2020-01-10 / 「疲れたときは映画」2020

今年から心を入れ替え、映画とか芝居とか本とか漫画とか音楽とか、感想をちゃんと書こうと思ってはいるのだけど、ここに書くだけだと自己完結しちゃって新しい見方を取り入れなくなると思うので、やっぱり主軸はTwitterのままかなと思う。以下に貼ってあるやつをクリックすると無駄に長いスレッドに飛ぶぞい。昔書いたやつは「うるおう感想」(仮題)というカテゴリから辿れるようにしています。学生時代の自分用メモなので、ろくな文章ないけど、そのうち商業媒体に書いた古い記事なども増やせれば。映画は、はてなダイアリー書いていたときに使ってた「疲れたときは映画」というタグもつけておく。

映画『ワンスアポンアタイムインハリウッド』+α

じつは、正月から突然始めても三日坊主できっと続かないに違いない! ソースは俺! と怯えて、年末あたりから助走期間としてちょこちょこ記録を付け始めてはいた。「年間何本観る」みたいな目標は不毛なのでやりません。このところ観た中で選ぶなら『2人のローマ教皇』『マリッジストーリー』かなぁ。『タンデム』『列車に乗った男』は殿堂入りなので。『ROMA』もよかったけど、話題になってるときにちゃんと観て人と感想を語らいたかったな。


で、最近はBUCK-TICKばかり聴いていた。BUCK-TICKについて書いた文章が、そのうち雑誌に載る予定。未来派マニフェスト。担当の方が「以前の原稿を読んで依頼しました」と言ってくださったものの、こんなテーマで原稿を書いたことは一度もない……ので、何かTwitterのことだと思うんだが、あんなん読んでよく依頼しようと思うものだよ、懐が深いな……。「ザ・インタビューズ」(過去ログを少しずつ転載中) かどこかに「THE BOOMはBUCK-TICK、BUCK-TICKはTHE BOOM」といういつもの持論を書いた記憶があるんだけど、それも見つけられず。仕方なく、ゼロから書いた。本当に何聴いてもかっこいいバンドだよね。「JUST ONE MORE KISS」「惡の華」しか知らないような人たちによく笑われるんだけど、心底ムッとするよ。是非ともちゃんと最新の新譜を聴いてほしい。そしてそんなあたりもまたTHE BOOMと似ている。「島唄」「風になりたい」だけじゃないぜ。


Gutenbergに慣れるためにも日記を続けたいと思ってはいるが、かれこれもう数日はろくに外出していないので、とくに書くことがない。こんな引きこもり生活を続けて、来週から日本へ行ったら急に社交好きな人のように変貌するのだから、茶番。一切は茶番である。別に鬱ではないです。終えるべきことが何一つ片付いていないのに、飲み会しましょうイェーイ、なんてメールやLINEだけはせっせと交わしている、それで何かをした気になっている、自分に嫌気がさしているだけ。

こんなときいつも大長編『ドラえもん のび太の大魔境』に出てくる「先取り約束機」を思い出す。「後で必ずみんなと会って遊ぶから、今みんなと会って遊んでいる気分になりたい!」と頼んでいる感じ。使い方によっては一度のコストでハッピーを先取りできて、同じことを二度楽しめるという機械なんだけど、現実からの逃避に使っていいものやら。しかし人間40歳近くなっても、自分の身に起きていることを、ひみつ道具になぞらえて思い出したりするもんだね。

トランシーバーに似た形の道具。これに言葉で「後で――するから、――したい」と約束事をすると、その行為に対する結果をその場で実現できる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%81%88%E3%82%82%E3%82%93%E3%81%AE%E3%81%B2%E3%81%BF%E3%81%A4%E9%81%93%E5%85%B7_(%E3%81%95)#%E5%85%88%E5%8F%96%E3%82%8A%E7%B4%84%E6%9D%9F%E6%A9%9F

↑この「特定の書式設定されている中ではCSSいくらいじってみてもURLが折り返されない」というのと、あと「URL埋め込みしたブロックがプレビュー画面で正しく反映されない」というの、バグなのかしら。メモ。

