2026年3月後半の日記

2026-03-15

合気道に行けたのでよしとする。他のことは何もできなかった。自分の日記を読み返すとずっと「具合悪い」みたいなことが書いてあって面白い。そもそも調子のいい人間はジャーナリングなんかしようと思わないものなのかもしれない。初めて行った「Gjelina」はいい店だった。

2026-03-16

史上最大と呼んでよいほどの行き詰まりの「凹み」が来たので記録しておく。日記を書くことで回復できるのかもしれないし、日記なんか書いてる場合じゃないのかもしれない。メンタルを上げるためには、ずっと開きっぱなしだったタブを一つ一つ閉じていくような作業が必要で、この比喩を実践するためにまずすべきことは本物のブラウザのタブを一つ一つ閉じていくことなのだろう。こんなこと二度とごめんだという気持ち。

2026-03-19

夕方の時間を使って『KPop Demon Hunters』『聖なるイチジクの種』『聖地には蜘蛛が巣を張る』などを観た数日間。夫のオットー氏(仮名)がビーフシチューを仕込んだり、それだけ食べてろくに外出しなかったり、冷蔵庫を掃除したり、日米首脳会談をハラハラ見守ったり。待ちに待った総領事館からの書類がやっと届く。セルフで髪を染めてセルフで足の爪を塗る。三日連続で新しいジャーナリングの方法を試す。ベストではないけどベターといったところ。

17日に「日本国憲法9条」のグラフィックを作ってSUZURIで売り始めたのだけど、正直あんまり記憶に無い。いきなりものすごく創造意欲が湧いたわけでもなくて、単に、他のことが手につかなかっただけだ。でも初日からたくさん売れて嬉しい。あと、19日の日米首脳会談を丸腰で観る羽目にならなくてよかった。日米両国で、たくさんの人が嘆き悲しみ凹んでいるが、グッズを作って販路の整備などしていたおかげで、それに呑まれずに済んだ感じがある。

https://bsky.app/profile/okadaic.bsky.social/post/3mhhiq2huvk2k
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2026-03-20

夫婦二人で何度も何度も土曜日だと勘違いする金曜日。午後は「Dark Matter Coffee – Adios Amigos」で家族会議に費やし、その成果を祝って景気づけにロゼシャンパンをあけたりする。一月からずっと懸案だった新しい身分証明書も、やっと届いた。あとはこれを梃子にして、別の身分証明書に生じている誤記にもとづいた不具合を正す作業を、夏くらいまでかけて気長にやる。

肩に飼い犬を乗せて薄着でバワリーを南方面へ歩く人。

 

写真は、肩に飼い犬を乗せて薄着でバワリーを南方面へ歩く人。ものすごく「ニューヨークの春」という感じがする光景。「ニューヨークっぽい」という言葉が示すものは無限にあるのだが、私にとってはこれが、これこそが「我が街」のバイブスだ。

もうすぐ冬が終わる。ちょっと気が早い薄着で、浮かれて出かける。冬の間には思いついていても実行に移せなかったようなことをする。愛犬を肩に乗せて歩いてみるとかね。すると表通りでちょっと目立って目を引いて、後ろを歩く人たちからこぞって指さされ、何組もの居合わせた人々から「え、なんで?」「あれって練習して仕込んで芸としてできるようになったのかな?」「最初は怪我してるのかと思ったけど、だとしたらあんなふうには肩にとまれないよね?」「いずれにせよ、カワイイ」などと内緒話の的になり、こっそり写真を撮られたりもする。直に話しかけられることは滅多にないものの、どうぞそうしてくれ、という態度で闊歩して、もし何か言われたら、笑顔を返す。

たとえば着物を着て闊歩しているときの私もこんなふうに見えているはずで、そしてそれは、とても「我が街」っぽい光景だと思う。みんながみんな、したいことをして、ちょっとウケも狙いながら、好きな服を着て好きなように自由に生きる。もうすぐ冬が終わる。街中がお揃いの制服みたいに無個性な真っ黒いダウンコートを着て不自由に暮らさざるを得なかった季節が終わる。街が戻ってくる。

2026-03-21

今月3月半ば頃に史上最大級の「凹み」が生じて、その回復に努める数日間であった。うまく言えないけど、過去に経験した「鬱」ともずいぶん違う。「鬱」は谷底や穴に落ちてしまって元いた場所に自力で這い上がれない感じ。目に見えて状況がわかりやすいぶん、迷わず「医療機関に相談だ!」とも思える。適切な道具さえあれば梯子を作ったり横穴を掘ったりしてその場を逃れられるのに似ている。

