2020-06-27 / 慣れるまでにはもう少し

まずは恒例のサイト更新報告。WordPressバージョンアップに伴いcssを整理し、メニュー欄を見直し、お問い合わせとメディアキットのページを作成。日記コーナーに過去記事からのよりぬき欄をもうけました。「最新の数件以外はわざわざ読まなくて構わない」という閉架式の心理状態をデザインでも示してきたのだが、さすがにあまりにも掘りづらかったので、何かの足しになればと。「売らない文章」を自分の手元でどうやって陳列するかは長年の悩みどころですが、またちょっとずつ増改築を続けていきます。

もうあまり更新する気のないウェブサイトをずっといじっているのも不思議な気分だ……と、未曾有未曾有の連続で、このところ、なんでもかんでも「不思議な気分」と言って片付けてしまう自分がいて語彙力が危ういですが、皆様お健やかにお過ごしでしょうか。

「上半分と下半分」分離したこの感覚を、継ぎ合わせられるだろうか
https://www.asahi.com/and_M/20200525/12140576/

私の近況は、雑誌『GQ』や『WE MUST GO ON』、朝日新聞「&M」の「コロナ・ノート」に寄稿した記事の通り。新型コロナウィルス感染拡大の影響を受け、例年通りの日米往復生活を続けるのは難しいとの判断から、3月半ばに一時帰国して、今現在も東京に長期滞在しています。この3ヶ月間、家に引きこもって何をしていたかと問われれば多くは「過去と向き合う」時間で、パンドラの段ボール箱をいくつもいくつも開封しながら、奥底の「希望」を探すには、まだもう3ヶ月くらいは欲しいところ。


最後に「人と会う」をしたのは3月27日。昼公演でミュージカル『アナスタシア』観て、千早茜さんとごはんを食べた。もう遠い昔のようです。金曜日の出来事で、その週末は東京に雪が降り、緊急事態宣言も発令されるというのですべての人と会う予定が吹っ飛んでしまった。今日は3ヶ月後の6月27日で、吹っ飛んだ予定のお相手の一人、紫原明子さん主催のオンラインサロン「もぐら会」のイベントにお邪魔した。『もぐらの鉱物採集』購入時に「お話会」への参加権を買ったので、一般客である。今度「もぐら談話」にゲスト出演するのは、その後に決まったこと。

11時スタートで15時おひらき、車座になって20名の参加者がひたすらぶっ続けで順番に「自分の話」をし続ける、みんなでそれを聞く。本当に素敵な会で、私が5月から始めているプロジェクト「哲学対話茶会」で到達したい境地、「安心安全で対等な、まったく新しいおしゃべりの場」は、もうすでに生み出されていたと思い知らされた。これじゃん。これです。「きっと、僕らの夢を完璧に成し遂げてくれるシンガーが出てきたら、僕はギターとマイクを置いて、そいつの歌に夢中になってるかもしれない」(THE BOOM「手紙」)ですよ。僕はただ、対話を愛していたいだけだ、哲学対話にこめかみを撃ち貫かれたいだけなんだ。

【もぐら会】は、他者との会話を通して、自分と世界とを“自分自身で”掘り深めていくための集まりです。長い人生をより心豊かに、より肩の力を抜いて生きていくための自分と、その仲間とを、見つけられるかもしれません。

https://community.camp-fire.jp/projects/view/134297

その後、有志が1時間ほど雑談をして会は解散。その後、打ち合わせというテイでハッピーアワー。明子さんと同じこと、やってみたいけど、なかなかできないんだ、という悩み相談に乗ってもらう。私の「哲学対話茶会」は諸経費の自腹を切って参加費無料で続けているが、毎回参加希望者が定員を超えてしまい、なんとも据わりが悪い。これは都度都度ちょっとはお金を取ったほうが健全な運営になるんじゃないか、と考え続けている。一方で、主宰の私からのサービスやアフターケアをいっさいしない、現地集合現地解散の「反サロン」スタイルを貫くのが、このプロジェクトにとっては「正しい」気もするのだ。金銭の授受を発生させながら、今のこの素っ気なさを持続していくことは可能なんだろうか。

