れないから非常に歌うのが難しそう。

 「霧が渦巻く」で左手を、「波が吠える」で右手を、そして「影が襲いかかる」で両手をふわっと上げて内股に軽く膝を折る。「名手が踊る日舞の素踊りのようだった」という他の人の感想を読んだのだが、この言葉を反芻するたびに「レベッカIII」を思い出す。比較するなら1st〜4thではそれほどでもなかったというか、あの「上体だけで芝居をする」手法、少なくともソロコンでいえば今回初めて取り入れられた「試み」だったとも思う。あんなに動くと思わなかった……けど、それがまたよかった。

 三部構成の歌について、四、五段階くらいの歌い分けをしてのめり込んでいく。緑、とメモがあるのは照明かな、映画版のモノクロ映像に後から着彩したような鮮やかな光が、不思議と歌い手のまとう漆黒の闇を「黒より黒く」見せるのだ。「影が襲いかかる」に到達するまでに、不可視の軍勢がすべて手元に揃え置かれ、もはや眼前にいる「わたし」のことも見えていないかのよう。「出て、ゆきなさい」と歌う頃には一人なのに多重コーラスのような大音声になっていて、最初の囁きと同じ一曲の中の出来事とは思えない。

 ちなみに二日目のメモに「最初の『レベッカ、』の前だけでゆうに二時間経過した」「一日目の五倍の長さに尺度が深化した」と殴り書きしてあるんだけど、いや、終演時刻は大差なかったですよね? どういう時空の歪み方なんだ。終わって、まだ三曲目!? とぐったりしているところへ、御本人はさっさと気分を切り替えていた。それにまたビビる。


■M04:ポップスメドレー

 正式名称は「ミュージカルの舞台に立つ俳優がJ-POPを歌うと、こうなりますよ」のコーナー。腰高の白いスツールを中央に出して腰掛け、最小限のピアノ演奏を交えて長めの語りを入れながら、合間に歌をさしはさんでいく形式。パンフレットにも書かれている通り、3rdはダンスで、4thはバンド、そして5thは「ポップスに挑戦」がテーマなのだ。

 始まると同時に「それコン……!!!!」となったのは私だけではないはず。2010年、鹿賀丈史と市村正親による『それぞれのコンサート』という公演がありまして、そこで「日本のトーチソング」コーナーと題して、鹿賀様がゆるゆる半生を振り返りながら普段は滅多にお歌いにならない歌謡曲を、座って歌うコーナーがありましてな。神の御子による豪華お戯れカラオケ大会ですよ!!

 そう、鹿賀丈史は私のレジェンド推し、ジーザスクライストスーパースターなんですけど、あのコーナーは観るたび「ユダになってしまう!」と発狂していたものだ。うまく言えないが、一般の地球人類と行くようなカラオケでの定番曲を聴かされることにより、自分がどれだけその御方を神格化して宇宙的に崇拝しているか、信仰心を鏡に映して目の当たりにしちゃって、気恥ずかしかったんだよなー。ツンデレのツンが極まって卓袱台ひっくり返したくなる。いや、私ことユダが勝手に一方的に取り乱すだけで、ステージングは良かったけどね……? アレと同じことを今度は大天使こと石川禅が……!!

 最初に経緯説明。「昨年、4thソロコンサートのアンコールで、わたくしあろうことかCHAGE and ASKAの『SAY YES』を熱唱いたしましたら、お客様から存外の好評を頂戴しまして、味をしめて、ミュージカル以外にJ-POPを歌ってもいいのかなー、とひらめきまして」云々。この時点で震撼モノである。だって私の周囲で聞いた「SAY YES」の感想、「1対550の公開プロポーズ」「サプライズ告白でも絶対にNOとはSAYさせない愛が重い」「育さんみたいな夢女子は全員即死では?」「あんな底無し沼、初めて見ました」とかですよ? それを一言さらりと「ご好評」とか言うんだ、鋼の心臓かよ……自分のやらかしたことのインパクトを理解しているのか、客みんな去年一回死んでんだぞ!? 生き返って今年また来たけど!!

 人生のターニングポイントになった出来事と絡めながら曲を紹介していく。まずは生まれ年である1964年。震度5を記録した新潟地震の6日後に早産2500gくらいで生まれたこと「お母ちゃんびっくりしたんでしょうね」、本当の予定日は一ヶ月近く先で近藤真彦と同じだったこと「お若い方は後でマッチさん検索してくださいね」、「時代が時代なのでまだ耐震構造が甘くて、橋がバッコンパッコン倒れてて、石油コンビナートから流れ出した油でずっと海が燃え続けていて」(手振り付き)、「先生、もう生まれそうなんです!」(御母堂なりきり芝居付き)、しかし震災死傷者がたくさん出てて大病院は満杯、「わたくし、離れで生まれたそうです」。

 ……まで聞いての感想「日出処の天子か!」。いやぁ、前々から作画が山岸涼子だなぁとは思っていましたが、生まれながらの厩戸皇子、ほとんど飼葉桶のイエズスキリストじゃないですか。「それでもこんなに元気に育ちました」と笑っていたけど、私、もし我が子がそんなドラマチックな生い立ちだったらきっとアホみたいに溺愛してしまうなぁ。いや、実の息子でないのにアホみたいに溺愛してるけど……(御心でしょうか)。

 ちょうど東京五輪の年で、流行っていたのはこんな曲、2020年の東京五輪も近いし入れてくれ、とリクエストもあったそうで、坂本九「明日があるさ」を歌う。座ったまま膝でリズムを取りながら、というのが珍しい。普通だ、普通に歌っているぞ。でも元の楽譜以上になめらかにレガートの効いた歌唱で、やっぱりポップス歌手とは発声から何から全然違うよね、と一曲目にしてコンセプトに納得。普段の芝居歌と違って「役柄」につくクセがないのも新鮮だった。爽やかな歌い口で、ああ、この調子で子守唄の童謡とか聴いてみたいなぁと思ったり。

 ……しているところに、また爆弾発言。手拍子がわいたところで「さぁ、みなさんご一緒に!」と言われて会場全体「(歌えるかー!!)」と無言で総ツッコミ。あんな美声、手拍子だって邪魔だなぁと憚られるくらい聴き惚れているのにさ。客席の宇月颯も美弥るりかも小南満佑子も成河だって竹内將人だって歌ってないよ、ましてや俺たち素人客、手も足も出ねえよ。あれ聞いて、やっぱり御本人が誰よりも石川禅のことを過小評価しているのではないか、との疑念を確信に変えたね。ご自分の歌声にどれだけの価値があるかをご理解なさっておられない。尊い。

 次のターニングポイントは18歳の夏、たった一人で生まれて初めてのミュージカル観劇を果たした1981年(17では?と思ったが二度とも18と言ってた)。新宿コマ劇場『ピーターパン』日本初演版で榊原郁恵のにわかファンになったそうで、その後まさか自分がフック船長役で出演することになるとは思いもよらなかった、そしてその年の流行歌、青年座の大先輩である西田敏行の「もしもピアノが弾けたなら」を歌う。ホリプロ(概念)に言わされてんのか、と訝るくらい出来過ぎのストーリー……笑。

 「紫!」とメモしてあるのは照明かな。スツールをおりて、YUKAさんが奏でるスタンウェイのピアノにすり寄っていく。ここ色っぽかったなぁ。「雨が降る日は」でちょっと雨粒を拾う仕草をしたりして。片想いの瞳でグランドピアノを見るんだよね、触ったことはおろか実物を見るのも初めてだ、というような表情で。「だけど僕にはピアノがない」のところでガッツリ嘆きが入って情感が激変。一番だけだったのかな、物語性の高い曲なのにあっという間に終わってしまう、とても短いミュージカル。もっと聴きたかった。

