2016-11-07 / 夜の美術館

11月5日。外出先から帰る途中、友人から久しぶりに連絡をもらう。親子でシティに来てるので会おうという話になり、19時過ぎにメトロポリタン美術館で待ち合わせ、21時の閉館まで館内で遊ぶ。ちゃんと会うのは初めての3歳児に、大階段を上りながら軽い気持ちで「きみー、METは初めてかなー?」と訊いたら、「いや、妻のお腹の中にいる頃からしょっちゅう来てたし、今も毎週のように来てるし、もう100回以上来てますよ……」と言われて驚く。「ここは、NYCで小さな子供を思いきり好きに走らせて大丈夫な、数少ない場所なんですよねー」と言われて納得。車道の近くでは絶対に目が離せないし、あちこちにある公園だって基本は大人向けに作られている。ブルックリンやクイーンズの閑静な住宅街はさておき、シティでは外で遊ぶ子供って見かけないな。野良猫と同じくらい、そんな光景が恋しい。そして同じ美術館でもグッゲンハイムやMoMAだと建物の構造上、好きに走らせるのは危ないよね。なるほどメトロポリタン。子供には子供の描く街の地図があって、親子連れはそれに従って動いていて、大人だけで暮らしてる我々は、同じ街にいても気づかないんだよね。

それでたしかに3歳児、私よりずっとメトロポリタン美術館に詳しいのである。「仮面のとこ行こう」「ガラスのエレベーター乗ろう」「こっちじゃなくてあっちだよ」とか言って、大人たちを置いて一目散にスタスタ歩いていく。石造りの建物で滑りやすいし、階段なんか転ばないかと心配になるんだが、足取りに迷いがなくて腰も据わってて、すげー、さすがアメリカの子供だなぁ、と思う私は日本の木造家屋育ち。大人はついつい別棟の西洋絵画から見始めてしまうものだが、仮面や祭装束、剣と盾、動物や人間をかたどったプリミティヴな彫像に惹かれるみたいで、解説を読んであげたり、むしろ解説してもらったりしながら、普段あまり見て回らないセクションを駆け回る(時々、係員に怒られる)。小さな子供(男女問わず!)の興味分野が、武器か乗り物か昆虫か怪獣かに分かれていく過程、不思議だなと思ってるのですが、ここアフリカ・オセアニア・アメリカセクション、装飾品も乗り物も微細なものも巨大なものも全部陳列されていて、ああそうだよね、先に立つのは新幹線とかウルトラマンとかじゃないんだよね、私たちが惹かれるのはもっと太古の記憶なんだ、と思い知る。

子供を追いかけて歩いていると自然と目線が低くなって、一緒に地べたに寝転んだりしながら(これも係員に怒られる)、陳列棚を覗き込むと、角度が変わるだけでものすごい迫力がある。メラネシアの部屋、天井から吊られた仮面を旗のように接ぎ合わせたもの(後で調べたら儀礼用の家の天井部分らしい)を見上げて、「これ、うちゅうせんなんだよ」と教えてくれた。言われてみると本当に異世界から飛来した船のように見える。私たちはかつてみんなこれに乗っていたのかもしれないとさえ思う。私はまだニューヨークへ来て1歳3ヶ月、このプレイグラウンドでは、100回来ている3歳の彼のほうがお兄さんなのだった。帰り、車で送ってもらったら、「この天井、じどうであくのー」とこれまたご自慢げ。運転席のお父さんは「自動じゃないよ、僕が手動で開けるんですよ!」と苦笑しながら、路肩に寄せて屋根を外す。望むものがすべて、じどうで動く、思う通りの世界を生きている子供と、その周辺をぐるぐる取り巻きながら、続く限り、許される限り、彼が望む世界を回していこうとする大人たちとが、オープンエアルーフを開放して一緒に夜風に吹かれる、あたたかい晩。また遊ぼうね。



6日日曜日、『カルテルランド』、『美術館を手玉にとった男』、『グランドフィナーレ』(横目)、『グランドブダペストホテル』(再)、そして、ためこんでいた『刀剣乱舞 花丸』と『ユーリ!!! on ICE』をまとめて観る。どの作品もそれぞれに素晴らしく(王女か)、とくにまだ続いてる『花丸』と『ユーリ』は、みんなと一緒にリアルタイム視聴できないのが悔しいよ!

7日月曜日は朝4時くらいに起きて、cakesの人気連載「ハジの多い腐女子会」最新回の収録をSkypeで。おそらく史上最強と呼んで差し支えない強力なメンツが集結していた。んだけど、やっぱり現場にいないとモタモタするなぁ。若者たちから炸裂する知らない単語を手元でぐぐって把握しながら必死で会話についてったのですが、私が手元で何をしているかはSkype画面越しで見えないため、心配した編集Rから一つ一つ「岡田さーん、ちゃんと話ついてこれてますかー?」といたわられ、ほとんど遠隔介護されてる老人のようでした。あと、『刀剣乱舞』も『ユーリ』も本当はカップリングの話がしたいんだけど、参加者の顔は見えてても「顔色が窺えない」状態なので、「私は……どちらかというと受けだと思うけど……どうかな?」「あの人気カップリングって、地雷の人もいる……んじゃないかな……?」といった探り合いがいつになく慎重だった。オフ会だったらぽんぽん話せるんだけど、普段のコミュニケーションって言語以外にもものすごい情報量をやりとりしてるんだなと思う。

2016-09-14 / 右で凍らせ左で燃やす

日記を書くのと刀剣乱舞とは週末のお楽しみ、という感じになってまいりました。薬研ニキの極実装まだですかね。

12日月曜日。ひたすら「Spatial Graphics」の課題、非接触部族に関する展覧会の空間デザイン。といってもリサーチでほとんどが終わる。英語が不自由だとここに一般学生の数倍かかることがよくわかる授業だ。といっても論文を書くわけでなし、基本はネットだけで足りそうなので、日本語と英語のサイトを読み比べながらタイムライン(年表)など作っていく。四川風麻辣干鍋店で夕飯。水分でグラグラ煮る鍋ではなく、同じ発想のあっさりした炒め物のようなもの。とても美味しかったのだが、その後モーレツにお腹を下してめちゃくちゃ後悔する。デトックスしたくなったら行くといいのかもしれぬ。