2020-01-08 / キラキラ権

Instagramだけを追いかけている人から「いつも世界中を旅行していて素敵!」「仕事も遊びも華やかな毎日!」「キラキラ!」とか言われる機会が増えて笑止千万である。人って騙されやすいもんだよね。いつも言い訳している通り、私のInstagramアカウントはだいたい一ヶ月遅れくらいで更新されている。昨年の後半はとくに更新が遅れて、9月に行ったあいちトリエンナーレの写真が、まだまだちっとも投稿し終わっていない。一泊二日の愛知行きで撮った写真を三ヶ月以上にわたって更新し続け、合間に10月に行った新装開店MoMAの写真を上げると、「日米を股にかけて行き来するアーティスティックな人!」の出来上がりである。

今月1月中旬からは日本出張が控えているのだが、その手前までにはどうにかして、12月に旅行したパリの写真を投稿しはじめないといけない。と、思っているのだけど、そうするとまた「先週はパリにいたのに、今週はトーキョー!? スゴーイ!!」となってしまう。アホか。また「いえいえいえいえ滅相もない!」って謙遜プレイすんのか、やだなー。

同業の友人に、アイスランドとかキョートとかプラハとかカリブとか行きまくっては、彼氏がプロクオリティの超広角レンズで撮影した上に本人がPhotoshopでレタッチしたと思しき、めちゃくちゃセレブな絶景セルフィー(彼氏が撮ってんだからセルフィーじゃねえだろ)だけでInstagramを埋め尽くしている女の子がいるのだけど、私は彼女の本物の日常が明日をも知れぬフリーランスグラフィックデザイナーであることを知っている。数日の弾丸旅行でどっさり写真を撮っておいて、どうせ普段は在宅作業の合間にそれを整理して投稿することだけを楽しみにしつつ、毎日パジャマ同然の格好で働きながら引きこもりのような生活をしているんだろうが。ソースは俺である。

でも、目を輝かせながら「ジェットセッター!」とか言ってくる人たちの表情は嫌いじゃない。リア充の意味で使われる「キラキラ」という言葉、あれは、本人が輝いている状態というよりは、受け手のほうが目を輝かせている状態を指す擬音なのだ。「すごくないよ」と否定するたび、そこに発生した「キラキラ」をぶち壊してしまって申し訳なくなる。トリガーの私には何の権利もなく、受け手のほうにこそ著作権が生じているはずの「キラキラ」を、どうして私が好き勝手に打ち消せるなどと思い上がるのだろうか。

そんなことを考えていたら、最近は「本当は冴えない日常を送っているんだよ、と投稿するインフルエンサーが逆に人気」だったりもするようで、しかしその「冴えない日常」というのがまた「すっぴんの、笑顔ではない、他人が撮ったプロクオリティのセルフィー」のことだったりもして、なんかもう「無造作ヘア」「こなれカジュアル」並みの高度さで、私にはまるで力加減がわからない。


1月中旬に日本行きます、という告知をするはずが、話が脱線してしまった。行きます。ただの正月帰省で、イベント出演情報とかはとくにないのだが、TBSラジオ『アフター6ジャンクション』には出させていただくつもりです。あとは梅田芸術劇城へ行くよ。会えたら会いましょう。


7日、新年最初の着付教室。初伝講座の折り返し地点、名古屋帯の結び方。ホリデーシーズンを挟んで約一ヶ月ぶり、その間まったく着物を着る機会がなかったため、長襦袢を左前で着かけるほど何もかも忘れてしまっている。しかしさー、「左前」って言葉、混乱のもとじゃない!? だって着るときに「前」に来るように動かすの「左手」じゃん!? 先生は「右下左上」と繰り返してくれるのだが、これも主語がない。なんかもっと「衽が右に来るように覆う」みたいなチェック項目にできないもんですかね。

私は半幅帯と袋帯だけで名古屋帯を持っていないので、先生のを借りて締める。割と上手に締められた。上手に締められるとほどくのが惜しくなるんだけど、二時間かけて二、三回ほど練習して、感想は「着るのはこんなに大変なのに脱ぐのは一瞬だよなぁ」。悪代官がくるくるくるくる帯を解く「帯回し」、あれはそれ用の結び方があるんだそうです。そりゃそうだ、普通の二巻きのお太鼓とかじゃ、ああはならん。

