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文筆家・岡田育、近況と日記。

岡田育 | Iku Okada | a.k.a. @okadaic   

文筆家。1980年東京都生まれ。出版社で婦人雑誌と文芸書籍の編集に携わり、退社後にエッセイの執筆を始める。著書に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、二村ヒトシ・金田淳子との共著『オトコのカラダはキモチいい』(角川文庫)。最新刊は『天国飯と地獄耳』(キノブックス)。2015年夏より米国ニューヨーク在住。刊行物に関するご質問は出版社等へ、お仕事のご依頼は okadaic [at] heikinritsu.com へ、省力化のためご依頼の詳細を明記した企画概要を添付していただけると助かります。その他の経路(SNS等)によるご連絡につきましては、お返事が大幅に遅れる場合がございます。
Iku Okada (岡田育) is an Artist, Writer and Designer. Born and raised in Tokyo, her work experience started as a full-time editor at a publishing house for magazines and books. Then she has authored several books. Moved to US since 2015, Graphic Arts became her second language. See also her [ Design Portfolio ]. Living in Lower Manhattan, always blogging on [ Instagram ], and sometimes writing in English on [ Medium ]. Please feel free to [ CONTACT ] directly if you’re interested in. For inquiries or information of the books will be answered by each of publishing houses.

what’s new

2018-01-17 Sticky

2018-04-18 / 開店休業工事中

ここ数日、サイトの不具合が続いていて申し訳ありません。完全HTTPS移行化の作業中にリダイレクトループにハマってしまい、個別記事へのリンクがあちこち滞っております。今まで模様替えのたびに目をつぶっていた小さなミスの数々(やたら重い画像が残ってるとか、改行がおかしいとか)にも向き合わざるを得なくなってしまった……。もうしばらくお時間いただきますのでその間、メニューを下げて最新情報だけトップから閲覧できるようにしました。日記のログはここから見られると思います。あと、懸案だった「レスポンシブデザインのはずがスマホで見るとめちゃくちゃ遅い」も手作業で数値に細工してようやく改善したよ。

時々びっくりされるんですがサイトの更新は著者本人が手作業でやっております。1998年からそれ以外の方法を知らんのだ、他にどんな方法があるのだ、教えてほしい。先日久しぶりに大学生時代のホームページ見たら、HTMLタグ打ちで作ったカラフルなページが結構かわいくて好印象だった。今の英語圏向けのポートフォリオサイトは借り物で、テンプレート通りに空欄を埋めていけばさくさく作れて、めちゃくちゃお手軽でよいのだけど、手応えや愛着のようなものはどうしたって薄くなる。やはり手のかかる子ほどかわいい。そしてTwitterがメインフィールドなのにやっぱりブログも手放せない。とはいえ、そんなことより新刊の宣伝をしたいので、一両日中にはカタをつけるぞ! すみません!

2018-02-19 / 鍋と名刺

17日、シーツが裂けたと思ったら、今度は急須が割れた。いや、夫が割った。2014年、舞踏会に着ていくお洋服がないわ、ならぬ、人からもらった超高級玉露を淹れる急須がないわ、というので慌てて買った至高急須。おつとめご苦労様でした。愛用していた夫は新品の買い直しもきかないということで大いに凹んで心を閉ざし、午後は喪に服してしまう。夜は常夜鍋。

18日、国税庁に送る書類を作って投函。一度目に書類不備のためさんざん待たされて手数料だけふんだくられるという大失敗をしでかした書類、今度は控えを取っての再挑戦。日本語なら30分で終わるのだろうか、手引書を読み直すだけでも数時間かかる。無印良品で台所用品や整理整頓用品などちょっとした買い物。渡米直後は「なんだこの高値は、もう絶対にUSでは買わん、帰国時にまとめ買いする!」と吠えていたものだが、収納用のボックスみたいなのなどはもちろんそんなふうにはいかず、もはや関税がかかった値段に何も感じなくなる。半透明のポリプロピレンのトレイや旅行用の小分けケースなど、もとの定価が安いものは二倍以下の値段で買える。ちょっとしっかりしたボックスとか洗濯物干しとか、複雑な機構で滅多に買い換えないような商品は、信じられないほど高い。基準についてはよくわからない。

