2020-01-04 / 自己紹介

2017年の正月に、長めの自己紹介を書きました。これは2015年夏に渡米してからの環境変化を踏まえて書いたもので、執筆当時はまだ大学生。内容もずいぶん古くなってしまったので、2020年の正月に新バージョンを書きます。今回もまた「ゼロからの自己紹介」のつもり。そして、前回は「逆順」だったので、今回は趣向を変えて「正順」にしてみます。少し長いですが、読むほうもダラダラお付き合いください。


岡田育といいます。職業は「文筆家」です。私が先達に倣って名乗り始めたのは2012年からですが、近年、日本語圏でこの肩書きを使用する人が微増している気がして、心強いです。今までにエッセイの単著を四冊、文庫化もされた共著を一冊、刊行しています。ご依頼があれば、インタビュー取材、テーマコラム、書評や映画評なども手がけ、テレビやラジオの番組に出たり、イベントに登壇したりすることもあります。

1980年東京生まれ、東急電鉄沿線で育ちました。実家は親より古い一軒家で、五人家族にはあまりにも狭すぎる間取り。親元を離れるまで「自分ひとりの部屋」を持ったことがなく、二十歳過ぎても二段ベッドで寝起きしていました。結果、「孤独になれる」時間や空間を最高の贅沢と感じる子供になりました。往復一時間の電車通学では図書館で借りた本を読み、家族が寝静まった深夜は布団にもぐってラジカセで音楽を聴くか、手元の灯りで物を書く。立派なオタクの出来上がりです。

バブル好景気に沸く日本の狂騒を、幼心にギリギリ憶えている世代です。当時の私は、ジャパンこそがナンバーワン、東京こそが世界文化の中心地で、その恩恵をダイレクトに受けられる自分は大変幸運であり、大人になればただそれだけで薔薇色の未来が開けると信じていました。右肩上がりのその幻想が、泡とはじけたときに10代半ば。昇っていく予定だった梯子を突然外されて、社会から蹴り出されたような気分でした。

太宰治『人間失格』の手記は「恥の多い生涯」と始まりますが、私の一冊目の著書タイトルは『ハジの多い人生』。「ハジ」は、「ハジッコ」の「ハジ」です。教室の片隅、放課後の屋上、日記帳の余白、タイ焼きのミミ、カセットテープの終わった残り、繁華街の路地裏のちょうどいいくぼみ、あるいは、日本列島がド真ん中でなく東端に描かれている世界地図。なるほどなぁ、私がこの世の「中心」や「頂点」に辿り着くことは絶対ないんだろうけれど、それはそれで楽しく生きていくしかないな、と考えるに至った少女時代について書いた本です。

この本は2020年春、装いも新たに文春文庫に加わる予定です。現在市場に出回っている、新書館から刊行された親本のほうは入手困難となりますので、にほへさんの超絶かわいい装画や挿絵をお手元に置いておきたいという方は、急ぎお買い求めください!!


慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)に進学した理由は、「蘭学に触れるには、長崎へ行くしかない!」。これからの世界を大きく変えると噂されていた、インターネットというものに触れてみたい一心でした。合格が決まってから生まれて初めてパソコンを手に入れて、1998年頃からHTMLでホームページを制作し、ウェブ日記を書いたり、いわゆる二次創作同人サイトを作ったりしていました。1999年に先輩から「すごい検索エンジンができた」と初めてGoogleを見せてもらったのも、2002年に初めてはてなidを取得したのも、母校の特教だったと記憶しています。

1999年より佐藤雅彦研究室の一期生として、表現とメディア、教育方法論などの研究をしていました。ADC賞を受賞した『動け演算』や、NHKの教育番組『ピタゴラスイッチ』の制作に参加。学部生のときから企画立案と運営に携わっていた、携帯電話(i-mode)と新聞紙面を使った新しい社会調査プロジェクト『日本のスイッチ』で修士論文を書きました。

また、2001年から沼田元氣事務所で編集助手のアルバイトを始め、紙の書籍という物理記録媒体を世に残すことに高い関心を抱くようになります。沼田さんにはその後、池袋コミュニティカレッジ「乙女美学校」の活動でもお世話になりました。

