またずいぶんと日が空いてしまったな。すっかり日記を書かないことが習慣化してしまって、新しい環境にでも飛び込まないと元に戻れない気がしていた。今夏二度目の東京滞在、二日目の朝に時差ぼけで早起きして書いている。
最後に日記を書いた6月5日といえば、まだまだ春学期の余韻にひたっている頃で、秋学期に比べて成績が落ち込んだ、またしてもオールAが取れなかったことを本気で悔しがっていたような時期だと思う。翌6月6日からが夏学期のスタートで、今はすっかり気分が切り替わっている。夏学期は必修科目の「History Of Graphic Design」3単位分をオンライン受講するだけ。この授業はプログラム中ほとんど唯一といってよい座学&ディスカッション&レポート提出の形式で、毎週の課題制作がない、いわゆる「普通のアメリカの大学の授業」に一番近いもの。普通の学生でも負担が大きく、非ネイティヴの留学生は英語の面でとくに苦労すると聞いていたので、周囲のアドバイス通り、夏学期のオンライン受講にした。
毎週3回以上はオンライン授業のページにアクセスし、ディスカッションボードに意義のある発言を書き込み、その手前で3冊の指定教科書を読み込んだり、テーマごとに動画を視聴したり記事を読んだりしておかねばならない。毎週の課題は6〜10トピックくらいで、ヴィクトリアンスタイルから始まり20世紀のデザインの歴史を9週間で振り返るという趣向。7月13日締め切りで中間考査があり、これは毎週の課題とはまったく別に「指定された12社のタイプファウンダリの設立背景と強みと特徴を踏まえた上で、ランキング形式の紹介記事を作る」というもの。最終課題は同じく、講師から指定された現役のデザイナー(学生一人一人違う)を紹介する記事。こちらは今まさに作っているところ。さんざん脅されていた割にはヌルいなぁという印象。デザインの歴史なんて他の授業でもさんざんやったし、そもそも関心が高い分野だから学校まで来てるわけで、本物の「普通のアメリカの大学の授業」に比べたら、全然楽勝だと思う。けど、アールヌーボーとアールデコの違いを知らなかった、みたいなクラスメートもいるので、苦労は人それぞれか。相変わらず、日本ではあまり知られていないデザイナーが超有名人扱いだったり、逆に日本人なら絶対みんな知ってるはずのグッドデザインの事例が講師にまで「New to me!」とか言われたり、そういう会話の中のギャップが面白い。最初に自己紹介をするのだけど、「好きなデザイナー(ポールランド以外、生きてるやつ推奨)」「好きなタイプフェイス(ヘルベチカ以外)」というアンケート項目のカッコ内が面白かった。日本の就職活動の面接で「よく読む作家(村上春樹以外)」って訊くみたいな。「マイケルビェルートis次の神」的な話題で盛り上がるなか、一人だけジェシカスヴェンセンを挙げてる子がいて、「わー、私も私も!」と盛り上が(ったつもりでい)る。けど基本的にオンラインクラスなので生徒間の交流はほとんどない。
アメリカ生まれ育ちの子たちは、彼ら彼女らだけでかたまっている印象が強い。普段の授業からしてそんな雰囲気はあるけど、ディスカッションスレッドになるとさらに顕著で、私などがそっちの会話に加わろうとして書き込んでも適当かつ儀礼的な返事しか返ってこない(ワーオ、サンキュー、Ikuの言う通りだわワンダフル!etc、幼稚園児に話しかけるような大変読みやすい丁寧な英語)。差別というんじゃないんだけど、くだけた英語も使えないような真面目ちゃんな外国人留学生たちとは「ノリが違う」ってことなんだろうなー。でも私ももう、その空気に無理矢理に溶け込もうとする努力は放棄してしまった。どうせ建前社会なんだし、やることやってればいいでしょ、という感じで必要最低限のコミュニケーションだけしてマイペースで生きるほうが向いてるなぁ。っていうか、日本社会でも35年間そうやって生きてきたわけで、今から急にネイティブとのウェイウェイを目指すキョロ充として人生チューンナップし直すなんて不可能だろ。エルファバがグリンダに転身できるのは20歳くらいまでだろ。むしろ、自分の感じる人間社会での疎外感と、世間での私に対するぞんざいな扱いの実態がマッチしているという意味で、日本よりずっと生きやすい。「あなたはこんなに周囲から愛されて恵まれていてしかもポピュラリティを必要とする仕事なんだから、もっと他者に心を開かないと!」みたいなどこから目線かもわからぬ宗教的な説教してくる人がいないのが大変いい。教室のど真ん中で華やかに生きなくたって別に死にゃしませんから! あとわざわざデザインスクール通ってる時点でアメリカ人いうてもハジッコ男女ばっかなんだから変に群れるほうが軸がブレている、とも言う。
