あの人がいなければ、あの本を読まなければ、きっと今の自分は別人。そんな風に思える、人や本を教えていただけませんか?
難しい質問ですね。ゲームとしての興が殺げるので、あんまり斜に構えた切り返しはしたくないのですが、もし私の辿ってきた道筋が「自分」を作るのだと考えれば、これまで読んだすべての本、今まで出会ったすべての人が、その構成要素となるのではないかな。一つ欠けても「別人」になっていた、と言えると思います。
強いて一つ挙げるなら、星野道夫『アラスカたんけん記』を。ようやく一人で文字を追って本が読めるようになった頃、購読していた月刊絵本「たくさんのふしぎ」の一冊として出会いました。傑作選として単行本化されていますが、私は当時の雑誌版をまだ大事にとってあって、今もうちの本棚にあります。「星野さんにとってのシシュマレフ村は、私にとっては、どこなんだろう」と思って、卒園した幼稚園の先生に宛てた手紙に「私はこれから、それを探し続けたいと思います」と感想を綴った記憶があります。あれが生まれて初めて「自分の将来」について真剣に考えた体験だったんじゃないでしょうか。いつか星野道夫のように自分も「運命を変える出会い」を見つけて、それに従ってまっすぐ生きようと。ちなみに、もちろん、そんなものまだ見つかっておりません。人生は六歳児が思っていたよりも長く複雑であるようです。
あとは、佐藤雅彦と沼田元氣でしょうか。これはもう少し具体的に、複数の進路から一つを選択するとき、その分かれ道のところに立っていた人物なので。あっ、それとも、若いうちは無難に「両親」とか答えておくべき質問なのかしら。やっぱり言うてもまだ何物でもない、たかだか三十一年しか生きていない人間ですので、こういう「己の人生を総括する」ような質問というのは、じつに回答が難しいですね。