2004年に中央公論新社に入社。2012年まで8年半勤めていました。最初に配属されたのは中高年世代向けの女性雑誌『婦人公論』編集部で、主に巻頭特集の企画と、著名人のインタビュー記事を手がけました。小説や漫画、カルチャー欄の連載も担当して、サイトリニューアルや公式ブログ開設にも関わり、あちこち潜入取材してルポ記事を作ったこともあります。

次に配属されたのは単行本書籍を手がける編集部で、純文学から時代エンターテインメント小説、大型新聞連載から新人作家のデビュー作、エッセイや将棋の本まで、何でも担当しました。当時はあくまで会社の看板を背負って働いていたわけですが、どれも思い入れが深い仕事です。在職中に手掛けた作品の幾つかが賞を受賞したこと、また、独立後に樋口有介さんや富樫倫太郎さんの元担当編集者として文庫解説を書かせていただいたことなど、嬉しい思い出です。


2020年は、サラリーマンの「編集者」として勤めた時間を、自分の名を出す「文筆家」として働いた時間が上回る、節目のタイミングでもあります。そう考えると長いものですね。将来に悩む若い世代からはよく、「いつ、なぜ、どのように転職を決断したのか?」という質問を受けますが、そのあたりは昨年出した最新刊『40歳までにコレをやめる』に詳しく書きました。ちなみにこの本、出版社時代に川上未映子さんの本を一緒に担当していた読売新聞の方に連載枠をいただいて、ようやく書き上げたものです。ご縁は続きますね。今後、韓国語版の刊行が予定されています。

2013年に結婚した顛末については、『嫁へ行くつもりじゃなかった』という本に書きました。フリッパーズ・ギター『海へ行くつもりじゃなかった』が元ネタです。恋愛感情の無い相手と結婚する、いわゆる「交際0日婚」「いきなり婚」というやつです。「嫌になったら明日にでも離婚できるんだし」と軽率に決めた割に、気がつけば6年7年。これまた長い。おかげさまで夫のオットー氏(仮名)(※年齢性別国籍経歴いずれも非公表)とは、現在に至るまで、恋ナシ、愛アリ、魂の双子のように良好な関係を築けていると自負しております。

『オトコのカラダはキモチいい』というタイトルで、AV監督の二村ヒトシさんと、社会学者の金田淳子さんとの共著も出しました。アメリカで知り合った人には、「男性主導で発展してきたアダルトビデオやHENTAI的なポルノグラフィと、女性主導で発展してきたやおい・ボーイズラブ・腐女子の文化から、日本社会の性とジェンダーについて、はたまた『有害な男性性』からの解放について、考察した本である」と説明しています。英語圏で自己紹介するとき、最も食いつきがいいのはこの本ですね。海外翻訳出版のご提案、お待ちしております!

2013年からフジテレビ系の朝の情報番組『とくダネ!』にレギュラーコメンテーターとして出演していたのが、世間的に見て最も「目立つ」仕事だったと思います。ちょうど同時期に続けていた、cakesの座談会連載「ハジの多い腐女子会」や、雑誌『LaLaBegin』の連載「メガネに会いたくて」、また、文化系WEB女子同人『久谷女子便り』での活動なども、多くの方にご記憶いただいているようで有難いです。


2015年8月には、米国ニューヨークに転居しました。35歳にして初めての海外生活。それまで仕事で英語を使ったこともなく、収入も激減することが予想されました。非ネイティブの外国人が最短距離でキャリアを形成するには? と考えた結果、ニュースクール大学傘下のパーソンズ美術大学でグラフィックデザインの準学士号を取得。現在は広告代理店やデザイン事務所と個人契約を結び、デザイナー、ブランドコンサルタントとしても働いています。

新商品のパッケージ開発、企業ロゴやウェブサイトのリニューアル、グローバル市場に向けた広告戦略など、広義のブランディング業務が主軸となりつつあります。クライアントワークなので私の名前が表に出ることはありませんが、編集者として培ってきたスキルを言葉の壁を超えて活かすことができ、とてもやりがいを感じています。