実現したいのは、野外フェスや抗議デモの場で、そこに居合わせた同じ目的の見知らぬ人と会話するときの親しみ。そして、いつぞや過剰接客してくれた店員が次行ったら自分のことをまるきり覚えていなかったときの、少しの落胆の裏にある圧倒的な気楽さ。あるいは、常連客よりも新規客のほうが多い場末のスナック。そんなものあるのかって? 「もぐら会」は月額一万円払ってる会員からこの日限りのゲストまで、みんなフラットな関係性を築けているように見えて羨ましかった。私だって紫原明子ママや馴染みの仲間に話を聞いて文章を読んでもらえるスナックがあったら、そのくらいの金額かけてボトルキープをすると思うんだよね。


それはそうと、3ヶ月間、歯医者と美容院を除いて、近所の商店街へ買い物に出かける以外はまったく外出していなかった。一度にたくさんの人と会うイベントは本当に久しぶりで、朝から子供みたいに緊張していた。まず何を着て行ったものか。何しろ4月中には帰るつもりでスーツケース転がして来たので、靴下や長袖カーディガンはたくさんあるのに、夏服の持ち合わせがほとんどない。風呂に入れば身体の洗い方がわからなくなり、鏡の前では髪の梳かし方がわからなくなり、水とハンカチとPASMOと名刺入れを忘れないように、何度もカバンの中身を確認する。

さりとて、人恋しさもあんまりない。コラムにも書いたZoom結婚式、演劇や音楽をはじめとする各種ライブパフォーマンス配信、そしてオンライン哲学対話など、ビデオチャットでのミーティングにすっかり慣れてしまったから。もともと引きこもりで、いざ社交するとなると人並み以上の労力を割く羽目になる私。もうリアルでの「打ち合わせ」や「飲み会」なんて絶滅してしまっても困らないんじゃないか、くらいのことをぼんやり考えている。ま、それでも人に会いたくて、出かけていくんだけどね。


昨日は高野寛のライブ配信を観て、今夜は高橋徹也のライブ配信を観て、連日連夜、東京はすごいなぁ、と思いつつ、この凄さは東京でなくとも、地球のどこに「うち」があっても、楽しめてしまうものなのだった。自粛期間明けのスターパインズカフェで一曲目に「My Favorite Girl」を歌った高橋徹也が、まんをじして下北沢leteでのソロワンマン、予期せぬアンコールで同じ「My Favorite Girl」を歌い、二度も出だしに失敗するのを驚きと微笑みとともに眺める。この曲には、こんな歌詞がある。

新しい僕の暮らし なんとかサマになってきた
慣れるまでにはもう少し 時間が要るみたい

leteでの高橋徹也ワンマンには何度か行ったことがあるけれど、こんなにたくさんのファンと一緒に、演奏中にも感想を語らいながら観るなんて、現実では起こり得ないことである。でも、現実のleteには収まりきらない人数で同時に観ている強めのエコーがかかったそのライブは、紛れもなくleteのあの、密な空間のものなのだ。すべてが懐かしく、すべてが新しく、何もかもリハビリのようにぎこちなく、でも、こうとしか進まないでしょ、という顔して日々は過ぎていく。

2020-03-14 / ザ・インタビューズのこと

すっかりご無沙汰してしまいました。本当に日記に向いていない。Twitterにはあんなに向いているのにな。

昔「ザ・インタビューズ」という不特定多数から質問を受け付けるサービスがあって、私は割と熱心に長文回答をしたためるのにハマっていた。当時まだ会社員で、お題を与えられて何か書くのはTwitterやはてなハイクと同じ日常の息抜きに過ぎず、周囲からは「一銭にもならないのによくやるよ」と呆れられながら、担当著者であった津田大介さんに紹介されて、ちょっとだけバズッたりしていた。

2012年の夏に転職したとき、最初にエッセイ連載の話をくれた編集部から「Twitterやザ・インタビューズみたいな感じで何か書いてくれればいい」「いずれは本にしましょう」と言われて、遊びで書いた長文が、業界でいうところの「サンプル原稿」としても機能するのだということを初めて知った。私が勤めていた出版社は昔気質なところがあって、そんなものが企画会議を通るとは思えなかったので大層驚いたものだ。