THIRD RAILでノマド。隣の男子は身長2メートルくらいあって、黒髪をポニーテールに結い、重めに垂らした前髪だけを全面ブリーチして真紅にしている。それで赤と緑の縦線が入っててスナップ留めでスカートにもなるジャージみたいなボトムスを、半パンツ半スカートみたいにして纏っている。唇にピアス。だけど「隣、座っていい?」と訊くと「もちろん、私にはあなたがこちらへ座ることを止める理由はありません」とフェミニンなヴィジュアルに対してやたら野太い声で返される。大きな中二。大学の課題なのか、化学系の図版がたくさん入った分厚い紙の書籍を読んでいた。アスレジャー(って言うんですってよ最近は!)な服装とともに、わざわざ紙の本を持ち歩いて読むのもトレンドか。しかしスマホの着信音が鳴るとめちゃくちゃスペイシーな凝ったシンセサイザー音で、別にネオヒッピーとかナチュラリスト的なアレではなかった。つまり、やっぱり大きな中二。夜は石狩鍋。そして『カサブランカ』。夫は前に観たときよりも女の千々に乱れる気持ちがわかるようになったと言い、私は前に観たときよりもずーっと男に肩入れして観賞した。

19日、東浩紀さんのゲンロンカフェでのトークイベントの音声を聴きながら、名刺整理をする。1000字書こうかと思ったけど時間切れ。名刺管理は昔からぬるく「Eight」を使いつつもほとんど放置しており、渡米のタイミングでいよいよヤバイと思い必要そうなものだけ選り分けて紙で持参していた。で、また二年半放置。半分ほどスキャンして重複を間引いて600枚くらいというので、なんだかんだ全部で1500枚くらいじゃないだろうか。これだけ紙の風合いを愛する私が、ガンガン捨てるのだから、もう活版印刷などできちんとした名刺を刷って価値のわからない人に手渡したりするのは馬鹿らしいね。かつては個人用に、特殊印刷や変形や折り加工の名刺を作っていたこともあるのだが、それも却下。そもそも金の箔押しとか、グレーや薄いブルーの欧文とか、読み取りづらすぎる。2000年代前半に流行した「表面は名前だけ、裏面に詳細」というのもイラつきしかないし、履歴書みたいに活動履歴を書いてある意識高い系のやつも今や無意味、時代遅れ、SNSのキャリアサマリに書けばよろしい。なんだか味気無い気もするけど、もう「名刺じゃんけん」するような時代でもないのだから、作る側もそれに合わせてデザイン考え直さないとダメだなーと思う。「Eight」使い始めた頃は本当にユーザが少なくて大半がアーリーアダプター、すなわち他のSNSでも十分つながれる人しかおらず、まったく発展性がないと思っていたんだけど、2018年の今になってスキャンかけてみると、老舗出版社の上役みたいな意外な人がちゃんとヘビーユーザーになっていて、ずいぶん見える世界が変わった。いや、まぁ、自分が5年10年単位でサボってただけなんですけど。

 

 

2018-02-17 / 戦火の夢、羽生と羽生、忙しなさ。

そういえば14日の朝、久しぶりに大作の夢を観た。大戦下のヨーロッパ、多国籍軍の特殊部隊が急拵えで養成されるのだが、この養成機関は設立当初から何やかや陰謀が絡んでいて、いろいろあって中間管理職以下の若者たちが組織ぐるみで離反することになる。逃げ出すためには前線の要所要所に散逸した自分たちの亡命用ビザをもぎ取りにいかねばならず、諜報活動のフリをしてそれぞれが目的地へ向かう。もちろん虚構の任務の途中で命を落とす者もいるし、自分の命運を決める重要書類が手違いで同胞のものと入れ替わっていて、それをまた危険を冒してお互い交換しに行ったりもする。あらすじだけ書くとシリアスだが、制約の多い戦時下ゆえに国境をまたぐ複数経路のうちどれを選択するか悩む場面だけでももどかしく、「はじめてのおつかい」風のコメディタッチにもなる。中盤、唐突な一人称視点のミッション過程が描かれ、その視点がじつは(組織に止まると言っていた)中間管理職の教官のものだった、というのがオチ。……そんな映画を夫と二人で映画館で観賞するのだが、終映後に「なんで最後の船にあの鬼教官も乗ってたの?」と訊かれて、夜道を家まで帰りながら「この世には叙述トリックというものがあってだな」と、伏線回収の説明をしてやる、という夢。

昔から、夢の面白さには自信があるのだけど、夢の面白さを語る言葉がまるで追いつかない。きっと映画にしたら面白かろうな、と夢想されつつ絶対にそうは実現されない一人だけで見る夢が、今夜も世界中で見られているのだ。夜は遅ればせながら『バードマン』を観て、これまた(夢の中ではなく現実の)夫がラストの解釈に混乱しているので「長回し技法があそこでブツ切れてまた長回しに戻るということは、夢オチではないという意味だ、というか、そこの技法と物語の意図が噛み合っていないのならそれは駄作であって賞なんか獲らない」と解説をする。でも、軽く感想をぐぐったら結構トンチキな解釈もされているのだな。私の感想は「演劇人みんな頭おかしい」に尽きる。