とはいえ実態はさんざんなものです……。昨年はとくに、納期がずれ込みやすいプロジェクトを幾つも請けてしまい、事務処理も倍以上に膨れあがり、スケジュール管理がガタガタになってしまいました。多方面にご迷惑をおかけしましたこと、猛省しております。2020年以降は、なんとしても働き方を改善せねば、というのが正月の抱負です。

三冊目の著書『天国飯と地獄耳』は、東京時代に雑誌連載していた前半部分と、ニューヨーク留学中の空白期間を経て書き上げた後半部分からなる、ハイブリッドなエッセイ集です。こちらについては台湾での翻訳出版が予定されています。楽しみ楽しみ。

世界中から社会人留学生が集まるアートスクールでの「二度目の大学生活」は大変有意義なものでした。米国は日本とはまた違う意味での学歴社会で、何歳になっても、何度でも、大学へ通い直して新たな専門性を身につける大人がたくさんいます。就職活動の仕組みも違い、働き方もずっと自由なので、実力を示せば誰でも新しい分野に挑戦することができるのです。在学中に書き殴っていた暗号のような日記やメモを整理して、いずれちゃんとした留学体験記をものしたいと思っています。

現在は、集英社の文芸誌『すばる』での連載「我は、おばさん」と、読売新聞大手小町での連載「気になるフツウの女たち」を進めています。その他、まだ言えない進行中のプロジェクトがいくつか。年に数回は日本に一時帰国して、東京に限らずあちこちへ出かけ、こつこつ仕込みを続けております。


最新の近況については Twitter を参照していただくのが一番よいと思います。英語圏ではTwitterの代わりに Instagram で日記をつけていて、ごくごくたまに、Mediumでも書いています。三日坊主の私が12年以上、毎日欠かさず続けているのはtweetだけですね。ほとんどゴミ捨て場のような使い方ではありますが、あれもまた一つの「活動拠点」と捉えています。

もともと新しもの好きで、新サービスを見つけるととりあえずアカウントを作ってしまうのが悪い癖。今年、長年愛用してきたはてなグループが終了してしまうこともあり、これを機に発信チャンネルも縮小傾向でと考えています。ここ数年、何もかも盛り沢山だったので、公私ともにスッキリさせる、というのが今年の目標ですね。2020年も、どうぞよろしくお願いいたします。

2019-08-10 / ずっと待ってた

こんにちはこんにちは、ほぼ月刊ですら更新できていないブログ、8月号をお届けいたします。

 

■『天国飯と地獄耳』電子書籍ようやく発売!

読んで字のごとくですよ! 紙版書籍の刊行からじつに1年以上、『天国飯と地獄耳』、キノブックスが新たにスタートさせた電子書籍ラインナップのトップバッターに加えていただきました。私も普段はほとんどKindleで読書するようになってしまったので、既刊の中で唯一、電子版が出ていないこの本のことがずっと気になっていた。担当編集者とやりとりするたびに毎度しつこく「電子版……(恨)」と言い続けていたのが、やっと実を結びました。筆者もうダメかと思っていたよ。でも水面下で頑張ってくれていたのだよ。本当に、本当にありがとうございます。8月8日発売です。

 

蓋を開けてみると、今までの著作の中でもとくに、電子版を出す意味がとても強いタイトルだと思います。何しろ、前半が東京、後半がニューヨーク、私がアメリカへ転居する時期を挟んで書かれた初めての本ですから。海外在住の日本語読者にこそ気軽に読んでもらいたい、こちらで知り合った友人知人には、まっさきに渡したいと思う本、だったのです。

日本に住んでるみんなたちはご存じないかもしれないが、日本語の紙の本、外国で買おうとすると高ッッッッかいんだよ! こちらにおいては日本語書籍が「洋書(Foreign Books)」だからね。もちろん「物理」の本を買っていただけるのは大変有難いのですが……関税も輸送代もかからず気軽にポチって読める本が、ようやく、出たよーーー! よろしくお願いいたします!

