2023-05-26 / HAM4HAM “HOT CORN PARADE”

2023年5月26日は私にとって忘れられない日になる。けれどもこの興奮を分かち合える人は本当に少ない。期間限定復活した「HAM4HAM」を観た。ある金曜の夕方、仕事を早めに切り上げて地下鉄に乗り、ずっと観たかった無料の公開イベントを現地まで観に行った。それだけのことだ。集まった大観衆は揃いも揃って救い難いオタク、たった20分のために何時間も前から同じ場所でじっと待機していた。お目当ては、我々には神にも等しい存在である一方、地球人類の残り大半には名前すら知られていない地場産業従事者たちだ。なんだそれ、と笑ってしまう。でもその温度差こそが「観劇」という非日常の「祭り」の真髄かもしれない。あのHAM4HAMを、初めて、生で観た。私にとっては非常に価値ある体験だった。


そもそもブロードウェイミュージカルを知らない人たちには、何から説明を始めたらよいかもわからない。まず、『Hamilton』という作品がある。2015年初演、2016年に各賞を総ナメにして今現在も全世界でロングラン公演が続く。あまりの人気ぶりに刷新予定だった米国の10ドル札の絵柄がハミルトンで据え置きになったという逸話まである、歴史的な大ヒット作だ。ここでは作品内容には触れずにおくが、まぁ、いいから観てくれ。日本には未上陸だがディズニープラスで舞台映像が全編観られる。やっと日本語字幕もついた。観ない言い訳がない。

で、その『Hamilton』は長年「HAM4HAM Lottery」という企画を続けている。人気高騰につきチケット代が余裕で数千ドルにも達する本作を、10ドルで観られるチャンスが掴める抽選くじである。この企画を盛り上げるべく、Richard Rodgers Theatreの劇場前ではさまざまな開演前パフォーマンスが披露された。これも詳しくは各自ぐぐっていただきたい。オタクどもがあらゆるフッテージを残しているし、HAM4HAMだけまとめた年表まである。みんなロタリーの当落以上にこの路上フェスに夢中になっていた、ようだ。私にとって2015年といえば渡米直後、学生として課題に追われる最中で文字通り記憶が無く、現地に通うなど夢のまた夢であったが。

2023年春、この「HAM4HAM」が復活した。今季のトニー賞ノミネート作品をフィーチャーした連続企画だ。今までにも『Sweeny Todd』と『Hamilton』のカンパニーが替え歌マッシュアップを披露するなど毎回の趣向が話題になっていたが、5月26日金曜16時の参加演目は、『Some Like It Hot』『PARADE』『Shucked』!! 前々日に情報解禁されるやいなや「この日だけは絶対に現地に行く」と心に決めた。

LMMがInstagramに投稿した告知の雑コラ。雑すぎる。

回しっぱなしにしていたスマホ撮影は20分弱。プロのカメラマンが一流の機材で撮った公式配信映像は当日リアルタイム生中継されていたし、その後、あらゆる娯楽系ニュースメディアが動画を上げて記事にしているので、手元に残ったこの手ブレまくりの映像にはすでにして何の価値もないのだが、子供が宝物を自慢するノリでYouTubeに上げておきました。

1. Intro

俺の俺たちのリンマニュエルミランダによるアゲアゲの前口上。全身全霊かわいい。本人が目立つようなパフォーマンスではなかったが座って聴いてるだけでもずっとホストの存在感が強かった。

2. Some Like It Hot

『Some Like It Hot』からJ. Harrison Gheeで「You Coulda Knocked Me Over With A Feather」。ちなみに終演後に手振ったらウィンクとお手振りを返してもらったので私の中ではもうすでに主演男優賞受賞済みです(籠絡されやすすぎる審査員)。歌詞にあるParadeという単語を歌いながら指さされてピースサインを返したミケーラをちゃんと拾ったカメラワークを自画自賛したい。

3. Parade

『PARADE』から「This Is Not Over Yet」。跡部の雌猫ならぬベンプラットの雄猫雌猫の絶叫がマジえげつない一方で私のカメラは遠方から執拗に奥で伴奏するJason Robert Brownのお髭ばかり追いかけている。「LMM(推し)がJRB(推し)のことJason Fu*kin Robert Brownって呼んだ〜!」だけで昇天するんですが、自分が上げた歓声に潰されて聞こえないっていうね……Playbillの動画とかが拾ってます。リバイバル作品賞ください。

4. Shucked

『Shucked』から「Corn」Raise a Glassバージョン。まぁそれはそうよ、J.が歌う回にAlexソロの「Independently Owned」ぶつけるわけにはいかんもんね、カツカレーラーメン特盛みたいになる。冒頭が観づらいですが絶対に全員おさめたかったので1:15あたりから横位置にしている。奥でピアノ弾いてるのは日本のみんなも大好きなジェイソンハウランドだよ。さすが芸達者なカンパニー、盛り上げて笑わせて楽しくフィナーレに持っていく。


今季観たばかりの大好きな三作品からの名パフォーマンス。同時代を生きる大好きなミュージカルシンガーソングライター、LMMとJRBの二人が並んでいちゃつく現場を一度でいいからこの目で見たい、という欲も昇華し、大満足のオタ活であった。と同時に、私が常日頃「大統領」と呼ぶLMMの政治力の強さと公益性の高さを存分に浴び、そこに最も痺れる結果となった。