13日火曜日。先週はしどろもどろのプレゼンで反応が今ひとつだったAnna、今日は進捗を見せたら「着眼点とコンセプトはすごくいいのでそのまま作れ。でも、まだ型にはまっているので、壁や床を平面と考えずに自由に発想してごらん」とゴーサインをもらって一安心。隣に座っている男子学生は先週から合流組で、まだテーマも漠然としか決まっておらず、ビシビシ手厳しいツッコミを受けていた。「テーマを決めただけじゃダメ、展示のコンセプトは? 主催者がこの空間から訪問者に持ち帰らせたいメッセージは? 事実の羅列だけではエキシビションにはならないのよ。そしてあなた、来週までに3週間分の遅れを取り戻すのは至難の業よ? そんな芸当ができるかどうかもう一度考えてみるべきね。全体の進行を遅らせることはできないからそのつもりで」と、事実上のイエローカードが出る。早いな。気弱な学生なら「授業についてけないなら帰れ」と言われたと解釈するだろうが、そこは図太いアメリカ人、「わかりましたー」とか言ってGoogleイメージ検索など始めている。

ちなみに授業の前半は三角スケール(建築模型作るのに使うやつ)の使い方と図面の見方を学ぶ……のだが……出たよ、インチ!! 久しぶりに受けるインチの洗礼!! 比率を知るために定規で測って掛け算して割り算するじゃないですか。「先生、算出した数値が小数点以下の端数がものすごいことになっており、Illustratorが勝手に切り上げてくるんですがこんな仕様では正確な図面が引けn……」「だいたいでいいから。そんなんもう156インチってことにしときなさい。どうせ印刷するとき歪むし」「え、しかし、先生、今は小数点以下でもこれ実際の建築物に当てはめると相当な」「いいから156インチで作って(キレ気味)。あら、あなた何その単位、初期設定でインチになさいって言ったでしょ、変な単位使わないでこの授業ではインチに統一よ」「ちょ、え、これパイカです……よ……グラフィックデザインの授業では全部パイカで……」「初期設定で、直せるわよね。私の授業では」「はっ、はい」……世界よ、これがインチの国の空間デザイナーだ……!!(震) きっと実際に施工する職人さんとかがすっごい帳尻合わせるのうまいのかもしれない。そこはミリ単位でやるんだろう(←※非アメリカンジョーク)。このアメリカ人デザイナーの「神経質なのに雑」という感じ、本当に驚くわ。

毎週月曜はこの授業の準備のために徹夜が確定しつつある。終わると同時に12階の教室から8階の図書館へ。ここは自習室が大変充実していて、かつ、共有スペースに土足で寝転がれるソファもあるので、みんな本を借りにというよりは、仮眠を取りにくるのです。えっ、私だけ? 意気揚々とソファに陣取ったら、なんとちょうど目が合う位置の自習机に、いつものあの氷系能力者の眼鏡紳士がいた。いや一度も会話したことないし教員か学生かも知らないけど、スキンヘッドで細身で手指がピンセットみたいに骨ばってて背筋ピシッと伸びてて銀縁眼鏡で伏目がちで無表情で真夏でも毛糸帽とか被ってんだよ、綾波レイをおっさんにしたみたいなスペックなんだよ、氷系能力者としか表現しようがないだろ。全身の指で数え切れないほどの人を殺している目をしている。そして自分のゾーンに誰か異物が介入してくるとまず目で射抜く。この図書館と自習室の室温が低いのはいっつも彼がいるからだと信じている。私はここの自習室が好きで週に何度も来ているのだが、週に何度でも会うし、今日はとうとう共有スペースでも同じような場所に陣取っていることが判明した。明らかに私のこと認識してるでしょ、私がいつも何の課題やってるのかチラッと見るじゃん、チラッと。わ、笑えば、いいと思うよ……と思うんだが、私から微笑みかけても、まったく無反応なのがまたシビれる。いつか絶対エッセイに書く。

それで綾波レイ(仮名、推定40代)に見つめられながら手元に宿題を開いたままで爆睡。16時くらいまでで課題を適当に終え、17時過ぎから近所のサラダ弁当屋で真紀子さんと軽く打ち合わせ、ショートフィルム作品の件。もりもり食べてたら奥の席に次の授業で一緒のSを見かける。日本人が憧れるいわゆる典型的な金髪美女タイプなんだが、とにかくひたすら真面目な課題の鬼で、ルームメイトも「彼女が2時間以上連続して寝ているのを見たことがない……」と戦慄している子。なお私は平均10時間寝ている。声をかけようと思ったが、いつも身綺麗にしている彼女がPCとスケッチブックのどっさり入ったリュックを背負ったまま下ろしもせずに隅の席に腰掛け、たった一人で体を丸めて一心不乱に虚空を見つめ、取り憑かれたようにサラダをもしゃもしゃやっている。ひたすら脳内の考え事に没頭してて他のこと何も眼中にないときの、アレな。まるで原稿締切直前の自分のぼっち飯を見るようだ……。こういうときに「ハーイ〜、S〜! 宿題終わったー!? 見せて見せて!(ハグ)」と陽気にやれる人種もいるんですが、キャラ違うんだよね。クラスで馴れ合うために学校来てんじゃねーよ感が好印象なのでそのままスルーした。けど日記には書く。世間一般のキャンパスライフとはちょっと空気や温度が違う、社会人学部の良さと言えるのかもしれない。