先日、『音楽と人増刊PHY』にBUCK-TICKについて寄稿し、『音楽と人』本誌4月号に高橋徹也のインタビュー記事を書いたのだが、この雑誌の編集長も「昔ブログかどこかに書いていたあの文章みたいな感じで」と、大変ふんわりした執筆依頼をくださり、そもそも読んでいたことにも、そしてそのことを憶えていてくれたことにも、心からびっくりしてしまったよ。

「ザ・インタビューズ」はとっくにサービス終了してしまっていてもうサイトも跡形もない。WebArchiveの魚拓を辿って過去記事をサルベージしてみたが、発掘できたのは全回答193件のうち、188件までだった。そのうち186件(いくつかとりまとめたので記事件数では154件)は、ここで読めるようにしてある。削った2件はかなり長めの観劇感想で、そのまま公開するのが少々憚られるため、いったん下げておく。いずれ他の観劇感想と一緒に掲載予定。

残りの5件については私もまったく思い出せないのだが、うち2件は「おとなになるってどういうことでしょうか?」「なにかに、または誰かに嫉妬する気持ちはどう対処しますか?」という質問への答えだったようだ。今ならどう回答するかな。昔書いたもの、すっかり忘れてしまっていて、読み返すと面白い。この楽しみを持続するためには、今から日記もちゃんと書いておかないとね、と思う。思うだけ。

2020-01-10 / 「疲れたときは映画」2020

今年から心を入れ替え、映画とか芝居とか本とか漫画とか音楽とか、感想をちゃんと書こうと思ってはいるのだけど、ここに書くだけだと自己完結しちゃって新しい見方を取り入れなくなると思うので、やっぱり主軸はTwitterのままかなと思う。以下に貼ってあるやつをクリックすると無駄に長いスレッドに飛ぶぞい。昔書いたやつは「うるおう感想」(仮題)というカテゴリから辿れるようにしています。学生時代の自分用メモなので、ろくな文章ないけど、そのうち商業媒体に書いた古い記事なども増やせれば。映画は、はてなダイアリー書いていたときに使ってた「疲れたときは映画」というタグもつけておく。

映画『ワンスアポンアタイムインハリウッド』+α

じつは、正月から突然始めても三日坊主できっと続かないに違いない! ソースは俺! と怯えて、年末あたりから助走期間としてちょこちょこ記録を付け始めてはいた。「年間何本観る」みたいな目標は不毛なのでやりません。このところ観た中で選ぶなら『2人のローマ教皇』『マリッジストーリー』かなぁ。『タンデム』『列車に乗った男』は殿堂入りなので。『ROMA』もよかったけど、話題になってるときにちゃんと観て人と感想を語らいたかったな。


で、最近はBUCK-TICKばかり聴いていた。BUCK-TICKについて書いた文章が、そのうち雑誌に載る予定。未来派マニフェスト。担当の方が「以前の原稿を読んで依頼しました」と言ってくださったものの、こんなテーマで原稿を書いたことは一度もない……ので、何かTwitterのことだと思うんだが、あんなん読んでよく依頼しようと思うものだよ、懐が深いな……。「ザ・インタビューズ」(過去ログを少しずつ転載中) かどこかに「THE BOOMはBUCK-TICK、BUCK-TICKはTHE BOOM」といういつもの持論を書いた記憶があるんだけど、それも見つけられず。仕方なく、ゼロから書いた。本当に何聴いてもかっこいいバンドだよね。「JUST ONE MORE KISS」「惡の華」しか知らないような人たちによく笑われるんだけど、心底ムッとするよ。是非ともちゃんと最新の新譜を聴いてほしい。そしてそんなあたりもまたTHE BOOMと似ている。「島唄」「風になりたい」だけじゃないぜ。


Gutenbergに慣れるためにも日記を続けたいと思ってはいるが、かれこれもう数日はろくに外出していないので、とくに書くことがない。こんな引きこもり生活を続けて、来週から日本へ行ったら急に社交好きな人のように変貌するのだから、茶番。一切は茶番である。別に鬱ではないです。終えるべきことが何一つ片付いていないのに、飲み会しましょうイェーイ、なんてメールやLINEだけはせっせと交わしている、それで何かをした気になっている、自分に嫌気がさしているだけ。

