ブックデザインの授業。金曜夕方に送った長文メールの返事がなく、月曜の夜に「もしかして:読んでない?」とHelenに念押ししたところ、やっぱり読んでなくて、「授業のとき話そう」ということになる。結論からいうと、私の半日を費やした釈明文と『タンポポのお酒』についての「二番目に見せたバージョンをもっといい手法で作り直したい」という主張はほとんど意味をなさず、「一番目のバージョンをもう一度、同じ素材、同じ手法で、作り直してこい。それでOKをやる」と言われて終わった。えー、だったら作ってきますけどー。私的にはもうその案は「過去」なので、作り直したところでそのOKは『可』でしかなく、『優』ではないよ。ちょっとガッカリ。『MOTHER KNOWS BEST』については、副題を手書きにしたほか、スケッチの頃からしつこく言われ続け、重要でないと思って無視し続けていた「犬の尻尾をくるんとさせる」をちゃんとやってきたら、「すてき……! 言葉もないわ……! 4案あるどの色のも最高だけど、私はこれが一番好き……!」と突然のデレ。尻尾くるん、そんなに大事だったんだ、気づかなかった。ともあれ、やっと一つ課題が「完成」した。
戯曲シリーズについては、Illustratorで作った影の案が「いいんだけど、リアルな紙を切り貼りして作ってみたら」「塗り部分にテクスチャとか足してみたら」「女の裸足の写真じゃなくて、男物の靴を履かせてみたら」といった修正指示が入る。そして言われた通りに作っていったら、翌週の授業では、「ベクター曲線とみっしりした塗りのほうがよかった」「紙の質感は貧弱」「靴とか履かせると意味が強くなりすぎるので要らない」「前週のほうがよかったのに……並べてみれば一目瞭然でしょ、ほらね、今週のは良さが全部、失われちゃってるわ。はい、もう一回」と酷評される。世界よ、これがグラフィックデザインだよ! ちなみに私はもうすっかり慣れたよ! もう一つ、時系列を幾何学的に表現したほうは、横に貼り出していたのに「あら、こっちもあったの、影のほうのインパクトが強くて気づかなかったわ。ということは、自明よね。来週は、影のほうだけ作ってきて」という扱い。じつはこっちが自信作だったのでちょっと凹む。
刊行前の新作小説ゲラ『S』(一応まだ題は伏せておく)の課題について、軽くディスカッション。私は歩いてる間からごはん食べてる間から、授業前ギリギリの時間まで必死こいて涙目になりながら辞書を引き引き全部読破してきたというのに、講師から進捗を訊かれたネイティブ学生の大半は「ダウンロードはした」「まぁ、読んではいる」みたいなリアクションで、「来週までにはちゃんと読んでこいよ」と釘を刺されただけで終わり、ズッコケる。読めばわかる釘の刺され方として他に「何度でも言うけど、これはアートスクールのブックデザインの授業。そして、書籍の表紙は、小さなポスター。コマーシャル(商業的)で、エクスペクテッド(ありきたり)な、既視感のあるもの見せてきたら、ぶっころすわよ。今までにない、新しい、アンエクスペクテッドなものを見せてハッと驚かせて。私たちがするのは、そういう仕事よ。いいわね、私にギリシャを見せないでちょうだい。切り立った崖とか風景とか要らないし、物憂げな女の後ろ頭と男の影がうつった写真とか、絶対に持ってこないでよ」とのこと。はい、男の足跡を追ってギリシャを旅する女の出てくる小説です。
Mattのウェブデザイン、記憶もなければ、ノートも残っていない。この手の抜き方、いよいよヤバい気がする。かろうじて宿題は出したと思うし、授業中にディスカッションも活発にしたはずなんだけど、手元には上書き保存されたpsdファイルだけが転がっていて、もちろん未完成。最近、Helenの授業が終わるとまっすぐ教室へ向かうようになって、まだ誰も来ていないがらんとした教室の薄暗がりで、終わらない宿題を済ませている間にみんなが集まってきて授業が始まり、日が暮れると終わっていて気づくと私を残してクラスメイト誰もいない、そんな感じ。この日はさらに、Frankの課題のために、同じコンピュータラボのプロッターを使い倒して印刷しまくって帰る。