2016-06-05 / されど梅雨はどこにでも来たる

3日の金曜日はMoMAへ行き、ドガ展、1960年代展、日本の建築展、の三本立て。知人が大絶賛していたのでかなり楽しみにしていたのだが、うーん、どれも割とフツーだったかな……。学生無料パスを手にしてからというもの、どうもこの場の有難味が薄れた気がしてイカンのですが。「From the Collection: 1960–1969」は、おそらく故意にだと思うがモロ1960年代カルチャーというのではない選び方、見せ方をしていて、もっと時代背景を反映したサブカルっぽい企画展だと思っていたのがやや肩透かし。1961年のコーナーでJohn Whitney「catalog」の中の「1961」って文字がくるくる動いてるところを見てるときが一番アガッたが、その他の作品は「うーん、作られた年とか関係なく、よいものですよね」という感想がまさった。バラバラに並べられている企画展のほうが、ラベルに記された制作年に意味を見出しがちかも。人間の心理とは不思議なものだ。単なるコレクションの虫干し、だと思って観に行ったほうが楽しめたのかもしれない。

「Edgar Degas: A Strange New Beauty」は「モノタイプにパステルで着彩」という手法に焦点を当てており、春学期に同じ版画の違う技法、リソグラフィーの授業を取ったので、そこは面白かった。家人にはまったく通じないんだけど、同世代ならわかってくれるだろうか、ドガの絵って、すごく怖いじゃないですか。小学校校舎の地下と、親戚の家の玄関に、それぞれドガの複製画が飾ってあって、もちろん大貫妙子「メトロポリタン美術館」、および漫画『悪魔の花嫁』に登場したドガ作品に対する恐怖もあり、子供の頃なんか絵の前を通り過ぎるときは息を止めていたよなぁ。というのを前提にした上で、「同じものを繰り返し描く」「繰り返し描くことで時間をかけて現実の目で見たものを超えていく」という、多作さや採った技法そのものに執念が宿っている感じが、「怖さ」の正体かもしれない、と感じたのが面白かった。スケッチブックの素描はそこそこうまい普通の絵、という印象しかないが、そこから一度版画に起こされ、そして色を塗り重ねられた完成品は、怖いこと怖いこと。それで、結局やっぱり、友人でありドガにモノタイプを紹介したという経緯で玄関口にポンと置かれてた、Ludovic-Napoleon Lepicのこの連作モノタイプが一番好きでした。これだって相当執念深い作品だと思うが、ドガと並べるとニュートラル。ドガのほうが天才画家として人気なのもわかるけどさ。

「A Japanese Constellation: Toyo Ito, SANAA, and Beyond」はすっきりまとまっててよい展示、建築好きの外国人にはきっと日本大好きになって帰ってもらえるよい展示、だと思うのだけど、入り口に燦然と飾ってあった「伊東豊雄が自分で描いた、伊東豊雄を中心とする人物相関図」のスケッチ(署名入り、2012年)が怖すぎた。自分が自分の師匠にあんなもの描かれたらと想像するとゾッとするし、今の日本だともうコレ見せただけで「上級国民!」とネット民に叩かれたりしそう……もちろん展示企画用に描かれた便宜上のものだというのはわかるが、そこは見せるなよ、MoMAさんよ……。

建築展って難しいですよね、実物をその場で見せられないから。スライドだけでなく、もっと写真が見たかった気がします。「金沢21世紀美術館は模型も実物もそれぞれ綺麗だな」「かたやNewMuseumの模型はよくこれでOK通ったな……素人が見たら『銀色の段ボールずらして積んだだけ、舐めてんの?』ってなるよな……実物あんなにいいのに……」などなど、実物を知ってるものはそこそこ補完して鑑賞できるのですが、私はどうにもリテラシー不足。学校で誰か外国出身の友達と「Sou Fujimoto(藤本壮介)の作品はいいよね、極めて日本的で」って話していて、たしかに私も日本を離れてとくにそう感じるようになったなぁ、とも思った。日本にいたときには感じられなかった「日本らしさ」を、外向けに具象化しているというか。うまく言えないけど、たとえ大人になってから見た新しい景色であっても、「そうそう、子供の頃からこの感じが好きだった」と思うような。そんで、「この中の誰も、新国立競技場を建てないのがジャパン……」と感慨深げな顔を作りながら会場を去る。外国の建築マニアのほうが私よりもっとずっと不思議がってることだろう。まぁでもたとえコンペに勝っていたとしても、この時期にこの美術館で建築展を観ている大半の客にとっては、極東の島国で数年先に開催される五輪のための施設を誰が建てるかなんて、どうでもよいことだろう。

昨年のクリスマス前に録画したままずっとほったらかしていたNBCのミュージカルライブ『The Wiz!』を観る。『WICKED』『Woodsman』とすっかりオズづいていたので、ここらでいっちょ「R&B桃太郎」も観ておくか、という趣向。すごくよかったです。私はそんなに熱心なヲチャーではないのだが、若い若いとばかり思っていたメアリーJ.ブライジがすっかり中年の西の悪い美魔女を演じていて、歳月を想う。主演ドロシー役のシャニース・ウィリアムス、これがプロデビューとは思えない、すごい迫力。あと、オズ役のクイーン・ラティファがめちゃめちゃよいなと思っていたら、映画版『ヘアスプレー』でモーターマウス役の人かー!(←この無知っぷり) 真っ赤な眉マスカラとプリーツ衣装のかわいいマンチキンランドも、カラスのブレイクダンスも、エメラルドシティのヴォーギングも、どれもかっこいいんだよな。古典的名作をあらすじはそのままに換骨奪胎して現代性を帯びた往年の傑作を、さらに時代に即してリバイバル。という意味で、ミュージカル『アリス・イン・ワンダーランド』日本版を連想して、また観たくなりました。

日曜日になって急にざあざあ降りの雨、あんなこと書いた途端に、なーにが「六月みんな弾ける」だよ……これ、梅雨じゃん……というようなじめじめした陰鬱な蒸し暑さに見舞われている。一年目なのでこれが異常気象かどうなのかわかりませんが、ごみごみした都心部で夏の雨が降ると、街全体がなんとなくホコリっぽくドブっぽく生臭くなるじゃないですか……あれは東京もメじゃないくらいマンハッタンでも感じるし、東京から来ている分だけ私はその手の免疫がついていてまだマシなのかもしれぬ。去年のちょうど今頃、留学で初めて来たニューヨークの第一印象を「くさい!」と言い放ったクラスメイトのことを、また思い出す。