 また中央へ戻ってきて座り、その後の話。青年座に入って、歌の勉強もしろと言われて『ミス・サイゴン』のオーディションを受け、そして帝国劇場『回転木馬』で初主演を務めたのが1995年、というわけで、Dreams Come True「LOVE LOVE LOVE」。超甘口でした。かわいい。「るるるるる〜」がひらがな。「涙が出ちゃうんだろう」の滑舌が良すぎる。当時カラオケで数多の女子高生がこの曲を歌うのを聴いてきたが、同級生の誰よりこの子がいっとう女子高生である。これも短く縮めてあって、「LOVE LOVE 愛を叫ぼう」のところ一人で歌ってるのに大合唱に聴こえる。本当に不思議な声の持ち主ですよね。

 セットリストの半分くらいポップスだったらどうしよう!? と戦々恐々と出向いたのはまったくの杞憂で、前回と前々回の「ディズニーメドレー」のように、うまいこと場におさまった、よい企画だったと思う。とくに、初めて観にきたお客さんが「禅さんってあんなパーソナリティの人だったんですね」と好意的な感想を書いているのを見て私まで嬉しくなった。舞台で観てるだけだとわからないもんな。

 経歴のことは各自で調べておいてね、じゃなく、何度でも何度でも、丁寧に自分の口から自己紹介を繰り返すことが求められる職業なのだなぁ。「僕の役者人生は『ソリロキー』のイントロから始まった」という言葉が好きで、言われてみれば「ミュージカル俳優・石川禅ができるまでを、歌で綴る」というような構成でしたね。何度でも原点に帰る。1stソロコンサートの「THANK YOU FOR THE MUSIC」からずっとコンセプトが繋がっているんだな。好き。


■M05:かもめはかもめ
■M06:オン・マイ・オウン(レ・ミゼラブル)
■M07:カフェソング(レ・ミゼラブル)

 で、椅子を片付けて給水、「もうちょっとこの、ポップスコーナーにお付き合いくださいね」と断りを入れて、まだまだ続く新企画Part2。「かもめはかもめ」「オンマイオウン」「カフェソング」を一気に歌って、自分なりにポップスとミュージカルの世界観をつなげてみる、という趣向。

 ……なんですけど、しかし、あとで他の女性客たちと「や、『かもめはかもめ』からつなげるなら『私だけに』じゃない!?」と言い合った(笑)。「飛ぶがいい、かもめよ」だし、「あなたの望む女にはなれない」と愛を置いて旅に出る歌詞だし。ていうか、「オンマイオウン」って叶わぬ恋と知っていて「もう知らん」とは言わずに、その愛しい人のために死地へ赴く歌だから、同じ「ひとり」でも走る方向が真逆だよね!?

 でもねえ、それがいいんですよ、何がって、今回エポニーヌ経由で最終的にはマリウスに辿り着くわけだから! しかも世界最強の鈍チンである、あの禅マリに、だぜ! ちょっとズレた選曲がまた、「あんだけ女歌の解釈が上手い表現力抜群の役者なのに、演じている女心を本当に理解しているかどうかは別問題なのかね、ひょっとしてあんまりよくわかってないんですかね、男の人って不思議ですね、わかって……ないのね……マリウス……!」となる一連の流れ。最&高でした。

 その手前で助走の踏み台になったと思えば「かもめはかもめ」も出色の出来。おいエポニーヌが何に殉じて命落としたのかわかってんのか、いや、もちろん役者本人は当然わかっているだろうけど、おまえ、おまえだよマリウス、聞いてんのか、この、バカ……! あの子にはかもめとして別の空を行く未来もあったのに、死なせやがって……! と役と本人ごっちゃになりながら聴く「マリウスが歌うオンマイオウン」、こんなのってないよ。他の人には絶対できない芸当だろう。すんばらしい。

 「かもめはかもめ」、何万通りもの歌い分けが可能な推しの声のうち、私がとくに一番好きな声域の声色を抜き出したような歌唱だった。湿度が高く、まろやかで、普段の話し言葉にも近いキー。ぽつりぽつりと余韻を置いていく。外連味のある悪役などのときには絶対使われない、あの声だ。「はじめからなれない」のところがとくにヤバかったらしく「(役が入っていない分)地声本来の美しさが凝縮されている!」と書き残してある。もう一度、聴きたいな。

 それで、ああ、恋に破れて海を行く、なんていい「女」なんだ、と思っていたら、「オンマイオウン」のイントロと共に、両手を後ろ手に組んだ姿勢で上体を前後にふわふわ揺らしながら、まだ体軸が落ち着いてない10代の華奢な「少女」が立ち現れるんですよ。これがすごい! 音には継ぎ目なんかないのに、名も無き女のポップスが、具体的な役名のあるミュージカルソングに切り替わった瞬間が見える。

 まぁ、石川禅が歌声一つで美少女に化けるのは今に始まった話ではない自然現象ではあるのだが、やー、禅エポニーヌすごかったなぁ。レミゼ何百回観たか数えてないけど、あんなかわいくておませな「街は眠り、あたしは、め、ざ、め、るゥ〜♪」初めてだよ。ブリブリか。私の中の別の何かが目覚めてしまう。ベースはみんな大好き島田歌穂のエポニーヌの系譜、気丈でおてんばで、想い人の前で一層その少年性が濃くなる(ので女扱いされない)少女像。それに加えて禅エポニーヌ、どの歌詞を歌うにもずっと笑ってんの。それだけで私の涙腺決壊ですよ。

 これはもう六億五千万回くらい書いてることですが、私がこのひとに惚れ込んだのは2011年5月の『レミゼラブル』で初めて観たマリウス役で、具体的には、歌穂ニーヌに「その髪、好きだわ」と触られて「なぁっははんだよぉー、ふざけてぇー」と笑う、あれに陥落したのでな。あそこで笑う芝居は禅マリ独特のもので、観客の誰もがエポニーヌと一緒に「こいつには何を言ってもダメ、絶対に妹分以上の存在としては見てもらえない」と圧倒的失恋をするんだよ。世界一無邪気で、世界一残酷なマリウス。

 で、今回観た禅エポニーヌはね。あそこで禅マリの「なんだよ、ふざけて」の笑顔につられて、一緒に「えへへぇー、そうなの、ふざけたんだよねぇー」って本心隠して照れ笑いしちゃう、そんなエポニーヌなんだよ……。絶対そう。目に浮かぶよう。歌穂ニーヌでさえ、からかったつもりが笑い返されて「わかってくれない」と真顔で凹むのに、禅エポニーヌはモンロースマイル(※愛情に恵まれず育った子供の愛想笑いを示す心理学用語)だよ。どん底の生活で最初で最後の恋をして、そしてそれ以外の何も知らずに、笑顔で死ぬ女の子ですよ。

 二公演とも、「知ってるー、夢見るだけー」の前から歌い手本人もボロッボロに泣いてましたね。笑いながら。頬を伝う涙が照明でずっと光り輝いていた。で、涙を隠すようにして大声でがなる感じでがーがー歌うのだ。真夜中に道端でつぶやいてる、というよりは、やけっぱちになって叫んでいるようなエポニーヌ。

 前回の「夜のボート」や、今回の「対決」のように、一人二役の歌で真骨頂を発揮する石川禅。二曲続けて歌われた「オンマイオウン」と「カフェソング」も、同じく「魂の双子」を表現していたな。禅マリは、コゼットに一目惚れした設定なのにエポニーヌのことが大好きすぎる(具体的にはキスが異様に長い・笑)、そこが残酷で好きだったんだけど、禅エポを観たら納得した。そうか、禅エポが笑うから禅マリも笑うんだな。エポニーヌの無償の愛を、マリウスはそのまま返していただけなんだな。響き合いながらズレている。

 歌い終えて後ろを向いて涙を拭き、振り返って「カフェソング」歌い始めたら、こっちもさっそく泣いている(笑)。毎回必ず入るレパートリーで、新曲と新曲の合間に「ちょっと休憩」くらいの感覚さえある馴染みの曲だが。でもこれも毎回違う。何度聴いても新しい発見がある。今回は研ナオコ&エポニーヌがさんざん盛り上げてくれたので、歌い出しからめちゃくちゃイケメンと感じられる、優しめ明るめの声の禅マリでした。これはモテるな。そして「窓に映る影」の切り替えで研ナオコ&エポニーヌを振り切って、「ああ友よ」のロングトーンも、盛大に伸ばす方向で。「歌声も、ない」の「、」も歌い手がたっぷりためて。この三曲、バンド演奏と過不足なくぴったり息が合って心地よかった。


