2016-02-12 / 拳を突き上げろ

朝一番のTimの授業。課題4は「四つの異なるexpansions(展開)を使って、一つの言葉を四通りの手法違いで表現する」というもの。私は「デラウェア河を渡るジョージワシントン」(絵画)、「蝶結びされたリボン」(立体)、「手のシンボルが握手しようとしているところ」(記号)、「三つの円の重なり」(図形)、で「United/Unity」を示す。合衆国だから、と思って選んだ名画の反応が今ひとつだったので(「一方向を目指して進む」構図は「unity」とは違うみたい、こういうニュアンスの差が本当に面白い)、舞台版『Les Miserables』の「One Day More」のシーン(写真)に差し替えて、完成。同じものに立ち向かい拳を突き上げて挑む、のは「unity」。なるほどね。ちなみに課題1は「卵、坊主頭、電球、石ころ」(点の連続)、課題2は「卵→ジャグリング→驚く人々→天井に無数の円形照明」(4コマ漫画)。それだけ書いても意味がわかりませんよね。早い話が「絵解きの大喜利」です。
課題5は、「一つの写真に三つの異なるテキストをつける」というもの。まさに「絵解きの大喜利」真骨頂。アンリカルティエブレッソンが1973年に撮った、レニングラード冬宮のレーニン像の前の父子、という写真を使う。こういうのは得意なんだけど、発展形でそれぞれのテキストに書体を合わせてこい、というのがちょっと難儀した。まー、とにかく、私が何か言われると、いつでも「semantic」。ネガティブなニュアンスで、意味的に過ぎる、ということ。佐藤研時代に言われた「岡田さんは、作るものがいつも、意味だらけ」「ちょっと意味から離れてみてください」というのとまったく同じである。でも、文意に沿った書体を選べ、と言われたら「意味」で選ぶしかないじゃないか。そしてそのまま出したら「もっとシンプルな書体でも同じことが表現できるはずだ」と返されるわけだ。私だって普段はシンプルな書体のほうが好きなんだけど! そして異文化間で通じないようなコンテクストは極力排してるつもりなんだけど! 「わかるがゆえに、わかりすぎて、野暮」「アハ体験が過剰」みたいなダメ出し。加減がわからん。だんだん褒め方も貶し方も複雑かつ婉曲になってきて、OKが出されたのかNGなのか、何を直せばよいのか、講評を聞いていてもわかったようでわからない。自分なりに解釈してその場で改版を見せたら「えっそこ直すの? まぁ止めないけど……」と言われ、さんざんネガティブ言われたはずがじつはOKが取れていた、と判明。英語もわからん。
前回は机に突っ伏して爆笑された課題6、今回はさらにテキストを付してくるという発展形で、ニヤニヤ読まれた後で笑いをこらえながら向き直られ、「You…re…crazy….!」と吐き捨てるように言われる。こちらは料理番組に出演したマイケルティルソントーマスの画像。A→B→C→D、と不可逆なマニュピレーションを施して、そこにストーリーや新しい意味付けを見出し、それを明言するわけではないが関連性を補助する引用句をつけるというもの。「飼い犬を食す」というブラックジョーク大前提のテリーギリアム的加工(ものは言いよう)で、日本人の友達からも「こういうのやらせたらピカイチだな……」とこれまた吐き捨てるように笑われる。しかし当然ネタがウケるだけではダメで、次の発展形を作らねばならず、難しいなぁ。課題3もマニュピレーションを使って「意味」を付していく連想ゲーム的なお題なんだけど、ヴィジュアル脳の子たちが次々クリアしていくなか、「意味だらけ」脳の私だけ「redundancy(冗長さ)」のトラップにはまって、reviseに苦悩。つらーい。

この週末はおそろしく寒くなるという予報が出ており、朝は体感で摂氏-15度くらいだったかな。上半身も下半身もヒートテック着用、セーターに最強ダウンジャケットに帽子に耳当て手袋というフル装備で出かけた。さすがに寒かった。とはいえ昼には少し緩んで、今後も脅かされていたほどの気温にはならない模様。ニューヨーカーたちも「寒いねー、うー寒い寒い」と言いながら、ダウンジャケットからレギンスの生足を晒して平然とジョギングしていたり、室内ではタンクトップ一枚になっていたり。彼らが本気でビビる寒さではない、ということが街中全体から伝わってきて、東京では未体験だったはずの寒さにも「こんなものかー」という気安い感想を抱く。
これは悪いことじゃないと思っている。郷に入っては郷に従え、学校のような社会集団に所属しているからこそ読める「空気」ということだ。もし私が、ただ何かの事情で米国に引っ越しただけで、一人きり家に籠もって東京と変わらず日本語圏の仕事だけをする生活だったら、こんな流され方はしなかったはずだ。テレビのニュースで温度計の数字だけを見て「外が寒い! 出たら死ぬ! 出かける奴は馬鹿! 家の中さいこう!」とTwitterにつぶやき続ける、みたいな。外に出て「寒いねー」と言い交わす相手がいることで、その相手たちがめっちゃ気の抜けた装備で出歩いていることで、私まであんまり寒くは感じなくなる、という効果。
大変どうでもいい話なのだけど、半ば冗談で言っていた「Street(横軸)はラク、Avenue(縦軸)がキツい」というのを、このところしみじみ感じる。Avenue(縦軸)は車道も歩道も道幅が広いので、夏は空からの直射日光がキツくて逃げ場がなく、寒い冬は突風が吹いてくると一気に体感が下がるわけですね。Streetは日向と日陰をうまいこと選びながら横移動している分には、まだしもニュートラル。私は通学路の最後の5分10分が5th Avenueを縦移動となるのだが、校舎に辿り着く寸前のところで一気にHPを削られる。この日の午後は48th StとPark Aveの交点にある日本国総領事館へ書類の引き取りに出向き、そのままダラダラと48thを横移動してTimes Squareまで歩いたのだが、これも歩いてるうちは全然平気だった。そして、縦軸と縦軸の交点にして中州にあたるtktsの行列に並び始めた途端、吹きっさらしでやけに寒い。
といっても、観劇ヲタは今日も元気。気づけば三連休を目前に控えた金曜午後だ。tdfの赤いジャケットを着たスタッフ、シカゴおねえさん(CHICAGO風の扮装でCHICAGOのビラを配っているギャル)、巨漢が厚着しすぎてクマみたいになってるレミゼのおっさん、「catsやってないの? いつからやんの?」と気の早すぎる質問を投げる中国人観光客、「よくよく考えたら私たちなんで全員揃って寒いなか並んでたの? 子供は置いてパパだけ買いに来ればよかったんじゃない?」とひどいこと言ってる家族連れ観光客、たった一人で土産物の袋をわんさか抱えて自撮り棒と格闘しているソーシャルメディア中毒青年、みんなみんなハッピー。「イェーイ、お嬢ちゃん、ひとりー? 今夜の予定は決まってるのかい? ジャージーボーイズ観てかない?」「ブックオブモルモンとハミルトンは依然ディスカウントがないぜー! 残・念! ヤッピー!」的なノリのなか、黙々と順番を待って窓口で真顔で「アリージェンス、一枚。一番いい席を頼む」と渋くキメる俺、我ながらキモい。いつもお世話になっている「cafe bene」がまさかの店内清掃で休業日、座れる場所を探してワールドワイドプラザの「PRET A MANGER」まで行って課題しながら数時間潰したのだけど、あそこ隣のスタバと違って観光客で混まないし、wifi太いし、席数は少ないけど結構おすすめですよ(観劇クラスタ向け情報)。

