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2021-04-10 / 狭いながらも片付く我が家

私は物が捨てられない性質で、いつも多くのものに囲まれていて、狭い部屋にきゅうきゅうに収納するのは得意だけど、片付けが大の苦手……というふうに思って生きてきた。一人暮らしのときはとくに。たった一人で「絶対に家の中にとってあるけど、でもどこかにあるかはわからない」探し物に向き合わないといけない時間がものすごく長かったからだ。

でも自己嫌悪に陥るほどのことではない。たしかに物は多い、新婚の新居へ引っ越すのにボストンバッグ一つで実家を出て行った妹のようには生きていけない。とはいえそれは今更もう変えられない性格の違いであって、人生が取り替えられない以上、もうあとはこの気質のまま、少しでも自分に合った快適さを追求して生きることだけ考えればいいじゃないか。と悟りのような境地に至っている。いやこれが悟りの境地でないことは百も承知ですけど。

2020年1月を起点に新型コロナウイルス以前以後という時代の節目を経験した。年に数回、二週間程度の日本出張をするという生活は激変して、現在は極力移動を減らし、春夏のニューヨークと秋冬の東京、二拠点で暮らしていくことになった。となると生活のレイアウトも変わってくる。必要なものとそうでないものの見え方が変わってくる。

久方ぶりに日本で年を越した。東京とNYでは「冬」の様子がだいぶ違う。一言で説明するのは難しいが、最たるものは気候の違い、そして、街行く人々のオシャレの違い。NYで冬を過ごすなら毎日欠かせない帽子や手袋、防雪加工のダウンコートなどのガッチリした防寒ウエアは、東京では着るのも憚られるような空気がある。毛糸の帽子を被らずにどうやって耳を保護するの!? と驚くが、東京は気温がそこそこ下がっても耳がちぎれるほど痛くなったりはしないのだった。すっかり忘れていた。帰宅後の最初の衣替えで、厚手のコートや雪靴や耳当て、湯たんぽやルームシューズやフリースの膝掛けをクローゼットの奥深くにしまう。みんな長年「一軍」だったのに今は出番がなくて寂しそう。とはいえ寒い時期にはどっしりした「外套」に包まれたい、という嗜好までは簡単に変わらず、もう日本のオシャレさんが着る薄手のコートにも戻れない。次の冬も東京でひとり流行にそぐわぬ重厚長大な外套を着て「銀幕の女優か」とツッコミを受けてやる。

代わりに春夏の服を出してくる。こちらは打って変わって、冬服とは別の意味で東京で着るのは憚られるような服ばかり。日本のみなさん、コロナ以前の私がブラレットにサマードレスやヘソ出しルックで街を闊歩していたことをご存知でしたか。私自身はすっかり忘れていました。コロナ終息したら今夏もまたそんな格好であちこち出かけたりするのかな、と思ってキープする。一方で、みんなに褒められた日本製の華奢なヒールサンダルは出番がなくなりそうだ。しばらくは先日の『NEW YORKER』誌の表紙みたいに「暴漢に襲われても咄嗟に対応できる服装」を心掛けないといけない。ピンヒールのつっかけミュールなんて年単位で封印だろう。走りやすい防水アウトドアサンダルを新調しよう。

二つ三つ持ってそれぞれの耐用年数を伸ばしていたような、似た感じの着回しアイテムも、もう一つずつでいいな、と考えるようになった。そもそも外出する機会が激減してしまったのだし。一番大きく穴の開いた靴下、一番くたびれたボーダーシャツから、順番に断捨離していく。横縞の太さがちょっと変わっただけで印象も見違えますね、なんて細かすぎるオシャレ、もうしなくなるかもしれない。かと思えば、捨てようと思って広げた古い服が、案外かわいくて捨てられなかったりする。多少の毛玉なんてZoom画面越しではバレない。顔面にウォッシャブル仕様のマスク装着してるのに、首から下の洋服すべてがそこまでピカピカの新品同様である必要なんか、ないじゃないか。この調子でまた「100日服を買わないチャレンジ」達成できそうだ。何しろ、悲しいほど人と会わない。「また同じ服着てると思われちゃう」なんて思い悩むことがない。

大学を出てインターンから始めたデザインの仕事は、どうしても開店休業状態に近くなる。ワクチンが行き渡ったらフルタイムの同業者はどんどん元通りの生活に戻るだろうが、年半分を東京に置いてきた私は当面、宙ぶらりんのパートタイム・リモートワークが続く。となると仕事机のレイアウトも変わる。忙しさにかまけて溜めに溜めていた雑誌のスクラップ作業をやっつけていく。何かのインスピレーションになると思っていたが、その「何か」はしばらく訪れない。すぐ手の届く場所に学生時代の授業ノートが置いてある。でも次にこれを読み返すのはもう、今日明日の作業に煮詰まったときではなく、セピア色の思い出をひもとくときだ。箱にしまって積み上げる。あまりにも膨大な量そして種類の文房具を買い置きしていたことに驚き、「この絶妙なカスレ具合が画材として秀逸」などとうそぶいていたインク切れの筆ペンなどをどんどん捨てていく。ほぼ未使用のアクリル絵の具やジェッソやスプレーマウントが、どんな重要書類より手近な位置からどんどん発掘されて呆れる。すぐ下の学年の後輩がいるうちに譲り渡しておくべきだったな。

