202304_Shucked_musical

2023-04-05 / 春の観劇始『Shucked』

日記、続いてるな(当社比)。Twitterから「亡命」してきたのでTwitterの話ばかりになってしまうが、東海岸時間4月4日のうちにとうとうTwilogも「終了宣言」を出した。今までありがとうございました。あと今さっき気づいたが、WordpressへのTwitterのEmbedがスマホ版だと全然うまく表示されていない。こちらも、もう使わないほうがいいのかもしれない。ありとあらゆる(おそらくは直接の技術的問題ではなくメンテナンス人材不足による)「綻び」が一気に噴き出しているのを「新APIに対応せよ」と丸め込まれている気分。燃えたら消せばいい便所の落書きをしてるだけの利用者はそれでいいんだろうが、そのうち本当にそんな連中しかいなくなるぞ。


4月4日の夜は、エレクトロニックミュージックデザイナー・ヒロイイダさんにお招きを受け、話題騒然「あのトウモロコシのやつ」ことミュージカル『Shucked』のオープニングナイトへ。半年ぶりの劇場街、かつ私はブロードウェイのオープニングに出席するのは初めてで、どうしてもそちらの感想が長めになる。

NEDERLANDER劇場の前にはレッドカーペットが敷かれ、金屏風の代わりに燦然と輝く黄色衝立。暗黙のドレスコードも当然、黄色×緑。普段は赤×黒しか着ないヒロさん(絶大な親近感)まで「どうしましょう、パーティーに着ていく黄色いお洋服がないわ」(意訳)と魔女のキキみたいなこと言うので私も一応、辛子色のジャケットに黄色いスカーフなどかき集めて行ったが、現地に着いて大反省。全然ダメ。みんなもっとこう、真っ黄色のシャツに真っ緑のサスペンダーとか、全身緑ドレスに黄色のクラッチとか、明度彩度がガチなのである。作品ロゴ入りのデニムジャケットにネルシャツや派手なフレアスカートを合わせる者もおり、こちらは作中の登場人物のコスプレ。取材陣には全身トウモロコシのかぶりものもいた。正式なマナーからは外れてもシャレやクィアネスを表現するほうが優先、着物の見立て遊びのようなものだ。そこいくと私の服の色は完全に「枯れた後」担当(そういう芝居なんです)。

ま、多くの客はちょっと華やかなジャケットやカクテルドレスという無難な「お招きにあずかりました」スタイルで、彼らは私と同様に今晩が初観劇の様子。かたや業界関係者たちは思い思いのファッションで作品へのリスペクトを示し、つまりはみんな、プレビュー期間中に作品内容をばっちり予習済みなのである。日本でいう初日祝いとも違う、画廊のオープニングとも違う、この「知ってて仕込んで祝いに来る」お祭り感覚、とても好ましい。何かに似ている。

右を向いても左を向いても「なんとなく知っている」顔だらけ。でも私が知るのはあくまで舞台上やトニー賞のVIP席の映像経由で、誰が誰だかわからないけどわかる、不思議な感覚にキョロキョロしてしまう。あのメガネのおばさん素敵だな、とよく見たらスーザンサランドンだったとか。まだ中学生くらいなのに異様に場慣れて目立つあの美少女、絶対に私も知ってる誰かと誰かの娘だな、何ならInstagramで見たことある、とか。傍らのヒロさんが次々と挨拶するのはプロデューサーやクリエイティブスタッフが多いので、裏方なら私が知らんでも仕方ないやろと適当にニコニコしてたら、超有名作品の仕掛人だったり推し作品のオリジナル編曲家だったりして絶句する。偶像じゃないけど「神」やんけ。これはアレだ、私がよく知る中で一番似ているものはやはり、出版社主催の文学賞パーティーである。この社交の波をすいすい泳ぎ渡れるのは長年かけてほとんど全員と何かしら仕事した経験があるような業界内部の人間だけ。勝手のわからんアウェイの者は隅っこでおとなしくローストビーフ食ってるのが正解である。

開演前や幕間、何度も何度も客電がフッと全落ちし、また点く。劇場側からの「おまえら社交はそのくらいにしてとっとと着席しろ」という無言のメッセージなのだが、一般のお客さんがどしどし入る明日以降はそんなお遊びもないはずで、そして当然みんな全然言うこと聞かないので、開演はかなり押していた。延びた合間にヒロさんからブロードウェイの伝統的な初日開幕の願掛け儀式Legacy Robeの写真を見せてもらったり、日本で観た『キングアーサー』『ミーンガールズ』『バンズヴィジット』の感想、『CAMELOT』『New York, NewYork』に『LIFE OF PI』など話題作の噂、もちろん『MJ』『Kimberly Akimbo』『Parade』に『Shucked』の制作裏話も。いやぁ楽しかった、春の観劇始。だいぶあたたかくなってきたので21時台のブロードウェイを南下して徒歩帰宅。


