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2023-04-08 / ごらんよ空と鳥

4月6日からBlueskyを始めた。2月末からwaitlist申請を出していたけど、どうも4月5日前後に大量のinvite codeが撒かれたみたい。ちょうど日本ではミートアップもあって盛り上がっていた様子、今朝見たら破竹の勢いで10000ユーザ突破したとのこと。そのうち1000くらいが日本語圏ユーザらしい。まぁ、Twitterの凋落と無関係ではなかろうな。まだ本格的に使えてはいないし、今すぐTwitterの代替にするつもりもないが、みんな口々に言う通り「ちょうど2007年頃のTwitterみたい」なのが楽しい。「Twitterと同じ使い方ができる」クローン的なサービスではなくて「昔のTwitterと同じ空気が吸える」場所を探していたのだなと実感する。

一度に300字フルで書けるのでストロークがおかしなことになり、日英併記投稿とか、あれこれ試している。外国語圏の人たちはワンクリックで自動翻訳にかけながら読んでるみたいだが、Google翻訳に飛ばされるだけなのでくだけた日本語は誤訳も多い。飽きたらやめるかもしれないけどせっかく300字書けるならTwitterと別の使い方をしてみたい。これも十数年前に「続)」という記号を発明した頃のことを思い出す。よかったらフォローしてみてください。アカウントは「 @okadaic.bsky.social 」です。


4月4日におめかしして『Shucked』観て、4月6日の夜によそゆきで『PARADE』観て、4月7日は夕飯抜いてすっぴん普段着のままバタバタっと『LIFE of PI』に駆け込む。ものすごくよかったけど連日観劇で連日感想は書けないので、また改めて。とか言いながら、今夜は食後に日本から送っていただいたWOWOW放送版『ジェイミー』(髙橋颯version)の映像を、辛抱たまらず鑑賞してしまった……いやはや、石川禅しか勝たんのよ。ヨッ、うちの推しちゃん世界一!! で、これも感想書きたいんだけど、明日はなんと、日付を間違えてチケット取ってしまった『猟銃』を観に行く……当初2本だったはずの観劇予定が映像入れたら5作に増えた、なんでだ。3月後半の観劇を控えていたとはいえ、さすがにこのペースは生活に支障を来たすので打ち止めとしたい。課題図書と課題映画が山と積まれていてやべえ。合気道とジムをサボっているのもまずい。

そしてまた、仕事の告知もまったく滞っている! 発売中の『山崎実業アイデアBOOK』と、積水ハウスの広報誌『きずな』にそれぞれエッセイを寄稿しています! 読んでね!

HMARTで買った新しい細めの中華麺で上海風やきそばを作ったらいい感じ。ネギとショウガと酒とオイスターソースとしょうゆだけ。レシピにはモヤシとニラを入れろと書いてあったが、どちらも日本ほどお安くは手に入らないので、キャベツと干しエビを入れた。次作るときはタマネギ入れよう。夕飯はデリバリーでワカモレとタコスとカルドデポヨ(チキンスープ)。

天候は、5度まで下がる日があったり25度まで上がる日があったりまだまだ安定しない。ニューヨークはそろそろ桜の開花時期のはずなんだけど、近所にないので様子がわからん。花見にはまだちょっと寒い。まだフリースを部屋着にしている。Blueskyがどうなるかもわからんけど、Twitterから少し距離を置いているのはやはり精神衛生によいようだ。天気がどうだとかごはんに何食べたかなんて私はTwitterには滅多に書かない。でも本当はそういうことを書いたほうがいいのかもしれない。


仕事でちょっと試したいことがあって最適解を探したら、意訳すると「ブロックエディタ(仮)にクラシックエディタ(仮)を並走させる専用プラグイン(仮)を入れろ」と言われたので悩んでいる。いずれ必ず新版に移行せねばならない(そしてその書き換え工事だって自分でせねばならない!)ようなものは、よほどのことがない限り「旧版」に繋ぎ戻すような仕掛けは噛ませたくない。合理的でないのはわかってるけど、動作安定のためにダウングレードするくらいなら最新版でバグと付き合ったほうがマシ、という気分がずっとある。こういうの、危機意識でもモラルでもなく、何と言うんだろうね。美学? 生きざま? 

そういえば先日、骨董屋で買ってお気に入りだった70年代ビンテージのベッドサイドランプを断捨離した。イタリア製なので電源とるのに変換プラグが要るのと、いくら探してもちょうどいいサイズのLED電球が見つからないのとで、ほとんど点けずにオブジェとして飾っていたものだ。買ったのは6年前で、昨秋ふと「このランプはもうどうあってもアップグレードできないのだ」と気づいてしまい、そしてIKEAでさほどかわいいとも思わないが邪魔にもならないランプを買って置き換えた。半年家を空けて帰宅して、先に点けたのは新しいIKEAのランプだったので、古いほうのランプを処分した。せめて追加備品無しに作動すればよかったんだけどね、とボヤキつつ、私もそのうち加齢でどこへ行くにも歩行器や酸素ボンベやステントなんかの重装備が手放せなくなって、IKEAみたいな若者に「あれじゃ使えないでしょ」と囁かれるようになるんだぜ。

わざわざ好き好んで古いものを厳選して買ったのに、いつしか「最新版」の誘惑に負けてそれを手放す、その繰り返しは、まるで美学なんかじゃないと思う。頭から被れば5秒で着替えが終わるような洋服をたくさん持っているのに、出かける前に二時間近く身支度に割かねばならない着物を買い集めているのは、なんだか矛盾しているよな、とも思う。新しく出るMac Book Air、全スペック積むとおいくらになるのかしら、とまだ動くMac Book Airでウキウキ調べながら、予価を算出して「いやいやいやちょっといい着物が誂えられちゃうじゃん!」と声が出つつ、でも着物は古いものだから古着でしか買わんのですよ、キーボードが物理的にガタピシ言い始めたMac Book Airの買い換えとは違うのですよ。自分でも何書いてるのかわからなくなってきたぞ。

私はきっと、私自身がつねに新しくあれるよう、いろいろなことを試している。新しいものを買ったり古いものを買ったり、誰かが捨てた古いものを新しく買ってまた捨てたり、古いものを咀嚼し続けながら新しいものをつまみ食いしたり、それで結局「古いものが一番ね」と声に出して言いながら、朝までに勝手に自動アップデートがかかるようにマシンを設定してとっとと寝たり、そうした作業時の上書きで大事なデータを失ったり、でもそのことで自分が死ぬわけでもなかったり。未来に向かって年をとるのは構わないけど、でもせっかく慣れた画面をクラシックエディタ(仮)に戻すのはイヤだな、と思って、往生際悪く抜け道を探している。


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