 

■もろもろリイシュー予定

そしてそして、これだけではありません、正式な情報解禁はもう少しだけ先になりますが、今後も岡田育の好評既刊、新しい形態での刊行が続きます。一つは、初めての単著の文庫化! もう一つは、これまた初めての、海外翻訳出版! いずれも一冊目の本を出した5年前には、夢のまた夢とも思えるような響きの言葉だったもの、少しずつ準備を始めています。改めてご報告いたしますので楽しみにお待ちください。そうしてもう一つ、秋以降にこれまた新しい挑戦をする予定。がんばる、がんばるよ……。

 

■この夏のおすすめ

もう一つ告知、青山ブックセンター本店の夏フェア「160人がこの夏おすすめする一冊 2019」に参加しています。大きなフェア棚が展開されて、タブロイド判もものすごい熱量です、夏休みに東京へいらっしゃる方は是非、足をお運びください。私も9月に棚を見に行けたらいいなと思っています。

青山ブックセンター本店では、夏の恒例のブックフェア「160人が選ぶ、この夏おすすめする一冊 2019」を、2019年8月8日(木)から今年も開催をいたします。


作家、漫画家、編集者、翻訳家といった本に関わる皆様をはじめ、実業家、美術家、建築家、写真家、イラストレータなどの様々なジャンルの方々から「 この夏おすすめする一冊 」をテーマに、2017年までは「100人」、2018年は「140人」、そして今年は160名以上の皆様に選書をしていただけました。

入口すぐのメインフェアコーナーにて、選書をしていただいた皆さまからのコメントと一緒に大きく展開をしています。またフェア商品を2,000円以上ご購入の方に、選書していただいた皆様の全コメントを掲載したタブロイドをプレゼントしています。

ぜひ、店頭で“ 夏の一冊 ”となる本を探してみませんか?

■開催期間 2019年 8月8日 (木) ~ 2019年 9月末
■開催場所 青山ブックセンター本店
http://www.aoyamabc.jp/news/summerbook2019/

 

ちなみに私の選んだ一冊は、A・M・リンドバーグ『海からの贈物』。新潮文庫版で手元にありますが、こちらは電子書籍が、出ていないのだなー、残念。とてもよい本なので、是非とも「物理で」手に持って、海辺で、川辺で、はたまた冷房のキンキンに効いた室内で、たったひとりで、読んでみていただければと思います。私も『40歳までにコレをやめる』執筆中に何度も読み返したものです。あの本を気に入っていただけた方には、胸を張っておすすめしますし、こんな世の中だからこそ、女の人だけでなく、男の人にも読んでいただきたいと思っているよ。

日本の夏は今年もはちゃめちゃに暑いようですね、皆様どうぞお身体にはお気をつけて。という挨拶で、こいつ秋まで続きを書かない気だな、と思ったでしょう……いやいや、また書きますよ、きっと、何かね。それまでは、よい夏をお過ごしください。

2019-07-13 / きっと知ってる

大変ご無沙汰しております、日記です。日記……とは……? という感じですが今に始まった話ではないのでご容赦ください。5ヶ月以上も放置するって我ながらすごいね。もちろんその間もTwitterやInstagramは廃人になりかけるほどの頻度で更新していたわけですが。皆さんはもうGutenbergに慣れましたか? 私はさっぱりです。

さて、この間にもいろいろな出来事がありましたので、得意のダイジェストで振り返ってみたいと思います。

■とうとう新刊が出ました

新刊『40歳までにコレをやめる』が発売となりました。「大手小町」の人気連載(と編集部に毎回書いてもらえるのが地味に嬉しかった)に大幅加筆、書き下ろし章なども含めた圧巻256ページとなっております。私にとって「20代の宿題」は学費ローンの完済で、34歳までの返済計画を立てていたのを29歳で払い終えました。そして「30代の宿題」は、この本です。32歳で最初のエッセイ執筆依頼を受けてからずっと、なぜか需要の赴くがまま、「自分のことを語る」スタイルで物を書いてきましたが、その集大成と呼んでいいと思います。たぶんもう二度とこんな本は書かないんじゃないか、と感じるような一冊になりました。是非、お手にとっていただければと思います。

6月には東京出張して著者インタビューはじめ各媒体の取材をたくさん受けました。以下、「what’s new」からのコピペですが、その「what’s new」もついさっき5ヶ月ぶりに更新したからな、初耳だよって方のほうが多いはず、併せてご覧いただければ幸いです。