そんなこんなで学校は適当にやりつつ、夏休みになったので来客がとても増えた。日本から遊びに来た人、進学を検討している人などを対象に、寮生も引き払ってガランとしている学校案内をすること数度。だいたい同じコースを回るようになり、説明の仕方も手際もよくなってきた。よそから訪ねてくる人たちに、その日数ならニューヨークをこう回るといい、なんてアドバイスまでしている自分。1年前にはビザがなかなか降りず日本でやきもきしていたなんて嘘みたいだ。7月4日の独立記念日は、渡辺由美子さんと藤本由香里さんと一緒に『血界戦線』にも出てきたというルーフトップバーで花火を堪能する。2012年の独立記念日には、旅人として地べたを這い回りながら一人でハンバーガーつつきつつ眺めていた同じ花火である。今は身分証明書を求める警備員に噛み付き、横のラティーノ系ナンパ男子に雨に濡れたテーブルや椅子を拭かせながら「いいのいいの、彼らはしたくてやってんだから、女子のグループを見ると勝手に体がそう動いちゃうだけだから」などと平然と構えている。ホームパーティー文化にもだいぶ慣れてきた。ちょっとくらい酔っ払っていたほうが英語がなめらかになるのかもしれない、という発見があったのだけど、それは相手も酔っ払っている状態であるからして、お互いに初対面の挨拶時点ほど高尚な会話をしなくなるからなのかもしれない。いずれにせよ、こちらに永く住むつもりならば、ということで、ほとんど面識あってないような私までパーティーに招いてくれる人たちがいるのが本当に有難い。本当は、招いたら招き返さないといけないのだけど、そこまで行きつくのにどれだけかかることか。
6月の日本滞在については、また改めて。旅行者の目線で訪れる日本東京というのは初めての体験で、いろいろ興味深かった。何もかもが上質で安価に感じ、この国、こんなに住み心地がよくてはいかんのではないか!? と楽園のようなガラパゴスに物申したい気持ちが湧き上がってきた。異国の地に住んでみて自分は好きで苦労してるんだけど、じつは生まれながらにチート環境だったことに離れて初めて気がつくというか、かつての自分自身への嫉妬というか。「出羽守」の心理ってこういうことかー、と納得する。あと、たった1年の間にものすごく免税店が増えた気がする。生まれ育った街だから安心する部分もあるけど、もう二度と元には戻さない前提でスクラップ&ビルトを繰り返している大都会、すでにして他人の顔、と感じられなくもなかった。懐かしさでいったら、小室哲哉&坂本美雨のライブを観に行った台北だって、二度目の訪問なのにもう同じくらい愛着がある。そして、ニューヨークから東京へ戻ってわざわざ観に行った小沢健二のライブは、本当に、本当に素晴らしかった。そのうちちゃんとレポートを書こうと思っている。
生まれて初めて「時差ぼけで体調を崩す」という体験もした。どうやら、帰ってきてすぐ無理にでも普通に働いていたりするほうが治りが早いらしい。夏休みということもあり、眠気に従って一日中ぐずぐず寝る毎日を過ごしていたら1週間経っても不調から戻らなかった。どころか、薄着で寝続けたせいで夏風邪をひいてしまい、中間考査前に高熱で寝込み、地獄を見る羽目になった。その後、ずっと刺すような頭痛が続いていて、12時間のフライトを経た今もじつはちょっと痛い。ぐぐるとクモ膜下出血についてばかり詳しくなってしまうのでもう考えるのをやめた。滞在中に人間ドックを済ませたいなと考えている。あとは湯治。ゆっくり風呂につかりたい(c)KAN。
とか言いながら出発直前にすべりこみで『SHUFFLE ALONG』観てきたんだけどね。オードラマクドナルド、めっちゃ妊婦。でもめっちゃタップ。一応、生涯独身を貫いた若い女性の役なんですけどね……「恰幅がいい」程度の扱いで演出上は不問に処され、情け容赦なく歌いまくり踊りまくっていてこちらが心配になるくらいだった。でも、いま観られてよかったなー、あまりにスリムなため舞台上でまったく妊婦とわからなかった宮沢りえなんかと違って、あのお腹は忘れられないよ……。対するエイドリアン・ウォーレンもすごくよくて、そういえば彼女はトニー賞の助演女優賞ノミネートされてたのだった。やっぱり観ないと伝わらないね、先に観てたら応援してたわ。いろんな意味で忘れられない作品となった。