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2004-01-16 / (無題)

長い話。途方も無く長い話をする。全ては私の被害妄想なのだろう。でも、それだけのことで、ときに胃液が逆流して眠れなくなったりもする。精神が弱い。ただ仲が良いだけの男友達や知人男性との関係について、憶測だけで噂話を広められるということが、本当に耐えられない。そういうことばかり、自分でも阿呆みたいに我慢できない、笑って済ますことができない。そうしたことを言う人たちは大抵が、こちらが吃驚するくらい悪意にみちている。少なくとも被害妄想気味の私にはそのように思われる。「ガールフレンドなんですか?」と訊かず「愛人なんですってねぇ。」と言われる。親戚同然の男性と歩いていたのを見たバイト先の上司が「妻子もちと援助交際なんて信じられない」、教室で講義を聴いていただけで見知らぬ男子学生から「おまえ(教員名)とデキてんのかよ」。嘘みたいだが、本当にそう言われた。他にも枚挙にいとまがないけどやだから書かないよ。何故だかわからないが、公衆の面前でイチャつくカップルを諌める良識派の大人のような敵意や怒りがひしひしと伝わってくる。被害妄想だと言われるのだろうが。そう言われた対象については本当に、意識が揺らぎようの無いほど知人として友人として人生の先輩として大切な人ばかりなので、余計に胃液が煮えくり返る。なんでそんなことで泣かなきゃいけないんだ私が。なんでも思春期の環境の所為にしてはいけないが、23年の人生の半分を女子校で育ってきたものだから、男性の知人や男友達という存在に今でもとても飢えている。男友達を作って少しずつ親しくなっていくのはとても楽しくて、今でも新鮮なことで、誰かと仲良くなるたび嬉しくなる。確かに彼等が大好きなので、そのように接しているのかもしれない。本物の恋愛をしている恋人以上に、親しみを出してしまっているかもしれない。でも、世間的にはそういう態度は通用しないということなのだろう。「好き」だという気持ちは私の場合、突き詰めるとそっちがわ。ささやかな恋愛が破綻する原因はいつもいつも私の方にあり、口にするのも残酷ながら「義兄妹や友達として接していた頃の方が楽しかった。」ということに尽きる。男の恋人と喧嘩して別れても正直、屁でもないが、男友達を失うのは本当に悲しい。絶対に避けたい。それがどれだけ貴重なものか私はよく分かっているつもりだ。女子校の柵の中に居ると、彼氏はできても男友達はなかなかできないものなのだ。「彼とはいい御友達なの」「恋愛感情なんて、無い無い」と一生懸命説明すればするほど「うまくやったもんだね」と「淫売」呼ばわり。それはもう、死にたくなる。私が彼等を大好きなことが傍目には度過ぎた好意と映るのだろう。だとしたら私には勝手な憶測で勝手に話を決め付けられることを不愉快だなどと言う権利は無いのかもしれない。でも、私が実際にはしてもいないことを見も知らない人たちが勝手に憶測してまことしやかに噂しているというだけのことで、何故私がここまで苦しまなければいけないのか。


うわぁ、あまりにも怒りが剥き出しすぎて、ちょっとコメントできない。落ち着け(笑)。でも本当にこういうことが重なってたんだろうな。ま、20代も後半になると「デキてんの?」とかあまり言われなくなるよなぁ。(2009/07)