■MC

 「オンマイオウン」は前々からリクエストが多かったそうで、「かもめはかもめ」との組み合わせは「独断と偏見で選びました、若い人たちは勉強してください」みたいな話。ポップスと芝居の接点を「無限の可能性」と言って、今後もあれこれ試していきたい、という話。ちなみに私もよく「かもめはかもめ」歌ってたんですが、あんなん浴びたら封印だよなぁ、二度と歌えねー……選曲の趣味は合うんだけど、禅ちゃんがこのままポップス歌い続けるとカラオケから足が遠のく……。

 ボロボロに泣いた後なので給水コーナーにはける。一日目、「あっ、緊張してハンカチも何も持ってこなかった!」「ちょっと、鼻水はやばいです〜」と大騒ぎ。二日目は、なんと、両人差し指をそれぞれの目の下の頬に当てて「泣いちゃう〜」とやっていて、控えめに言って完全に作画が日ペンの美子ちゃんでした。あんな涙の拭い方ジェスチャーするひと昭和の少女漫画以外で初めて見たよ!! 驚かせたら目から星がこぼれてくるに違いない。私が夢女子だから推しにドリーム見てるんだと思って読んでるでしょうけど、何しろ現場に証人が500人いますからね。みんな見たよねアレ!?

 で、下手側にはけてもろもろ拭って帰って来て、「ここからはまたミュージカルの世界にどっぷり浸ります、浸っていくのは私です(笑)、お聴きください」つって、もうバイオリンがあのイントロを奏で始める。展開早いよ! 切り替え早いよ! 客はついていくのに精一杯だよテンコ盛りだね! 企画ものメドレーで細かくたくさん歌ってくれた後、「三曲まとめてお聴きください」がなんと2セットも来るという、鬼畜のセットリスト。歌うほうも大変だろうけど、聴くほうも本当に疲れる(笑)。感想も三曲セットにします。


■M08:新たな生活(ジキル&ハイド)
■M09:ルーシーの死(ジキル&ハイド)
■M10:対決(ジキル&ハイド)

 冒頭の「できーる」の時点から目をキョロキョロさせて、いたずら好きの男の子っぽい表情のルーシー。スタンドに手を添えたり、両手を胸の前でグッと握ったり、最小限の動きで「恋も新しく生まれそう」を表現。まだ誰でもないし、恋も知らない、ピュアの権化。ドラマチックな編曲で、オケがちょっと走り気味のところへ、石川禅の歌声のほうが後からおずおずついていく、という、珍しい主従関係の演奏が聴けた。そんな役、普段は滅多にないもんな。そして恥ずかしながら私、「運命の時が来た」という歌詞が「This is the Moment」とリンクしてること初めて知った……ジキルとルーシーを同一人物が歌うまで気づかなかったよ。

 で、「同情、愛情、」から入って彼女を殺し、こちらも初、禅ハイド様のご登場。ピアノの音色とともにガクガクと変化していき、腰から下はがっちり固定したまま、上半身の手振りだけで二重人格を表現する。右手を振って時間の経過を表現、「新たな生活」のリフレインに耳を澄まし、「この手で殺した」では言ってる自分が一番信じられないという顔でじっと手を見る。

 腕は大きく伸びるけど、あまり激しい動きではない。「善と悪、裏表、この体、善と悪との」でギュッと我が身を抱いてから、だらりと脱力。げー、このヘンリーすっごく弱い! おまえアターソンやんアターソンと仲良いのわかるわ!笑。「薬で記憶を消せば」らへんまで、ずっとか細い囁き声なんですよ。しかも、「目を閉じれば消える」で本当にぎゅっと目を瞑ったままにしている。「息の根を止めるぞ」あたりまでとことん弱々しい。これが新鮮だった。そうか、ハイドに立ち向かうんじゃなく、ハイドを消そうとするからこそ、直視できない男なんだ。言われてみれば私もゴキブリ退治するときこんなんなるわ!(笑)

 かたやハイドは……私、なんでもかんでも鹿賀様と比較してしまうのが悪い癖なんですけど、歌い出しの「まさか終わりだと思うのか?」のところ、とくに、本当に、本ッッ当に鹿賀ハイドが降臨したのかと思ったよ!! うおー、推しの中にレジェンド推しがいるー!! と、ゾクゾク震えが走った。鹿賀様直系なんだけど、DNAを継承しながらも別物。よかったなぁ。本公演でずっと鹿賀様のアンダースタディだったんですよね。こりゃあいつでも代役できるよな。

 一人二役の「対決」をコンサートで歌うのは前述の「それコン」はじめ鹿賀様もよくなさっていて、それは顔を「左右」に振り分けて最後かなり激しく全身で動く感じ。「ハイドはハイドなりに必死で生きようとしてて、それを打ち消しにかかる善人ジキルのほうが断然狂った声を上げる」という独自の特徴があり、まぁこいつが元凶でハイドが生まれたのだから当然か、と見える、対等な二重人格の描写が多い。

 かたや石川禅バージョンは「上下」の動きという感じでしたね。縮こまるヘンリーの背後からのしかかってくるようなハイドの大きな影を表現する、顔の振りは最小限。「人ならざるもの」ハイドが完全に主格を奪ってしまい、「ああ、生きるぞ永遠に」も本当に楽しそう。いろいろな『ジキル&ハイド』がいるけど、これは「本性」をハイドに置いた解釈だなぁ、と。へろへろヘンリーはものすごく弱い「人間」として翻弄される感じ。勝ち目がないと悟っている善人。鹿賀様が大絶叫するCDでおなじみの「地獄で腐り果てるがいい」も、小声で言う。最後にガッとのけぞったのがよかった。

 はー、マジで観たいですね石川禅主演『ジキル&ハイド』……次回以降、石丸幹二とダブルキャスト制でどうか? というか丸禅コンビには私は50代のうちに『シラノ』(シラノ&ドギッシュの日替わり制)も『ラカージュオフォール』(ザザ&ジョルジュの日替わり制)も、全部やってほしいんですけど……?


■MC

 「これ、舞台を観ていない人には何をしているのかわからないですよね」と苦笑しながら『ジキル&ハイド』の説明。「さ、気分を変えて、グッズ紹介です!」と、いろいろたくさん出してくる。一日目はさすがに段取りが悪く、しかも「あー、そういえば、ジャケット脱ぐの忘れてたー!」と(本来ならマリウスで見せるはずだった)ジレ姿に。かーわいーい! と湧く会場に「拍手は結構ですよー」と謎の牽制。

 物販、まずはTシャツ。シックに抑えた色味に客層への配慮を感じる。私も翌週さっそくTBSラジオ『アフター6ジャンクション』に着て出ました。まぁアンコールで御本人が着こなしてるのが一番かわゆかったので俺の着用写真とか超どうでもいいねん。二日目、「ゆったりめなのでパジャマにいい」と宣伝されて「は!? 推し様の顔を胸に抱いて寝ろと!? できるか! 着るだけで心拍数が上がるよギンギンに興奮して眠れねえわ!」となった。前回マグネット物販時の「冷蔵庫に貼ると便利」同様、芸があんなに浮世離れしてるのにMCの生活臭凄まじくて萌える。

 続けて「何かと便利なオリジナルポーチ、そして最近大流行りのマスキングテープ!」との言葉遣いがめちゃくちゃ女子高生。マスキングテープを指の中で転がしながら「わたくしの顔がいっぱい……(欲しいか?)……です」と突然の賢者タイム突入してたのも最高です。実際とてもかわいくて「貼れば何でもコンサートグッズになる」ので重宝してますね。一個が案外短いので割と使い切っちゃいそう。買ったはいいが使わないな、と思ったそこのあなた、私が送料負担で無限回収しますのでお譲りください。