■あれこれ連載が始まりました

まずは『40歳までにコレをやめる』でも大変お世話になった「大手小町」で、隔週の新連載「気になるフツウの女たち」がスタートしています。どこかに明言しているわけではないけれど、これは『天国飯と地獄耳』 の続編のような位置付けです。ルールは「見ず知らずの女性を通りすがりに観察して、いっさい答え合わせ的な行為をせずに、妄想だけでその人となりについて書く」というもの。「人を見かけだけで判断する」なんて、なんと失礼な奴だ、と思われるかもしれませんが、「その人なりのスタイルや魅力を、視覚情報だけで言祝ぐ」というのは、私としては安直なルッキズムへのアンチテーゼのつもりです。

また、青山メインランドが運営していたオウンドメディア「ナポレオン」でのお金にまつわる連載「そのかねを」 は、サイト閉鎖に伴い6月末までで終了となりました。ほぼ週刊で、だいぶ好き勝手に書かせていただいたコラムが、結構たくさん溜まっています。秋頃には閲覧できなくなってしまうそうですが、転載許可をいただいているので、どこかで続きを書けたりするといいなぁと思っております。ここでnoteか……。

そう、もう一つ、連載するよと意気込んでいたnoteの月額課金マガジン「夜半の月極」については、思うところあってお休みさせていただくことにしました。やっぱり、紙媒体以外のクローズドなところへ何か書くというのは、うまく続けられないものですね……。大好きな高野寛さんの例のやばい連載のような活用っぷりを見るだに、向いてねえ、向いてねえよ私、とどんどんモチベーションが下がっていってしまった。今後また編成を見直して、シリーズ「wkgk」のような「過去に書いたものの再掲」を中心に、ラインナップを組み直したいと思います。

そしてもう一つの大型新連載、集英社の月刊文芸誌『すばる』で「我は、おばさん」がスタートしました。こちらが 紙面の様子 、コンセプトを説明するよりも読んでいただくのが早いかと思います、私なりの「おばさん宣言」です。月刊誌連載という意味では『天国飯と地獄耳』以来ですが、一回の枚数は数倍ですし、かかるコストも未曾有、自分史上最大級の大型連載となっております。『40歳までにコレをやめる』のその先へ、ということで、いま苦吟しているこの原稿が、40代をどう生きるかの最初の道標になってくれるといいなぁと願いつつ、天の星々のような先輩「おばさん」たちについて思いを馳せる毎日です。

■あちこち旅をしています

1月末に日本一時帰国して、5月下旬からまた日本一時帰国していました。だって推しミュージカル俳優こと俺の俺たちの石川禅が北九州で『笑う男』日本初演に出ていたので……あとカーネーションと高橋徹也のツーマンライブもあったので……。気がついたら手が勝手に家族マイルを消費していた。いや、嘘です、新刊のね、新刊のプロモーションに行ったという話ですよ。

ものすごく久しぶりに京都にも行けて嬉しかったな。あまりにも弾丸すぎて、書店周りして、レイチェルソーンさんと学食ランチして、いしいしんじさんとすっぽん食べて、丹所千佳さんと蛍を見たという以外の記憶が飛んでいるけど。でも、あんなに何度も訪れている街なのにどこへ行っても初訪問だというのが、奥深くおそろしく嬉しく恥ずかしく、不思議な気持ちでした。

ついでに6月上旬にはシンガポールにも行ってきました。楽しかったなぁ。今住んでいるニューヨークからはアジア圏はとても遠いので、日本一時帰国にくっつけてあちこち回るのがよさそうです。昨年まではベトナムや台湾へ行っていたけど、シンガポールといえば俺の俺たちの王子様ことディックリーの聖地。巡礼してきましたよ、いろいろと。日本文化との親和性が大変高く、住環境的には「ほぼ日本」というノリで生活できて、それであれだけ他の条件が好いのなら、そりゃあ移住して子供をこちらの学校へやろうという人が出てくるのも頷ける。でもちょっと難しさも感じたりして、ここをユートピアと見做すことは私にはできないかもしれないなと思った。百聞は一見に如かず。

