ザ・インタビューズ転載日記(鹿賀丈史)

舞台俳優としての鹿賀丈史さんの魅力を、未見の人に「実際に観ればわかる」以外で伝えるにはどうしたらよいと思いますか? というのも、自分もその魅力に取り付かれてしまったのですが、観劇数の少なさと表現力の乏しさから上手く伝えることができず、日々大変歯がゆい思いをしております。というわけで、その筋では定評のあるokadaicさんに、ご意見を賜りたいと思った次第です。よろしくお願いします。

大好きよ、おにいさま!

大好きよ、おにいさま!



(ちょっと不機嫌そうな回答が続くと過剰に低姿勢な質問が増える、この連鎖、とても不毛なので、断ち切りましょうね。こちらとしても、一つ一つの質問と回答について雰囲気をリセットしながら書いていきたいなと思っておりますので。全然違う内容のインタビューがバラバラに並ぶように回答順を考えていたりもしますので。)

こんにちは、その筋では定評のあるokadaicです。ねーよ!!www どの筋だよ!!www とはいえ、鹿賀丈史クラスタの方が質問に加わってくださって嬉しいです。「やだ、これじゃあ私、石川禅とラミンカリムルーの専属みたいじゃない……? なんで誰も鹿賀様のこと訊いて来ないのかしら」と少し心配しておりました。物事にはバランスが大事です。

「舞台俳優としての鹿賀丈史のファンって、どいつもこいつも『テレビや映画とは全然違うんだ、観ればわかる』って言うけど、実際どうなの? 歌い方とかかなり好みが分かれるっていうし、不調のときは超ひどいらしいじゃない。そんな博打めいた観劇にS席1万3000円も払えないわよ、そこんとこ観ないでわかる方法ってないの?」というのは、非常に痛いところ突いてくる質問ですよね。え、質問者そこまで言ってないって? いや、言われるんですよ、日常的に、周囲からも。だって、でも、観ればわかるじゃん……としか……。

その筋で定評があるなんてとんでもないことで、私は中学生のときから周囲のあらゆる人たちに鹿賀丈史の舞台を薦めまくって、こんなに長い大行進をしているのにいまだに誰一人として折伏できていないんですよ。どうしてかなぁと反省しつつ、他人様に「舞台俳優としての鹿賀丈史の魅力」を薦める方法をつねに考えあぐねております。頭で考えれば「強制現場連行」が一番効果的な勧誘方法だと思うのですが、あんなにチケットが高価では、なかなか遂行できません。誘われて歌舞伎や落語などに行き、びっくりするほど安いお席でたっぷり堪能する機会が増えるたび、「でも、ミュージカルの三等席だと、ここまでのおトク感はないんだよなぁ」と思います。

代替として最初に思い浮かぶのは「舞台俳優としての鹿賀丈史をおさめた記録媒体を用いる」方法ですが、これにはミュージカル『ジキル&ハイド』のハイライトライヴ録音盤(2003)がよいと思います。世界各国で上演された非常に完成度の高い作品で、作曲家をして「世界一のジキル&ハイド役者」と絶賛せしめた主演の鹿賀様の歌声を存分に味わうことができます。え、ちょ、これがベストテイクなの、他になかったの!? とガッカリさせられる局面もありますが、おおむね鹿賀様のせいじゃないので目を瞑りましょう。なんといっても、大きな声では言えませんが、某世界最大動画投稿サイトに、曲ごとに全編アップされているのが大変素晴らしいですね! とにかくタダで布教できるというわけで、最初にそちらへ誘導することが多いです。「confrontation jekyll hyde japan」とかでぐぐると、一編を通して歌いながらジキル&ハイドの二重人格を演じ分けるクライマックスの曲が聴けます。

また、公立図書館の多くが『レ・ミゼラブル』赤盤のCD(1994)を所蔵していますので、そちらを薦めるというのも手です。とはいえ、原作を知らずミュージカルにも興味がないという人たちにアレを二幕ぶっ続けで聴かすのは相当な負担だと思います。帰省渋滞につかまった車中で場面解説をまじえながらノーカット再生したところ私以外の家族全員がアンチ・レミゼに転じたのは、今思えば大失策でした。10代はこの方法をしつこく続けながら一人も釣れず、豊富な記録媒体をばらまいて着実にお仲間を増やしている四季ヲタやヅカヲタたちからの冷ややかな視線ーー「フッ笑止、あんなチャラチャラした服着て料理バラエティ番組に出ているような輩が山□祐一郎様や石○幹二様に敵うはずもない」「譜面通りに歌えず踊れもしない男優なんてエンターテナー失格ね、主演が一人ではっちゃきになるなんて総合芸術として美しくないわ」という心の声が透けるようなーーを受けていたものです。ちくしょー! ちょっとビデオとか買えるからって調子乗んなよ、そこで笑ってるCB信者やTSB信者もだ!(※被害妄想であって実際に言われたわけではありません)