夜は友人のエンゲージメントパーティーへ。少人数の集まりの中で、国際結婚の場合ウエディングは挙式の場所と回数をどうするかという話、コスプレ写真はなるべく撮っておけと言う話、そして後半は、子供の話と、離再婚によって増殖する家系図の話など。初対面の相手に、私の結婚の顛末をはじめとする普段のパーソナリティが今一つ伝わっておらず、場がずっと「結婚したら子供は作るものだよね」「日本では未亡人が早くに再婚するとはしたないと言われるものなんだよ」「離婚でも死別でも親が代わるなんて子供がかわいそう」といったコンセンサスで進む。

「うちは子供を作る予定がない」「不幸から立ち直る時期を支えるパートナーが必要だという考え方もある」「就学児童ならまだしも、老親が成人済みの子供たちに遠慮して再婚を控えるのはナンセンスだ」「家族といえど独立した個人であるべき、子供は親のものではなく、親は子供のものではない」といったカウンターの意見を加えたいものの、センシティブな会話になると圧倒的に英語力不足。全部茶化した表現になり、ものによっては第一声を聞いた相手のギョッとした顔に怯んでしまい、二の句が継げぬまま会話を切り上げてしまった。今になってここにウジウジと日本語で書き付けている。凹む。

まぁ、おめでたい席で論争を起こす気もないけど、めっちゃ意見ありますよって状況でニコニコ笑うことしかできないのもつらい。帰途、懐かしい疲労を感じて、それは「話を合わせるのが仕事」とされていた日本社会の接待飲み会を終えた後の感覚に似ていた。もちろん、会自体はいい会だったし、友人たちの婚約については心から祝福しているんだけどね。それとこれとは別、これは私の、私だけの話なのだ。

2020-01-05 / 無正月

4日は小雨。韓国料理「Oiji」で大学同窓生たちと新年会。やっと正月らしいことをする。同じ街で働いている人、結婚して遠方へ引っ越すかもしれない人、東京へ帰ったけど今も頻繁にアメリカに来る人。人生さまざま。最後は健康トークになる。「ヨガでは痩せない」「有酸素運動は気休め」「武道か茶道」など金言続出。人類全体の寿命が伸びてしまい、思ったより長く生きることになりそうな私たち、働き方より休み方に気をつけて、アウトソーシングよりセルフケアでやっていくしかないのよな。言ってるそばから肌荒れがひどいのでTheOrdinaryのアイテムを買い換える。

5日朝から急に冷え込んできた。淡々と机に向かっているけれども全然捗らない。まったく正月っぽくない正月、すなわちアメリカンな正月を過ごしたことに、何か誇らしい気分でいたのだが、単純な作業進捗だけ考えたら、初詣行っておせち料理食べてゴロゴロしていたのと変わらない気もする。

ゴールデングローブ賞授賞式、横目でチラチラのはずが、エレンのスピーチのあたりから結局けっこう観てしまった。もう観た作品もまだ観てない作品もあれこれ賞を獲っていた。『FOSSE/VERDON』の録画をためっぱなしにしているのがさすがにまずい。オーストラリアの山火事と気候変動、合衆国大統領とスレイマニ司令官殺害、飛び交う時事ネタのなか、Awkwafinaのアジア人初受賞、すごいな、我がことのように嬉しい。きれい、かわいい、面白い、全部獲りに行っていいんだよ、我々も。

信じてもらえないと思うけど、大晦日に鮨食ってカウントダウン観ただけで、明けてからは初夢も見ず初詣も行かず、学校行って働いてたら、正月がめちゃくちゃ平日のまま過ぎた。去年までは自宅で餅焼いておせちつついてゴッコ遊びしてたけど、ようやく実感がわく。ここは日本の正月ではない(今更か)。

続)「本当にみんなそんなに何でもない正月を過ごしているの???」と思って、今回初めて郷に入っては郷に従ってみたんだけど、本当に……何でもないな……サンクスギビングやクリスマスとは大違いである……日本国内の旅先で迎えた正月ともまた違う、心地よい「無」のカルチャーショックがある……。

続)月に移住して「ここでは月見団子が無い……!」となる感じ。まぁ海外旅行先で正月迎えた経験者には今更でしょうけど。去年まではうちも黒豆とか数の子とかちゃんとやってたので、試しにやめてみると、ギャップが……「我々にとって正月とは何か? 結局、雑煮のことなのか?」と自問してしまった。

続)ニューヨークの民も大晦日カウントダウンパーティーは派手目にやるんですけど、一月一日には何の厳かさもなく、たぶん一番似てるのは「ハロウィーンの翌日」なのかな。どんちゃん騒ぎのゴミが落ちた道端をのんびり出歩いてるのは観光客や冬休みの学生、店は普通に開いてて大人は割と働いている。