ドミの授業はプロジェクト2、「特定の産業のキャンペーンを張る」というような課題。4つほどお題が上がって、一番人気は建築資材、次が料理用具と文房具、私はカッティングツールということで、レターオープナーにした。「文房具」って一学期目には人気のお題だったはずなんだけど、さすがにもうみんな作り飽きてきたのだろう、鉛筆や消しゴムを題材に選ぶ人は皆無で、代わりに「ヒップスターに砂利を売りつける広告」「違いのわかるコンクリート選びをおしゃれに演出」みたいな、頭おかしな方向へ突き進んでいて面白い。まーでもそのほうがポートフォリオにバラエティ出るからいいよね! 私もポートフォリオに足りないものを逆算してテーマを選んだ。最終学期だなぁ。

14日水曜日。月曜の徹夜が終わり、ここが一番つらいところなんだけど、22時半くらいに帰宅して深夜3時くらいまでかけて、全く手付かずだった「Motion Concepts」の課題を終える。2秒の映像を3つ作っていくだけでこんなに時間かかるの!? と凹む。しかし映像系に進むつもりはあまりない(からこそ最終学期になって初めて入門編など履修している)ので、できれば心情的には「Spatial Graphics」を優先させたい。これはちょっと学期末に大変なことになりそう。今は楽勝だが徐々に大変になっていくらしい。授業がどんなだったかは眠くて憶えていない。「お手本だ、君らもこんなのすぐ作れるようになるよ、技術的にはね。あとはセンス」といって見せられたのがCyriakの動画群だったのが面白かった。私、世代的にはテリーギリアムなんですけど、もちろんAfterEffectsの授業で名前が挙がるのはテリーギリアムじゃないのです……。あ、でも私の宿題(自分のイニシャルにマスクをかけてちょこまか動かすという課題)は「ソールバスっぽいね!」と言われ、わーいわーいと喜んだら「いや、今のはちょっと言いすぎた、感じが似てるってだけだよ」とご丁寧な訂正が入り、映画『サイコ』の名場面に別の音楽かけるとどうなるか、というサンプルを見ながら「音は絵の半分を占める」というのを何度も何度も何度も何度も聞くので、映像のイロハというのは時代を経ても色褪せぬものなのだろう。これは佐藤雅彦風に言うなら「音が映像を規定する」ってやつで、こういうとき、ああ大学にもう一度通い直しているのだな、と懐かしく前の学生時代を思い出す。

エリックのポートフォリオの授業も眠かった記憶しかないが、相変わらず、全員参加型授業の作り方がうまいので寝かせてもらえない。早い者勝ちのプレゼン、ぐずぐずしてたら日本人留学生2名が最後の2人になってしまう。こういうのよくないんですよねー。反省。「今までに作ったものの中で、ポートフォリオに載せる前に作り直したいものに再挑戦する」というのが最初の課題で、私は『Tales Of Altitude』という絵本のリバイズについてプレゼン。したのだが、エリックがやけに絵本を気に入ってしまい、「別に直さなくてもいいんじゃね? やるなら全部やり直しだけど……副読本とかつけたらいいのかな」「あーでも、webアプリとかに発展させたらいいかも!」という、どっちに転んでもすっごい面倒な案をぽんぽん出してくれて嬉しい悲鳴。半年くれたらのんびり作り直したいけど人生にそんな時間は二度と訪れないので2週間でやっつけます……。

へろへろで帰宅すると、待ちに待った封書が届いていた。ここ数年、この報せをずっと待ちわびていたのだった。あんまり嬉しかったので、このことは後日またちゃんと書きます。オバマ大統領がノーベル平和賞を受けたときTwitterで「Humbled.」と一言つぶやいたのを思い出す。あんな感じ。「恐縮です」とか「こんなときこそ謙虚になります」というような気持ち。燃えてきました。


【2020.6追記】
最後に書いてあるのは、ようやく就労可能なビザが下りたという話。結局ちゃんとは書かなかった。ビザの話はとてもパーソナルでプライベートで、そしてスペシャルなものだ。そしてこの約2ヶ月後にはトランプ大統領が爆誕してしまう。首の皮一枚で「オバマに住まわせてもらってる」移民になったのだった。

2016-09-09 / ベロニカは寝ることにした

木曜2限はDavidHの写真の授業。じつは課題のセルフポートレイトに悩んで肝心の教科書をビタイチ読んでおらず、びくびくしながら行ったのだが、抜き打ちテストをされるようなことはなくホッと胸を撫で下ろす。DavidHは今日も絶好調で、2時間半の講義のうち1時間半くらいは「露出について」&「カメラ選びについて」のノンストップトークで終わる。私はこのひとのこと大好きなんだけど、大好きな私でもさすがに眠くなる……あなたが本当にカメラを愛していることはよーーーーーくわかったわ、わかったから早く休憩にして熱ッついコーヒー買いに行かせて! と生徒全員が思っていたはず。ちょうど程よく休憩になるかな、というところで、今週から出席しはじめたヌボーッとした男子学生が「ところでその被写界深度って言葉は何の意味なんですか?」とアホにもほどがある質問をかましやがり(※たった今まで露出の講義ですよ?)、「おっ、今週初参加君! いーい質問だね!」と満面の笑顔のDavidH、「先週のおさらい」で30分延長。殺意。

薄暗い教室のiMacで堂々とメッセンジャーを立ち上げている中国人おり、船を漕ぐどころか轟沈しているNJッ子おり。例の意識高い美女Aはと見遣ると、「おしゃれなアクビの隠し方」をあれこれ試していた。まず、S’wellかなんかのオシャレ水筒の上に顎をのせてみる。小粋に小首を傾げてみる。水筒の蓋のところで隠しながら大きく口を開けてみる。バレないバレない。今度は頬杖をついてみる。ついたままで口を斜めに開けてみる。この角度もオシャレかも。あ、でも手のひらじゃなくて口元で拳を握ってみるほうがいいかも。そしてアヒル口、からのアクビ。うん、いいかも。これが私なりのアクビの仕方、なぜなら私はグラフィックデザイナーだから。ずり落ちた鼈甲のボストン眼鏡をオシャレにクイッ。……おまえマジでかわいいな! 一挙手一投足に自意識が爆発してて眩しいったらない。繰り返しになりますが、高校までの同い年の同級生だったらこういうオシャレ命ピープルを本気で憎んでいたと思うけど、今はもう、Aのいきがるすべてがかわいいよ。