で、『ALLEGIANCE』は二度目の観劇もとてもよかった。初回は「盆踊りキレよすぎて引くわ」「ここで相撲かよ」「ちょ、レミゼすぎだろ!」「ワンデイモアかよ!」「ミスサイゴンすぎだろ!」「あーここでリプライズとかいちいち既視感あおってくんのやめて……」「ターニン、ターニン……からの足取り確かなカフェソング! やっぱりレミゼすぎだろ!」みたいなところが気になったのですが、話の筋がわかった上で観ると、大満足。やっぱり同じところで泣いたし、やっぱり同じところで笑ったし、結末を知っているだけに、出会いの瞬間のトキメキみたいなものは異様に高まった。
もうCDも出てるからネタバレ進行で感想書いても許されますよね!? ジョージタケイやレアサロンガはもちろん素晴らしいんだけどさ! 最初に褒めるならこの二人を褒めるけどさ! 私が二度まで観に来たのは、やっぱり、「アリージェンスのアンジョルラス」こと、フランキー・スズキ役のマイケル・K・リーが! めちゃめちゃ好みだったからなんだよ! いやー、やばいやばい。初回は「Paradise」で黒縁メガネを掛けた瞬間にズキュンと来てジャケット脱いでサスペンダーにネクタイをイン、という姿を晒した瞬間にメロメロに完落ちしたんだけど、もはやいろいろ知ってるがゆえに、二度目は出会いのシーンの「Even/Odd」のやりとりからめっちゃカッコええええ! となる。本当に好みがわかりやすくてすいません……。彼は本当に素晴らしいんですよ。実質ソロ曲の「Paradise」はもちろんだけど、何度かあるレア様とのデュエットのときに、もっと歌えるはずなのにちょっと声を抑制するのが、すごくいい。オラオラ好戦的な反体制革命派に見えてずっと「何か」に引け目を感じ続けている、フランキーの役作り造形としてもいいし、何より、世界のブロードウェイの舞台であんなに大きい役を任されながら、いくらでも自己主張して技量を見せつけることができるのに、絶妙に抑えて一歩引き、美麗なリフティングで「主演女優の歌声を最大限に立てる」というあの姿勢……おわかりか、さながらヒロインの相手役を務めてるときの石川禅そのものなのであるよ! 歌の上手い奴は掃いて捨てるほどいる、だが俺はその奥ゆかしさに加点したい! ジェントルマーン! 本人は頼りない柳腰なのに安定の歌声がヒロインをガッチリお姫様抱っこ! キャー! 助演男優賞!
というわけで、結構ミーハーな理由もあって二度目に通ったのだけど、さすがに寒いので出待ちはせずにまっすぐ帰ってきた。日本人ではないアジア系アメリカ人の女性客たちが「あの原爆の表現は今まで観た中で一番よい、刺さった」と話していたり、「出落ちが愉快なジョージタケイおじいちゃん」目当てで来たらしきギークなキッズたちが1幕はうるさいほどゲラゲラ笑っていたのに2幕では全員ズビズビ泣いていたり、開演前に酒とツマミをボリボリかっ喰らっていた軍だか警察だか消防だかみたいな体型はジョックだけどいかにも彼女いなさそうな男子二人連れが看護師ハナの死に「……っノー……! Why……」と小声で叫んで「Victory」の演出のそらぞらしさにガチで硬直していたり、周囲の反応まで含めて楽しめた。大ヒットしない理由もわかるのだけど、観客に恵まれている芝居だったと思う。少なくとも私は、老若男女、あらゆる人種のアメリカ人、あるいは非アメリカ人、入り乱れてみんなでこの作品にスタンディングオベーションした、この体験を忘れない。ありがとう、ジョージタケイおじいちゃん。この国で凹みそうになったら「Soar Higher」を思い出します。14日閉幕。