7月にはドイツ・ベルリンにも行ってきました。こちらも楽しかったよなぁ。ベルリンの地図はばっちり頭に入り、ドイツの地理感覚も少しは培われたので、また何度でも行きたい。シンガポールとベルリン、昨秋パリで試した「短期集中で観光するのではなく、合間に働きながら長めに逗留する」形式を採用してみたのだが、これが結構、性に合っているようでした。どのみち自宅にいても日本の仕事相手とは時差があるし、アメリカの仕事のほうも、同僚が時差のある西海岸などからリモートワークしていたりする。だったら別に、ニューヨーク以外の場所にいてもいいんだよな。と思い至って、新しい旅の形態を模索しているところです。

シンガポールに5日、ベルリンには復路便欠航もあって9日くらい滞在して、これは、それぞれの市内の観光名所をぐるりと見て回るのに必要な日数の、だいたい倍くらいかと思う。詰め込み型の旅が好きな人たちからは「そんなに長く一箇所に留まって、他にどこにも行かなかったの!? マレーシアとか、ゲーテ街道とか、いくらでも足を伸ばせるのにもったいない!」と驚かれるのだが、私はむしろ「平日昼間に淡々と仕事して、アフターファイブは初めて訪れる街で酒が飲める、最高では?」という感じで、ホテルのラウンジとかコーヒーショップとかでPCを広げているのが嫌いじゃない。どっちが優雅でどっちが野暮か、どっちがリーズナブルでどっちがもったいないかは、永遠の謎だし、人それぞれじゃないかなと思う。

私は根が貧乏性なので、ガチの旅行をしようとするとあれもこれもと予定を詰め込んで「観光貧乏」になってしまいがち。そうすると帰宅してからドッと疲れて、旅行日程と同じくらいの日数を、現実に戻るための体力回復に使う羽目になったりする。あんまり人の世話になると緊張が解けないし、リゾートへ行くと頭のネジが緩みすぎちゃうし、いい塩梅を探すのが難しかった。半分のエネルギーで倍滞在して、夫と一緒に出かけたり、独りの時間を楽しんだり、がっつり観光したり、宿でゴロゴロしたり、働いたり、というのが今のところはいいみたいだ。そういえば去年の冬に行ったマイアミもそんな旅でしたね。

9月にはまた東京へ行きます。だって推しミュージカル俳優こと俺の俺たちの石川禅が、初のテレビドラマレギュラーとして現在はTBS日曜劇場『ノーサイドゲーム』出演中の石川禅が(しつこい)、5回目のソロコンサートを、開催するので……。そして津田大介芸術監督の「あいちトリエンナーレ」も観に行く予定です。いやぁ、旅すれば旅するほどマイルが溜まるって、素晴らしいことですよね。

■きっと知ってる

以上、TwitterとInstagramを見てくださっている方たちなら、きっとみんな知ってることばかりでしょう。この「きっと知ってる」を前提に、何か新しいことを更新し続けるモチベーションって、なかなか続かないですよね。引き続き、日常的なことはSNSでつぶやいていくつもりです。ここの扱いをどうしようかなぁ、過去記事の再掲をして一覧性を高めたい気もするし、一方で、この開店休業中の様子が自分らしい気もしているし。

取り急ぎ、ずっと愛用していた「はてなグループ」終了のお知らせが悲しくて悲しくてやりきれないなか、「はてなダイアリー」ともども大量のログの中からこちらへ転載できるものを見繕っていきたいと思います。同じコンテンツの墓場なら、自分の手元で管理できたほうがよい。これだってもう十数年前からいろいろなブロガーに教え諭されてきたことなんですけどね。わかっていても、知ってても、「やる」のが難しいことって、あるんだよ。もうちょっと考えます。ではまた。

アンソロジー『酒呑みに与ふる書』

キノブックス刊行の「作家と酒」をテーマにした文芸アンソロジー、『酒呑みに与ふる書』に参加しました。単行本『天国飯と地獄耳』より、エッセイ「昼下がりの鮨屋で突然に」を収録しています。表紙にも文中からの引用「おや、昼酒ですか、結構ですなぁ。」が躍っています。古今東西、錚々たる顔触れとともに「無礼講」の酒宴の末席に加えさせていただいた気分です。

作家と酒 陶酔と覚醒の45篇!