続)あとあれだ、あれに一番似てるわ、実家を出て、友人知人とも当日いっさい祝わなかった、初めての誕生日。「あ、とくにケーキ食べたりせず平日としてやり過ごしても、いいものなんだ!?」という驚き。寂しさよりも「今まで私が誕生日だと思っていたものの正体は何だったんだ?」となる、あの感じ。

続)そりゃあ、特別な日扱いして祝われたら祝われたで嬉しいものだし、当日を厳かに過ごすための各種儀式ってイイな大事だなとも思うけど、でも、そうか「すっぴんの正月」って「平日」なんだな……みんなから寄ってたかって化粧を施されたところしか見たことなかったわ今まで……と感慨深かったです。

https://twitter.com/okadaic/status/1212957736570413057

こうやってTwitterから転載するやつも、昔から試みているけど全然続かないよね。ただ、最近はスレッド機能も定着してきたし、以前よりコピペが楽になっているので、再開してみてもいいかもしれない。今年こそは、さすがに少し、お酒とTwitterを控えよう。「何かブログに転載したらその日は店じまい」というルーティンにするのはどうかなと考えております。

能町みね子『結婚の奴』

毎年のことながら、ここでサボると三日坊主になるので、何でもいいから日記に書き写しておくことにした。自分が出したこともあって「結婚本」をたくさん読む機会に恵まれたが、ここまで「同じだなぁ」と思いながら読んだのは初めてだ。もちろん、能町さんのお相手である夫(仮)はゲイ男性で、家庭の事情は全然違うし、俗にいう「共感」とは異なるのだが。「そうか、私もこういうふうに書けばよかったのだ」と唸りながら読んだ。

能町みね子『結婚の奴』は大変いい本なので、拙著『嫁へ行くつもりじゃなかった』で描写が食い足りねえと思った人は是非とも読んでいただきたい。いや、書いた私自身ですが。自分が「恋愛に向いていない」の一言で片付けてしまった「いきなり婚」の前段階を、こんなに丁寧に書いたものは初めて読んだ。

続)数年前に亡くなった共通の友人が実名で登場する。自分と違って恋愛を堪能している、自分とはまるで似ていない人に対して抱く、恋愛に最もよく似たどす黒い思慕について、そうか私もこうだったのかもしれない、と思いながら読んだ。型通りの幸福にも憧れながら、誰かに何かに「片想い」をし続ける。

続)やっぱり恋愛と結婚はまるで別じゃないか。いや、恋愛と結婚を同時に同じ相手とこなして子まで作る人たちのことも立派だと思いますよ。でも、寝る前のひととき憧れる恋と、なんで死んじゃったんだと好きだった人へぶつける憤りと、ただいまを言う相手を得る結婚とは、分けてみると、こう分かれる。

続)「恋したい気持ち」を完全に手放せたわけではないが、他者との共同生活の中でスッと解放される瞬間はある。結論は同じでも、私が「棚ボタで結婚することになって後から気づいた利点」を、能町さんは準備段階から明確に着実に理詰めで狙って突きに行ってるのが「銛ガール」的でもあり、差が面白い。

続)恋愛感情がまったくない夫になる予定の人と最初に口と口でキスするくだり、「わかるわーーー、うちもこうだったわーーー」と後出しのドヤ顔で共感しながらも、「そうか私、自分の結婚本にはこういうこと全然書かなかったんだよな、我ながらスカしてやがるぜ……」と数年越しで反省会を開きました。

続)雨宮まみさん、私は会うたびに「丸くなったな」と思っていた。初対面の頃はマジで身ィ削っていたのだろうが。私は渡米後ほとんど会えなかったし、最晩年を知る人はまた違う見解かもしれないけど。「幸せになってつまらなくなった」の一歩手前まですべすべに磨きをかけている段階だと思って見てた。

続)そう、一番の感想は「なんだ、我が家も、結婚(仮)でも、よかったのでは……?」です。他にも要素が多いからそこに着目する人は少ないかもしれないが、あちこち理性的でありながら最後「(仮)でもいけるな」という読後感になるのは、大変よい「結婚について書かれた本」だよなと思ったのでした。

https://twitter.com/okadaic/status/1213835475108143110

普段はTwitterにはなるべく書評めいたことを書かないようにしている。深い意味はないけど、2004年に出版社社員になったタイミングで、将来的に自分の業務と重なりそうな分野については迂闊な発言を控えようと決め、それすなわち、活字で書かれた本の脊髄反射的な感想を書くのをやめることになったのだった。漫画や映画や芝居や音楽について萌えを叫ぶのはセーフ、という自己判断。