今回の「凹み」は、流砂や底無し沼に足を取られていたことに気づいたときには胸まで埋まっている感じ。日常生活がそれなりに充実していても、だからこそ、己の存在理由が音も無くスーッと消えてしまうような感覚で、希死念慮と括るにはあまりにも静かすぎる、手の施しようがない心の動きだった。どんなに具合悪くても臥せった病床から「書く」だけは続けていたのに、元気に暮らしながら「書けない」に襲われるのは初めてだ。どうにか戻ってきたけど、また足を取られそうだな、という予感だけがある。気をつけたい。

これはすべて比喩の話、でもだからこそ、流砂からの脱出方法、貼っておきます。30代40代って「自分の足場を固める」ことに躍起になるのだけど、流砂にはまったときは両の足裏という小さい面積だけに全体重がかかるから沈むので、まず身体を横(動画ではうつ伏せだが、できれば仰向け)に倒して足を浮かさないと、自力では到底引き抜けなくなる。溺死はせずとも力尽きて低体温症などに陥って死の危険があるらしい。まるで比喩とは思えませんね。

東日本大震災から15年の春である。その後には、推しを見つけて15年の初夏が控えている。あのあたりで人生が大きく変わって、以来「鬱」には襲われていない。とはいえ「鬱」に落ちたときののことって正直もうよく思い出せなくて、今になって思い返すと、15年前も「凹み」だったんじゃないか、と考えたりしている。つい先日、現在55歳の書き手が「70歳まであと15年」と想いを巡らせる文章を読んだ。それでいうと私も、60歳まであと15年無いんだな。なるべく流砂に足を取られず、生きてその日を迎えたい。立てなくなったら横に寝る!(そんな意味ではないだろ)

2026-03-22

合気道、日曜の朝稽古。先週火曜から道場正面の掛け軸が新しくなった。道場長から「Huluでやってるショッカンという超人気番組も手がけている女性の書家が書きおろしてくれたんだぜ!」とドヤられて、「え、何それ、なんでHuluに書家が? 書家プログラム? 米国でだけ放送しているジャパニーズカリグラフィーの番組? 初耳ですね、知りません、わたしNetflix派だし」と返してしまって、大笑いされ、ちょっとした騒ぎになる。おわかりでしょうか……そう、『SHŌGUN』のことでした……。あのねえ、言い訳したかないけどね、英語のリスニングはね、私は中級以上なんですよ、「英語」の「リスニング」に関してだけは、ね! 「えー、おいおいおい、わたし悪ない、そのタイトルは、ショウグンって発音するんですよ、ショウ(↓)グン(↓)。なんスか、ショッ(↑)カン(→)って……そんな発音で日本語ネイティブに話が通じるわけないだろ……」と拗ねる。以前、別のところで『Attack On Titan(進撃の巨人)』を「タコタだよ、タコタ、おまえが知らないわけないだろ〜」って言われて「は? 知るかよ」って返したとき以来の屈辱である。

技は何をやったっけね。片手取り、正面打ち、呼吸投げ、入身投げ。前半は体の変化(寸止めの呼吸法を弊道場ではこう呼ぶ)が多くて、基本に立ち帰ろうという回だった。

夜はPINCHのデリバリー、ルパート・マードック一族の後継者争いを描いたドキュメンタリー『ダイナスティ:マードック一族』を観る。全体の中では短い尺なのだが、苦労して一代で財を成したように語っているが本人自身もオーストラリアの富豪の出でそもそも父が新聞社経営していた、復讐を果たすかのように今の事業を築いた、という話が興味深かった。あと、「糟糠の妻を捨てて不倫再婚した38歳年下の香港人の妻が、当初はめちゃくちゃ非難されていたが、法廷で夫がパイ投げられたときに暴力解決しようとしたことで株を上げた」に笑ってしまった。

ちなみに、私がいつも「裕福な家庭の子女」という言葉から思い浮かべるのは、だいたいこの階級の話。ここ数十年で急激に貧しくなっていく日本社会の中で、中流サラリーマン家庭で生まれ育った自分自身が同じ言葉で指さされることがあるたびに、鼻で笑ってしまう。幼い頃から「先代から続く富と権力をいかにして継承するか」しか考えていない子供たちというのは実在する。王侯貴族でもないのにつねに家父長の顔色を窺って、その彼からの「自慢の子」という評価を得るため、そのためだけに、毎日どう振る舞うかが半ば自動的に優先事項として決まっている。ファミリー内での競争に勝つことしか考えていないし、それでも許されている。「22歳で大企業のトップに就任」といった成果について、いくら優秀だという自負があっても、それが他の一般人とは比較にならない特殊事情だという構造すら、全然わかっていないような人たち。そもそものマインドセットが違うので私は永遠に相容れんなぁと呆れてしまうし、こうしたお金持ちと私生活でつるむことで自分まで何かの仲間入りをしたように錯覚している庶民どもには、さらに呆れてしまう。

