うんと幼い子どもの頃、彼等は「イヴさん」と「ローラン」という仲良し二人組だと思っていた。イヴのほうがちょっと年上なので、礼儀正しいローランは先輩を「イヴさん」と呼んでいる。二人はパリに素敵なアトリエを持っていて、陽の当たる大きな窓の下でいつも机を並べて、二人で型を取り二人で布を裁ち二人でミシンを踏んでは綺麗な女性に着せて線の上を歩かせ、待ち針を手に二人であれこれ手直しをする。そしてショーの最後はウエディングドレスを着たモデルの両脇をかためて二人で一緒に胸張って花道を歩く。ペット・ショップ・ボーイズみたいに完璧な対称形の、仲良し二人組だと思っていた。
耳の長い痩せたウサギのレントゲン写真をかたどったマーク*1も好きで、父親の靴下とか母親の雑誌のページにこのロゴタイプを見つけると「ねえねえこれもイヴさん&ローランだね!」と報告していた。PLAYBOYブランドの店もウサギ印だから彼等の経営と思っていた。バニーガールを見るたび彼等を思い出した。
かなり大きくなってから、テレビでパリコレを観ていた母親に「ほら、あなたの好きなサンローランが出てきたよ」と教えてもらった私は「…どっち?相方は、どこ?」「?」「イヴさん?ローランさん?どっち?」という三往復くらいの問答の後、ご町内に響きわたるほどの爆笑を浴びせられてものすごくショックだった。あのマークがウサギのガイコツ印じゃなくて、アルファベットという外国の文字の組み合わせなんだとも知ってさらにショックだった。
私が思い描いたイヴさんとローランのアトリエは、本当に幸福な理想の職場で、私が思い描いた彼等は私にとって理想のコンビで、今でもタッグを組んで素敵な仕事をするパートナーたちを見ると「まるで私のイヴさんとローランのよう」と心の中で自分にしかわからない最上級の賛辞を送る。初めて見た実物のイヴ・サンローランは、ちょっと老けていたけれど、想像上のローランと同じく眼鏡をかけた綺麗な顔立ちで、想像上のイヴさんみたいに威厳あるスーツ姿で、どうみても”彼”が間違いなく”彼等”の両方で、私はやっぱり彼のことが好きになった。たとえ一人でも。
ついでに言うと、幼少期はデザイナーズ・ブランドがすべて世襲制と思っていて「いっせいみや家」はコシノファミリーみたいなものだと思っていたし、染五郎だとか幸四郎だとかみたいに、一人死んだら次の人がまた「ココ・シャネル」を名乗るのだと思っていた。そういうかんちがい、ありませんか?
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【2019年10月追記】もとは会社のブログに書いたエントリだが、なんだかやたらと評判がよくて、しばらく先輩編集者たちの間で「あのイヴさんローランの子!」などと呼ばれていた。