 そして、撮り下ろしの写真とセットリストの載ったパンフレット。思わず二度見するけど、目の遣り場に困る代物である。フォロワーさんが「これ完全に男ひとり『宝塚GRAPH』じゃないですか!?」と評していたのがツボです。ヴィジュアルに全振り。次回があれば、もうちょっとディープなインタビュー系の読み物や、過去の出演作全記録といったデータをまとめて資料性を高めてほしいと思っております……いや、写真が要らないわけじゃないんだけども!笑。

 で、TBS日曜劇場『ノーサイドゲーム』があと二話あって両方に出演するよという告知(なんとまだ撮っている!という)、『ダンスオブヴァンパイア』、『アナしゅタちア』(二度とも噛んでなかった?w)、 『ヘアスプレー』と舞台情報。祐様と二人揃って渡辺直美の両親役だよ、「どうやって生まれたんでしょ!?」で大笑い。


■M11:「愛せぬならば」(美女と野獣)

 ここからが終盤戦という位置付けで、「ディズニーナンバーの中でも、とくにリクエストの多かった二曲を続けます」というMC。奥の紗幕が下りてステージもちょっとシックな雰囲気に。背後に冷たい鉄格子が見えるかのような。で、歌う直前にスッと半歩下がるんですよね。下がるともう、野獣。

 やー、最高にカッコよかったです……他に言葉がない……。二ヶ月経ちましたけどいまだに頭の中で反響し続けている。私、今回もZ-Angle様から信じられないほどの良席を頂戴しまして(みなさん、迷ってるなら後援会は絶対に入会したほうがいいですよ!!)、正面から至近距離で浴びましたよ、あのずっしり満ち満ちた低音域を。ありとあらゆる男性俳優が歌ってきたミュージカルコンサートの大定番曲とはいえ、これはなかなか上書きされないだろうなー。

 相変わらず華奢なのに胸筋が発達した横隔膜の化け物みたいな体格だな、そしてめっちゃ睫毛長いな、と思って見ていたのがメモに記録されているのですが、それだけ顔から目を離さずに聴き惚れていたってことだな。本当に体格が可変なんですよね。単に「見せ方」が上手いのもあるだろうし、そして実際、巨軀のビーストを演じる声を響かせるためには、身体をそのように使う、というのを徹底していくと、ああやって瞬間的に身体がデカく見えたりもするのだろう。

 「憐れな奴よ」から始まるイントロや、「こうした運命にいつかは出会う」といったパートが、獣の咆哮みたいで大好きなんだけども、対照的に「愛なしには生きてはゆけぬ……」とメインの旋律を奏で始めたら、いきなりすっごい甘いプリンス声になってな……はー、やっべえやっべえ。もうほとんど呪い解けてるじゃないかこの野獣。あんたが大将。一生この声だけ聴いてたいよ本当に。

 前回までは「アンセム」が白眉だと思っていたのだが、あちらはテーマが重いので聴くほうもしんどい気分になるのだよね。こんな直球のラブソングで、しかも自分が何かを求められるわけじゃなく、「はー、あなた本当にその人のことを愛してるんですねー」と客観的に伝聞として聴いていられる内容で、何も考えずに「かっこいーなー」と感じられる、こういう歌もいいよなぁ。まったく耳が幸福でした。最後も難なく絶唱、すごく調子良かったと思う。

 ソロコンも五回目、与えられた役だけではない自由形の推しの芝居歌を見慣れてきて、だんだんわかってきたこととして、「同じ内容について歌う一曲の中で、一人の人間が持つ多面性を、声の使い分けによって表現する」という歌唱法が大好きなんですよね私は。だから、そうした歌い方が得意な石川禅が我が推しなのであるなぁ。ずーっと同じ声質できれいに歌うことは求めていない。野獣とプリンスチャーミングが、シシィとフランツが、非実在の美少女と実在のおっさんが、混在しているような歌が好き。何を聴いても新しい発見があるし、でも結論は毎回同じである。


■M12:「パート・オブ・ユア・ワールド」(リトル・マーメイド)

 で、終わると同時に給水コーナー行って、やおらポシェットを斜めがけにする石川禅。いや、実際は黒くてメンズ仕様の、蓋付きサコッシュみたいなやつなんですけど、……敢えて呼ぼう、ひらがなで「ぽしぇっと」と……。

 イントロの間にバスのお迎えに向かう幼稚園児みたいな身支度の整え方をする。いろいろな人から「禅さんのマリウスどんな感じだったんですか?」と訊かれて「幼稚園児です」と答え続けてきましたが、今回に限っては「カフェソング」歌ってるときよりも、この準備の数秒のほうがずっと、あの日見た「禅マリは園児」に近かったですね。

 「よく見て、素敵ね、これでもーっとカンペキ」……え!? そこから!? そこからやるのアリエル!? フル尺と聞いていた以上のフル尺じゃん!? というわけで、みんな歌に聴き惚れたいからなるべく笑わないようにしているんだけど、会場全体「ヒッ」てなってましたね。いや、毎回毎回「ヒッ」てなるのが石川禅ソロコンサートなんですけど、え、ちょ、待、もうちょっと、あのクソかっこいいビーストの余韻に浸らせて……?? と思ってるうちに、宝物「ぜんぶ!」手に入れた、つって、下手側客席降りて来たあああああああ!!

 「ねえ、ねえねえ、これほしい? にじゅっこもあんのよ!」と、ポシェットから飴玉を取り出して、前方下手席通路側の客に配り始める禅アリエル。もうここからは会場も大爆笑ですよ。「はいはいはいはい、みんなで分けてね、ただの飴だから」とおばちゃんみたいな物言いで配っていくのだが、いったいどんなリハーサルを経たらあんなことになるのか、バンドを待たせながら「わ、おれ手際悪いなぁ、思ったよりすっげえ時間かかってる!」とわたわたわたわたしはじめて、さっきまでアリエルの声音作ってたのに途中から口調戻って、ただの「俺」だった。でも俺のまま俺として美少女の人魚姫にしか見えない。何なのアレ。かわいい。

 余計なお世話ですけど配るの手伝いに行きたくなるよね、ザルに入れたものを後ろで捧げ持つアシスタントスタッフがいたらずいぶん違ったでしょ。というか、なぜヘッドセットにしないのか、ハンドマイク持って会場音響を気にしながらもう片方の手で飴を配るって、どう考えても不可能でしょ。プロデューサーでもマネージャーでもバンマスでも誰でもいいから「や、さすがの禅さんでもそのプランは物理的に厳しいと思います」って止めろよ私なら止めるよ!?

 まったく、なんでこの男は全部を全部ひとりでやろうとするのか、ひとりでやらねば気が済まないのか、それは、そう、……「ソロ」コンサートにこだわっているから……!!(はー、好き)(スタッフも最後みんな結局こうやって押し切られちゃったんでしょ、知ってる私なら押し切られる)(毎度ながら、この座組、エンターテイナー石川禅への愛と信頼しかねえな)

 で、ステージに戻って「だけど足りない何か……」からは普通にプリンセスに戻って歌う(普通とは?)。編曲がまた、前二回とはまるで違って楽しかったなー。間奏でバンドメンバーが各自ソロを披露するところへ積極的に絡みに行くのが、またしても幼稚園児みたいでした。ピアノのところ一緒に座って甘えてみたり、一周ターンしてみせたり、叩く真似、弾く真似してみたり、挙げ句の果てに、後ろに回って髪の毛ツンツンいじってみたり! 一挙手一投足がじつに軽やか。役が入るだけであんなにぴょんぴょこ地球の引力から解き放たれるものかね、本当に泳いでるみたいだったよ。

 手元に「禅アリエル第三形態」ってメモしてあるんですが、これは『シン・ゴジラ』だろうか。3rdと4thのメドレーでは蒲田くんだった人魚姫が、フルコーラスで品川くんに進化して、二足歩行で飴を配り始めたって意味かな。我ながらいちいち解読に時間がかかるメモだ。それにしても、全五回のソロコンサートのうち、じつに三回も「パートオブユアワールド」歌ってるの、やばいね。「メモリー」や「アンセム」より多いってどういうことだよ。ほんにほんに、人が歌を選ぶのではなく、歌が人を選ぶ、それが持ち歌ということですね……リトルマーメイドに選ばれし男・石川禅……。

