2024-06-17 / 北欧旅日記(07)ストックホルム1日目

目を覚ますと3時53分で、もう外が明るい。スマホを手にして地図アプリで位置情報を確認する。陸地を指しているので驚いて地図を縮小すると、ちょうどオーランド諸島のマリエハムンという都市にかかるところだった。航路の半分以上は来ているが、まだフィンランド側。水分補給して二度寝する。次に起きたのは6時半頃で、もっと外が明るくなるかと思いきや、曇天であまり変わらない。8時頃に朝食を摂りに行くことになり、それまでは船窓から外を眺めたり、デッキに出たり。ベンチが濡れているので夜のうちに雨が降ったことを知る。

雑に描かれた地図で見ると「海沿いの陸地の際」と感じられるストックホルムだが、実際にはものすごく入り組んだ地形の奥のほうにある。よくよく拡大して正確な地図を見てみると、ストックホルム群島は派手に砕け散ったガラスの破片のようで、10時前に港に到着するまで、船はその無数の破片を慎重にかき分けて中心へ進んでいく。視界にはつねに人間の息のかかった陸地が見えるので、就寝前に島影も何も無い海を眺めていたのとはずいぶん印象が違う。ただ、船が立てる水紋以外には波も無く静かで、あと数時間で大都市に着くとは思えない光景だ。市内中心部も14の小島で構成されていて、運河が名物とのこと。

朝食は、イタリアンレストランの店内を使ったバイキング……いやビュッフェ……違う、ここがもうスウェーデンなら、スモーガスボード……? でも、イタリアン……? とにかく食べたいものを食べたいだけ各自が取って食べる形式。今回の旅行、家庭料理をふるまわれる機会もなく、大人二人だと軽食で済ませがちなので、「これぞスモーガスボード!」という体験はせずに終わるだろう、こういう機会に堪能するぞと、ヘリングやハムなどそれっぽいものを多めに取ってみる。音に聞く「チューブからキャビア(=タラコ)しぼり放題の台」を初めて見た。愛媛県のみかんジュースが出てくる蛇口みたいなやつ。これはたしかにスモーガスボードっぽい。

10時到着と聞いていたが、9時半頃には「もう着いたよ」とアナウンスがあり、荷物を携えて下りてみると、搭乗口のあるショッピングモールの通路にはとっくに長蛇の列が形成されていた。みんな一刻も早く下船したいのである。かと思えば、ギリギリまで甲板でのんびり海風を堪能しているカップルなどもいた。どちらも、本当にこの船で隣国と行き来するのに慣れてるんだな、と伝わる光景。月曜朝、家へ帰ってから午後出社する親御さんなどもいるのだろうか。

みんな階下に車を乗せていたり、あるいは家族が車で迎えに来ていたりして、船着場からタクシーに乗る旅行者は我々くらいだった。事前に調べた相場より少し高いタクシー代を払い(別にぼったくられたわけではなく物価が上がっているだけだろう)、市内中心部にあるホテル「Diplomat」へ。まだ部屋がないので荷物を預け、軽装で街歩きに出たのが10時半。

正直言うと、長旅の中弛みでちょっとダレてきたところがある。この日は積極的に観光地を巡るというより、夫婦二人で休み休み「この後の数日間をどう過ごすか」をすり合わせるために時間を使った。もののついでに街並みを見て回った、という感じだ。王立公園から王宮まで歩いて遠巻きに眺め、スターズホルメン島の旧市街ガムラスタンをぐるりと歩いて「ああ、ガイドブックに載ってたのはここか」「北欧のヴェニス、なるほどねえ」と教科書の答え合わせをするようなベタすぎる観光をする。細い路地の先に海が見えても行き止まりでも面白い。

街中に平然と「竜を退治する王」の銅像などあるのがフィンランドとはまるで違い、さすが君主国という印象。王子、騎士、竜、魔法使いといったファンタジー要素に特化した土産物屋などが王宮のお膝元にある。文化圏の異なる近隣国から遊びに来た中二病キッズたちは大歓喜であろう。合間にパッと目についた喫茶店で大したことない味のアイスティーに観光地価格を払い、また王宮を通りがかったらちょうど衛兵の交代儀式をしていたので見物して、翌日以降に観て回る予定の美術館のある島へ渡って土地勘だけを得て、13時の鐘の音を聞く。「まだ13時か……」という疲労感がある。

