2017-09-23 / つおかった。

9月21日はお誘いを受けて旭酒造「獺祭」のイベントへ。毎年開催されているそうだが初めて。ホテルのルーフトップバーを貸し切って、カクテルパーティーのノリで食前カクテルやスパークリングのほか「50」「23」「39」「Beyond」を飲み比べるという贅沢さ。普段はレストランメニューで見かけてもそっと見なかったことにしているあの獺祭がワイングラスに盛りに盛られてカパカパ空いているという信じ難い光景。もったいないので負けじと飲む。どんどん出てくる。楽園かな? ダウンタウン外食事情における「DASSAI」の知名度はピカイチで、「一番旨い高級なサケ」の代名詞として外国人から名前を聞く機会も多いのだが、仕掛け人サイドはこのくらいではまだまだ全然足りないと思っているとのこと。「NYでの今の人気はマニアックで局所的すぎてスカイツリーみたいなもので、富士山のように大きく裾野を広げていかないといけない」というフレーズが印象に残った。たしかにな、保守的なアメリカ人はめちゃくちゃ保守的ですからな。鮨屋とかで高級酒をガンガン空けてるのはやっぱり食文化の似てるアジア系が多いよね。「その先」というのは途方もない挑戦だ。すっかり日本舌になったのでラーメン食べて帰る。

9月22日はこれまた毎年恒例のイベント「NY Art Book Fair 2017」。平たく言うと同人誌即売会みたいなもので、来るたびに出版社ブースが増えたり減ったり、競争倍率がどんどん高まっている結果なのか、なんとなく全体のキュレーションが変わっている気がして興味深い。一般参加者としては毎回ノリが違うのも面白いけど、常連の常連化が強固になる一方で、好きだった島サークルが二度と出展しない気がしたりもして、寂しいな。もう少し広い会場でやってもいいのに。換気的な意味でも。大型の商業写真集の特別ディスカウント販売などはグッとこらえて、ずっと追っかけてるサークルと、初めて見た小ぶりのジンを中心に購入。コミケと同じですが、買い専で参加するたび、テンション上がるとともに「それで、今年も貴様は何も作らなかったのだな! この口だけ野郎が!」と己を鞭打つ。作らなければ出展できないし出展しないと作らない。オンラインで発表の場があるのは便利だなと思うけど、やっぱりもうちょっと紙っぽい本っぽいものが作りたいですね。物理。

全フロアぐるっと回ってタレルの小部屋で一息ついて、弾丸出張中の小熊千佳子さんと合流してこれまたご縁でミッドタウンの知人宅ホームパーティにお邪魔する。紛うことなき洋食の味付けなのに西洋圏の飲食店などではなぜか食べられたためしがない、日本人の心に染みるもはや和食と呼んでよいビーフシチュー、レシピ伺えばよかった。二晩連続、美しい夜景を堪能しながら最近めっきり触れていなかったニューヨークシティの華やかな部分に触れて、かつ、「好きなものに囲まれて緑のあるところに住む」暮らしの豊かさも知り。でも最後には深夜になってもまるで閉店する気配のないM&M’sショップに立ち寄ってギラギラの自由の女神像に年甲斐もなくテンション上がり。要するに、私もこの街でもっともっと頑張ろうと思いました(小並感)。

というわけで、帰国後、立て続けに素敵な在米日本人たちと出会ったので、ふとこういう話題にも反応してしまうのだった。(※クリックすると、スレッド状になっている他の発言も読むことができます)

書いてみてから、こういうことは日記に書けばよかったんだなと気づくのだが、やっぱりTwitterのほうが手が早い。つぶやくようにブログを書くというのは、私には難しいようです。俳句と短歌と散文がそれぞれ別の形態であるように、ペン画が描けても書道や水彩画には別の緊張があるように。

そういえば先日、台湾出身の美しい女性から「あなたは日本人のように見えない」と言われた。「背が高くて目が大きいから、中国人のようである」と。身長に関してはヒール履いてただけなんだが、彼女が言わなかったこととして「髪が短い」「洋服の柄が派手」も含まれるだろう。和服姿の女性も多くいる場だったので、相対的に連載エッセイ『天国飯と地獄耳』に書いた山田(仮)みたいに見えた可能性もある。なんにせよ「おまえ和風味に欠けるな、純日本人か?」と訊かれるのは、まぁわかる。興味深いなと思ったのは、その少し前にも同じように、インド系の小柄で美しい女性からも「パッと見て、日本人じゃなくて、中国人だと思った」と言われたこと。そして、この二人が言うのは、どちらも大層な「褒め言葉」であるということだ。