でも、結果的にここ数年は「漫画たくさん読んでそうだからおすすめ教えてください」「音楽詳しそうだからコメントください」といった依頼が来たり、あるいは「小説の話をするのって珍しくないですか?」と驚かれたりもして、正直それもどうかなと思っている。趣味嗜好にめちゃくちゃ偏りがあるところ、さらに偏ったように見られている気分。2020年は読書記録管理をどうにかしたい。

最近また少しずつ読むことのリハビリを始めているのだけれど、何度も何度も何度でも書き残しておこう、どんな本を読もうとも「これについて今すぐみんなに何か言わなくちゃ!」なんてことはまったく思わずに済んだ、インターネットがなかった10代当時の、あの、あの頃の読書体験に戻りたいんだ、私は。

https://twitter.com/okadaic/status/1175623532543381504

関連して、久しぶりに自分が書いた雨宮まみさんのエントリを読み返してみたりした。『わたしの好きな街』の担当編集者が、「冒頭が雨宮さんと岡田さんの章から始まるアンソロジーを編むことができてよかった」というようなことを言ってくれて、あれは嬉しかったな。四谷でもよく雨宮さんとすれ違ったり、食事したりした。『結婚の奴』には能町さんが駅前の「ロン」で煙草を吸ったエピソードが出てくるのだけど、私もあのまま住み続けていたら「ロン」か「フクナガ」に通って、あるいは「フカツ」の前を通るたびに、繰り返し彼女のことを考えたのだろう。

街の記憶というのは不思議なもので、街並みについて細部を忘れてしまっても、人と人とを結びつける物語に絡めて憶えていることが多い。今、ニューヨークでジャイロトニックのセッションを受けている間、「無」になる直前に思い浮かべるのはいつも、表参道で別のスタジオに通っていた頃のこと。渡米直前、当時は英語の成績を上げることばかり考えていて、今日は根津美術館に寄って帰ろうかしら、なんて余裕もまったくなかった。そのスタジオには何の思い入れもないと思っていた。

でも今は、ニューヨークにいてエクササイズしながら、目を瞑っても歩ける表参道の道程をイメージとして辿ることが、自分を無心に近づけてくれる。その街並みが、毎週のように会いに行っていた人たちが、自分にとって置いてきた「過去」になったからなんだろう。もう通わない道をなぞり、もう会えなくなった人たちを思い浮かべ、頭の中に残っている情報量がちっとも目減りしていないことを確かめる。本当は少しずつ忘れていってしまっているのだろうけど、歌の歌詞を諳んじて憶えるように、何度も反芻している。神棚も仏壇も持たないなりに瞑想している。

2020-01-04 / Gutenberg元年

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。お正月ということで、2017年に書いた「長めの自己紹介」を 2020年バージョン にアップデート。前回は「逆順」で観念的なことを書いたので、今回は「正順」で人生に絡めて自著の宣伝をしてみました。

で、Gutenbergですよ。グーテンベルグ。いやいや、グーテンベルクだろうって? えー、でも、グでしょ。ここはグだろう、アメリカ産だもの。ヨハネスグーテンベルクのことはクで発音するけど、これは人名じゃないから「グ」でいくよ、そのほうが人名とも区別がつきやすいでしょ。ブルゴーニュとバーガンディーみたいなものだよ。違うか。

何の話かというと、このサイトを動かしているWordPressの新エディターのこと。まったく触れていなかったので、今回の「自己紹介」からはGutenbergの機能をちょびちょび試しながら書いてみた。慣れるまで恐ろしく時間がかかりそうだが、慣れたら確かに、早そうだ。1990年代末から日本語でウェブに文章を書いていて、最初はHTML、マークダウンより先に「はてな記法」、他にもあれこれ作法を叩き込まれた世代ではあるが、当面これと付き合ってみようと思う。

とはいえ見た目はまったく同じままです。「Davis」から「Twenty Twenty」にテーマ変更しようと思ったのだが、子テーマがうまく動かなかった……。とにかくひたすら重くなるのが嫌で、裏であれこれ試しているんですけどね。