王宮と大聖堂と広場を中心に水と緑にあふれ、伝統的な街並みをきちんと保存している、絵に描いたような君主国の首都、それに「いかにもヨーロッパ的で素敵!」と感激するか「ああはいはい、わかるわかる」とテンション下がるかの分かれ目、いったいどこにあるのだろう。飛行機の発着地がストックホルムだったらニューヨークとの大違いにはしゃいだはずだが、旅程のなかほどに置かれると、新規性より既視感に目が行く。先に断っておくと、この後に行った図書館は素晴らしく、翌日は美術館や王宮博物館を観て、セーデルハイムまで足を伸ばし、最終的には「いい街だなぁ!」と認識が改まった。あくまで第一印象の記録である。

低めのテンションで無目的に北側を目指す。朝食のスモーガスボードをはりきりすぎたので昼食を摂る気にもなれない。とはいえ、エステルマルム地区を歩いてÖstermalms Food Hallの中へ入ると俄然テンションが戻る。ミシュランの星取った高級店より魚市場併設のフードコートでシャンパン&オイスターのほうが楽しそう、夜また来よう、ということに。グルメストリートを歩き、「遠くにあると思ってた図書館、案外近いのでは?」と気づいて、そちらへ進路を取る。

これも先に書いておくと、我々が絶対に観に行くぞと思っていたのはオデンガタンにある「ストックホルム市立図書館」であり、エステルマルムの公園敷地内にあるのは「スウェーデン国立図書館」、まったく別の建物であった。入館して一通り見学してから「あれ、アスプルンドの360度書架、ここには無いじゃん?」と気づく。下調べが不十分、いかにも長旅の中弛みという感じ。

とはいえ、国立図書館もこれはこれで素晴らしい建物であった。外観や一階の閲覧室こそ古風だが、ガラス張りの吹き抜けで地下に降りる構造となっていて、コレクションの大部分はそちらに格納されている。過去に幾度も蔵書が焼失した紹介から始まり、伝統と格式はそのまま、最新技術で堅牢な知の保管庫をこさえました、というプレゼンテーションにグッとくる。静かに自習する利用者のほか、観光客の見学にも慣れたあしらいの職員たちが立ち働いている。

ちょうど一般公開されていた目玉展示は、別名「悪魔の聖書」と呼ばれる、中世期の現存する最大の写本『Codex Gigas』(ギガス写本)。13世紀初め、修道僧が罪滅ぼしの苦行として「一晩で完成させた」との伝説が残る写本だそうだ。「ジェバンニが一晩でやってくれました」案件である。現在は科学分析が進んで実際は20年以上かけて制作されたと推定されているそうだが、伝説では「真夜中に悪魔に魂を売って離れ業を成し遂げたので、御礼にその悪魔の絵を描き添えた」と言われている。死神はりんごしかたべない。

この悪魔の絵がかなりかわいい。他のページの装飾も非常に美しい。ガラスケースに納められていて直接触れはしないが、横に置かれた大型タッチパネルディスプレイで全ページの精細な画像を好きなだけめくって読むことができる。世界中の古文書を全部こうやって見られるようにしてほしい。しかしながら説明書きは「三十年戦争でプラハを侵略した1648年にストックホルムまで持ち帰ってきたよ」とドヤっている。略奪戦利品かいな。知り合いに「欧米人が自国の文化だと言い張るもの、起源と発祥は全部チェコ!」と主張するチェコ人がいて、ドイツビールはチェコ、カウボーイのチョッキもチェコ、ボヘミアンガラスはヴェネツィアンガラスより古い、ミュシャはフランス人ではないのでムハと呼ぶべき、などなど小うるさいのだが、これはまた新しいピーター激おこ案件だわな……と笑う。悪魔の聖書もチェコ!

