2016-02-05 / 小雪の金曜日

やっと金曜日、朝から雪が降っている。積もるほどではなく、それほど寒くもないのだが、足元をとられるなか、びしょびしょになって大きなフォリオ(画板袋)を持ち歩くのにはまったく難儀する。普段なら駆け足で15分という通学路、なんだかんだ慎重に歩いて25分くらいかかり、5分以上遅刻して教室にたどり着くが、講師の姿がない。おお、セーフ。10分以上遅れで走ってきたイタリア人も、九死に一生を得た表情。結局、Timは25分遅刻してきた。地下鉄が止まって閉じ込められていたとのこと。授業ごとに「生徒の10分以上の遅刻はイエローカード、3枚たまると1回欠席扱い(3回欠席で落第)」といった決まりがあり、それとは別に「講師が30分以上遅刻してきたら、その日の授業はナシ、解散してよし」という規定がある。ギリギリで間に合った講師、ホッとした表情でいきなりスピーディに授業を始め、これは間違いなくサボれると思っていた我々は、ガックリ。
課題1&課題2をラバーセメントを使って蛇腹本に製本し、内容および即興の手仕事の丁寧さまでその場でチェックされ、教室内をぐるぐる回る講師がその場でボールペンで評価をつけていく。私は両方とも「A」評価。自己評価だと80点(B+)くらいなのだが、まぁいいか。泣いても笑っても失敗しても、その場で作らないといけない、限られたスペアの分しか作り直しがきかない、その場でできたもので評価される、というのは、わかりやすくてよい。この程度の課題、家で作って何度も何度もクオリティに納得するまでやり直す、という日本人感覚は馬鹿げているよなー、と思う。「キミたちが就職してデザイン事務所のアシスタントになったら、まず最初に任される仕事は、ひたすらこういうのばっかりだからねー。どんなに苦手でも、コピーとり、トンボつけ、カッターによる切り出しと、ラバーセメントによるマウントには、慣れないとねー。丁寧にやりすぎて時間内に終わらないのもダメだからねー」というような話です。
割と手先の器用な女子が、途中でいきなり「Oh, shit!」と叫ぶので何かと思ったら、完成した作品の上にコーヒーをこぼしていた。ないわー。何をどうしたらそんなことが起こるんだ。でもなんかうまいこと拭いてはがして貼り直していた。ここまでの授業内作業で、手作業の苦手な生徒たちは講師にビシッとマークされた感あり、今後のフィニッシングも厳しく言われる可能性が高まる。とはいえ何度も言うようにこのコマは11名中6名が日本人なので、先生も「今年はサクサク進むなー」みたいな独り言をつぶやいていた。
朝の雪はすっかり上がっている。遅刻のおかげでヌルい雰囲気のまま終わり、居合わせた日本人女子3名で1週間の打ち上げと称してパスタランチ。日本系経営の店で、常連女子曰く「アルデンテが恋しくなったらここに来る」とのこと、前菜とデザートとコーヒーがついてきて20ドル。なんかこういうOLっぽいランチ、久しぶり! 昼間から純白のテーブルクロスのかかった店に入るなんて久しぶり! 値段とパスタ量は東京の倍だけど! そのまま元来た道を戻って図書館の自習室で各自、宿題。私は普段はあんまり空き時間に友達とつるまず、他学部の学生が多い自習室で一人で過ごすことが多いのだけど、すぐ隣で別の作業をしている顔見知りがいるというのも、なかなか捗るものだった。
夜は、無期延期になったと思われていた学科のウェルカムバック・パーティー。学科長のJuliaが主催した会なのだが、豪奢なパーティールームを借り切っているのに、学生の集まりは悪く、閑古鳥が鳴いている。盛大に企画しているのに告知が不十分でしょぼくなっている、いつもの学内イベントのパターンである。アメリカ人、パーティー大好きなくせに、パーティーやることにのみ意義を見出しており、クオリティを高める気概が足りなさすぎる。日本の有能な宴会部長たちを見習ってほしい。というわけで急遽、日本人仲間たちにも声をかけ、TGIFのハシゴでほろ酔いになってるファッション科の子たちなど呼び寄せる。なにせ、図書館脇にあるキッチンカウンター付きの吹き抜けパーティールームで、誰のどんな経費か知らないが、無尽蔵に出てくる三種の瓶ビール飲み放題、おつまみ食べ放題である。みんな夕食代を浮かそうとすごい勢いで飲み食いしつつ、もののついでに知らない学生同士で行きずりの社交をする。この校舎、なかなかおかしな建築なのでど真ん中に斜めの柱が屹立しており、その角度がリクライニングにちょうどいいので、もたれながら瓶ビールをあおりまくる。
日本人で二期目といういつもの仲間に、授業で一緒になった顔見知りの中国人新入生が加わり、「どの男性講師がチャーミングか」みたいな果てしなくどうでもいい話題で盛り上がる。中国人女子、線の細いナヨッとした草食系メガネ男子はアリ、ウェブデザインのMattは大アリ、との評。「えーでもあいつ草食系の皮をかぶったアウトドア好きの肉食系だと思うよー?」と要らんことを言う私に、「それでもいいのよ、そこそこハンサムで超マッチョでさえなければ! それに彼は独身っぽいけど確実にゲイじゃないと思うの、この学校では講師も生徒もゲイでない男子ってだけで貴重じゃない? もうそれだけで全然イケるわ、私!」と身も蓋もないお返事。ベビーフェイスにおしゃれな服装したまま超えげつないことをあけすけな語彙の怒りっぽい口調で熱っぽく力説するのがかわいい、中国人女子あるある。
途中でJuliaに「Iku、こっちの学生たちになんか描いたもの見せなさい、なんでもいいからスケッチブック持ってきなさい!」と言われ、ロボットの絵など見せて話のツマにされる。酔っていたのでよくわからないが、「ほらね、この子みたいにちょっと言葉が足りなくても、そこそこ絵が描けると、デザインのコンセプトを通しやすいでしょ。まぁ日本人たちほどマンガ絵がうまくなる必要はないけど、どんなに苦手でもドローイングの授業はとっといたほうがいいのよ」という、いつもの話だったと思う。こちらの高校での美術教育がどうなっているのか謎なんだけど、絵を描くことに苦手意識があってファインアート方面でなくデザイン科に来た、という学生は、本当に多いみたいだ。「ドローイングの授業とるならMarkが最高だぜ、ひたすら無言でチャコールデッサン、講評もずーっと小声で話してるからギャグ言われても聞き取れないんだぜ」と勧めてまわるが、新学期にちょっと仲良くなったまま貸したペンを返してくれなかった口と声がめちゃめちゃデカいオラオラ系メキシコ人女子が「そんな先生のどこがいいんだよ」って顔で太眉を寄せて聞いてたのが可笑しかった。香水の香りでどこにいるのかすぐわかる。「あんたのこと覚えてるわよ! 前期も今期も授業いっこもかぶってなかったけど、来学期こそは一緒の授業とろうねアミーゴ!」とハグされて別れたけど、先にペン返して……。ルンルン気分で帰宅してからもワインをがぶ飲みし、途中から記憶が消えて、轟沈。
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