【収録作家】(収録順) マラルメ、渡邊守章(訳)、村上春樹、川上未映子、角田光代、小池真理子、いしいしんじ、田村隆一、木山捷平、中島らも、谷崎潤一郎、森澄雄、岡田育、安西水丸、草野心平、菊地信義、夏目漱石、室生犀星、菊地成孔、藤子不二雄A、内田樹、鷲田清一、ボードレール、井上究一郎(訳)、堀口大學、江戸川乱歩、佐藤春夫、井伏鱒二、吉行淳之介、開高健、伊集院静、北方謙三、松浦寿輝、古井由吉、島田雅彦、吉井勇、大伴旅人、折口信夫(訳)、松尾芭蕉、佐伯一麦、福田和也、水上瀧太郎、吉田健一、丸谷才一、中村稔、大岡信、筒井康隆、ヴァレリー、中井久夫(訳)

書題 酒呑みに与ふる書
英題
編者 キノブックス
発売日 2019年1月29日
出版社 キノブックス
仕様 四六判ソフトカバー
価格 1500円+税
装幀 小口翔平+岩永香穂(tobufune)
装画
ISBN-10 4909689273
ISBN-13 978-4-909689-27-6
紙書籍 https://www.amazon.co.jp/dp/4909689273/
電子書籍

2019-01-03 / 初詣

あけてしまいました、おめでとうございます。今年の年末年始はいつも以上にお正月っぽくないお正月だった。12月31日の昼に年越し蕎麦を食べに行き、その後は散歩して外でコーヒーを飲んで、普通の食事を(ほとんど夫が)作って食べて、私はもう何度も観たことのある映画を夫が初めて観るのにダラダラ付き合い、夫を寝室へ見送った後で夜更かししていたら、ズルッと年が明けてしまった。

帰国するわけでもないし、特別な飾り付けをしたりもしない、紅白歌合戦も観ない。あの派手な「日本のお正月」とは全然違う。ちょっとおせちめいた惣菜を買ったり、ちょっと水回りの掃除をしたり、Happy New Yearと言い合ったりはするけれども、毎年一応はテレビで流していたタイムズスクエアのカウントダウンだって、とうとう観ないまま終わってしまった。午前2時、例年よりずっと暖かく、激しい雨が降っており、窓の下にはタクシーがひっきりになしに通って、たまに酔っ払いが奇声をあげてクラクションに応えるのだが、これだって普段の休日の夜とあまり変わらない。

この、普段と変わらない感覚が、逆に新鮮で喜ばしかったりもする。親元を離れてすぐの頃、生まれて初めて「誰とも言葉を交わさずに寝て起きたら元旦だった」というやつを体験したときの、あの静かな興奮がよみがえってくる。もう数年経つと揺り戻しで、日本の賑やかなお正月とか、旅先で迎える特別なお正月とかが恋しくなるのだろう。今はその手前、「何もしない」贅沢を噛みしめている。


今ちょうど、この「何もしない」時間を大切にしよう、という本を書いている。昨年1年間「大手小町」で連載していたコラム『40歳までにコレをやめる』を書籍化するための作業中。2020年、40歳になるまでに本にしないとシャレにならないので焦っているところ。楽しみにお待ちください。

2018年は『天国飯と地獄耳』というエッセイ集を刊行できて本当によかった。2014年から2015年までの東京と、2016年から2017年までのニューヨーク、自分にとっての大きな境界線を、あのようなかたちで記録に残すことができたのは得難い経験だった。次に出す本はまたちょっと毛色が違うけれど、これもまた一つの節目になるだろうと思う。

渡米した直後、新しい環境を楽しみながらも日々を振り返る余裕がまるでなかった私は、自分はもう日本語で物を書くことはできなくなるのだろうと信じ込んでいた。それでもやっぱり何かしら書いている。不思議。そこには深い意味があるのかもしれないし、ないのかもしれない。そして「あなたが書けなくなるなんてことは絶対にない」と力強く否定してくれたのは、誰あろう、私が書いたものを一行も読めない英語圏の知人たちだった。不思議。それは無根拠な励ましだったのかもしれないし、赤の他人ゆえにアイデンティティをずばりと見抜くような予言だったのかもしれない。別に、どちらでもいいや、と言える図太さだけは身についた。