『Shucked』は3月8日から一ヶ月近くプレビューしていた新作ミュージカルコメディ。ものすごく評判が好く、現時点で口コミはぶっちぎりではなかろうか。脚本は『Tootsie』『13』のRobert Horn、作詞作曲はBrandy Clark & Shane McAnally、演出は『Hairspray』のJack O’Brienで、編曲オケ指揮スーパーバイザーが俺たちの(?)Jason Howland。錚々たるメンツだが、私の元に届いた早割DMもトウモロコシ以上の情報が無く、ハマッた人の感想もみんな熱に浮かされたように「🌽🌽🌽」しか言わないので、「なんでそんなもんが今季の目玉と言われてるんだ?」が全然わからなかった。

結論から言って、百聞は一見に如かず!!!……と、私もやっぱり語彙が失せてしまう🌽🌽🌽(笑)。全編カントリーミュージックが敷かれた地味な田舎町の話、だけど脚本が軽妙で、キャストは全員おそろしくコーラスがうまく、演出は本歌取りやオマージュもたっぷりで盛り上げ上手、SNSで即バズ必至のヒットチューン繋いで、体感時間は二幕で5分。うるさ方の観劇オタクから、滞在中に一作だけなんか観たいなって程度の観光客まで、誰も置き去りにせずに笑わせる、よくできた作品であった。

あらすじに言及しない理由もよくわかる。トウモロコシ農家しかない保守的な田舎町で、大事なそのトウモロコシが謎の病害で突然枯れはじめてしまう。若いヒロインがたった一人、周囲の反対を押し切って外の世界へ助けを呼びに出るのだが、見つけて連れ帰った「Corn専門のお医者さん」というのが、Corn Doctor(ウオノメ医)の看板を掲げているシケた詐欺師で……と、いくら説明しても野暮の極み。正直、ストーリーそれ自体が面白い作品ではないし、先の展開は透けて見える。話の畳み方もめちゃくちゃだが、真顔で憤慨する客も少なかろう。そりゃみんな「笑った笑った、イイハナシダナ〜」と語彙奪われて帰途につくよ、納得。

いろんな作品のオイシイところを繋ぎ合わせた構造で、継ぎ目を隠さないそのパッチワークっぷりがよい、とも言えるかもしれない。舞台設定紹介の「我が町へようこそ」ソングでは宗教ネタちりばめながらもさらっと『Chorus Line』入れるし、おい突然『Kinky Boots』やるなwww という場面もある。閉塞感の中で「Don’t Fence Me In」ならぬ「Build a window, Not a wall」と歌うヒロインには『Sister Act』のシスターメアリーロバートみたいないたいけさがあり、ヨソモノの詐欺師が田舎家のポーチから浮きまくる「異物」感は『The Music Man』を思い出す。そしてトウモロコシ畑と対置される自由な大都会ってどこかと思いきや、た、タンパ!www というので、リゾート地を礼讃しつつおちょくるソングにNYCの客は大爆笑。このへんの手つきも『Honeymoon In Vegas』なんかよりずっと好い。

しかも、後半プロットは「勢いで結婚する羽目になった男女が式直前に違う相手に惹かれ、あっと驚くご新規&元鞘カップルが大団円を迎える」という王道中の王道。演劇と名のつくもの何百年も前からソレばっかやってない? と呆れつつ、嫌いな奴おらんのよ。「みんな大好きなよく知ってる例のアレ」を矢継ぎ早に提示しつつ、その一つ一つが最新版にアップデートされてる目配せに笑う。こうした既視感を使う絶品といえば私は『HADESTOWN』を挙げたいが、あちらはシリアス寄りで作家性高く、こちらは大衆向けコメディ、だけど両方とも瀟洒にブロードウェイ的。「ストーリーテラーが複数名いて掛け合い漫才形式でメタなツッコミを入れていく」構造は『Mean Girls』や『& Juliet』と同じで、これも現代っぽ……いのかと思いきや、オチのところでは「こ、古典的ィ〜!」と声が出るようなベタなサプライズも待っている。イイハナシダナ〜(語彙)。