毎年毎年、正月くらいは真面目にサイトを更新して、あとはほとんど放置してしまうのだけど、今年は割と本気で取り組んでいる。まず、巷で大人気の「note」については、時代に逆行するかたちで、今年の早い段階での解体を考えている。理由は後から書くかもしれないし、書かないかもしれない。端的に言って「最初に遊んでいた頃とは全然違うサービスになってしまった」のが大きい。

機能が増えるのも理念が変わるのも全然構わない。とはいえ、2014年のローンチ当初、私が楽しんでいた「課金」の仕組みが、今では別のスキームで捉えられてしまっている。昔の有料コンテンツを現在に至るまで維持し続けて、それで、更新があるかないかとフォロワーに期待をかけてしまっていることが、だんだん苦痛と感じられるようになってきた。

今までの有料コンテンツ、とくに、軽率に始めた定期購読マガジンをご購入くださった方に対しては、大変申し訳なく思っている。「noteにこそ置いておく意味があるもの」だけ残して、あとは消します。消した上で、取り急ぎ、このブログにでも転載しておきます。ごめんなさい。

また昨年、はてなブックマークを使うのをやめてみたところ、素晴らしく精神衛生に良いことが判明した。そして今月末には、はてなグループもサービス停止してしまう。グループなんて誰も使ってないよとお思いかもしれんが、どっこい私はめちゃくちゃ使っていたし、ちょっと引くほど思い入れが深い。「私が愛したはてな君は、もう、どこにもいない」と改めて感じる2019-2020年であった。

そんなわけで、結局、信じられるのは自分のサイトだけなんだなぁ、「私が、命、委ねる、それは、私だけに、私に〜!!」だよなぁ、との思いを強くしている。終わりの始まり。原点回帰。巨大なログ保管庫としての独自ドメイン。二十年余のアーカイブを、コツコツ貯め込んでいく。何のために? 私のために。

ところでお気づきだろうか、この文章、だいたい200字前後くらいで改行が挟まれていることに。そう、二十年余のインターネットライフで私に最も大きな影響を与えた記法、それはTwitterの「140字制限」なのだった。推敲なしに書くとこうなるんだよ。それ以外のもの、断捨離しちゃってもいいだろうな、というのが現在の心境です。

2020-01-04 / 自己紹介

2017年の正月に、長めの自己紹介を書きました。これは2015年夏に渡米してからの環境変化を踏まえて書いたもので、執筆当時はまだ大学生。内容もずいぶん古くなってしまったので、2020年の正月に新バージョンを書きます。今回もまた「ゼロからの自己紹介」のつもり。そして、前回は「逆順」だったので、今回は趣向を変えて「正順」にしてみます。少し長いですが、読むほうもダラダラお付き合いください。


岡田育といいます。職業は「文筆家」です。私が先達に倣って名乗り始めたのは2012年からですが、近年、日本語圏でこの肩書きを使用する人が微増している気がして、心強いです。今までにエッセイの単著を四冊、文庫化もされた共著を一冊、刊行しています。ご依頼があれば、インタビュー取材、テーマコラム、書評や映画評なども手がけ、テレビやラジオの番組に出たり、イベントに登壇したりすることもあります。

1980年東京生まれ、東急電鉄沿線で育ちました。実家は親より古い一軒家で、五人家族にはあまりにも狭すぎる間取り。親元を離れるまで「自分ひとりの部屋」を持ったことがなく、二十歳過ぎても二段ベッドで寝起きしていました。結果、「孤独になれる」時間や空間を最高の贅沢と感じる子供になりました。往復一時間の電車通学では図書館で借りた本を読み、家族が寝静まった深夜は布団にもぐってラジカセで音楽を聴くか、手元の灯りで物を書く。立派なオタクの出来上がりです。

バブル好景気に沸く日本の狂騒を、幼心にギリギリ憶えている世代です。当時の私は、ジャパンこそがナンバーワン、東京こそが世界文化の中心地で、その恩恵をダイレクトに受けられる自分は大変幸運であり、大人になればただそれだけで薔薇色の未来が開けると信じていました。右肩上がりのその幻想が、泡とはじけたときに10代半ば。昇っていく予定だった梯子を突然外されて、社会から蹴り出されたような気分でした。