2026-03-23

ジャーナリングの方法を変えてしばらく経つ。現状、メモがあっちこっちに飛び散ってしまっているのを、効率よくまとめる方法を模索している。「就寝前に一日の振り返りを書く」はさっそく挫折しそうだ。これも26日の午前中に、あっちこっちのメモを読み返しながら書いている。すべてのメモを保管しておく必要は感じないので、やはりこの「誰も読みに来ない公開の日記」に直に書くのがいいのかな。

日々のあれこれを書き留めておくだけならBlueskyが一番よいのはわかっているのだが、SNSには特殊なアトモスフィアがあって、まずそもそも、「日付」という観念が無い。過去に書いたものを探すときには検索機能を使うことになり、検索結果に出てきたものは、時空を超えてゆるやかに繋がりつつ「同じ話」というふうに解釈される。だからこそ、その日その日で「新しく上書きする」ように言葉を追加することにもなる。私自身はこの長文連投スタイルを気に入っているが、砂場遊びのように終わりがない。いくら「日記」だと宣言して投稿しても、それだけでは永遠に「日記」にはならないのだ。

じゃあ何なら「日記」になるのか、と考えるために試したのが『紙日記』で、ああそうそう、自分で自分に強制的に日記を「書かされる」とはこういう感じ、と改めてカンを取り戻すことができた。砂の城を建ててはまた壊すような遊びではなくて、拾った石を一つ一つ瓶に詰めて、封をして並べていくような遊び。誰にも読ませないで書き上げた三ヶ月分の日記を紙の本のかたちにしてみたら、普段のSNSの長文連投スレッドより読みやすい、と大評判!(※それは比較対象が悪いだろ)……で、カンさえ取り戻せたらオンラインで公開でも続くんじゃないか、と考えて書いているのが、このブログの「日記」である。

ここ数週間、今後は「リネンコ」のニュースレターを使って、読者の受信箱に直に届く「日記」を書くのもいいんじゃないか、と模索していたのだが、これは今のところ、やらない方針に決めた。Substackには長すぎるものは書けない技術的制約がある。私のニュースレターはいつも制限容量ギリギリ、これ自体はTwitterやBlueskyの使い方とも変わらないのだけど、SNSと違うニュースレターで内容の自由度が奪われるのはイヤだなと思い至った。私は公開済みの日記についても後からさかのぼってどんどん書き換える性分であるから、そもそもプッシュ配信型とは相性が悪い。先月の日記がいつまでも推敲できないという理由で今月のニュースレターが配信できない、なんて悪循環に陥る可能性が極めて高い。

あちらはせいぜい自主制作活動の告知にとどめておくのがいいだろう。なるべくBlueskyやブログ日記へのリンクをたくさん貼って、ニュースレターさえ読めば、どこに何が書かれているかがわかるようにはしておきたい。ちなみに、まさにそのニュースレターに書いた通り、『紙日記』に二刷以降の重版予定はございませんので、お早めにどうぞ。

『紙日記』書影

 

近所にできた大人気のワインバー「ELVIS」が、開店当初からずっと大混雑だったのだが、最近は夕方の早い時間帯ならガラガラですぐ入れてサクッと飲み食いできることが判明し、贔屓にしている。今日も今日とて、ごじびす(※17時台からELVISで酒を飲むことを指す家庭内用語。16時台なら、よじびす)。1月30日の大雪明けの夕方、2月27日のこれまた天候悪くて空いていた夕方に続いて、今日は雨の月曜日。三ヶ月連続ツキイチで来ているのは我が家にしては多いほうだ。

予約を取らない店で、早い時間帯はいつ来ても女子だらけ。先週のデートやパーティで会った男がアタリかハズレか感想戦をしに来て、デートやパーティでは存分に飲めなかった酒をがぶがぶ飲んで息抜きに愚痴る、みたいな、壮年で働き盛りで爪の先まで美しくしているけど顔は疲れているような、女性二人組だらけである。これは誇張ではなく、マジで。退店するまで夫以外に男性客はもう一人くらいしか見かけなかった。

