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2020-06-27 / 慣れるまでにはもう少し

まずは恒例のサイト更新報告。WordPressバージョンアップに伴いcssを整理し、メニュー欄を見直し、お問い合わせとメディアキットのページを作成。日記コーナーに過去記事からのよりぬき欄をもうけました。「最新の数件以外はわざわざ読まなくて構わない」という閉架式の心理状態をデザインでも示してきたのだが、さすがにあまりにも掘りづらかったので、何かの足しになればと。「売らない文章」を自分の手元でどうやって陳列するかは長年の悩みどころですが、またちょっとずつ増改築を続けていきます。

もうあまり更新する気のないウェブサイトをずっといじっているのも不思議な気分だ……と、未曾有未曾有の連続で、このところ、なんでもかんでも「不思議な気分」と言って片付けてしまう自分がいて語彙力が危ういですが、皆様お健やかにお過ごしでしょうか。

「上半分と下半分」分離したこの感覚を、継ぎ合わせられるだろうか
https://www.asahi.com/and_M/20200525/12140576/

私の近況は、雑誌『GQ』や『WE MUST GO ON』、朝日新聞「&M」の「コロナ・ノート」に寄稿した記事の通り。新型コロナウィルス感染拡大の影響を受け、例年通りの日米往復生活を続けるのは難しいとの判断から、3月半ばに一時帰国して、今現在も東京に長期滞在しています。この3ヶ月間、家に引きこもって何をしていたかと問われれば多くは「過去と向き合う」時間で、パンドラの段ボール箱をいくつもいくつも開封しながら、奥底の「希望」を探すには、まだもう3ヶ月くらいは欲しいところ。


最後に「人と会う」をしたのは3月27日。昼公演でミュージカル『アナスタシア』観て、千早茜さんとごはんを食べた。もう遠い昔のようです。金曜日の出来事で、その週末は東京に雪が降り、緊急事態宣言も発令されるというのですべての人と会う予定が吹っ飛んでしまった。今日は3ヶ月後の6月27日で、吹っ飛んだ予定のお相手の一人、紫原明子さん主催のオンラインサロン「もぐら会」のイベントにお邪魔した。『もぐらの鉱物採集』購入時に「お話会」への参加権を買ったので、一般客である。今度「もぐら談話」にゲスト出演するのは、その後に決まったこと。

11時スタートで15時おひらき、車座になって20名の参加者がひたすらぶっ続けで順番に「自分の話」をし続ける、みんなでそれを聞く。本当に素敵な会で、私が5月から始めているプロジェクト「哲学対話茶会」で到達したい境地、「安心安全で対等な、まったく新しいおしゃべりの場」は、もうすでに生み出されていたと思い知らされた。これじゃん。これです。「きっと、僕らの夢を完璧に成し遂げてくれるシンガーが出てきたら、僕はギターとマイクを置いて、そいつの歌に夢中になってるかもしれない」(THE BOOM「手紙」)ですよ。僕はただ、対話を愛していたいだけだ、哲学対話にこめかみを撃ち貫かれたいだけなんだ。

【もぐら会】は、他者との会話を通して、自分と世界とを“自分自身で”掘り深めていくための集まりです。長い人生をより心豊かに、より肩の力を抜いて生きていくための自分と、その仲間とを、見つけられるかもしれません。

https://community.camp-fire.jp/projects/view/134297

その後、有志が1時間ほど雑談をして会は解散。その後、打ち合わせというテイでハッピーアワー。明子さんと同じこと、やってみたいけど、なかなかできないんだ、という悩み相談に乗ってもらう。私の「哲学対話茶会」は諸経費の自腹を切って参加費無料で続けているが、毎回参加希望者が定員を超えてしまい、なんとも据わりが悪い。これは都度都度ちょっとはお金を取ったほうが健全な運営になるんじゃないか、と考え続けている。一方で、主宰の私からのサービスやアフターケアをいっさいしない、現地集合現地解散の「反サロン」スタイルを貫くのが、このプロジェクトにとっては「正しい」気もするのだ。金銭の授受を発生させながら、今のこの素っ気なさを持続していくことは可能なんだろうか。

実現したいのは、野外フェスや抗議デモの場で、そこに居合わせた同じ目的の見知らぬ人と会話するときの親しみ。そして、いつぞや過剰接客してくれた店員が次行ったら自分のことをまるきり覚えていなかったときの、少しの落胆の裏にある圧倒的な気楽さ。あるいは、常連客よりも新規客のほうが多い場末のスナック。そんなものあるのかって? 「もぐら会」は月額一万円払ってる会員からこの日限りのゲストまで、みんなフラットな関係性を築けているように見えて羨ましかった。私だって紫原明子ママや馴染みの仲間に話を聞いて文章を読んでもらえるスナックがあったら、そのくらいの金額かけてボトルキープをすると思うんだよね。


それはそうと、3ヶ月間、歯医者と美容院を除いて、近所の商店街へ買い物に出かける以外はまったく外出していなかった。一度にたくさんの人と会うイベントは本当に久しぶりで、朝から子供みたいに緊張していた。まず何を着て行ったものか。何しろ4月中には帰るつもりでスーツケース転がして来たので、靴下や長袖カーディガンはたくさんあるのに、夏服の持ち合わせがほとんどない。風呂に入れば身体の洗い方がわからなくなり、鏡の前では髪の梳かし方がわからなくなり、水とハンカチとPASMOと名刺入れを忘れないように、何度もカバンの中身を確認する。

さりとて、人恋しさもあんまりない。コラムにも書いたZoom結婚式、演劇や音楽をはじめとする各種ライブパフォーマンス配信、そしてオンライン哲学対話など、ビデオチャットでのミーティングにすっかり慣れてしまったから。もともと引きこもりで、いざ社交するとなると人並み以上の労力を割く羽目になる私。もうリアルでの「打ち合わせ」や「飲み会」なんて絶滅してしまっても困らないんじゃないか、くらいのことをぼんやり考えている。ま、それでも人に会いたくて、出かけていくんだけどね。


昨日は高野寛のライブ配信を観て、今夜は高橋徹也のライブ配信を観て、連日連夜、東京はすごいなぁ、と思いつつ、この凄さは東京でなくとも、地球のどこに「うち」があっても、楽しめてしまうものなのだった。自粛期間明けのスターパインズカフェで一曲目に「My Favorite Girl」を歌った高橋徹也が、まんをじして下北沢leteでのソロワンマン、予期せぬアンコールで同じ「My Favorite Girl」を歌い、二度も出だしに失敗するのを驚きと微笑みとともに眺める。この曲には、こんな歌詞がある。

新しい僕の暮らし なんとかサマになってきた
慣れるまでにはもう少し 時間が要るみたい

leteでの高橋徹也ワンマンには何度か行ったことがあるけれど、こんなにたくさんのファンと一緒に、演奏中にも感想を語らいながら観るなんて、現実では起こり得ないことである。でも、現実のleteには収まりきらない人数で同時に観ている強めのエコーがかかったそのライブは、紛れもなくleteのあの、密な空間のものなのだ。すべてが懐かしく、すべてが新しく、何もかもリハビリのようにぎこちなく、でも、こうとしか進まないでしょ、という顔して日々は過ぎていく。