最後50分くらいでバタバタと、セルフポートレイトの合評会。座り位置の関係でトップバッターになった私の作品はどれも大評判で、とくに自分を撮らずに身の回りの品のブツ撮りで済ませたやつが大正解だったようだ。といっても、DavidHはどんな写真でも褒めに褒めて褒めたおすので、私に限らず、みんな大絶賛を受ける。その意味では前学期履修したイラストの授業のFrankととてもよく似ている。怒らせると怖いんだぜ、このタイプ。Aはさっそく宿題やってきてなかった。彼女の中では完全にDavidHはFrank認定されていて、ナメきっているのだろう、よくわかります。

ちなみに講師の愛機はCanonのデジタル一眼レフとSONYのミラーレス。ごっついレンズをアタッチメントで両方につけかえながら双方の良さを説くのだが、SONYはやっぱり私には小さすぎる気がするなぁ。授業後、ミラーレス一眼カメラを買うのでどれがいいかな、という個別相談をする。「SONYとFUJIFILMで迷ってるんだけど……」と言ったら「FUJIFILM! 最高じゃない!? だってフィルムメーカーが、その技術の粋を尽くして、あんなに色の美しいカメラを作るなんてさ! ラブFUJI! ラブFUJI! フィルムカメラの頃からファン! ぜったい良い!」と興奮しはじめてしまいマトモに会話が通じない。DavidH……かわいすぎか……。「BEST BUYなんか見てないで、foto careとAdoramaへ行きなよ! 素晴らしいカメラがいっぱいのめくるめく世界だよ! 君の知らない機種がまだまだいっぱいあるはずだよ! わくわくするね!」というわけで、「わかりました、週末見てみます、たぶんFUJIにしますよ」と言って慌てて立ち去る。そういえば、ほとんどの生徒のことは「You」と呼んでいる彼が、私のことだけ二週目から「Iku」と呼んでいた。なんだか最初から目をかけられているというか。デザイナー同様、フォトグラファーもまた、機材から入ってやたらと日本贔屓、日本の印象がいいので日本人学生に甘い、ということがあるのかもしれない。

4限のDmitryは合評会が本当にあっさり終わってしまい、終わらなかった人は引き続き作り続けなさい、という感じ。私は一応、最初の課題はクリアしたみたいだ。そして後半は座学。最終学期の授業である。いったいどんな高度なことを教えてもらえるのかとドキドキしながら待ち構えていたら、……スクリーンに燦然と、見慣れたあの「Sorry for the choice of font.」の画像……そうです、一学期目に「Typography1」の初回授業でみっちり見させられた、ドミちゃんのタイポグラフィ講座、スライド全6種だか7種だかを、もう一度たっぷり全部、アタマから余すところなく、ふたたびご覧いただきましょう、という趣向! たまらん。一学期目に夢中でノート取ったので、スライド一枚一枚をほとんど全部憶えているにもかかわらず、何度見ても楽しいし、何度聴いても面白すぎる。私の語彙力で彼のタイポグラフィトークの面白さを伝えるのは限界があるのだけど、まぁなんというか、ガチのオタクの語り口って、それだけで萌えるじゃないですか。「きれいに組みさえすれば、たとえばBodoniだって本文書体にできるんだ、そして美しく組まれたその様は、ソー・ビューーーーーッティフォーーーー……!」というのと、「グリッドシステムは石のようにガチガチなものを作るためにあるんじゃないんだ、むしろグリッドは、君たちのアイディアを自由に解き放つ、アイディアがグリッドに乗って浮かび上がってくる……!」というのと、たぶんほとんど一字一句、1年前に聞いたのと同じ文句なんだけど、またメモしてしまった。しかしまさか最終学期にも同じもの持ち出してきて、「初めての人もいれば、そうでない人もいるかな?」という話し始めから、まっっったく同じテンションで、ところどころ言い回しを変えて、よくぞまぁ、あんなに嬉々として話せるものだよ。彼とAndyとは、本当に学校の先生に向いている人材だなと思う。


翌日の宿題がひとつも終わっていないのに、あまりにもくたびれて、寝ることにしてしまった。ベロニカは寝ることにした。きっと朝4時とかに起きれば、2、3時間で片付く宿題だから大丈夫……とたかをくくって、目覚ましを2つかけて、寝て起きたら、8時20分。マジかよ!! ほとんど着の身着のままで、昨日から開いてもいないカバンをひっつかみ、家を飛び出して9時の授業に5分遅れでオンタイム。講師が10分遅れで来たのでセーフ。EmilyはPortfolioの講義のシラバスを作成したと思しきコアな講師で、資料もふんだんにくれるし悪くない先生だと思うんだけど、やっぱりなんだか、「授業を回す能力」みたいなものがおそろしく低い。DavidHは自分の話してるだけだけど、彼女の場合は人の発表中にいきなり重箱の隅をつつきはじめるので、「この人ちゃんと本質が見えてるんだろうか? 本当にそのアドバイス今必要なのか?」というあたりが曖昧に感じられる。平たく言うと、企業組織によくいる「あまり重要でない話をして会議を長引かせる(自分は有能だと思っている)無能な上司」みたいな……? 1週目は半信半疑だったけど2週目で確信に変わったなぁ。今月末までにEricに鞍替えしたい。朝登校した時点では宿題いっこもできてなかったのに、彼女が喋ってる間に手元でちょちょいとパソコンいじってたら完成してしまい、いつでも発表できる状態で待っていたのに、やっぱり時間が延びに延びて、私まで発表の順番が回ってこず。ほらねー、だと思ったから、寝ることにしたんだよ。一つ一つのアドバイスは的確なのですが、15週間の講義というより、2、3回の面談でみっちり話を聞きたいタイプの先生。