重要書類といえば、入国後10日の隔離期間が明けて、週明けにはワクチンを接種しに行くのだが、なんと持ち物リストに明記されている保険証が見当たらない。おかしいな、失くしたはずはないんだけどな、とあちこち探し回りつつ、ひょっとして2019年末にパリの地下鉄で掏られた財布に入ってたかも、と思い当たる。コロナ禍ずっと一年近く、大事な大事な保険証無しで過ごしてたってこと!? と呆れるが、国民皆保険の母国日本との間をバタバタと二度三度往復したので、更新を怠っていた可能性は高い。ネットで申請して仮再発行する。肌身離さず持ち歩いてたのでなければ、ビザの記録や社会保障番号のカードと一緒にしまってあるはずなんだよね、と貴重品の箱を開けると、渡米直後はものすごく重要だったが今現在はまったくそうではないような紙束が続々とこぼれ落ちてくる。順番に捨てていく。

この夏でもう渡米6年になるというのに、今まではずっと「留学開始直後」の状態をゆるゆるキープしながら、そのままただ何も考えずに部屋を片付けていたのだな、と思い知らされる。リノベーションもしていないし、リニューアルや模様替えすらしていない。ただ、一冊のノートが数十冊に増え、一本のペンをダースで買い足して、もう必要のない紙屑を後生大事にファイリングしたまま見返すこともせずにきた。0歳の子供が6歳になってもまだ新生児仕様の部屋に住まわせているようなもので、ランドセル置き場が定まらないのも、宿題のプリントをすぐなくすのも、その子の気質のせいでは、ないんじゃないか。いいかげん潮時である。そう考えると、めきめき断捨離が捗る。

半年近く留守にしていたアパートメントを見渡して、古くなったものを捨て、新しく買い足していく。いつか役に立つかもと保管しておいたトラベルアメニティの小瓶をばんばん使って捨てていく。経年劣化で見事に反り返り使い勝手がものすごく悪くなっていた薄型まな板を、まったく別の厚手のまな板に新調して捨てる。我が家の排水溝とまったくサイズが合わないのに大量にとってあった水切りネットを捨てる。実用性度外視で蒐集してコレクションみたいになっていたトートバッグを、ショッピングバッグ有料化時代の普段使いのエコバッグにおろす。バースツールのクッションカバーも買い替え……たけどこれはAmazonに頼って大失敗したのでワクチン打ったらもっと高級感あるいいやつを買い直しに出かける。10年ぶりの3.11を日本で過ごした防災意識が冷めぬうちに、非常用持出袋の中身を入れ替える。ほとんど使わぬまま色褪せた来客用スリッパを捨てて、その収納場所に新しい非常用持出袋をセットする。物の置き場を変えれば延長コードの配置も変わり、するとコードを床に這わせるためのプラスチック部品が足りない、古いやつは背面の粘着テープがカピカピになっているので捨てて、後生大事にとっておいた日本製の両面テープを開封して惜しみなく使う。

物の総量はそこまで変わってはいないけど、部屋全体がスッキリしていくのを感じる。2020年の秋、日本へ発つ前にはこのあたりのメンテナンスができていなかった。バスタオルを新調する。動かすのが面倒だった衣装ケースに別売りのキャスター部品を買って取り付ける。ハイカロリーなお菓子の在庫を処分して、プロテインバーに置き換える。そこらの空き箱に適当に詰め込んでいたマスクや衛生グッズの買い置きを、見せ収納に入れ替えて手に取りやすくする。毎日少しずつ少しずつ袋にまとめたゴミをアパートの捨て場に運んでいく。あらゆる片付けのついでに普段は触らない箇所の拭き掃除をする。風通しがよくなる。次にやるべきことがわかる。そんな繰り返しである。きっと「ていねいな暮らし」をしてる人たちにとっては日常であるはずのこと、だけどこの一年は直視せずにいたこと、ちょっとずつ改善していく。

変圧器とポケットWiFiを見えない場所に片付けたことだけが、少し哀しい。また旅から旅と心を外に向けて、家のことがちょっと滞ってしまうような日々を取り戻したい。もう数年はかかるんでしょうね。何年か前に南仏で試しに買って気に入ってリピートしているフレグランスを開封する。モロッコで買ったお皿を並べて晩酌する。ベルリンで買った服のNYにおけるベストシーズンを考えながら鹿児島で買ったコーヒーを淹れる。会いたいときに会えない人へ気持ちを届けるために、京都で揃えた便箋の出番も増えそう。一度も行ったことがない北欧と東欧のガイドブックは表に出したままにしておく。部屋の中を無にする、のではなくて、未来に向けてチューニングを合わせておく。

次にとりかかるのは、積読本でギチギチになった本棚と、どうでもいいいファイルを探すのにも一苦労かかるようになったクラウドストレージ。仕事の締め切りも迫ってきているが、総合的に判断して、先にこちらを片付けたほうが効率がよい。……という、テスト前に急に部屋の掃除を始める子供みたいな言い訳のための日記です。