『ダイナスティ:マードック一族』の続きと、マードック一族をモデルにしたという『SUCCESSION(メディア王〜華麗なる一族〜)』を観る。ドキュメンタリーでラクランとジェームズについて履修済みの上で数年前に作られたドラマ版を観ると、ローマンはさておきケンダルはベストを尽くしてるじゃないか、とよっぽど好感が高い。絶対君主である父ローガン・ロイが昏睡するところから始まるので、長兄は「主人公」として視聴者の共感を集めないといけない作りだからな。現実世界の出来事のほうがよっぽど泥試合と見える。

2026-03-24

日記を書くようになるとメンテナンス系の家事についての言及が多くなる。Blueskyにはそんなこと滅多に書かないものな。日本製のよくできた45リットルのゴミ袋を工作して、パネルヒーターのための塵除けを作ってやる。この冬から登板したスター選手、秋冬までまた御役御免。まだまだ寒い日は続くが、もう備え付けの弱暖房だけでも足りると思う。午後は台所の流しの水漏れを治しに、Nが来る。AIに絶対に奪われない仕事として水道配管工がブルーカラービリオネアになる、という話をよく聞くが、実際に工事の様子を眺めていると「手先の器用さと手際の良さは要るが、力仕事というわけでもなさそうで、私も転職しようかな……?」と思えてくる。昼はこちらもツキイチのFactory Tamal。今日はチーズが普段と違った。世界一美味しいトルタ&スープセットだと思う。何が入ってるんだ、怖いくらいである。

2026-03-25

昨日はメンテナンス系の家事、今日はガテン系の家事。二つの本棚に分けて収納している蔵書と自著在庫などのうち、自著在庫まわりをDOC BOXに詰め替える。恩師の講演録を聴きながら。夫は夫でまとまったお金のやりくりに追われる一日で、在宅でデカい金額が動く話をしているのに、手は残りごはんを冷凍し、新調した掃除機を受け取り、飲料水の備蓄をチェックしている。マードック一族のドキュメンタリーを観た後だと「このくらいの暮らしが一番だな」と思いつつ、私も在宅作業。仕事関係のポートフォリオ作成とスクラップ作業などが遅々として進まず、段ボール箱が山積みのまま断念。ハッピーアワーにチキンとトムヤムヌードルを食べる。蓄光ステッカーも刷り上がってきた。

https://bsky.app/profile/okadaic.bsky.social/post/3mhv7lgpgmc26

 

このところ自家製チャイのレシピ開発に凝っていて、豆乳とアーモンドミルクとオーツミルクを揃えて、ガラムマサラにTAZOのコンセントレートや千早さんにもらったサマハンなど組み合わせつつ、紅茶やほうじ茶でミルクティーを作っている。合間に豆花なども作った。今日も今日とて夜遅い時間に野球中継を観ている夫に合わせて紅茶とバニラアイスを組み合わせて出したら、私だけカフェインがガンギマリに決まってしまい、午前3時半まで寝たくても寝られなかった。普段は夕方以降はカフェインを摂らないようにしていたのに、うっかりしていた。夜チャイは禁止。

2026-03-26

やたら通知が届くなと思っていたら、Blueskyでこのブログ日記を紹介した影響なのか、当okadaic.netのほうに試しに残していたニュースレターのフォームから、大量の捨てアドレスからの荒らし的な登録がなされていた。これは悩ましい問題だ。Substackの登録者が増えるのは歓迎だが、okadaic.netのほうは今すぐ何か大きく動かすつもりはないのに、スパムやサイバー攻撃に対策するメンテナンス作業の負担ばかり増えても困る。

というわけで、いったんフォームを外しました。「マトモな」「血の通った人間の」登録者もいたのは確認しているのだけど、さすがにこうも規模が違いすぎると切り捨てざるを得ない。ごめんね。Substackへの不信感から数週間あれこれ試した挙句、結局「私のニュースレターが読みたい方は、Substackのほうに登録してください」と言う羽目になるのだなぁ。敗北感あるけど仕方ない。逆に言うと、Substackはユーザに見えないところで(おそらくは登録時に?)大量のスパムアドレスを勝手に捌いて未然に処理してくれていたのだな、と思い知る。いくらStatsを見ても、普通にメール読んで普通に反応返してくれている無料購読者しかいないものな。ごん、おまえだったのか。

2026-03-27

ハーツオブパームが大好物なので、ホールフーズマーケットで缶詰を見かけて買ってみた。開けてそのままサラダに加えてみたのだが、大好物なのに、あんまり喜びが大きくない。汁をよく切ったほうがいいのかもしれない。なんか美味しい食べ方ないのかな、と英語でぐぐってみたら冒頭いきなり「揚げる」が出てきて、これだから米語圏の人間は、と頭を抱えた。スープに入れるというレシピはよさそう。