うちの大学は「キャンパス」というものがなく、街中にただ校舎がぼんぼん建っている作り。校舎と校舎の間には、学生客を当てにしたコーヒーショップやサンドイッチの店などがさまざま立ち並んでいる。建物内にも公式カフェテリアがあるのだけど、これらの店の中はいわば「非公式学食」みたいになっていて、行くと必ず誰かとばったり会ったり、会わなかったり。そんな店の一つで久しぶりにビビンパ弁当を食べる。席についてから、イートインスペースが携帯の圏外だったことを思い出す。食べ始めてから、ここのビビンパはキムチが別売で買わないと入ってなかったことを思い出す。どちらも通い始めの一学期目に憶えたはずだったのに、夏を挟んで忘れてしまっていた。トホホ。隣の席では、寮生活の新入生たちと思しき同じ大学の学生たちが数名、それぞれにお互いの友達を紹介しあいながら、身の上トークで盛り上がっていた。昼からかっこつけた角度でハイネケン飲んでる。若いね〜。

金髪の女の子が、「この街に来て、今までで聞いた一番ひどい訛り、ケンタッキーから来た女! 彼女、私の名前を『&*(@$%』って呼ぶのよ! 超ニコニコしながら『ハーイ、&*(@$%〜!』ってハグしようとしてくんの、ウー、今まで聞いた中で最悪の響き、それが私の名前だなんてサイッテー! あの訛りだけは耐えられない!」とまくし立てている。わ、若いね〜。それ、陰口&出身地disで、社会に出たらぜったい笑い話にしちゃいけないやつだぜ〜。おまえだって生粋のニューヨーカーじゃないんだから、初めての都会での慣れない日々で自分が受けてるカルチャーショックのことを棚に上げて、田舎者をバカにするのはたいがいにしとけよ〜。ともあれ、私もまた極東のド田舎から都に出てきて、仲良くなった子たちにだって発音を一度で聞き取ってもらえるほうが珍しいので、背筋も凍る話。きっと陰でこんなふうに言われてるんだろうなー。その後は英会話のチュータリング行ったのですが、さんざんな出来でした。ケンタッキーより遠くから来たんだから仕方ない。一つ一つ頑張る。


どろどろになって帰宅、買ってきたワインを冷やし、シャワーを浴びてパンを調達し、日本へ帰国する知人のホームパーティーへ。諸事情により「今日のことは内緒にしておきましょうね!」という密約が交わされたので詳細は省くが、近年稀に見るまじりっけなしの「女子会」であった。アッパーウエストの素敵なアパートメントに女子ばかり数名、凡百のアメリカ人が見たら卒倒するほどかわいく盛られた和食とチーズのプレート、家主より上座に座る恐縮、それも酔うとだんだんわけがわからなくなってきて、さきほど挨拶を交わしたばかりの初対面同士がいないところで共通の知人の昔の悪行三昧を暴露しあい、「ここがつらいよニューヨーク(主に金銭的な意味で)」大喜利が始まったかと思えば、旅行や洗濯のたびにパンツを紛失するという話から、男女の便座の上げ下げ話など、とめどなく遠慮なくあけすけに盛り上がり、なんか日本にいた頃よりマッチョに萌えるようになったみたい、筋肉といえばサンフランシスコのYAOICONがすごいらしいよ、そういえば最近入手したとっておきのゲイ写真集が某漫画のバーチャル聖地巡礼も兼ねてて!! キャー見る見るー!!……という辺りで、時計を見たら深夜1時半を過ぎていた。慌ててタクシーに同乗して帰宅。ニューヨークにいなければ集えなかったメンツなので出逢いに感謝、なのだけれど、ニューヨークに長く居続けるためには私自身もやるべきことが多すぎる。未来が見えない。「この街が大好きで本当に離れたくないけれど、やるべきことを終えたら、次の場所へ行って次のことをしなくてはならない」という旅立つ人の姿に、己を重ね合わせたりもした。どこか別の土地へ呼ばれたら、足取り軽くそちらへ行けるほうが、健全なのかもしれない。無理にしがみつかないようにしたい。世界のどこかに、私を、待ってる、人がいる。と、いいなぁ。

2016-05-31 / ルールを作る、あるいは厨二病と敬語

中学入学当初、先生や部活の先輩と距離を詰めたくて、わざと敬語を使わずに接していたことがある。いきなりタメ口というわけではなく、「質問して返事を請うときなど、相手へ投げかける言葉はデスマス」「不変の事実や、限りなく独り言に近い自分の見解を述べるときはデアル」といったルールを自分で勝手に決めて、おそるおそる使い分けていた。今もよく、当時のことを思い出す。

「先輩、今日の部活いらっしゃいますか?」「うーん、まだわかんない、サボるかも」「そうなんだ、私もやめとこっかなー、中間テスト前だしなー」「いやおまえは行けよ」「はーい、わかりました。でも先輩だけってズルいなぁ。あ、雨が上がった! ラッキー!」……うまく再現できないけど、例文を作るとまぁこんな感じだろうか。周囲の子たちは「目上の人間の前では、知る限りの敬語を最大限に駆使して接するべし」という当たり前の躾を受けて素直に育っているので、「私も今日は休みたいと考えています」「雨が上がったようですね」といった言葉遣いになるし、「嬉しい」「嫌だ」といった感情や「腑に落ちない」といった意見については、先方からわざわざ見解を問われるまでは表に出さないのが、奥ゆかしい後輩のあるべき姿とされている風潮があった。きっと今の中学校でもそうだろう。