 フォロワーさんが以前、「視線が遥か彼方に行って何かと対話してるように見える」と書いていた。わかる。投げる視線が遠い。それ自体はテクニックだけど、でも個別の客席を見てるわけでもない。あーこの人のこのキラキラ目には今何が見えてるんだろうな私には見えぬものだなぁ、と思いながら何かを見ている姿を観る、その一方通行がじつに尊いんですよ……。演劇の神様に見つめられる気配を感じて見つめ返しているんだろうな、と思って観ています。


■MC

 それでまた、この歌、泣けるんですよね本当に。本人も歌い終えてから「どうして涙が出るんだろう、やっぱり素敵な歌ですなー」と言って両手で涙を拭っていた。「なんでもあげるわ、ここを出て、あたたかい砂の上で眠れたら」というところが、グッとくるんだよね。一番欲しいものが手に入らない、そのためにすべてを捨てていいと思っているのに、叶わない。しつこいようですが、「かもめはかもめ」に比べたらこの歌詞内容のほうがよっぽど「オンマイオウン」とリンクしてるよねえ!? 笑。

 「この曲(パートオブユアワールド)、以前のメドレーでは何小節かしか歌っていないのに、大人気になっちゃって、フルでやってほしいというリクエストが殺到しまして……」の後、「……ごじゅうごだぞ!?」と自分で年齢にツッコミ入れてたのがかわいかったです。歌ってる間は完璧に永遠のじゅうろく歳だったよ!! ここのMCは「楽しい時間はあっという間、最後のナンバーでございます!」とあっさり終わり。


■M13:「目を開いて」(笑う男)

 今年の初夏に日本版初演がかかった『笑う男』、私は大千穐楽近くの二公演しか観られず、物語それ自体については正直、まだ消化不良なところがあるのですが……、音楽は本当によかったよなぁ。年明けにCD入手する予定なので、また聴き込みたいと思う。ま、禅フェドロの歌声ほとんどないそうですが……。

 舞台は銀色の光から始まって青く染まっていく。パーシーに当てられた光と同じ白銀の光で、英雄が一曲目へ帰還したという印象。「目を背けないで」を歌い上げるところ鳥肌が立ちましたね。一つ目のサビの「救えるのはあなたたち」というフレーズが好きなんだな。とても若い声。

 今回の5thは「ポップスに挑戦」がテーマですが、不思議と、その締め括りにふさわしいミュージカルナンバーだなと思った。「炎の中へ」「どうやって伝えよう」「目を開いて」って、禅ちゃん追っかけてる人たちはよく知ってるナンバーだけど、言い方はアレだが、歌うことの必然性自体はそんなにはないんだよね。本役でもないし。「夜のボート」や「対決」のように一人芝居ならではの御家芸にする感じでもなく。はたまた「パートオブユアワールド」「オンマイオウン」のようには熱烈な要望も挙がらないはずで。

 だけど、そういう曲を「今年たまたま歌ってみます」というカジュアルなノリで聴けることの、妙なる喜びがあった。能書きなしに、華やかだからという理由で、気持ちよく聴ける。言われてみれば4thコンサートでは「ミッドサマーイブ」なんかがその位置付けだった。この調子で、私は次こそ禅ルドルフに「明日への階段」歌ってほしいなー!

 拍手喝采、アウトロの間に一人だけはけてしまう、という演出もよかった。言うだけ言いっぱなしで飛び出していく禅グウィンプレン、キャラクター像を完全に把握しました(笑)。あと、本編クライマックスの大喝采をバンドメンバーが直接浴びるというのも、素晴らしい演出で、私ここがすごく好きでした。

 で、拍手がおさまったあたりで居残ったバンドメンバーが、みんな大好き「スターズ」のイントロを奏で始める。えっ、アンコールじらさないでこのまま突入するんだ!? でもなかなか出てこないな、まさかお色直しか、どんな衣装で出てくるんだ、と思ったら、下手からぴゅーっと出てきて、いきなり歌い始める禅ジャベール!!


■EC01:「スターズ」(レ・ミゼラブル)

 ……もうね、またもや、またもや出オチ要員ですよ。定番。鉄板ネタ。すまんけど、ちょっと声上げて笑った。隣のお客さんもさすがにプッてなってた、あれは常連さんだろう。4thソロコンサートもまぁ大概だったけど、この「笑ってはいけないレミゼラブル2019」はすごいね。新記録だね。私のメモ帳、「その服で!?」と書き殴った下に、ぐりぐりぐりぐりすごい筆圧濃い下線が引かれた隅に、「もはやギャグ」と書いてある。

 まぁ、別におかしな服装で出てきたわけではないんです。上半身だけ着替えて、物販Tシャツの上に、臙脂に紺にベージュの、縦の親子縞というかシックシンというか、コットンシャツみたいなのざっくり羽織って、前をはだけて袖をまくって出てきただけなんですけどね。

 でもまぁ意表は突かれたんだよ。そしてSNSに「パジャマかと思った」なんて心ない感想を見かけて震えた……。まったく日本のお客さんはオシャレに厳しいな! あんなんアメリカの街中では超ファッショナブルだよ? うちの夫のオットー氏(仮名)なら勝負服扱いですよ? そのシャツはインでなくアウトにしたら、ちょっと袖まくったら、ジーンズ以外も穿いてみたら、と伊勢丹メンズ館の試着室で連れ合いにあれこれ口出された中年男性、大体あんな感じの服装になるじゃん……(笑)。

 あともう一つ思い出したのが、リンマニュエルミランダ。やっぱりとても顔が似ている。いいんだよいいんだよ、「Ham4Ham」(『ハミルトン』の当日券抽選会)でのリン・ジャベールなんて、短パンだからな(超どうでもいいけど私もこの同じ柄のTシャツ持ってます!)。いつでもきれいなおべべ着てる日本のミュージカルプリンスたちと違って、彼ら結構ちゃんとしたステージにもコンビニ行く格好で来て終わったら自転車で帰ったりするので。「歌は百点満点なんだから文句ないだろ?」って「その通りです」としか返せないアレですよ。なので、その枠の日本代表である石川禅が合コンに臨む大学生みたいな格好で「スターズ」歌ってても何の不思議もないわけです。

 歌はめちゃくちゃ良かったです。いや、石川禅の「スターズ」が良くなかったことなんかないからね。だから毎回同じこと書いてしまうのだが、「っっっすたぁず!」てつんのめるところが大好き。セットリストのどこに置いても収まりが悪いんだけど(笑)、ずっと歌い続けてほしいですね。


■MC

 バンドメンバー紹介。ずっと言ってるけど、他のメンバーが割とポーカーフェイスのなかDr.河崎真澄さんが一人めちゃくちゃ笑い上戸でかわいい。箸が転んでも笑うドラマー。「全然、毎年恒例では、ない」「本当に運良く、運良く続けていけただけで、今後も続けていけるかは、皆様次第です!!」というような話に、場内は失笑しながら拍手大喝采。そのくせ今回、オフィシャルのアンケートが配布されなかったんだよね。どういうことなんだろうか!? 竹に挿した直訴状を持ってホリプロ(概念)まで駆けつければいいのか。さておき、「9月とはいえ、まだまだ暑いので夏の終わりにふさわしいナンバーを」というような紹介で、日替わりの二曲を。


■EC02:一日目「涙そうそう」
■EC02:二日目「少年時代」

 これはまぁ、両方大好きな曲なので嬉しかったですね。「涙そうそう」は、ソロコンサートで極めてきた女歌のよさをギュッと詰まっていて。「少年時代」は……私、石川禅ファンの四倍近い時間をかけて井上陽水のファンもやっているので……いわゆる「推し in 推し」で大喜びでした。「涙そうそう」は海っぽい照明で、「少年時代」は秋色で、余韻を味わうにも絶妙だったな。