今、アジア系の女性にとって美の基準最高峰は、スラッとしてシュッとしててデーンと迫力があるような、あの今時の中国人女性像なんかなぁ、というのを実感した。一昔前、その位置にあったのは韓国人女性だったと思う。そのさらに前は、日本人女性が憧れられていたかもしれない。でも、百年単位で歴史を遡ったら、やっぱり俺らの目標は、時の中国人女性だったろうな。ここで言う「美」の指標ってたぶん国の勢いのよさに過ぎない。つまり、容貌に帯びた民族性とか、取れないクマに囲われて落ち窪んだ私の眼球の大小といった個人的事柄は微塵も関係なく、結局はその時々の国力が、イメージの産物である「褒め言葉」の所属を決めるのだ。韓流コスメ大流行の頃は中国人も日本人もみんな韓国人みたいなメイクしてたけど、今はちょっと変わっている。ここでの「中国人っぽい」の意味するところは、チャイナドレスが似合うか否かではない。もっと現代風な意味。

さてここで、彼女たちが私に「日本人より中国人に見える」と言って寄越すのは、バブリィなイケイケ感イイネ、という程度の軽い言葉なのは(同じ街に暮らしていてニュアンスを汲めるから)わかるし、その気持ちは有難く受け取りたいのだが、難しいのは、「サンキュー」とは返せない、という問題である。「日本人に見えない」という褒め言葉に「ありがとう」と返すと、「日本女性はブスで野暮ったく洗練されていない」と認めたことになり、褒め言葉に機嫌をよくした「女性」の私と同じだけ、「日本人」の私は機嫌を損ねる。よく似た例で、優れた人材を指すときに「日本人離れした」という表現があるが、あれも何だかよくわからない。「世界に通用する」あるいは「我が国の人材育成システムの枠組みを超えた」とかならまだわかるけど、能力が高いことに、出身地や国籍は関係なくないか? 「鄙には稀な美人」などと言われて喜ぶのは、己の中に審美基準を持たぬ田舎者だけだ。一介の地球市民としては、「そりゃあ殿様が物を知らんだけじゃあ、おらが村には、もっとめんこいおなごもようけようけおりますだでー」(CV市原悦子)と言い返したくもなる。

逆の、マイナスの例のほうがわかりやすいだろうか。以前、西洋人から「あなた中国人? あら日本人!? オー、ソー・ソーリー!」と言われてめちゃくちゃ不愉快に感じた、という話を書いたかと思う。そこで(誤認の訂正以上の過剰な)詫びを入れるニュアンスには明らかな中国人差別が含まれるし、大袈裟に謝ることによって同じアジア人である私を差別の共犯関係に巻き込むなよ、という話だ。また、アジア系の若者から「Do I look like Japanese today?」と毎日のようにファッションチェックをせがまれるのにも辟易した。日本文化を愛してくれるのは嬉しいが、仮にも服飾を学ぶ者が己のルックスに対してそんな底の浅さでどうする、「あたしも金髪碧眼に生まれたかったー」とか言ってるそこらのアホと変わらんやんけ。「イエス」と言うことで歪んだアイデンティティ形成に加担したくなくて、「いや、日本人、真冬にサンダル履かんから」などと抵抗していた。

「っぽさ」というのは自分一人では作り上げられない、あくまで社会的なものであり、文化的な遊びとしてそのステレオタイプを逆手に取ったりする行為はアリかもしれないが、それ以上でも以下でもないだろう。NYで肩で風切って歩いてる、上昇志向が強く野心家で勉強家で美容にも妥協しない何でも一番でめっちゃサクセスしてる完璧超人優等生みたいなエリート東洋人女性は、そりゃあ誰の目にも美しくカッコイイし、私もろくに確かめもしないで「きっと中国系に違いない」などと思う。のだけど、褒めるにも貶すにも、「あの感じ」を形容するときには、国や民族の名称などは抜いて、もうちょっと国際的かつ総合的な表現を使いたいよね、という話だ。「うっわー、おめー、そのドレスの柄、つっええなー! 初めて見たぞ!?」「あんがとな、おまえのそのキツめのアイラインも、なかなかスッゲエなー!」(CV野沢雅子)みたいな。「ねえねえ見て見て、今日の格好、つおい?」(CV小山芙美)みたいな。それで足りるじゃないか。

そこでわざわざ「その好戦的な服装、地球人離れしててまるでサイヤ人みたいですねー、本当に地球人なんですか?」などと言う必要はまったくない。「あのひと、本名はカカロットなのに、どうして孫悟空なんて紛らわしい名義で活動してるんですか? 国籍を偽って地球人の良いイメージを利用して得しようとしてるのはズルくないですか?」とか言ってる奴は、うるさい黙れアホか、とぶっ飛ばしてしまえばいいと思うんですよね。平素は暴力解決に否定的なわたくしですが、ここは天下一武道会なので。まぁ別に時事ネタでも何でもないんですけど、なんかそういう感想をぐるぐる抱きました。ウェイウェイ。

……と、ここまでつらつら書いてみて、これもしかしてもう少し整理して有料マガジン留学連載『35歳で、ガールと呼ばれる(仮)』のほうに書くべき話題だったかな? とまたしても媒体と形態を誤った感が否めないのですが、あちらもおかげさまでたくさんの方に購読していただけているようで何よりです。だいた週刊くらいで書けるといいんですが、授業カリキュラムや当時のノートをがっつり発掘する作業が案外と手間でして、しばらくはフワッとした「初心忘るるべからず」ネタを更新することになりそうです。