で、グンナール・アスプルンド設計の「ストックホルム市立図書館」は全然別の場所にあるじゃないか、というわけで、そちらをハシゴすることに。一般的には公共交通機関を使う距離ですが、ここもまた徒歩。オデンガタンはかなり高台にあり、エステルマルムから歩いて行くとぐいぐい海抜が上がっていく地形がわかって面白かった。Tegnérlundenという坂道を上りきったところにある公園や、Observatorielundenという天文台のある丘の公園などに寄り道しつつ歩く。後者は遊具があってちょっと児童遊園みたいな感じだが、前者は大人が日向ぼっこしている。というか、布面積があまりに少なすぎるビキニ水着のまま私物をちりばめたレジャーシートに寝そべってしどけなく午睡にいそしむ若い女性などがいて、「ち、治安がよろしい……」と「あと一歩で公然猥褻罪では……」が半々。景色を撮ったつもりの写真にも写り込んでいた。大丈夫、履いてますよ。

坂道を上り下りする途中、Fabriqueというチェーンの喫茶店で、カプチーノとカルダモンロールとグラノーラバー、昼食代わりの15時のおやつ。大手チェーンには極力入るまいと思っていたのだが、やる気ないとき適当に買ってそこそこ美味しいおやつが食べられる喫茶店で大体の相場がわかる。物価は高く感じるが、カルダモンロールがすこぶる美味かった。ニューヨークの喫茶店ではペストリー売ってても買う気にならんもんな。

朝から歩き詰めでかなり疲れていたのだが、市立図書館の「知識の壁」という名称の360度書架はとても静かで過ごしやすい場所だった。イタリア旅行で訪れた各種ドゥオーモなども想起しなくはないのだけど、比較するとあの手の宗教施設というのは荘厳さと空虚さのバランスが絶妙で、正直なかなか長居しづらい。こちらは蔵書に囲まれて大時計もある機能的な公共空間ゆえの過ごしやすさ。クラシックな鉄道駅で寝台車か何かを待つ休憩所みたいな憩い方をする。読書が心の旅だとするなら図書館が駅舎と似ていてもおかしくはない。円形で天井からの自然光を見上げて瞑想できるという意味では、ヘルシンキのテンペリアウキオ教会や、あるいはアアルト自邸の灯り取りの丸窓なども思い出させる。なるほど後続の北欧モダニズム建築への多大な影響を把握した。

ドームに籠もる熱気をお世辞にもグッドデザインとは呼べないスタンド式の扇風機で飛ばしながら、貸出や返却やリファレンスがきびきび稼働する、ごくごく普通の図書館でもあり、そして我々のような観光客が(スウェーデン語の図書など読めもしないのに)ひっきりなしに訪れる俗っぽい名所でもあり、トイレの利用は有料だったりする。知の殿堂という印象があったヘルシンキのoodiとは別の意味で「近所の公立図書館がこんなだったら誇らしかろうね」と感じる。お国柄も出ていると言えるのかもしれない。日本文学の現地語翻訳版のほか、日本語の蔵書(Japanska)もいくらかあったが、文芸中心でセンスは悪くないものの不思議な嗜好の偏りがあり、おそらくはかつて在住していた特定の日本人が自分の本棚をまるごと寄贈した名残だろう。

宿まで帰ると16時前。Diplomatはストックホルム市内で最高級の宿、セレクトはもちろん夫のオットー氏(仮名)。二泊するにはもったいない豪華さの宿だが二泊以上すると気圧されそうでもある。手動で扉を閉めるエレベーターのまわりを幅の狭い螺旋階段がぐるりと取り巻いている。部屋にはもちろん、共有スペースにも立派なマントルピースの暖炉があり、現役で使われていても驚かない。建物は島と島とを密に結ぶ運河を眺められる目抜き通りに位置していて、冬、すっごい寒いだろうな……と想像が及ぶ。

荷解きをしてお茶など淹れて一服して、態勢を整え、夜の街へ繰り出す。といっても、白夜(仮)なので晩ごはんを食べて戻ってくるまで街の明るさが変わらないのにも慣れてきた。雨の船中泊から始まったこの日は曇天がすっかり晴れ、夕方のほうが戸外を眩しく感じる。こうした気まぐれな太陽光に一喜一憂せずマイペースに予定をこなすのが疲れを減らすコツ、だと思う。

昼に立ち寄ったエステルマルムのフードコート、きっと夜のほうが雰囲気よいだろうと思いきや、ガラガラに空いていて、ちょうど閉店間際だった。魚市場なのだから朝早くて夜早いのも当たり前。このあたりも普段なら用意周到に事前チェックするところだが(主には夫が)、図書館の取り違え然り、下調べのまずさが疲労困憊を体現している。