ジムへ行ったのに工事で閉鎖されていた。じゃあ数日前にわざわざ届いた「工事をするけど期間中も閉鎖はしないよ!」というメールは何だったのか。本当に君たちは仕事をした気になるのが得意だな。結構ぬるい陽気で、普段は陰気な街角のスーパーマーケットが、松明のように眩しい照明をガンガンに焚いて、通り道を塞ぐようにして花束を売っている。クリスマスツリーを売る露店と同じノリ、酉の市みたい、これがバレンタインデーの風物詩。バケツからガンガン取り上げられてどんどんラッピングされていく薔薇の花。大きなプレゼントの包みを抱えて仕事帰りの家路を急ぐ伊達男たち。フォー屋のカウンターでは、つるりとした顔の年若い白人男性とアジア系女性が店内BGMにあわせて愉快なカラオケ大会を始める。「今日はバレンタインデーだから何でも好きなものを食べに行こう」「わっ嬉しい、じゃあフォーにしよう」「えっ、君たち東洋人女子って本当に汁麺が好きだよね」という聞いてもいない会話を想像する。ユニゾンで歌っているだけでも可笑しいお年頃。

15日、チキンソーセージの昼食。「chalait」という抹茶を出すコーヒースタンドを知る。建物のピロティ(って死語?)部分に堂々とカウンターを渡していて、居心地いいけどwifiはない。というか、私の使う「ピロティ」って誤用だな! と何度でも驚く。玄関ホールのこと。30丁目のGregory’s Coffeeでノマド。四角い木箱を横に倒したような、ものすごく座り心地の悪いベンチしかなく、これは大学構内などと同じで「長居をするな」のサインなのだけど、そういう場所に居座るのが案外作業がはかどったりもする。昼夜と外食が続いて、今夜はカモ。カウンターで談笑している女性が、Jean Jullienの「先生は背中にも目がついてるぞ」コート(そんな名称ではない)を持っていた。持ち主が座っている間も膝にかけたコートがこちらをヌボーッと見ていて、やっぱりインパクト大。欲しいなー、でもだいぶ上級者向けなので、我慢。「あいつらどうせ、NYFW(ニューヨークファッションウィーク)のためだけに見せコートを買うような奴らだぜ」と悪態をつく。

16日、またあれこれ新しいBLを読む。最近、腐女子だとかそうでないとか以前に、もはや「若者をターゲットにした物語」に乗り切れないのを感じる。象徴的だった作品が『かつとし』で、いろいろ考えさせられた。最初は全部「MediaMarker」に感想書こうと思ったけど、あんまり数を多くすると読書記録として破綻しかねないので、印象に残ったものだけにするとルールを決める。いやー、じつは、期待して買ってめちゃくちゃ駄作だった漫画があって、心底ガッカリしたんだけども、そういうのってもはや記憶から消したいレベルなので、記録もしないほうがいい。同じ作者の新作と出会ったときに、新鮮な気持ちで読むためにも。

金曜なのでかなり早くからワインをひっかけて早々に帰宅、20時半くらいから朝日杯の藤井聡太×羽生善治戦、天彦名人の解説を聴きながら、テレビではミュートで平昌五輪の男子フィギュアスケート、羽生結弦待ち。羽生と羽生とで若き天才を観るのに忙しない。

朝日杯、他に道があったかはわからんけど、後手番羽生さん大失着のとき生中継全体がその場で「ギャッ」となって、それで慌てて画面上部に表示された真っ赤(先手優勢)な評価値を伏せたの、なんか、悲しみしかなかった。今日初めて将棋中継を観るような人にも、それが一発でわかるようになっちゃったのだよな。これこそが「観る将」の望んだ世界とはいえ……。序盤、まったくルールを知らないような視聴者に向けて幼稚園児仕様の言葉で解説しようと努めて比喩に比喩を重ねて余計に話が複雑になっていたのとかも、不思議な感じだった。ルールを知らない人にこそ、「天彦&山口が検討に熱中するあまりサービス精神をかなぐり捨てて瞬時にぽんぽん指し手候補を挙げ、追いつけなくなった周囲を振り切ってってしまう様子を、ただ耳で聴くだけでも愉しいよね」の境地を体験させてやるのがいいと思うのですが。ここ10年に想いを馳せる。