太宰治『人間失格』の手記は「恥の多い生涯」と始まりますが、私の一冊目の著書タイトルは『ハジの多い人生』。「ハジ」は、「ハジッコ」の「ハジ」です。教室の片隅、放課後の屋上、日記帳の余白、タイ焼きのミミ、カセットテープの終わった残り、繁華街の路地裏のちょうどいいくぼみ、あるいは、日本列島がド真ん中でなく東端に描かれている世界地図。なるほどなぁ、私がこの世の「中心」や「頂点」に辿り着くことは絶対ないんだろうけれど、それはそれで楽しく生きていくしかないな、と考えるに至った少女時代について書いた本です。

『ハジの多い人生』(2014)

この本は2020年春、装いも新たに文春文庫に加わる予定です。現在市場に出回っている、新書館から刊行された親本のほうは入手困難となりますので、にほへさんの超絶かわいい装画や挿絵をお手元に置いておきたいという方は、急ぎお買い求めください!!


慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)に進学した理由は、「蘭学に触れるには、長崎へ行くしかない!」。これからの世界を大きく変えると噂されていた、インターネットというものに触れてみたい一心でした。合格が決まってから生まれて初めてパソコンを手に入れて、1998年頃からHTMLでホームページを制作し、ウェブ日記を書いたり、いわゆる二次創作同人サイトを作ったりしていました。1999年に先輩から「すごい検索エンジンができた」と初めてGoogleを見せてもらったのも、2002年に初めてはてなidを取得したのも、母校の特教だったと記憶しています。

1999年より佐藤雅彦研究室の一期生として、表現とメディア、教育方法論などの研究をしていました。ADC賞を受賞した『動け演算』や、NHKの教育番組『ピタゴラスイッチ』の制作に参加。学部生のときから企画立案と運営に携わっていた、携帯電話(i-mode)と新聞紙面を使った新しい社会調査プロジェクト『日本のスイッチ』で修士論文を書きました。

また、2001年から沼田元氣事務所で編集助手のアルバイトを始め、紙の書籍という物理記録媒体を世に残すことに高い関心を抱くようになります。沼田さんにはその後、池袋コミュニティカレッジ「乙女美学校」の活動でもお世話になりました。

2004年に中央公論新社に入社。2012年まで8年半勤めていました。最初に配属されたのは中高年世代向けの女性雑誌『婦人公論』編集部で、主に巻頭特集の企画と、著名人のインタビュー記事を手がけました。小説や漫画、カルチャー欄の連載も担当して、サイトリニューアルや公式ブログ開設にも関わり、あちこち潜入取材してルポ記事を作ったこともあります。

次に配属されたのは単行本書籍を手がける編集部で、純文学から時代エンターテインメント小説、大型新聞連載から新人作家のデビュー作、エッセイや将棋の本まで、何でも担当しました。当時はあくまで会社の看板を背負って働いていたわけですが、どれも思い入れが深い仕事です。在職中に手掛けた作品の幾つかが賞を受賞したこと、また、独立後に樋口有介さんや富樫倫太郎さんの元担当編集者として文庫解説を書かせていただいたことなど、嬉しい思い出です。


2020年は、サラリーマンの「編集者」として勤めた時間を、自分の名を出す「文筆家」として働いた時間が上回る、節目のタイミングでもあります。そう考えると長いものですね。将来に悩む若い世代からはよく、「いつ、なぜ、どのように転職を決断したのか?」という質問を受けますが、そのあたりは昨年出した最新刊『40歳までにコレをやめる』に詳しく書きました。ちなみにこの本、出版社時代に川上未映子さんの本を一緒に担当していた読売新聞の方に連載枠をいただいて、ようやく書き上げたものです。ご縁は続きますね。今後、韓国語版の刊行が予定されています。

『40歳までにコレをやめる』(2019)

2013年に結婚した顛末については、『嫁へ行くつもりじゃなかった』という本に書きました。フリッパーズ・ギター『海へ行くつもりじゃなかった』が元ネタです。恋愛感情の無い相手と結婚する、いわゆる「交際0日婚」「いきなり婚」というやつです。「嫌になったら明日にでも離婚できるんだし」と軽率に決めた割に、気がつけば6年7年。これまた長い。おかげさまで夫のオットー氏(仮名)(※年齢性別国籍経歴いずれも非公表)とは、現在に至るまで、恋ナシ、愛アリ、魂の双子のように良好な関係を築けていると自負しております。