私は、それをどうにかして崩したかったのだ。理由はよくわからない。ただ、体育会系の部活で実施されていた「上級生と同じ持ち物を使ったり髪型がかぶったりしてはいけない」「校舎の廊下で上級生とすれ違うときは隅に寄って黙礼し、通り過ぎるまで頭を上げてはいけない」といった、(おそらくは宝塚音楽学校を模したゴッコ遊びなどから始まったのであろう)(もちろん校則には記載されていない)不文律のようなものを心底アホらしいと思っていた。周囲の同級生たちが「先輩に目をつけられると大変なことになる」と震えながら階段の踊り場を素早く直角に曲がって歩くなか、「はー、なんかみんな大変だねー、うちの部活は文科系だから上下関係まったく厳しくないんだよねー、やっぱ年功序列のタテ社会より実力主義がいいよねー」とうそぶきながら、優しい上級生たちにかわいがらつつ平気でタメ口をきく尊大な俺、というセルフイメージに酔っていた。要するに、厨二病の発動の仕方は各人各様、というわけだ。私が採択した「先輩にフル敬語を発動しない不遜な後輩」というキャラクター設定も、他の子が採択した「親にも打たれたことないのに鬼先輩の理不尽なシゴキに耐える従順でかわいそうでいたいけな後輩(涙が出ちゃう」というキャラクター設定も、どれもこれも似たような「中学デビュー」の一種である。

「他者から与えられたルールに従うのではなく、自分で自分の振る舞いのルールを決め、それにのっとって行動する」……ということを、意識して始めたのが、この頃からなのだろう。もちろん、大抵の物事については社会の中で形成されたルールのほうが圧倒的に正しく、私のような人間は「おまえの身勝手なルールなど知るか!」と怒られることのほうが多い。そりゃあ、約束には遅刻はしないほうがいいし、ゴミは自治体の分別に従って捨てるべきだし、全裸で往来をうろつくのはやめておけと思うし、目上には敬語を使ったほうがいい。私だって、さすがに、そういうことは人並みにわきまえているつもりだ。たぶん。おそらく。その上で、隣のクラスメイトから「ちょ、敬語! 先輩にその口のきき方はヤバいよー! 何考えてんの!」とたしなめられても、虚勢を張ってふんぞり返りながら「いいの、いいの、世間のルールではアウトでも、俺のルールには抵触してないから」と頑張って笑っていたあの頃のことを、今でもよく思い出すのである。

「不変の事実」(眼前の事実and/or不変の真理)という言葉は、一年生の英語の教科書で覚えた。日が昇る、時は金なり、1+1=2、過去、現在、未来にわたって変化しないそういう「当たり前のこと」は、現在形のまま、時制を変化させずに表現するのだという。12歳の私は、このルールがいたく気に入った。そもそも時制変化の文法が苦手だったので、テストに出る例文のなんでもかんでも不変の事実に思えてくるし、なんでもかんでも不変の現在形で表現したくなる。不変の事実は、会話する人間の一時的な感覚やその場の認識、体内時計などに左右される余計な気遣いがいっさい無用なのである。その確かさがとっても素敵なことのように思えた。「ならば、不変の事実を伝えるときには、たとえ目上の人にでも、敬語なんかも使う必要はないのでは? 日本語と英語の違いはあれど、文法的にはさほど間違っていないのでは?」……という謎の実験精神が、そもそもの事の発端だった気がしてならない。

その後、私はこの「自分でルールを作り、世に醸成されている『空気』といった不確かなものではなく、そのルールを基準に行動する」ということを、さまざまなジャンルで続けていった。一番イッちゃってるのが「手書きのための独自のコンデンスドフォントを作って自分がワープロになる」であり、ありがちなものでは「アニマルプリントの服は着ない」「アノニマスな人物が描かれた服飾品は持たない」といったファッション系のルールがある。他にもたくさんあって、今も自分の暮らしを縛っているのだが、あまりに日常に溶け込んでしまったので普段はその大半の意味や由来を自分でも忘れてしまっている。いつからホットのレモンティーを飲まなくなったんだろう? 知らんわ。

日常会話に英語を使うようになってまずこの「不変の事実」について考えることが増え、次に、外国語で目上に対する敬意をどう表現するか迷うことが増えた(誰だよ英語には敬語がないなんて適当なこと教えた中学教師は!)。結果、高等部の先輩に向かって「違いますよ先輩、代官山駅には、急行止まんない。」などと敬語タメ混じり文で話しかけながら、内心ビクビク「今のは、日本語文法の丁寧語としてはアウトだけど、マイルールではOK、たとえけしからん態度だと注意されたとしても、『不変の事実』だからと説明すれば、きっとOK」などと考えていた、子供の頃のことを、今まで以上にしょっちゅう思い出す。全部の状況をうまく思い出すことはできないけれど、当時の私は、何かがしたいと思っていた。既存のものにいちいち介入して、何か自分にとって(都合の)良い変化を起こしたいと思っていた。「壊す」「乱す」「無に帰す」ではなく、今ある何かを「組み換える」といったような動作によってだ。そうした「何か」を集めて積んで突き詰めて、現在の私ができあがっているのだよな、と、ずいぶん遠くに来てからも何度も振り返る。

2016-01-29 / 私の三人称、あるいは給料泥棒

さて、学事に呼び出されたという経緯はこうだ。新学期の全校メールで「セクシュアリティおよびジェンダーの関係で本名を呼ばれることを望まない学生は、これに真摯に対応する。通名使用の申請は、ただちにOFFICE OF INTERCULTURAL SUPPORTへ連絡を」といったお知らせが来た。普段、LGBT学生向けの学事連絡(超手厚い)は関係ないやと読み飛ばしていたのだが、へー、そんな部署があったのかと初めて知り、記載されたアドレスに連絡してみた。

「こんにちは、私はIku Okadaという名で通っておりますが、一部システムにおいて入学出願時点でのパスポートネームが優先され、かつ旧姓が無視され、夫の姓だけが記載されているようです。これは元をただせば選択的夫婦別姓さえ認められていない日本国政府の不条理な戸籍管理システムに由来するものです。たとえば私は日本の留学エージェントに、通名での出願は認められない、入学後に大学と直接交渉しろと言われました。私は私の旧姓が軽んじられる状況を、ある種のGender Issueと捉えております。つきましては登録情報への旧姓追加、および複合姓の正式使用を希望いたします」