ところで私が住んでいるこの街には「初詣」に行ける場所がない。日本で暮らしていた頃よりもズルッとした気分になるのは、正月休みの期間が極端に短いこと、クリスマスのような飾り付けの風習がないことに加えて、「初詣に行きたい気持ちの向かう先がない」せいもあるのだろう。

一昨年はニューヨーク市内にある寺と神社(仏教と神道の施設)を探してみたのだが、検索結果に表れた場所がちょっと……こう……想定していたものとはずいぶん違う雰囲気だったので、見なかったことにして終えた。私はまるで信心深い性質ではない。というか、この「初詣がしたい」渇望は、信仰心とはほとんど関係がない。むしろ、年に一度の元日にだけは、宗教的意義すら超えた魂をリニューアルするスポット、どんな神を信じる人であろうと自然と手を合わせて拝むことのできるような「拠り所」が必要だ、という話なのである。

昨年は「セントラルパーク」を初詣先に選んだ。ニューヨークという名の宗教に総本山があるのなら、きっとこの場所に違いないと考えたのである。ところが折悪しく大雪が降った直後で、一面の銀世界はとても美しかったが、めちゃくちゃ寒く、長い時間をかけて散策しながら新年最初の瞑想をするという目論見は見事に外れ、滞在五分くらいで逃げるように帰ってきた。

今年は「自由の女神」を初詣先に選んだ。ニューヨークという名の宗教に御神体があるのなら、きっと彼女に違いないと考えたのである。こちらは去年よりはうまくいった。ちょうど日暮れどきで、バッテリーパークから西に向かって自由の女神像を拝むと、後光のように日の入りを一緒に拝むことができた。帰宅して現像してみたら、どうってことない遠景の写真の一葉にすぎないのだけど、1月1日にこの場所からこの光景を眺めて一年の「ご加護」を願うという行為それ自体が儀式であって、誰かとシェアすることはできないもので、写真に写ったものはどうでもよいのだ。

もののついでにウォール街へも足を伸ばし、昨年11月から常設展示されることになったFearless Girlと記念撮影した。まだ歴史の浅い、広告塔として建てられた像であるにもかかわらず、ちゃんと「御本尊」という感じがあるのが愛らしい。2018年もさまざまなことがあった。(かつて深澤真紀さんとの対談で述べた通り)私はフェミニストを自称できるほどの人間ではないが、それでもあれこれ告発や事件報道などに打ちのめされて、「これが原因で今ここで憤死してもおかしくないな」と思うほどの怒りに襲われたりもした。絶望で死にたくなるのには慣れているが、生きていたいと思いながら心因性嘔吐に苛まれるなんて、生まれて初めての経験だ。「Girl’s Sideに立つ」というのは当たり前のことではなく、つねにその意味を問い続けながら下す判断、掴んだら手放してはならない自由であり権利、漫然と生きるのからは程遠い営み。そして、立つからには、なるたけ笑顔で。

かたや夫のオットー氏(仮名)は、Charging Bullに触りながら「商売繁盛、金運、金運」と唱えていた。数日前に映画『ウォール街』を観てテンションが高まっていたせいか、証券取引所前にあるEQUINOXを見て「ここだけは絶対スカッシュのコートがあるね!」と嬉しそう。たしかにな、絶対したいよなスカッシュ。でも年末にあの映画を観ていなくたって、世界中から集まった老若男女が、2019年の元日にブルの金玉を触ろうと大行列をなして群がっているのだ。この拝金主義者どもめが……! と言いつつも、「ご利益ありそう」という意味ではFearlessGirlも到底敵わない。行列に並ぶほどの情熱がなくタマには手が届かなかったけど、私も前脚を触っておいた。御神体は自由の女神で、金の雄牛はその狛犬のようなもの、恐れを知らぬ少女は道祖神とか、そんな感じ。今年もよろしくお願いします。あんあん。