こんなときいつも大長編『ドラえもん のび太の大魔境』に出てくる「先取り約束機」を思い出す。「後で必ずみんなと会って遊ぶから、今みんなと会って遊んでいる気分になりたい!」と頼んでいる感じ。使い方によっては一度のコストでハッピーを先取りできて、同じことを二度楽しめるという機械なんだけど、現実からの逃避に使っていいものやら。しかし人間40歳近くなっても、自分の身に起きていることを、ひみつ道具になぞらえて思い出したりするもんだね。

トランシーバーに似た形の道具。これに言葉で「後で――するから、――したい」と約束事をすると、その行為に対する結果をその場で実現できる。


↑この「特定の書式設定されている中ではCSSいくらいじってみてもURLが折り返されない」というのと、あと「URL埋め込みしたブロックがプレビュー画面で正しく反映されない」というの、バグなのかしら。メモ。

2020-01-08 / キラキラ権

Instagramだけを追いかけている人から「いつも世界中を旅行していて素敵!」「仕事も遊びも華やかな毎日!」「キラキラ!」とか言われる機会が増えて笑止千万である。人って騙されやすいもんだよね。いつも言い訳している通り、私のInstagramアカウントはだいたい一ヶ月遅れくらいで更新されている。昨年の後半はとくに更新が遅れて、9月に行ったあいちトリエンナーレの写真が、まだまだちっとも投稿し終わっていない。一泊二日の愛知行きで撮った写真を三ヶ月以上にわたって更新し続け、合間に10月に行った新装開店MoMAの写真を上げると、「日米を股にかけて行き来するアーティスティックな人!」の出来上がりである。

今月1月中旬からは日本出張が控えているのだが、その手前までにはどうにかして、12月に旅行したパリの写真を投稿しはじめないといけない。と、思っているのだけど、そうするとまた「先週はパリにいたのに、今週はトーキョー!? スゴーイ!!」となってしまう。アホか。また「いえいえいえいえ滅相もない!」って謙遜プレイすんのか、やだなー。

同業の友人に、アイスランドとかキョートとかプラハとかカリブとか行きまくっては、彼氏がプロクオリティの超広角レンズで撮影した上に本人がPhotoshopでレタッチしたと思しき、めちゃくちゃセレブな絶景セルフィー(彼氏が撮ってんだからセルフィーじゃねえだろ)だけでInstagramを埋め尽くしている女の子がいるのだけど、私は彼女の本物の日常が明日をも知れぬフリーランスグラフィックデザイナーであることを知っている。数日の弾丸旅行でどっさり写真を撮っておいて、どうせ普段は在宅作業の合間にそれを整理して投稿することだけを楽しみにしつつ、毎日パジャマ同然の格好で働きながら引きこもりのような生活をしているんだろうが。ソースは俺である。

でも、目を輝かせながら「ジェットセッター!」とか言ってくる人たちの表情は嫌いじゃない。リア充の意味で使われる「キラキラ」という言葉、あれは、本人が輝いている状態というよりは、受け手のほうが目を輝かせている状態を指す擬音なのだ。「すごくないよ」と否定するたび、そこに発生した「キラキラ」をぶち壊してしまって申し訳なくなる。トリガーの私には何の権利もなく、受け手のほうにこそ著作権が生じているはずの「キラキラ」を、どうして私が好き勝手に打ち消せるなどと思い上がるのだろうか。

そんなことを考えていたら、最近は「本当は冴えない日常を送っているんだよ、と投稿するインフルエンサーが逆に人気」だったりもするようで、しかしその「冴えない日常」というのがまた「すっぴんの、笑顔ではない、他人が撮ったプロクオリティのセルフィー」のことだったりもして、なんかもう「無造作ヘア」「こなれカジュアル」並みの高度さで、私にはまるで力加減がわからない。


1月中旬に日本行きます、という告知をするはずが、話が脱線してしまった。行きます。ただの正月帰省で、イベント出演情報とかはとくにないのだが、TBSラジオ『アフター6ジャンクション』には出させていただくつもりです。あとは梅田芸術劇城へ行くよ。会えたら会いましょう。


7日、新年最初の着付教室。初伝講座の折り返し地点、名古屋帯の結び方。ホリデーシーズンを挟んで約一ヶ月ぶり、その間まったく着物を着る機会がなかったため、長襦袢を左前で着かけるほど何もかも忘れてしまっている。しかしさー、「左前」って言葉、混乱のもとじゃない!? だって着るときに「前」に来るように動かすの「左手」じゃん!? 先生は「右下左上」と繰り返してくれるのだが、これも主語がない。なんかもっと「衽が右に来るように覆う」みたいなチェック項目にできないもんですかね。