『嫁へ行くつもりじゃなかった』(2014)

『オトコのカラダはキモチいい』というタイトルで、AV監督の二村ヒトシさんと、社会学者の金田淳子さんとの共著も出しました。アメリカで知り合った人には、「男性主導で発展してきたアダルトビデオやHENTAI的なポルノグラフィと、女性主導で発展してきたやおい・ボーイズラブ・腐女子の文化から、日本社会の性とジェンダーについて、はたまた『有害な男性性』からの解放について、考察した本である」と説明しています。英語圏で自己紹介するとき、最も食いつきがいいのはこの本ですね。海外翻訳出版のご提案、お待ちしております!

『オトコのカラダはキモチいい』(2017)

2013年からフジテレビ系の朝の情報番組『とくダネ!』にレギュラーコメンテーターとして出演していたのが、世間的に見て最も「目立つ」仕事だったと思います。ちょうど同時期に続けていた、cakesの座談会連載「ハジの多い腐女子会」や、雑誌『LaLaBegin』の連載「メガネに会いたくて」、また、文化系WEB女子同人『久谷女子便り』での活動なども、多くの方にご記憶いただいているようで有難いです。


2015年8月には、米国ニューヨークに転居しました。35歳にして初めての海外生活。それまで仕事で英語を使ったこともなく、収入も激減することが予想されました。非ネイティブの外国人が最短距離でキャリアを形成するには? と考えた結果、ニュースクール大学傘下のパーソンズ美術大学でグラフィックデザインの準学士号を取得。現在は広告代理店やデザイン事務所と個人契約を結び、デザイナー、ブランドコンサルタントとしても働いています。

新商品のパッケージ開発、企業ロゴやウェブサイトのリニューアル、グローバル市場に向けた広告戦略など、広義のブランディング業務が主軸となりつつあります。クライアントワークなので私の名前が表に出ることはありませんが、編集者として培ってきたスキルを言葉の壁を超えて活かすことができ、とてもやりがいを感じています。

とはいえ実態はさんざんなものです……。昨年はとくに、納期がずれ込みやすいプロジェクトを幾つも請けてしまい、事務処理も倍以上に膨れあがり、スケジュール管理がガタガタになってしまいました。多方面にご迷惑をおかけしましたこと、猛省しております。2020年以降は、なんとしても働き方を改善せねば、というのが正月の抱負です。

『天国飯と地獄耳』(2018)

三冊目の著書『天国飯と地獄耳』は、東京時代に雑誌連載していた前半部分と、ニューヨーク留学中の空白期間を経て書き上げた後半部分からなる、ハイブリッドなエッセイ集です。こちらについては台湾での翻訳出版が予定されています。楽しみ楽しみ。

世界中から社会人留学生が集まるアートスクールでの「二度目の大学生活」は大変有意義なものでした。米国は日本とはまた違う意味での学歴社会で、何歳になっても、何度でも、大学へ通い直して新たな専門性を身につける大人がたくさんいます。就職活動の仕組みも違い、働き方もずっと自由なので、実力を示せば誰でも新しい分野に挑戦することができるのです。在学中に書き殴っていた暗号のような日記やメモを整理して、いずれちゃんとした留学体験記をものしたいと思っています。

現在は、集英社の文芸誌『すばる』での連載「我は、おばさん」と、読売新聞大手小町での連載「気になるフツウの女たち」を進めています。その他、まだ言えない進行中のプロジェクトがいくつか。年に数回は日本に一時帰国して、東京に限らずあちこちへ出かけ、こつこつ仕込みを続けております。


最新の近況については Twitter を参照していただくのが一番よいと思います。英語圏ではTwitterの代わりに Instagram で日記をつけていて、ごくごくたまに、Mediumでも書いています。三日坊主の私が12年以上、毎日欠かさず続けているのはtweetだけですね。ほとんどゴミ捨て場のような使い方ではありますが、あれもまた一つの「活動拠点」と捉えています。

もともと新しもの好きで、新サービスを見つけるととりあえずアカウントを作ってしまうのが悪い癖。今年、長年愛用してきたはてなグループが終了してしまうこともあり、これを機に発信チャンネルも縮小傾向でと考えています。ここ数年、何もかも盛り沢山だったので、公私ともにスッキリさせる、というのが今年の目標ですね。2020年も、どうぞよろしくお願いいたします。