我ながら、やや盛り気味に憤ってみせた文面ではある。私が自分で変更できないのはシステム根幹の部分だけ、あとはいちいち訂正して回れば大抵のことはすんなり通る。たとえば入学当初、学生証を作るときにも、窓口で「ちなみにどんな感じで印字されるの、私、preferred name(呼ばれたい名前、ニックネーム)があるんだけど」と言うと、担当者が作業中のPC画面をこちらに向けて「後から変えると追加発行料とられるから、今この氏名欄に好きな名前をタイプしろ。それをそのまま印字してやるから」って感じ。これはビザとの関係も考えて本名+複合姓にしたが、そこに全然別の通名を入れても問題なさそうだった。あとは新学期の授業一日目、最初の出欠で講師に名簿上の戸籍名を呼ばれたらすかさず「Just call me Iku, and I go by maiden name, Okada.」と告げればいい。その場で手書きで直してくれて、あとはみんなIkuとだけ呼ぶし、Iku Okadaと署名した課題を提出しても何も言われない。日本で認められないのがおかしいだけで、当然といえば当然の権利である。

しかしまぁ、逆に権利が通ってしまうがゆえに、たとえば講師から旧姓と新姓を1/0処理されたりもする。「あなたがどの姓を望んでいたのか忘れてしまったわ、なんてこと、不快にさせて本当にごめんなさい、間違った姓を削除したから、今後は二度と呼ばないわ」などと、ものすごい大事のように平謝りで詫びられる、その腫物扱い自体が、なんか困る。その点、旧姓と新姓を組み合わせた複合姓なら、そんなに長い文字列をいちいち発音したくない外国人はみんな「Iku」とだけ呼んでくれる。その意味で、お互いにめんどくさいことが減る、という話である。

インターカルチュラルサポート(多文化支援課?)の担当者からはすぐに返事が来た。「面談するのでこの日時にオフィスに来い」との通達。げ、面談ってなんだよ。自分で頼んでおきながら怯む。「その日は授業がある。この件、メールだけで解決しないかしら。システムの現状調べてくれるだけでいいんだけど」「私は、キミ本人と、直接に顔と顔を合わせて言葉を交わし、そして幾つかの質問をしたい。手続きはそれからだ。空いてる日時を教えてほしい」。げ、面倒なやつだ。えー、なんだろ、これ、日本の戸籍制度の特殊性について英語で説明しないといけないのか、あんまり細かい話すると「米国市民的にはありえないけど貴様の母国ではillegalなわけじゃないじゃん、ていうかなんで事実婚で手を打たなかったの?」的なボロが出るよな、それともアレか、夫との合意形成がなされていない無理な婚姻を強いられて苦しんでいるかわいそうなアジア人女性と勘違いされて「我慢しないで今すぐここへ駆け込んでおいで!」みたいに両腕を広げられてる状態かな。えー、面倒、パスパス、と思ってのらりくらりと何往復もメールを交わし、今日になって「金曜午後が空いているのなら、私は、いつまででもキミの来訪を待ち続けよう」みたいな返事が来て、観念して出向く。

行ってみると留学生課などと同じ規模の普通のオフィスで、担当者Alexを呼び出すと個室に案内される。メールの感じから厳しい口調の女性Alexandraを想像していたら、すごい気さくな若いラテン男性Alexanderで面喰らう。英文の行間をまったく読みきれていない。そして、彼の目的はレターサイズ1枚の簡単な書類に直接サインさせること、あとはこっちで処理しておくからね、という簡単な雑談だけで終わった。拍子抜け。

書類にはまず、「Legal Name」と「Preferred First Name」を書く項目がある。戸籍名フルネーム(複合姓使用)と、通名Ikuを書く。「これ、出願時にも同じように書いて出したんですけどね、旧姓はたしかMiddle Nameの欄とかに書いたと思うんですけどね。反映されませんでしたねー。そしてここでも、『Preferred Last Name』という項目はないんですね。私が欲しいのはそこなんだけどなー」と言うと、「今度の書類は、うちの部署からトップに直接ねじ込むから、時間はかかるけど、来学期までに必ず反映されるよ。もし反映されなかった場合はすぐ僕に連絡して。万が一、次の学期の学生名簿にまたキミの新姓しか記載されていないようだったら、僕がキミの履修する科目の教員全員に一斉メールを送って、キミのことを授業一日目の最初の瞬間から、旧姓でだけ呼ぶように、強く通達する、約束する。どうか安心してほしい」と、まっすぐ目を見てすごい熱っぽい様子で言ってくる。「差別する教員はいねがー」とナマハゲ状態っていうか、リベラルなゲシュタポ、みたいな。嬉々として差別主義者の密告を待ってる感じ。

「えっ、いや、あの、そんな深刻な話じゃないんですよ。先学期も今学期も、指導教員はみんなPreferred Nameで呼んでくれるし、我が祖国ジャパンと違って、Last Nameで呼ばれる機会なんて滅多にないですからね。ただ、たとえば学部の広報ブログに載ったとき、学内で賞を受けたときなど、なぜか自動的に私の望まない戸籍名が記載されて、いちいち訂正してもらってるんです。この調子だと、たぶん学位記とかも自動で戸籍名になりそうだなと。彼らが準拠してる何らかのシステムの書き換えさえしてもらえれば、こちらの日常生活にはまったく支障ありません」と説明する。「そうかい、それもおかしな話だね。でもいいかい、キミはキミのPreferred Nameで生きることができる、キミが望む名前でこの大学を卒業し、この社会へ羽ばたいていくことができる。それを忘れないでほしい」また熱い。暑苦しい。