私は半幅帯と袋帯だけで名古屋帯を持っていないので、先生のを借りて締める。割と上手に締められた。上手に締められるとほどくのが惜しくなるんだけど、二時間かけて二、三回ほど練習して、感想は「着るのはこんなに大変なのに脱ぐのは一瞬だよなぁ」。悪代官がくるくるくるくる帯を解く「帯回し」、あれはそれ用の結び方があるんだそうです。そりゃそうだ、普通の二巻きのお太鼓とかじゃ、ああはならん。

夜は友人のエンゲージメントパーティーへ。少人数の集まりの中で、国際結婚の場合ウエディングは挙式の場所と回数をどうするかという話、コスプレ写真はなるべく撮っておけと言う話、そして後半は、子供の話と、離再婚によって増殖する家系図の話など。初対面の相手に、私の結婚の顛末をはじめとする普段のパーソナリティが今一つ伝わっておらず、場がずっと「結婚したら子供は作るものだよね」「日本では未亡人が早くに再婚するとはしたないと言われるものなんだよ」「離婚でも死別でも親が代わるなんて子供がかわいそう」といったコンセンサスで進む。

「うちは子供を作る予定がない」「不幸から立ち直る時期を支えるパートナーが必要だという考え方もある」「就学児童ならまだしも、老親が成人済みの子供たちに遠慮して再婚を控えるのはナンセンスだ」「家族といえど独立した個人であるべき、子供は親のものではなく、親は子供のものではない」といったカウンターの意見を加えたいものの、センシティブな会話になると圧倒的に英語力不足。全部茶化した表現になり、ものによっては第一声を聞いた相手のギョッとした顔に怯んでしまい、二の句が継げぬまま会話を切り上げてしまった。今になってここにウジウジと日本語で書き付けている。凹む。

まぁ、おめでたい席で論争を起こす気もないけど、めっちゃ意見ありますよって状況でニコニコ笑うことしかできないのもつらい。帰途、懐かしい疲労を感じて、それは「話を合わせるのが仕事」とされていた日本社会の接待飲み会を終えた後の感覚に似ていた。もちろん、会自体はいい会だったし、友人たちの婚約については心から祝福しているんだけどね。それとこれとは別、これは私の、私だけの話なのだ。

2020-01-05 / 無正月

4日は小雨。韓国料理「Oiji」で大学同窓生たちと新年会。やっと正月らしいことをする。同じ街で働いている人、結婚して遠方へ引っ越すかもしれない人、東京へ帰ったけど今も頻繁にアメリカに来る人。人生さまざま。最後は健康トークになる。「ヨガでは痩せない」「有酸素運動は気休め」「武道か茶道」など金言続出。人類全体の寿命が伸びてしまい、思ったより長く生きることになりそうな私たち、働き方より休み方に気をつけて、アウトソーシングよりセルフケアでやっていくしかないのよな。言ってるそばから肌荒れがひどいのでTheOrdinaryのアイテムを買い換える。

5日朝から急に冷え込んできた。淡々と机に向かっているけれども全然捗らない。まったく正月っぽくない正月、すなわちアメリカンな正月を過ごしたことに、何か誇らしい気分でいたのだが、単純な作業進捗だけ考えたら、初詣行っておせち料理食べてゴロゴロしていたのと変わらない気もする。

ゴールデングローブ賞授賞式、横目でチラチラのはずが、エレンのスピーチのあたりから結局けっこう観てしまった。もう観た作品もまだ観てない作品もあれこれ賞を獲っていた。『FOSSE/VERDON』の録画をためっぱなしにしているのがさすがにまずい。オーストラリアの山火事と気候変動、合衆国大統領とスレイマニ司令官殺害、飛び交う時事ネタのなか、Awkwafinaのアジア人初受賞、すごいな、我がことのように嬉しい。きれい、かわいい、面白い、全部獲りに行っていいんだよ、我々も。