都会ッ子である私は、大都会ニューヨークで作られるブロードウェイミュージカルが米国のド田舎あるあるを揶揄って、海外や他州から集まった観光客で埋まる客席がその毒舌にゲラゲラ大爆笑するというあの構造、正直どんな顔して観ていいかわからないときがある。それで人死んでたりすんじゃん……というわけで、私は都会と田舎を対比させるなら『PARADE』『PARADISE SQUARE』『Band’s Visit』『COME FROM AWAY』みたいなマジメ系作品のほうが断然観やすいし、その意味で『Oklahoma!』リバイバル版などは好きだけど、コレはちょっとどうかな、と腰が引けていたのだ。すいません都会ッ子で。

しかし、そんな私みたいな人間まで取り込むのが上手いよな、というのが、観劇後の感想。際どいネタで大爆笑したい観客は呼吸困難になるまで笑いっぱなしだし、今のネタはちょっと英語が聞き取れませんでしたけど、となる非英語圏の観客(含む私)も、話自体は単純だからまったく置いてきぼりにならない。そもそも「あっこれ伏線ね、後で回収するからね」と馬鹿丁寧に説明が入る親切設計であるし、さっきの歌よかったなぁ、としみじみしてたら今度は別の登場人物たちが同じの歌いはじめて「ちょwww リプライズすなwww」とさえ笑わせてくる。そして何より、キャストがみんなべらぼうに上手いので、もう、話の筋とかどうでもいいよ! となる瞬間も多々。

オープニングナイトに一番大きく総立ちでショーストップになったのはやはり、ヒロインMaizyのいとこLuluが歌う「Independently Owned」である。まぁ、うちらこういう「TUEEEE!」ってなる女が歌う、そういうパフォーマンスの最前線最新作が聴きたくて、それだけでせっせとブロードウェイミュージカル通ってるとこあるのでな。去年は「Ex-Wives」と「Let It Burn」だったけど今年のトニー賞パフォーマンスは「Independently Owned」で決まりやろ、と思ったら、演者のAlex Newellはジェンダーノンコーフォーミングだそう! 『& Juliet』のノンバイナリ俳優Justin David Sullivanの一件といい、今年は荒れそう。どっちも賞獲ってほしい。

「Wall」×「Independently Owned」=「Friends」で絶対外さないシスターフッド魔方陣、『PARADISE SQUARE』然り『マリーキュリー』然り、私もう第二幕に女と女のデュエットがないと満足できないカラダになったわよ……と思っていたところに、マッチョソング「Best Man Wins」がこれまたイイ。 いわゆる「男のレッスン」「強いぞガストン」の系譜、あるいは宝塚歌劇における「軍服祭り」「黒燕尾」に相当する、ボーイズクラブの有害な男性性を煎じて煮詰めて蒸留して毒の味ごと娯楽消費してしまうあの、アレです。ところが何がイイって、Storyteller2という役名で狂言回しに徹していたクィアな青年が「OK、ちょっと待って、番組の途中ですけどボクこの曲マジでチョー大好きだから、誰が何と言おうと参加すっから〜!」と宣言して、本当にその輪の中に入るのよ。結果そのマッチョソングが、ムキムキに鍛えたモテモテのグッドルッキングガイだけの特権ではなく「憎みきれないろくでなし」の集合体と見え、存分に安心して「愛でる」「萌える」ができた。これは感心しましたねー。何かケチつけるとしたら「アルハラをギャグにするのはやめろ」くらいだもんな。

あたたかいスタンディングオベーションで終演。みんなが本作を好きになって帰る、観終えてからも何日も、トウモロコシのことが頭から離れなくなる。そういうふうにできている、それが「I Got Shucked」。プレビュー期間中の口コミ宣伝戦略が上手いとさっそく記事になっているようだが、どんな作品でも真似できる芸当ではないだろうと思う。

ちなみに本作、ホリプロが出資してるんだけど、またしても日本版どうやって作るのか想像もつかない。『Band’s Visit』や『COME FROM AWAY』の比ではない。先日観た『悪魔の毒毒モンスターREBORN』では「オプラウィンフリーっていうのは日本でいう黒柳徹子さんみたいなものよ」と台詞を書き足して強引に話を進めていたけど、ああいう感じで「ホールフーズっていうのは日本でいう成城石井みたいなものよ」とかで乗り切るのかな? 少なくとも『今治タオルストーリー』よりは断然おすすめできる「田舎モノ」なので、楽しみですね🌽🌽🌽


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