同じ通りにあるワインバー「La Petite Soeur」(会計のレシートを見たらIngmar Bergmanの名を冠した通りに面していた)で軽く飲んでから、「おいしい魚料理が食べられる大衆食堂みたいな店があるといいね」と探して「monrad’s」という店を見つけ、歩いて目指すことに。旗艦店はまったく大衆的でない高級レストランらしいが、市内に何店舗かあるうち、エステルマルムにあるのは「デリカテッセンの脇で酒が飲める」というようなカジュアルな店構えで大変よかった。三種の燻製ニシンとクネッケを前菜にワインを飲み、本日の魚料理、鮭か鱒のようなものをヨーグルトソースで仕上げた一品で飲んだくれる。

歩いて宿まで帰る途中、「Stikki Nikki」というジェラート屋でラムレーズンを食べて帰る。店に入るとき、ちょうど恰幅のよいおじさん客が出てくるところで、絵に描いたようなずもーアイス(※わからない人は『ファイブスター物語』を読もう)を片手に「な、すっげえのよ、すっげえ盛られちゃったのよ、嬉しいけど食い切れっかなコレ」みたいなことを英語の早口で我々に聞かせるようにボヤくので、うちは夫婦二人でワンスクープにした。それでコレです。

ストックホルムの所感いかがですか、と夫のオットー氏(仮名)に尋ねると、第一声が「カモメが居ない!」であった。オスロやヘルシンキでは街の中の中の中、鉄道駅や商店街はもちろん飲食店の中庭にまでカモメがずけずけ侵入してきていたが、島と島を運河で繋ぎつつ無数の橋の上を人が行き交うストックホルムでは、その構造のためか、海辺もカモメが少ない。けどまぁ、居ないわけではない。とはいえたしかに、水辺に面した王立公園の銅像の頭が糞だらけ、といった光景は見かけず、それは隣国二国とは大違いである。もしかしたら金モール装飾の軍服を着たスウェーデン王立お掃除隊とかが時間制で厳しく見張りつつせっせと拭いてるのかもしれない(偏見)。

第二声が「街並みがキレイすぎる!」であった。「市街地に外壁の汚れた建築物が一つもない。どこもシミや剥がれの一つもなく綺麗に塗られていて、季節変化の激しい土地柄でこれは並大抵のことではない。ガムラスタンも、旧市街なのに古びて朽ちかけのところなどなく全体がテーマパークのようだった。他のエリアでさえ、バス停や電柱や公園のベンチなどがグラフィティやタギングに汚されていることがなく、持ち主不在で荒廃した空き物件なども今のところ一つも見ていない。正直ちょっと怖いくらいである。オスロもヘルシンキも美しい街ではあったけど、しかし、ストックホルムの環境美化政策はレベルが違う。おそらくは、外壁塗装や窓拭きなどを怠った市民にものすごい罰金が課されていたりするのではないか?」と言う。

私はそこまで違いを感じなかったが、言われてみれば、たしかに。ストックホルムはCO2排出量や化石燃料を減らす先進的な取り組みや、家庭ゴミ再生率の高さなどで知られる高度に発達した環境都市ではある。住民の「意識の高さ」が街並みにも反映されているのかもしれない。どこかの橋の欄干にはラクガキがあったけど、それが黄金の王冠を戴いた橋でなかったことだけは確かである。スウェーデン王立ラクガキ撲滅隊に現行犯処刑されたりするのかもしれない(偏見)。冗談はさておき、一般論としてはやはり、都市計画課が細分化された指揮系統の下できちんと機能している、ということのようだ。「まぁ役人が優秀ということなのだろうな」「すべての首都が同じだけ環境と観光資源を大事にしていればねえ」と素人結論を下す。

そして「monrad’s」からの帰り道、投石でガラスの割られた空きビルを初めて見る。たしかに、本当に珍しいもののように感じられて、「きっと明日には役人が来て穴が塞がるだろう」と言いながら思わず写真を撮ってしまった。

なお、オットー氏(仮名)の第三声は「ビールが無い! ワインバーばっかりでブルワリーを見かけない! もしかしてスウェーデン人は隣国人たちと違ってビール飲まないんじゃない!?」だったのであるが、これは明確な誤り。ある、超ある、めっちゃ飲む。何度も言う通り北欧はワインを造りにくい気候で、しかし1000年以上前からビールを飲んでいる長い長い長い長い歴史がある。「日本人は生魚とか食べないんじゃない?」くらいの暴言を受けて、よし明日は16時から開店するガムラスタンのブルワリー行くぞ、という話がまとまった。