 え、ていうか、ちょっと言ってもいいですか、季節と客層に合わせてメジャーな選曲になるのはわかりますが、石川禅に歌ってほしい井上陽水の曲、「少年時代」以外にも山ほどあるんだよー!! ざっと思い浮かぶだけでも「招待状のないショー」「青い闇の警告」「つめたい部屋の世界地図」「夏祭り」「長い坂の絵のフレーム」「We are 魚」「水瓶座の夜」「五月の別れ」「あなたを理解」「とまどうペリカン」「カナリア」……と、止まらねえ……。

 なかでも聴きたいのは、ジャベールっぽく歌う「青い闇の警告」(星のこぼれた夜に牢獄ではなく炬燵で生まれる)と、ダンヴァースっぽく歌う「とまどうペリカン」(絶対すっごい百合っぽくなる)かな。次のポップスメドレーでは是非、「もとからミュージカル的な物語性に富んだ歌詞のポップス」も歌ってほしい。

 陽水以外にも、高橋徹也の「大統領夫人と棺」「雪原のコヨーテ」「ブラックバード」とか、ジェイソンロバートブラウンの「Everybody Knows」「Invisible」なんかも持ち歌にしてほしすぎるでしょ、この世には石川禅に歌われるのを待っている「短編小説みたいな芝居歌」がいっぱいあるんだよ……死ぬまでこの話題で盛り上がれるよ私は……。


■EC03:「今、この時」(ラ・カージュ・オ・フォール)

 で、はー、終わった終わったいいコンサートだったね、とすっかり気が抜けたところへ、ちゃららららん、とピアノがイントロを奏で出し、「いー、」の一音だけで、テンション爆上がりですよ!! 今回のコンサート、この展開が一番熱かった!!

 やー、もう、素晴らしすぎて言うことないですよね、最後の最後に『ラカージュオフォール』から禅ザザ。リンマニュエルミランダかどこぞの大学生みたいな服装の禅ちゃんが、満面の笑みで客席降りて、下手から駆け上がってコの字に通路を渡って、たっぷり間近で、万雷の手拍子のなかでウキウキ歌う「今、この時」!! 拍手を左右に振り分けながら気づいたら口元が完全に完璧にリップシンクしていた。歌ってないよ、歌ってないけど、あー、もう体にしみついてるから口が勝手にパクパクしてしまうんだよ。

 しかもTシャツ重ね着、同じ動線で客席降りて来たとしても本編の作り込まれた禅アリエルとは全然違って、同じ人間なのにオスみが強くて悩殺される。「おまえたちよく見ておおきなさい、これが余人をもって替え難い『きらめき』ってやつだよ。こんな若手俳優がオーディション来たら問答無用で一発合格させて残り全員その場で敗けるだろ」って感じで、なんか『トッツィー』とか思い出していた。

 私、本家『ラカージュオフォール』を観に行って「今この時」の客席参加型パフォーマンスでトチッたことなんて一度もない、別のライブではもっと複雑な手拍子や曲ごとの振付を強要されてきたし、あんな単純な手拍子、自動で打てるはずなんですけどね。でも、今回二公演とも、こっち向かって歩いてくる禅ちゃんに「は、え、何これ、なんていい男なんだ……」とガチで見惚れてポーッとなって、打ち損なってたまに裏拍になってましたね。

 手を伸ばせば届くような距離に「俺が考える最高に幸福な瞬間」がヒトのかたちして降臨している、しかも本人もノリノリなので、勢い余ってくるっとターンしたりしている、それがいつもの「芝居」ではなくて、思わずやっちゃった「仕草」であり、その楽しげな様子をいくらガン見しても合法的に許される、というあの多幸感、ちょっと頭おかしくなりそうでしたね。ドラッグ。中毒性が高い。

 このステージングを最初に発案した人がプロデューサーなのか本人なのかわかりませんが、本当にありがとうございました。で、ホリプロ(概念)はいったいいつ打つんですか石川禅主演の新生『ラカージュオフォール』!! マジで50代のうちに早くお願いします!! 鹿賀市村も早く後進に道を譲ってくれ……いや嘘、スペシャルキャスト公演は続けてほしいけど、それはそれとして禅ザザが観たいんだよ……!!

 最後は全員で前に出てきて手繋ぎお辞儀、からの、一人で出てきて、なんかちょっと喋って深々とご挨拶、とかだったと思いますが、この時点ではもうメモなんか放り出していたので全然記録されておりません。


■おわりに

 やはり相変わらず引き続き、本邦が誇る、当太陽系最強のミュージカル俳優だと思いますね。推しです。幾度か心臓止まったし、そしてまた鼓動を始めたし、三秒しかなかったようにも、三十億年これだけ観てたようにも思う。普通に呼吸困難になるし、軽く脱水症状にも陥ったし、帰り道、膝ガクガクしちゃったよ……。

 終演後、顔見知りの常連客さんたちと「なんか今回キレイにまとまってましたよね?」「いや待て、そう感じるの我々だけだよ、今回が初見だったお客さんたちは絶対に狐につままれたと思うよ、アリエルが飴配ってんだぜ!?」「たしかに1stや3rdとはまた別の混沌がありましたね」「キレイなカオスだ」「光の石川禅だな」という話をしたのが可笑しかった。

 この「キレイにまとまっている」のココロは、「やっていることが明瞭になった」という意味だと思う。たとえ同じカオスでも、時に段取りのミスがあっても、舞台上で何が起きているのかが大変理解しやすくなった。それは御本人が取材記事の中で繰り返す「一人芝居」というフレーズに集約されている。体感時間がどんどん短くなっているのも「光」の効果で、初期の「固唾を呑んで見守る」闇の緊張感(笑)がほぐれているからなんだろうなぁ。いやー、すっかりエンターテインされました。

 4thコンサートではファンから楽曲のリクエストを公募していた。これもこれでよかったんだけど、今回、5thではそういうのいっさいなくしたのも、よかったと思う。おいおいおまえ推しなら何でもいいのかよ、と言われるだろうが、だって、毎回コロコロ趣向が変わって、どれも都度都度で最高なんですもの……。

 前回「SAY YES」で確信したけど、「皆様の熱いご要望に押されて」というよりは「独断と偏見で、俺が、オレサマが選ぶぜ!」ってほうが、断然向いてる人なんですよ、本来。普段おそろしく謙虚なんだからソロコンくらいグイグイいっちゃってくれよ。初見では正直ギョッとするけど(とくに「Alone」を期待してて「SAY YES」が来たときのズッコケ感は本当に凄かった!笑)、でも一年かけて「去年のアレも今思えば素晴らしく考え抜かれた演出だったな……」とじわじわ沁みているし。

 その上で、MCではちゃんと「前回の趣向のアレとかソレとかが大変ご好評いただきまして」と言ってくれるのが本当に素晴らしいことで。「皆様から多数リクエスト頂戴しまして」「とくに集めたわけではないんですけど同じようなご好評のお声が寄せられまして」とずーっと繰り返しており、一対一で受け取った熱量ある感想を、ちゃんと踏まえて活動してるよ、と伝えてくれているのが有難い。

 感想めっちゃ読んでんな、読んだ上で取捨選択してPとめっちゃ中身詰めてるな、その上でこの……この演出になったんかいな……!? という衝撃が、ようやく楽しめるようになってきたんですよね。作り手の側も、マンネリを嫌う驚かせたがりの本性が見えてきたというか。だから今回の感想、やっぱり「禅ちゃん、君は永遠の驚きだ!」に尽きる。

 今までは要望に押されるかたちでの演出が多く、見ようによっては「させられてる」感もなくはなかったんだけど、4th以降はハッキリと「やりたいと思ってあたためている企画はまだまだある」「けど毎年恒例ではないので、観たかったら要望を送って支えてね」まで踏み込んだ物言いをしてきたので、おうおうわかったで、ホリプロ(概念)数字で殴ればええんやな? との解釈に変わったな。