ちなみに、たまにテレビ番組に出演して平服でミュージカルナンバーを歌っている鹿賀様というのには私はまったく魅力を感じないので、いや、嘘、あれはあれで魅力的なんですけれども、やっぱりちょっと別物だと思いますので、ああいうものを見せながら薦めるのは、穴子重を食わせながら「鰻はもっと旨いぞ」と言うような卑怯さを感じてしまいます。これまた某世界最大動画投稿サイトですが、音楽番組でミュージカル『シラノ』の舞台映像が流れた後に、平服の鹿賀様が同じ歌を歌う動画があるんですね。声の調子はスタジオのほうがいいように聴こえますが、特殊メイクで大きな付け鼻をつけ、衣装とかつらをまとって完全に役に入りきった状態で歌う舞台映像のほうが、段違いに「魅力的」なのです。「takeshi kaga cyrano」でおぐぐりあそばせ。映画俳優としての鹿賀丈史に好意的な人を、トークで歌をつなぐ形式の「それぞれのコンサート」に誘うかどうか迷って結局やめたのも、そうした理由からでした。映画『実写版・忍たま乱太郎』を観に行ったときのほうが手応えを感じましたね、友人たちから口々に「あんなシーンのあんな歌い方だけでも、ものすごいミュージカル俳優を無駄遣いしている監督の愛とリスペクトが伝わる」と言われたので、じゃあ今後は『忍たま』DVDで布教するのが一番早いか……いやそれはどうなのか……と悩んでいるところです。

さあ、ディスクガイドに大半を費やしてしまいましたが、ほんの少しだけ本題。舞台俳優としての鹿賀丈史の魅力を、「生で観ればわかる」とと言うときの、生ではない鹿賀丈史との「差分」はどこにあるのか? という問いについて考えてみましょう。「観たことのある」私が、「観たことのない」人たちに向けて、何か言葉にできるとしたら、それはやっぱり「狂気」だと思います。演劇の形態にはさまざまあれど、舞台の板の上で「人間の器にはおさまりきらない感情」を演じさせたら、鹿賀様の右に出る者は、なかなかいないと思います。

「話の途中でいきなり歌いだし踊りだすなんて、滑稽だ」とミュージカルを小馬鹿にしているような人にこそ、鹿賀様の芝居を観てほしいですね。かくいう私も、「ああ、人間、嬉しいとか、悲しいとか、あれこれ感情が昂って、いきなり歌いだしたり踊りだしたりしたくなる気分のときって、あるよね。実際には歌ったり踊ったりしなくても、多幸感に身体が震えたり、物にあたったり、地団駄踏んだり、『嗚呼!』と感嘆符を叫んだりすることは、あるよね。言葉を歌にのせ、音楽で台詞を伝えるミュージカルって、つまりは『あの心情』を一人だけのものにせず、みんなに見えるかたちで描くということなんだな。ストレートプレイでもたまに突然わけのわからない動きが入ることがあるけど、演劇が人間を描くって、つまりはそういうことなのかもしれない」……と気づくまでに、ものすごく長い時間がかかりました。そもそも、最初にそのことを気づかせてくれたのが鹿賀丈史という舞台俳優だったから、私はこの人のファンであると公言し続けているのです。

映画やテレビドラマで「普通の人(や宇宙人や怪物)」を演じているときの鹿賀丈史は、そういう意味では、パワーの出力を抑えて「人間(や宇宙人や怪物)の器におさまる程度の喜怒哀楽」を演じているのだとも言えます。もちろん御本人は一つ一つの役柄に全力投球なさっているのでしょうが、それとこれとは話が別なのです。舞台の上でこそ、出力100%超の鹿賀丈史が見られる。それは一般の人からすると当社比200%以上のパワーであって、何をどうしても、一個の役者の器からは漏れ出てしまう。たとえば善悪の二重人格を演じ分けるときに善人の貌のほうにも「狂気」が感じられたり、ラブシーンなのに眼前の生身の相手役ではなくもっと遠くの何かを見ているような「孤高」の虚ろさがあったり、とにかく過剰です。その、ほとばしるもの、あふれ出るものーー初めて観た人が表現しようとするときよく使われるのは「オーラ」という言葉ですねーーを味わいたかったら、ぜひ劇場へどうぞ、ということだと思います。

声楽家と比べたときの声量や歌唱力はそこそこ、ダンスはNG、滑舌も良いとは言えない。その演技スタイルはけっして万人受けするわけでもないので、時に「顔で歌うなよ」などと批判されたり、加齢による衰えが過剰に指摘されたりもする。だけどね、そんなことじゃないのですよ。生まれながら立ち位置はド真ん中センター、主役を演じるためだけに在るような役者、日本が世界に誇るスーパースター舞台俳優の一人だと思います。映画やドラマでほどよく調整をかけて「名脇役」を演じているあの姿と、お金を払って舞台に通い詰めているファンから伝え聞いた証言だけで、この御方の真価を見抜こうというのは、なかなかに難しいと思いますよ。だから結局、「魅力的なところも、そうでないところも、実際に観ればわかるのに……」としか言えなくなってしまうのです。