信じてもらえないと思うけど、大晦日に鮨食ってカウントダウン観ただけで、明けてからは初夢も見ず初詣も行かず、学校行って働いてたら、正月がめちゃくちゃ平日のまま過ぎた。去年までは自宅で餅焼いておせちつついてゴッコ遊びしてたけど、ようやく実感がわく。ここは日本の正月ではない(今更か)。

続)「本当にみんなそんなに何でもない正月を過ごしているの???」と思って、今回初めて郷に入っては郷に従ってみたんだけど、本当に……何でもないな……サンクスギビングやクリスマスとは大違いである……日本国内の旅先で迎えた正月ともまた違う、心地よい「無」のカルチャーショックがある……。

続)月に移住して「ここでは月見団子が無い……!」となる感じ。まぁ海外旅行先で正月迎えた経験者には今更でしょうけど。去年まではうちも黒豆とか数の子とかちゃんとやってたので、試しにやめてみると、ギャップが……「我々にとって正月とは何か? 結局、雑煮のことなのか?」と自問してしまった。

続)ニューヨークの民も大晦日カウントダウンパーティーは派手目にやるんですけど、一月一日には何の厳かさもなく、たぶん一番似てるのは「ハロウィーンの翌日」なのかな。どんちゃん騒ぎのゴミが落ちた道端をのんびり出歩いてるのは観光客や冬休みの学生、店は普通に開いてて大人は割と働いている。

続)あとあれだ、あれに一番似てるわ、実家を出て、友人知人とも当日いっさい祝わなかった、初めての誕生日。「あ、とくにケーキ食べたりせず平日としてやり過ごしても、いいものなんだ!?」という驚き。寂しさよりも「今まで私が誕生日だと思っていたものの正体は何だったんだ?」となる、あの感じ。

続)そりゃあ、特別な日扱いして祝われたら祝われたで嬉しいものだし、当日を厳かに過ごすための各種儀式ってイイな大事だなとも思うけど、でも、そうか「すっぴんの正月」って「平日」なんだな……みんなから寄ってたかって化粧を施されたところしか見たことなかったわ今まで……と感慨深かったです。

https://twitter.com/okadaic/status/1212957736570413057

こうやってTwitterから転載するやつも、昔から試みているけど全然続かないよね。ただ、最近はスレッド機能も定着してきたし、以前よりコピペが楽になっているので、再開してみてもいいかもしれない。今年こそは、さすがに少し、お酒とTwitterを控えよう。「何かブログに転載したらその日は店じまい」というルーティンにするのはどうかなと考えております。

能町みね子『結婚の奴』

毎年のことながら、ここでサボると三日坊主になるので、何でもいいから日記に書き写しておくことにした。自分が出したこともあって「結婚本」をたくさん読む機会に恵まれたが、ここまで「同じだなぁ」と思いながら読んだのは初めてだ。もちろん、能町さんのお相手である夫(仮)はゲイ男性で、家庭の事情は全然違うし、俗にいう「共感」とは異なるのだが。「そうか、私もこういうふうに書けばよかったのだ」と唸りながら読んだ。

能町みね子『結婚の奴』は大変いい本なので、拙著『嫁へ行くつもりじゃなかった』で描写が食い足りねえと思った人は是非とも読んでいただきたい。いや、書いた私自身ですが。自分が「恋愛に向いていない」の一言で片付けてしまった「いきなり婚」の前段階を、こんなに丁寧に書いたものは初めて読んだ。

続)数年前に亡くなった共通の友人が実名で登場する。自分と違って恋愛を堪能している、自分とはまるで似ていない人に対して抱く、恋愛に最もよく似たどす黒い思慕について、そうか私もこうだったのかもしれない、と思いながら読んだ。型通りの幸福にも憧れながら、誰かに何かに「片想い」をし続ける。

続)やっぱり恋愛と結婚はまるで別じゃないか。いや、恋愛と結婚を同時に同じ相手とこなして子まで作る人たちのことも立派だと思いますよ。でも、寝る前のひととき憧れる恋と、なんで死んじゃったんだと好きだった人へぶつける憤りと、ただいまを言う相手を得る結婚とは、分けてみると、こう分かれる。

続)「恋したい気持ち」を完全に手放せたわけではないが、他者との共同生活の中でスッと解放される瞬間はある。結論は同じでも、私が「棚ボタで結婚することになって後から気づいた利点」を、能町さんは準備段階から明確に着実に理詰めで狙って突きに行ってるのが「銛ガール」的でもあり、差が面白い。