 1stの客席に座ったとき「この会場にいる全員が私と同じ、彼ただ一人を観に来たんだ」「でも後援会の集まりじゃなく『一般公演』なんだ」と感激した。後援会の会員限定イベントはそれはそれで素晴らしいけど(こんな長文をわざわざ読んでいるようなそこのあなたは、本当に今すぐ入会したほうがいいです)、回数増やしながら、ハコ広げながら、一般発売のソロコンサートも続けてほしいですね。そしてこれは「一人芝居」なので、別にファンではないけど「芝居を観る」のが好きだよ、というようなお客さんにも観てほしい。ソロコンサートで推しから投げかけられる「皆様」という言葉の響きには、単なるファンの総体という以上の意味がある。

 それから、私は通常の出演作で石川禅を観ていると「よしわかったあなたこのまま世界進出して天下取りましょう今すぐブロードウェイ行けます」となるんだけど、ことソロコンサートに関しては、観るごとに「日本国内での上演がぴったり」とも感じるのだよな。私は世界、諦めてないですけど、でも、この自作公演の自由さ、贅沢さ、ホームグラウンドならではという感じもするんだ。京都にしかないお寺、札幌にしかない喫茶店、東京にしかないタワー、そんなものを訪ねて行くように、日本でしか観られない「見立ての美」を堪能しに、また一時帰国して観るのが楽しみです。

2019-08-10 / ずっと待ってた

こんにちはこんにちは、ほぼ月刊ですら更新できていないブログ、8月号をお届けいたします。

 

■『天国飯と地獄耳』電子書籍ようやく発売!

読んで字のごとくですよ! 紙版書籍の刊行からじつに1年以上、『天国飯と地獄耳』、キノブックスが新たにスタートさせた電子書籍ラインナップのトップバッターに加えていただきました。私も普段はほとんどKindleで読書するようになってしまったので、既刊の中で唯一、電子版が出ていないこの本のことがずっと気になっていた。担当編集者とやりとりするたびに毎度しつこく「電子版……(恨)」と言い続けていたのが、やっと実を結びました。筆者もうダメかと思っていたよ。でも水面下で頑張ってくれていたのだよ。本当に、本当にありがとうございます。8月8日発売です。

 

蓋を開けてみると、今までの著作の中でもとくに、電子版を出す意味がとても強いタイトルだと思います。何しろ、前半が東京、後半がニューヨーク、私がアメリカへ転居する時期を挟んで書かれた初めての本ですから。海外在住の日本語読者にこそ気軽に読んでもらいたい、こちらで知り合った友人知人には、まっさきに渡したいと思う本、だったのです。

日本に住んでるみんなたちはご存じないかもしれないが、日本語の紙の本、外国で買おうとすると高ッッッッかいんだよ! こちらにおいては日本語書籍が「洋書(Foreign Books)」だからね。もちろん「物理」の本を買っていただけるのは大変有難いのですが……関税も輸送代もかからず気軽にポチって読める本が、ようやく、出たよーーー! よろしくお願いいたします!

 

■もろもろリイシュー予定

そしてそして、これだけではありません、正式な情報解禁はもう少しだけ先になりますが、今後も岡田育の好評既刊、新しい形態での刊行が続きます。一つは、初めての単著の文庫化! もう一つは、これまた初めての、海外翻訳出版! いずれも一冊目の本を出した5年前には、夢のまた夢とも思えるような響きの言葉だったもの、少しずつ準備を始めています。改めてご報告いたしますので楽しみにお待ちください。そうしてもう一つ、秋以降にこれまた新しい挑戦をする予定。がんばる、がんばるよ……。

 

■この夏のおすすめ

もう一つ告知、青山ブックセンター本店の夏フェア「160人がこの夏おすすめする一冊 2019」に参加しています。大きなフェア棚が展開されて、タブロイド判もものすごい熱量です、夏休みに東京へいらっしゃる方は是非、足をお運びください。私も9月に棚を見に行けたらいいなと思っています。

青山ブックセンター本店では、夏の恒例のブックフェア「160人が選ぶ、この夏おすすめする一冊 2019」を、2019年8月8日(木)から今年も開催をいたします。


作家、漫画家、編集者、翻訳家といった本に関わる皆様をはじめ、実業家、美術家、建築家、写真家、イラストレータなどの様々なジャンルの方々から「 この夏おすすめする一冊 」をテーマに、2017年までは「100人」、2018年は「140人」、そして今年は160名以上の皆様に選書をしていただけました。

入口すぐのメインフェアコーナーにて、選書をしていただいた皆さまからのコメントと一緒に大きく展開をしています。またフェア商品を2,000円以上ご購入の方に、選書していただいた皆様の全コメントを掲載したタブロイドをプレゼントしています。

ぜひ、店頭で“ 夏の一冊 ”となる本を探してみませんか?

■開催期間 2019年 8月8日 (木) ~ 2019年 9月末
■開催場所 青山ブックセンター本店
http://www.aoyamabc.jp/news/summerbook2019/

 

ちなみに私の選んだ一冊は、A・M・リンドバーグ『海からの贈物』。新潮文庫版で手元にありますが、こちらは電子書籍が、出ていないのだなー、残念。とてもよい本なので、是非とも「物理で」手に持って、海辺で、川辺で、はたまた冷房のキンキンに効いた室内で、たったひとりで、読んでみていただければと思います。私も『40歳までにコレをやめる』執筆中に何度も読み返したものです。あの本を気に入っていただけた方には、胸を張っておすすめしますし、こんな世の中だからこそ、女の人だけでなく、男の人にも読んでいただきたいと思っているよ。

日本の夏は今年もはちゃめちゃに暑いようですね、皆様どうぞお身体にはお気をつけて。という挨拶で、こいつ秋まで続きを書かない気だな、と思ったでしょう……いやいや、また書きますよ、きっと、何かね。それまでは、よい夏をお過ごしください。

2019-07-13 / きっと知ってる

大変ご無沙汰しております、日記です。日記……とは……? という感じですが今に始まった話ではないのでご容赦ください。5ヶ月以上も放置するって我ながらすごいね。もちろんその間もTwitterやInstagramは廃人になりかけるほどの頻度で更新していたわけですが。皆さんはもうGutenbergに慣れましたか? 私はさっぱりです。

さて、この間にもいろいろな出来事がありましたので、得意のダイジェストで振り返ってみたいと思います。

■とうとう新刊が出ました

新刊『40歳までにコレをやめる』が発売となりました。「大手小町」の人気連載(と編集部に毎回書いてもらえるのが地味に嬉しかった)に大幅加筆、書き下ろし章なども含めた圧巻256ページとなっております。私にとって「20代の宿題」は学費ローンの完済で、34歳までの返済計画を立てていたのを29歳で払い終えました。そして「30代の宿題」は、この本です。32歳で最初のエッセイ執筆依頼を受けてからずっと、なぜか需要の赴くがまま、「自分のことを語る」スタイルで物を書いてきましたが、その集大成と呼んでいいと思います。たぶんもう二度とこんな本は書かないんじゃないか、と感じるような一冊になりました。是非、お手にとっていただければと思います。

6月には東京出張して著者インタビューはじめ各媒体の取材をたくさん受けました。以下、「what’s new」からのコピペですが、その「what’s new」もついさっき5ヶ月ぶりに更新したからな、初耳だよって方のほうが多いはず、併せてご覧いただければ幸いです。

■あれこれ連載が始まりました

まずは『40歳までにコレをやめる』でも大変お世話になった「大手小町」で、隔週の新連載「気になるフツウの女たち」がスタートしています。どこかに明言しているわけではないけれど、これは『天国飯と地獄耳』 の続編のような位置付けです。ルールは「見ず知らずの女性を通りすがりに観察して、いっさい答え合わせ的な行為をせずに、妄想だけでその人となりについて書く」というもの。「人を見かけだけで判断する」なんて、なんと失礼な奴だ、と思われるかもしれませんが、「その人なりのスタイルや魅力を、視覚情報だけで言祝ぐ」というのは、私としては安直なルッキズムへのアンチテーゼのつもりです。