この「不具合が起きた原因を調べるよりも、まず先にキミの問題を変更させるよ」という姿勢には、「ほほぅ」となった。大学全体のシステムそのものに機能追加して苦情を全自動処理することのほうがずっと難しく、個別の事例に特別対応するほうが迅速、というのは、同じ「ご意見ご要望を反映して改善」でも、日本の常識とは真逆な気がする。「そんなやっつけ対応で大丈夫か、似たような学生が来るたびこの手間では、むしろ煩雑なのでは、システムあるんだから自動化しろよ」と心配になるんだけど、つまりこれはアレだ。学生名簿を管理するコンピューターシステムに新項目や機能を追加するのは、テクノロジーの部署の仕事であり、彼の部署の仕事ではないのである。そう、いつものあの、アメリカ式分業制なのだ。彼の仕事はあくまで「通名変更届を受ける」窓口。基本的に特例対応なので超絶ヒマであり、だからこそオフィスを構えて個別に真摯に対応してくれ(た上で技術部門にサイン済み書類を丸投げす)るのだ。そして、この彼らが普段オフィスでヒマを持て余している時間の高い給料も、我々のバカ高い高い高い学費のうちから賄われているのだ。金曜夕方なのでオフィスにはクッキーと缶ジュースと缶ビールがどっさり積まれている。これからピザも届くのだろう。くそー! とくに有能とも思えない貴様らが無駄にぞろぞろ個別の学事部門にいて、陽の高いうちからTGIFの準備ばかり勤しんでいても絶対に失業しないのは、学費! 俺たちの学費! 返せ!

担当者の暑苦しさを憤怒の熱ではじき返しながら書類に目を落とすと、最後は「Which pronoun(s) do you prefer to be called?」という項目だった。希望する代名詞、つまり「三人称」を選べという項目。「He」「She」のほか「They」があって驚く。えっ、多重人格者なんかはここを選ぶってこと? とビリーミリガンが頭をよぎるが、たとえば「男でもあり女でもある」状態で生きている人々の中で、この選択肢にすごく救われる、というタイプの人もいるのかもしれない。日本語に当てはめると「あの人」みたいな感じのニュアンスかな。とまで想像して己の不勉強を恥じ、家に帰ってから「単数形のthey」について少し調べた(この記事とか)。日本語だと、トランスジェンダーを「彼」と呼ぶか「彼女」と呼ぶか、このカップルは「夫婦」と呼ばれたいのかそうでないのか、面倒だから極力そういう表現を避けるか、といったことに咄嗟に気を回すくらいはできるのだけど、本当は英語の「He/She」も同じ速度で考えられないといけない。ちなみに「代名詞を使わず、名前のみで呼んでほしい」という項目もある。もっと別の自由記述オプションも選べる。当然といえば当然の権利である。
ここまでくると、なんだか申し訳ない気持ちにもなってきた。迷いなく上から二番目の「She」をチェックしながら、私より、もっとずっと苦しい思いをして生きてきた学生だってたくさんいるんだよな、と痛感する。男子として男子のままスカート履いてるファッション科の学生もウロウロしている美術大学だが、そんな目に見えてわかりやすい部分以外にも、一人一人の事情があるのだ。学費を出してくれる親御さんが、カムアウトしたにもかかわらず頑として同性愛者であることを認めてくれない、せっかく死ぬほど努力して自由の国ニューヨークへ来て周囲はみんなオープンなのに、僕だけがまだ保護者に一挙手一投足を監視され続け、悪夢のような牢獄に縛られたままだ、と泣くほど怒っている友達もいた。こちらの中学高校の制度はよく知らないがたとえば、志望大学に合格して初めて自分で自分に「Preferred Name」をつける自由を得た、という学生も少なくないのだろう。ジェンダー問題以外に、親から与えられたキラキラネームが恥ずかしいとか、親と同じ名前をジュニアとして名乗るのが精神的苦痛だとか、そんな事例だってある。そういう人たちのために、この紙切れ一枚の書類に、びっしり代名詞の候補が書いてあって、ぽっかり空欄があいているのだ。好きな名前を書いていい。ここは大学なのだから。一番最初の社会的なCertificate(認定証)を、ここで掴んで、その名で世に羽ばたいてゆけばいい。

サインした書類を手渡しながら、思わずこんなふうに話していた。「あのー、ぶっちゃけアレなんですわ、私、社会人留学生で、Iku Okadaというのは我が祖国ジャパンでキャリアを築いてきたアーティストネームなんですわ。そして、祖国ジャパンでも夫の姓は公表していないんです。彼には彼のプライバシーがありますからね。だから、私には私のポリシーがあって日本政府と闘争し、自分で付けた名前もあり、それが誇りで奪われたくない、でも、I don’t hate my husband’s name. Both of last names are mine. I’m happy with them. 要するに、いきなりオモテに自動的に戸籍名を表記されちゃうみたいなことさえなければ、学内でも、日常生活でも、複合姓ってことで十分なんですよ。このHeとかSheとか見ていたら、ここへ来る他の学生のこと考えちゃった。They need this document, more than me.」……すっごいしんみりしたというか、なんか、LGBT学生に宛てたメールから、全然別のことを申請してゴメンよ、みたいな気持ちになった、ということを一生懸命伝えようとしたのだ。

しかしさすがアメリカ、一枚上手である。「えー? なんでだーい? あのメールを見つけてキミがここに連絡してきてくれたのが、僕はとっても嬉しいよ! だって秋学期には誰にも相談できなかったんでしょ? 目の前の不具合に、自分で事情説明して自分で設定変更画面とか開いて、たった一人で対応してたんでしょ? そんなキミのために書類をトップに通す、こんな部署が大学にあるんだってこと、知ってもらえただけでも嬉しいよ。だってそれが僕の仕事なんだもーん!」

……熱いし、ウザいし、めっちゃポジティブで、まったく歯が立たない。「そうね、私ラッキーだった、今後トラブル起きたらあなたに直接連絡すればいいってわかったもんね。お目にかかれてよかったです、ありがとう」と握手して別れた。ほっといたら大半の学生に気づかれないまま終わる、そんな部署の仕事がある。そこでは高い高い高い学費や天文学的な額の寄付金によって雇われた、書類を右から左へ流すだけの、大勢の給料泥棒たちが働いている。そして私は好きな名前で卒業証書を受け取れる。もっと大きな社会問題はいざ知らず、カネで買える程度の自由でよければ、何だって、誰にでも、簡単に手に入る国なのである、きっと。