続)恋愛感情がまったくない夫になる予定の人と最初に口と口でキスするくだり、「わかるわーーー、うちもこうだったわーーー」と後出しのドヤ顔で共感しながらも、「そうか私、自分の結婚本にはこういうこと全然書かなかったんだよな、我ながらスカしてやがるぜ……」と数年越しで反省会を開きました。

続)雨宮まみさん、私は会うたびに「丸くなったな」と思っていた。初対面の頃はマジで身ィ削っていたのだろうが。私は渡米後ほとんど会えなかったし、最晩年を知る人はまた違う見解かもしれないけど。「幸せになってつまらなくなった」の一歩手前まですべすべに磨きをかけている段階だと思って見てた。

続)そう、一番の感想は「なんだ、我が家も、結婚(仮)でも、よかったのでは……?」です。他にも要素が多いからそこに着目する人は少ないかもしれないが、あちこち理性的でありながら最後「(仮)でもいけるな」という読後感になるのは、大変よい「結婚について書かれた本」だよなと思ったのでした。

https://twitter.com/okadaic/status/1213835475108143110

普段はTwitterにはなるべく書評めいたことを書かないようにしている。深い意味はないけど、2004年に出版社社員になったタイミングで、将来的に自分の業務と重なりそうな分野については迂闊な発言を控えようと決め、それすなわち、活字で書かれた本の脊髄反射的な感想を書くのをやめることになったのだった。漫画や映画や芝居や音楽について萌えを叫ぶのはセーフ、という自己判断。

でも、結果的にここ数年は「漫画たくさん読んでそうだからおすすめ教えてください」「音楽詳しそうだからコメントください」といった依頼が来たり、あるいは「小説の話をするのって珍しくないですか?」と驚かれたりもして、正直それもどうかなと思っている。趣味嗜好にめちゃくちゃ偏りがあるところ、さらに偏ったように見られている気分。2020年は読書記録管理をどうにかしたい。

最近また少しずつ読むことのリハビリを始めているのだけれど、何度も何度も何度でも書き残しておこう、どんな本を読もうとも「これについて今すぐみんなに何か言わなくちゃ!」なんてことはまったく思わずに済んだ、インターネットがなかった10代当時の、あの、あの頃の読書体験に戻りたいんだ、私は。

https://twitter.com/okadaic/status/1175623532543381504

関連して、久しぶりに自分が書いた雨宮まみさんのエントリを読み返してみたりした。『わたしの好きな街』の担当編集者が、「冒頭が雨宮さんと岡田さんの章から始まるアンソロジーを編むことができてよかった」というようなことを言ってくれて、あれは嬉しかったな。四谷でもよく雨宮さんとすれ違ったり、食事したりした。『結婚の奴』には能町さんが駅前の「ロン」で煙草を吸ったエピソードが出てくるのだけど、私もあのまま住み続けていたら「ロン」か「フクナガ」に通って、あるいは「フカツ」の前を通るたびに、繰り返し彼女のことを考えたのだろう。

街の記憶というのは不思議なもので、街並みについて細部を忘れてしまっても、人と人とを結びつける物語に絡めて憶えていることが多い。今、ニューヨークでジャイロトニックのセッションを受けている間、「無」になる直前に思い浮かべるのはいつも、表参道で別のスタジオに通っていた頃のこと。渡米直前、当時は英語の成績を上げることばかり考えていて、今日は根津美術館に寄って帰ろうかしら、なんて余裕もまったくなかった。そのスタジオには何の思い入れもないと思っていた。

でも今は、ニューヨークにいてエクササイズしながら、目を瞑っても歩ける表参道の道程をイメージとして辿ることが、自分を無心に近づけてくれる。その街並みが、毎週のように会いに行っていた人たちが、自分にとって置いてきた「過去」になったからなんだろう。もう通わない道をなぞり、もう会えなくなった人たちを思い浮かべ、頭の中に残っている情報量がちっとも目減りしていないことを確かめる。本当は少しずつ忘れていってしまっているのだろうけど、歌の歌詞を諳んじて憶えるように、何度も反芻している。神棚も仏壇も持たないなりに瞑想している。