また、青山メインランドが運営していたオウンドメディア「ナポレオン」でのお金にまつわる連載「そのかねを」 は、サイト閉鎖に伴い6月末までで終了となりました。ほぼ週刊で、だいぶ好き勝手に書かせていただいたコラムが、結構たくさん溜まっています。秋頃には閲覧できなくなってしまうそうですが、転載許可をいただいているので、どこかで続きを書けたりするといいなぁと思っております。ここでnoteか……。

そう、もう一つ、連載するよと意気込んでいたnoteの月額課金マガジン「夜半の月極」については、思うところあってお休みさせていただくことにしました。やっぱり、紙媒体以外のクローズドなところへ何か書くというのは、うまく続けられないものですね……。大好きな高野寛さんの例のやばい連載のような活用っぷりを見るだに、向いてねえ、向いてねえよ私、とどんどんモチベーションが下がっていってしまった。今後また編成を見直して、シリーズ「wkgk」のような「過去に書いたものの再掲」を中心に、ラインナップを組み直したいと思います。

そしてもう一つの大型新連載、集英社の月刊文芸誌『すばる』で「我は、おばさん」がスタートしました。こちらが 紙面の様子 、コンセプトを説明するよりも読んでいただくのが早いかと思います、私なりの「おばさん宣言」です。月刊誌連載という意味では『天国飯と地獄耳』以来ですが、一回の枚数は数倍ですし、かかるコストも未曾有、自分史上最大級の大型連載となっております。『40歳までにコレをやめる』のその先へ、ということで、いま苦吟しているこの原稿が、40代をどう生きるかの最初の道標になってくれるといいなぁと願いつつ、天の星々のような先輩「おばさん」たちについて思いを馳せる毎日です。

■あちこち旅をしています

1月末に日本一時帰国して、5月下旬からまた日本一時帰国していました。だって推しミュージカル俳優こと俺の俺たちの石川禅が北九州で『笑う男』日本初演に出ていたので……あとカーネーションと高橋徹也のツーマンライブもあったので……。気がついたら手が勝手に家族マイルを消費していた。いや、嘘です、新刊のね、新刊のプロモーションに行ったという話ですよ。

ものすごく久しぶりに京都にも行けて嬉しかったな。あまりにも弾丸すぎて、書店周りして、レイチェルソーンさんと学食ランチして、いしいしんじさんとすっぽん食べて、丹所千佳さんと蛍を見たという以外の記憶が飛んでいるけど。でも、あんなに何度も訪れている街なのにどこへ行っても初訪問だというのが、奥深くおそろしく嬉しく恥ずかしく、不思議な気持ちでした。

ついでに6月上旬にはシンガポールにも行ってきました。楽しかったなぁ。今住んでいるニューヨークからはアジア圏はとても遠いので、日本一時帰国にくっつけてあちこち回るのがよさそうです。昨年まではベトナムや台湾へ行っていたけど、シンガポールといえば俺の俺たちの王子様ことディックリーの聖地。巡礼してきましたよ、いろいろと。日本文化との親和性が大変高く、住環境的には「ほぼ日本」というノリで生活できて、それであれだけ他の条件が好いのなら、そりゃあ移住して子供をこちらの学校へやろうという人が出てくるのも頷ける。でもちょっと難しさも感じたりして、ここをユートピアと見做すことは私にはできないかもしれないなと思った。百聞は一見に如かず。

7月にはドイツ・ベルリンにも行ってきました。こちらも楽しかったよなぁ。ベルリンの地図はばっちり頭に入り、ドイツの地理感覚も少しは培われたので、また何度でも行きたい。シンガポールとベルリン、昨秋パリで試した「短期集中で観光するのではなく、合間に働きながら長めに逗留する」形式を採用してみたのだが、これが結構、性に合っているようでした。どのみち自宅にいても日本の仕事相手とは時差があるし、アメリカの仕事のほうも、同僚が時差のある西海岸などからリモートワークしていたりする。だったら別に、ニューヨーク以外の場所にいてもいいんだよな。と思い至って、新しい旅の形態を模索しているところです。

シンガポールに5日、ベルリンには復路便欠航もあって9日くらい滞在して、これは、それぞれの市内の観光名所をぐるりと見て回るのに必要な日数の、だいたい倍くらいかと思う。詰め込み型の旅が好きな人たちからは「そんなに長く一箇所に留まって、他にどこにも行かなかったの!? マレーシアとか、ゲーテ街道とか、いくらでも足を伸ばせるのにもったいない!」と驚かれるのだが、私はむしろ「平日昼間に淡々と仕事して、アフターファイブは初めて訪れる街で酒が飲める、最高では?」という感じで、ホテルのラウンジとかコーヒーショップとかでPCを広げているのが嫌いじゃない。どっちが優雅でどっちが野暮か、どっちがリーズナブルでどっちがもったいないかは、永遠の謎だし、人それぞれじゃないかなと思う。

私は根が貧乏性なので、ガチの旅行をしようとするとあれもこれもと予定を詰め込んで「観光貧乏」になってしまいがち。そうすると帰宅してからドッと疲れて、旅行日程と同じくらいの日数を、現実に戻るための体力回復に使う羽目になったりする。あんまり人の世話になると緊張が解けないし、リゾートへ行くと頭のネジが緩みすぎちゃうし、いい塩梅を探すのが難しかった。半分のエネルギーで倍滞在して、夫と一緒に出かけたり、独りの時間を楽しんだり、がっつり観光したり、宿でゴロゴロしたり、働いたり、というのが今のところはいいみたいだ。そういえば去年の冬に行ったマイアミもそんな旅でしたね。

9月にはまた東京へ行きます。だって推しミュージカル俳優こと俺の俺たちの石川禅が、初のテレビドラマレギュラーとして現在はTBS日曜劇場『ノーサイドゲーム』出演中の石川禅が(しつこい)、5回目のソロコンサートを、開催するので……。そして津田大介芸術監督の「あいちトリエンナーレ」も観に行く予定です。いやぁ、旅すれば旅するほどマイルが溜まるって、素晴らしいことですよね。

■きっと知ってる

以上、TwitterとInstagramを見てくださっている方たちなら、きっとみんな知ってることばかりでしょう。この「きっと知ってる」を前提に、何か新しいことを更新し続けるモチベーションって、なかなか続かないですよね。引き続き、日常的なことはSNSでつぶやいていくつもりです。ここの扱いをどうしようかなぁ、過去記事の再掲をして一覧性を高めたい気もするし、一方で、この開店休業中の様子が自分らしい気もしているし。

取り急ぎ、ずっと愛用していた「はてなグループ」終了のお知らせが悲しくて悲しくてやりきれないなか、「はてなダイアリー」ともども大量のログの中からこちらへ転載できるものを見繕っていきたいと思います。同じコンテンツの墓場なら、自分の手元で管理できたほうがよい。これだってもう十数年前からいろいろなブロガーに教え諭されてきたことなんですけどね。わかっていても、知ってても、「やる」のが難しいことって、あるんだよ。もうちょっと考えます。ではまた。

単行本書籍『40歳までにコレをやめる』

『大手小町』で連載していたエッセイ『40歳までにコレをやめる』が単行本になりました。四冊目の単著です。

私たちは、大人になるにつれて
「やるべきだ」「せねばならない」
といった文句に脅かされすぎてはいないだろうか――。
「やめる」ことは、逃げでもなんでもない。
それをやらなくたって、死にゃあしない。
自分なりの「しないこと」を考えてみれば、
人生はきっともっとラクに、自由になる。

現在39歳の人気文筆家が、
40歳までに「やめること」を綴った
等身大エッセイ!

書題 40歳までにコレをやめる
英題 What I’ve Quit Before 40
著者 岡田育
発売日 2019年5月27日
出版社 サンマーク出版
仕様 四六判ソフトカバー
価格 1500円+税
装幀 佐藤亜沙美
装画 一乗ひかる
ISBN-10 4763137603
ISBN-13 978-4763137609
紙書籍 https://www.amazon.co.jp/dp/4763137603/
電子書籍 https://www.amazon.co.jp/dp/B07SKV7V8K/