既報の通り5月2日からWGA(全米脚本家組合)のストライキが続いており、6月11日のトニー賞授賞式の全米生中継は実施が危ぶまれ、放送されるとして台本は白紙なんじゃねーのと囁かれたりしている。コロナ明けのブロードウェイ、観光客こそ戻りつつあるが、人気演目でも曜日によっては空席スカスカだし、『オペラ座の怪人』終わっちゃってもう観られないね……といったしんみりムードも尾を引いている。そこに突然、HAM4HAMというゲリラ的な「祝祭」を投下する、この圧倒的な文化祭実行委員長ぷりはどうだ。

いつもいつでも「書き手」の味方でいてくれてありがとう! との挨拶から始まり、トニー賞がつつがなく開催されれば間違いなく歌われるはずの楽曲ばかりを、路上で先取り生歌披露させる。華やかなミュージカルパフォーマンスの前に曲紹介するのはプレイ部門の候補者たちだ。「もし組合交渉が決裂して本当に授賞式の全米生中継がお流れになることがあったら、6月11日の晩はみんなで代わりにHAM4HAMを観れば、それが今年のトニー賞の代わりじゃない?」と思えるほどの、あまりに豪華すぎる「保険」である。たとえテレビに映ろうが映るまいが、劇場の灯は二度と絶やしてはならない、そんな気持ちが昂る。

現地に来て初めて、ああそうか、何を観てもいちいち脚本家の待遇が気になっていたこの5月、観たかったのはこのお祭り、「何が起ころうと、人間の劇作家が書いて人間の俳優が演じる芝居の未来は明るい!」と感じられる場だったのだ、と思い知らされた。作品同士のクロスオーバーの萌えを最大化し、強固な労働組合ベースの「横の連帯」を見せつける。テレビ芸人は放送作家に愛想尽かされたら詰むのかもしれないが、舞台俳優たちはアドリブ進行の挽回もお手のものだ。誰にでも開かれた無料のステージで話題を呼び、その一部始終をマスコミに中継させ、それでも随所に「本物は、劇場に足を運んで生で観なくちゃ、始まらないぜ!」とのメッセージも放つ。イベント終了後は、そのままtktsの行列に並んで当日券を買い求めた。前に並んだ人はHamiltonのパーカーを着てたし、後ろに並んだ人はSome Like It Hotについてぐぐりまくっていたので、みんなHAM4HAM組だ。タダでいいもん拝んだ分、業界に金落として潤してから帰る客である。

15時頃に劇場へ行くとすでに扉前にオーディエンスブースが囲われ、張り巡らされたフェンスにもたれる格好で黒山の人だかりができていた。観客はどんどん増えて車道にハミ出す。毎日同じルートを走る『RIDE』や通学バスや巨大なタンクローリーなどがスレスレを走り抜ける。動画で観るだけでは気づかなかったが、これは将棋倒しや交通事故で怪我人が出てもおかしくない集会だ。背後でクラクションが鳴るたび心配していたが、開演10分前あたりから車通りが絶えた。おそらく西46丁目通り全体がブロック封鎖されたのだろう。見渡せばかなりの数の警備員が配置され、スマホを掲げた客とプレスのカメラも明確に扱いが分けられている。デモやパレードをはじめとする「集会」に手慣れた行政や市警が、熱狂の下で秩序を底支えしてるんでしょう、知らんけど。

後世の歴史家には「首謀者一人が発案した」「お遊びの」「ゲリラライブ」と記述されるだろうが、この催し、実際に参加してみるといわゆるフラッシュモブなどとは程遠い。といってもちろん、タイムズスクエアでスポンサー企業のロゴを背に催されるフリーコンサートなどの商業主義とも対極にある。入念に準備された「計画的犯行」の「共犯者」となった気分のほうが強いし、なぜそれを「罪」のメタファで捉えるかというと「こんなに愉快痛快なものが倫理的であるはずがない」という気分のせい。鼠小僧の義賊伝説とかシラノドベルジュラックの決闘場面など思い出す。それこそが『Hamilton』の作者にして元主演俳優、我が推しにしてみんなのアイドル、政治家より人望篤い概念上の市長、もしもブロードウェイ劇場街が小さな合衆国ならあんたが大統領、俺の俺たちのリンマニュエルミランダの、お手柄なのである。彼のカリスマ無しには成立しない……というか、類似の無料路上パフォーマンスは他の演目のカンパニーもやることがあるわけで、その違いを考えていくとLMMになる。

たった十数分間の「祭り」にどうしてそんなに高揚するかって、ミュージカルオタク以外に、地元の人間以外に、うまく伝える自信がない。あらゆるパフォーマンスは政治的で、舞台に立つ者は大衆にチケット代以上のものを振り撒く、受け取った我々はその物語を口コミで社会現象のうねりに変えていく。「首謀者」に訊いたってきっと「楽しいからやるだけだ」と答えるのだろうが、まさにそれこそが「HISTORY IS HAPPENING IN MANHATTAN」(『Hamilton』の歌詞)の体現なのである。