2016-11-28 / フィラデルフィア変態屋敷

11月25日から二泊三日でフィラデルフィアへ行って来た。宿だけ取ってチケット買わずに行ったのだけど、ペンステーションの窓口で発券するなり「この列車、あと2分で発車するから急げ! 乗り遅れるぞ、走れ!」と言われて、いきなりホーム(遠い)まで全力疾走させられる羽目に。そんなギリギリの切符売るなよ、と思うのが日本人感覚だが、まぁ間に合ったのでよしとする。特急で1時間半くらい。
初めて行ったフィラデルフィアは、想像以上に「古都」という感じだった。その名も「Old City」という地区が観光の目玉で、ガラス張りの施設に保管された独立宣言&奴隷制廃止の象徴であるリバティ・ベル(自由の鐘)とか、墓所の柵の外から覗き込んで賽銭を投げられる仕組みになっているベンジャミン・フランクリンの墓とか、はたまたベッツィー・ロス・ハウスという「星条旗を初めて縫ったババァの家」(※真偽不明の伝承)などがある。とくに三つ目の so what 感がものすごい。どこも大人気で見学者が大行列をなしているのだが、そこまでの愛国者じゃないので遠巻きに眺めて退散。街の土産物屋には「アメリカ建国ものがたり」「いえるかな? 大統領のなまえ」みたいな絵本やポストカード、歴代大統領の顔をかたどったマグカップやピンバッヂなどが売られているのだが、何を見ても「そのうちこの中にドナルド・トランプのグッズが混じるのかよ……」と暗澹たる気持ちになる。ただ、Penn’s LandingにあるThe Irish Memorialのブロンズ像は、この手の記念碑の中ではかなりよい出来で見応えがあったな。星条旗よりも「名も無き移民」を讃えるモニュメントにグッとくる。
シカゴよりさらに小さく、ボストンから学術性の高さを抜いた、「普通の地方都市」としか形容しようのない街並み。これからアメリカ国内旅行を続けるごとに、これ以上ないと思われる「普通」が、ますますどんどん「普通」になっていくのだろうな、と予想させる街並み。観光するべき場所はたくさんあるので旅行者目線だと「退屈」とは思わないのだけど、もしここに生まれ育ったら早く出て行きたいと思う街ではあるよな、と思う。名物のチーズステーキを食べて、街で一番オシャレだと評判のMenagerie CoffeeやらP.S.というビーガンカフェやらの店構えがなんとも「ニューヨーク風」だったことに少々がっかりしたりして、アイリッシュパブでビールを飲んだり、イタリア料理やイギリス料理を堪能したり。


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それ以外、何をしていたかというと、二泊三日のうち二日間ほとんどを、バーンズコレクションで過ごしていた。残りの時間はフィラデルフィア美術館とロダン美術館で過ごしていた。フィラデルフィアへ行ったというより「泊まりがけで美術館へ行った」という形容がぴったりの旅だった。行く前までは「えー、私、印象派とかぽわぽわした感じの絵って苦手なんだよねー、マネ以外いいと思ったことないよ」と大変消極的な姿勢だったのですが、いやはや、バーンズコレクションはすごいですね。圧巻です。変態蒐集家の執念を感じる。特定ジャンルに苦手意識を持っている人ほど見に行く価値がある。よその美術館で一点か二点くらいフランス近代絵画を見てもフーンとしか思えず全然ピンと来ないの、あんたのせいじゃないですか! いい作品ほとんどあんたが自分ちに飾って非公開にしてたからじゃないですか! とツッコミが止まらない。
やはり、「個人美術館」の良さと、「邸宅美術館」の良さと、「特別企画展の常設」みたいな良さとを、すべて兼ね備えているのが素晴らしい点だと思う。たとえば大英博物館などへ行くとあまりの物量に「なんでもかんでも盗品ぶんどって並べればいいってもんじゃねーぞ」と思ったりもするわけだが、バーンズコレクションの場合もはや「ルノワールさんちでかわいくしてもらえた子はみんなバーンズさんのお屋敷へお嫁に行けるのよ」という『ミネハハ』みたいな話なので、本人たちが幸福ならそれでいいじゃないか、という気分にさせられる。屋敷全体が美しい人間の営みを一つ一つピンで留めていった昆虫標本みたいなんだもの! まぁ合間にスーチン作品とか挟まってるし怖い部屋はマジで怖いのですが。細かく区切られた小部屋に一面びっしり並べられたレイアウトの一つ一つにオタクの狂気を感じて、本当に、良さしかなかった。そして、もののついでみたいに置かれているジャックリプシッツの彫刻が、どれも本当によかった。後からあれこれ調べたけれども、やっぱり私がよいと思うものはほとんどがバーンズコレクション所蔵だったという。おまえ本当そういうとこある。
一日目にバーンズ観たあと、二日目にフィラデルフィア美術館観て、三日目またバーンズに戻ったのだが、二日目の「大衆に開かれた美術館」を巡っているとき、明らかに己の絵画鑑賞ヂカラのステージが一つ二つ上がっているのを感じた。一日目に「ガチオタの変態屋敷」で得た近代絵画への知見が即効で活かされている。それがいい効果なのか悪い効果なのかわからない。ただ私はもう印象派を見ても「苦手」だなんて思うことは二度とないだろう、というほどに蒙きを啓かれた。そして「バーンズさんのように、周りから何を批判されようがガン無視して引きこもり、己の城を築いて好きなものにだけ囲まれて幸福に生きて死にたい」と思いました。こんなお屋敷と比べたら、私は自分の家に、まだまだ嫌いなものが溢れているよなぁ。断捨離しましょう。
そういえば、元のお屋敷から市内中心部へ移転するとき、コレクションの移設は故人の遺志に反すると激しい反対運動もあったらしいのですが、新しい美術館の建物自体もとても高潔で居心地のよい空間だったと思う。ちょっと鈴木大拙館を彷彿とさせるような、水に浮く墓標。


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