2023-07-19 / 何者か

おまえたちはいったい何の集まりなんだ、と声をかけられた。水曜夜21時、BBBBの店内で。背が低く恰幅がよくお揃いのビア樽体型が双子みたいな、褐色肌の男たちがサーブとキッチンを切り盛りしている。最近しょっちゅう来るよな? と言う。へえ、そうなんだ。私がこの店に来るのは16時17時台のことが多い。いつも同じハイトップでビールを飲んでバーガーを食べる。この時間帯に、奥のテーブルを大人数で占拠するような使い方は初めてだ。

趣味のサークルなんです、と我々を代表してEが答える。ある種のスポーツ、というかマーシャルアーツで、名称はアイキドーというのだけど、このすぐ近くに道場があって、私たちはみんなそこの生徒なんだ。普段は木曜に来ることが多いけど、今夜は昇級者のお祝いで一杯やりに来たんです……。Eがこんなに長く話すのは初めて聞いた。道場での稽古中は私語厳禁、上級者が組んだ相手を指導するときも、右とか左とか簡単な指示だけを小声で伝える。休憩時間の雑談もみんなでワイワイ騒ぐ雰囲気ではない。わざわざ好き好んで日本の武道を習いにくるニューヨーカーはみな寡黙で礼儀正しく、強ければ強いほど物腰が穏やかだ。下手な日本国籍の人間よりずっと「武士み」が強い。このたび青帯から茶帯に昇級するEは、今までも何億回と繰り返したはずの説明をすらすら唱える。道場で特別に発声を抑えてるわけじゃなく、普段からあんなに声が小さいんだな、と初めて知る。

双子店員の片割れは、なるほどな、と我々を見回す。たしかに得体の知れない集団ではある。赤毛で色素が薄いEは、楳図かずおのホラー漫画のコマを無断複製した道場オリジナルTシャツを着ている。傍らにはスキンヘッドに髭面で屈強な上半身にびっしり和彫を入れているI。高身長と童顔がミスマッチでどこぞのボーイズバンドにでもいそうな容姿のJ。金髪メッシュソフトモヒカンのMとキャップにメガネで化粧っけのないH、二人のアジア系男女は小柄で細身ながらいかにも武闘派の眼光鋭さがあるが、同じすっぴんの東洋人でもMUJIのスカートを穿いてぽよぽよニコニコした私と、猫背にリュック背負ったままジンジャエール飲みつつ「サッカー全然わかんないけど選手の男の子たちが僕好みで目の保養にはなるよね〜」とテレビ中継を愛でるロシア系のAとは、接点が謎すぎる。家族には見えないし、劇団やバンドのメンバーでもなさそう、社会人学生なら専攻が不明、飲食店バイトならみんなで何料理を出してるのか想像つかない。ここに『AKIRA』のタンクトップ着て「こう、右腕にびっしり例のアレのタトゥー入れたいんだよね。わかるだろ? 『腕が!』のアレだよ」と真顔で言う道場長が加わったら一層カオスである。

共通点といえば、全員が汗だくでビールのほかにマイ水筒を手放さず、異様に腰が据わっていることくらいか。注文カウンター前にぞろりと集まっておのおのビールの銘柄を選んでいるとき、我々はずいぶんみっしりしてるな、と感じた。これが「気」のみなぎりというやつか。あー、マーシャルアーツね、はいはい、と答え合わせに満足げな店員は、もしこの調子で毎週来るなら常連扱いで団体割引をしてやる、と交渉を持ちかけていた。要するに店側からパーティープランなどの個別営業ができる幹事役の連絡先を寄越せというような話で、Eが応対している。おまえたちはいったい何の集まりなんだ、という問いには大抵、悪意などない。ここは異質と異質と異質が接触し合う街、ただ純粋に「ヒントを訊いて教えてもらわないことには推測すら立てられない」異文化もあるというだけのことだ。かくいう私もこの店員のルーツがわからない。髭の整え方は中南米っぽいが肌色の濃さはブラックも混じっていそうだ。訛りの聞き分けなんてお手上げである。双子に見えるのは外見だけで、それぞれ別の土地からの移民かもしれない。

NYの道場(AWA)と東京の道場(合気会)では昇級審査の内容が大きく異なる。二級になったEの実力は日本の合気会でいえば初段相当のはず、三級試験にパスしたMのほうは一級くらいの体感だ。私は合気会三級だが、武器も自由技もからきし自習しておらず稽古日数も足りないから、AWAの審査基準では四級五級レベルか、合気会USなら五級六級まで下がるだろう。二級審査は、両肩(=胸?)取・後肩取・片手両手(諸手)取・前蹴りの呼吸投げ、両肩取の小手返し、肩取面打ち入身投げ、半身半立技を各種、両手取の腰投げ、正面打・横面打・胸突でそれぞれ自由技、杖と木剣の型演武を一通り。加えて三級以下の試験科目も抜き打ちで出されるので、立技と座技の固め技などもずいぶんやっていた。多いわ! 長いわ! 「気のテスト」では、胡座と直立の姿勢のまま二人掛かりで押したり引いたりされて「ブレない」統一体を試されていた。私は初めて見たが、流派によっては普段から鍛錬する項目のようだ。道場長にすべて記録動画を撮るよう指示されて、あっという間にスマホの充電が切れた。

ふと、おまえたちはいったい何の集まりなんだ、と訊かれること自体が、ものすごく久しぶりであることに気づく。コロナ禍以降、こうした人数規模でこうした飲み会をする機会が格段に減った。あったとしても、複数組のカップルだとか、あるいは日本人が多い集まりなどならば、一目瞭然、こんな不躾な質問は受けない。渡米直後、授業終わりに学割のきく店に多国籍グループで押しかけたりすると、「学生さんかい? NYUか? ああ、パーソンズか!」などと声をかけられることはあった。思わず推理して答え合わせをしたくなる、得体の知れないカタマリの、その一構成員である自分。懐かしい感覚だ。この街に住んでいると、ずっと「自分が何者であるか自己紹介をし続けなければいけない」ような強迫観念に襲われることがあるのだが、「あのアイキドーの奴ら」という雑な答えのハジッコに、最弱の白帯として無言で属しているのも、それはそれで楽しい。いや、みんなと一緒に早く上達して、黒帯も取りたいですけどね。通販で買った木剣と杖がそろそろ届く。


ハジの多い人生

Mine Has Been A Life of Much Margin
2014/2020 _ JP