2021-04-04 / 悪夢の無

まともな時間に就寝できてまともな時間に起きられたのはよかったが、代わりにひどい悪夢を見た。歯軋りしていたのだろう、起きると奥歯が痛い。生まれ育った日本はとてもいい国、憎んでいるわけじゃないけど、その磁場から逃れることも今の僕には大切。時差ボケ解消とともに膿を出すことができたなら幸いとする。

2012年からずっと書いていることだが私は招致段階から東京五輪に反対していて、2020年には絶対に日本の土を踏まずに「なかったこと」としてやり過ごすぞと決めていた。結局、新型コロナウイルス禍で一時日本帰国したものの東京五輪自体も延期という運びになった。そして2021年の夏が来る前にまた祖国を離れた。自分と同世代、働き盛りのアラフォー男女で「何がなんでも五輪関係の仕事に携わって国の歴史に名を刻みつつ個人としてもステップアップしたい」と夢を語る人々も知っている。「好むと好まざるとにかかわらず所属組織が協賛している以上は個人的見解を述べることが許されない」という若者も知っている。「それに、反対のためだけに反対するのってもカッコ悪いじゃないですか、やると決まったからには頑張らないと」と釘を刺してきた人もいた。私だけが全然ピンと来ない。

俗に、ニューヨークに住んでいることのメリット、とされているようなものは、私は全然享受していないのだけれども(というか、それって何だろう?『SATC』みたいな生活ってこと? 古いな)、でも、日本社会と程よく距離を置くことの意義は有難く噛みしめている。奥歯で。東京に住みながら、すべての楽しそうな誘いに応じながら、この同じメンタリティを保つのは私にはとても難しい。もちろんきちんとそれをやっている、おまけに国際感覚豊かな子供を育て上げたりもしている友人知人を見ると、本当に立派だなと感嘆するんだけど。

今日こなすべきタスクは大きく7つあって、どれも会社組織で働いていた頃には流れで終えていた、締切のほうが先に来るからToDoリストにも載らないような、そんな些細な作業なんだけれども、自分で自分の仕事を設計するとなると、そのこなし方から一人で考え考えやらないといけないので、やたらと時間がかかる。これを時間のロスだとか、デメリットと感じる人もいるだろう。私は生身の肉体と外付けの義手とを馴染ませていくリハビリのように、そこに時間をかけるのが嫌いじゃない。

友達から荷物が届いて、彼女がブルックリンに住んでいることを知る。今まではメッセンジャーでやりとりをして何かあれば直接会うことしかしていなかったので、お互いの「住んでいる所」なんて知らなかった。会ったのは数度で、SNSでは毎日見ている。物理的アドレスなんて知る必要のない情報だった、コロナ以前は。住んでいる所を書いて送った封筒が、住んでいる人に届く。思えば不思議な仕組みであるし、自分が長年それをあまり使わずにきたことも不思議。

などと考えていると手が止まって、自分のすべき発送作業が遅れに遅れる。自分のこと仕事ができて社会の役に立っている有能な人間だと思っていたのは全部勘違いで、会社組織やチームや社会が、働き手である自分を流れに乗せて、そんな甘い夢を見せてくれていたに過ぎなかったのだ、とわかる。だからあんな悪夢を見るのだし、目覚めたら一人で自分の仕事をする。友達から届いたのはコロナ禍に彼女がたった一人で編集して作ったZINE。とてもよくできている。