NBCのフィギュア中継はとにかくすごい力の入れようで、CMから紹介映像から控え室から何から「米国勢+羽生」というセットになっている。実況が演技を邪魔しない静かさで、何をしても褒めちぎるのが大変よいのだけど、派手にコケたときとかもアナウンサーが失笑したりするのが凄いカルチャーギャップ。羽生結弦の陰陽師、日本の外から眺めるとマジで一層怖い。選曲と演出と衣装だけなら、ハビエルがドンキホーテやるのと意味は同じはずなのに、なんだこの得体の知れなさは。そして宇野昌磨のマリウス役者み……ミュージカルクラスタのオタクがどんどんフィギュアへ流れていくことの動かぬ証拠み。日本金銀おめでとうございます。そして力尽きて寝て起きたら藤井聡太が六段になっていた。忙しないね。

ネット上のQ&Aで、「岡田育にWikipediaページがないのはなぜか?」というのを見かけてちょっと笑う。「あるほうがいい」という前提で話が進んでいて「小物だからだよ」という回答がなされているのだけど(本当だね)、私がサイトのメンテナンスなど頑張って積極的にABOUT欄などに必要情報を開示したり古いものを閉鎖したりしているのは、密かに「Wikipedia的なるものに好き勝手な項目を立てられないように」だったりする。別に立ったって構わないんですけど、もし立ったら私自身が鬼のように編集に手を入れてしまうのが火を見るより明らかだからだよ。週刊誌が俺について書いていることは全部嘘だぜ。

 

2018-02-14 / テロメッた。

すごーく頑張らないと『メトロに乗って』のDVDを観てはいけない、というルールを課して二週間ほど経過したが、おそろしいことに一度もすごーく頑張った日がなかった。そしてまた二週間もしないうちに飛行機に乗るのだなと思いながら、一昨日も昨日も読書と運動の他には何もしていない。ニューヨークらしいこと何一つしていないんだけど、捨てる神あれば拾う神ありと信じてまた家から一歩も出ずに求職活動のようなことをしている。一年前の今頃は「send over your rate」と言われただけでビビッていたものですが、もはや何も感じない。無職は痛いが落ちても凹まない。素晴らしい門構えの大企業のサイトをみては「みんな真面目に働いていて偉いなぁ」と尻込みしつつ、埋まっていくアポイントは友人との遊びの約束ばかり。

ところで我が家の流行語に「テロメアを伸ばす」というのがある。これがものすごく便利な言葉で、やるべき仕事があるのにダラダラしたり、うっかり寝過ぎてしまったときなどに、伸びをしながら「うあー、テロメア、伸びたわー」「やっぱ自分と向き合う瞑想の時間を持つ効果は絶大だわー」などと言う。先週から今週にかけては、だいぶテロメッたよなぁ。専門医の診断も仰いでいないくせに「なんだか鬱だ」などと言うよりずっとよい。

染色体の端にあり細胞分裂のたびに短くなるため、年とともに縮むと考えられていたテロメア。ところがテロメアを伸ばして細胞から若返る方法があり、がんを防げる可能性もあるというのだ。それは日常で実践できる生活習慣。最新の研究から健康寿命を延ばす秘策と命の神秘に迫る。
https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3974/

子供の頃から超のつくロングスリーパーで、半分死んでるようなもんだね、と言われながら生きてきた。一応、社会に適応しようと努力をしたこともあり、「みんなと同じ1日24時間を与えられているのに私ばかりが寝すぎている、こんなに活動時間が短いのでは、どんな競争にも勝てないのではないか……!!」というのが不安で不安で不眠になったりしていたのだが(本末転倒)(なんでも過剰)、最近は「神様から与えられている活動時間がその他の人類よりも圧倒的に少ない、ショートスリーパーと比較したら1日8時間ずつくらい不戦敗のハンデを負わされている状態なのに、それでも38年間でこれだけのことが人並みに達成できているというのは、これはだいぶ頑張っているのでは!?」と自分を励ます方法(という名の面の皮)を体得した。

挙げ句の果てにテロメアである。これからの時代は健康寿命勝負だとか、生活習慣の中に瞑想を取り入れよ、などと言われては、もう戦う前から勝つ気しかしない。「細く長く」なら任せろ。でもテロメラーゼが過剰になると逆に特定の癌のリスクも高まるんだってさ、油断は禁物ですね。ていうかきちんと科学的根拠があるのは承知で言うけど日本人ってこういう「よいことだと信じてやりすぎると逆に罰が当たる」系の戒めで話を締めるが本当に好きよね、やっぱり『ドラえもん』読んで育ったせいですかね。