2016-06-01 / 六月みんな弾ける

このタイトル、大半の人にとっては何のことか禅禅わからないと思うのですが、原題は「June Is Bustin’ Out All Over」といって、ミュージカル『回転木馬』で歌われるナンバーなのですね。日本版だと石川禅演じるビリーが素晴らしいのでみんなCD買って聴いたほうがいいですよ! っていうか、禅ちゃん出てなきゃ私もCD買って聴いてないし、この曲が脳内エンドレス再生されることもなかったと思うのですが。


日本で生まれ育つと「梅雨」に加えて「国民の祝日が一日もない」のでぶっちゃけ冴えない月というイメージの強い6月ですが、アメリカ東海岸では5月下旬には学校が夏休みに突入し、もうすでに気温30度超えもザラで冷房をガンガンにきかせながらもそよ風を堪能できるお天気が続き、加えてメモリアルデーの三連休も終わって、6月突入と同時に本格的に夏であり、みんなこの夏をどう過ごすかしか頭になく、隙あらば服を脱いで噴水に飛び込み、飲食店はオープンテラスの席から埋まっていき、いろいろな煩悩が街路にまでハミ出してきている感じがして、「うわー、6月って、本当にハジけるんだなー!」としみじみ感じます。日本だと7月末くらいに「もうすっかりTUBEだなー!」ってなるのと同じですね。

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24日(火)はマキコさんと一緒に劇場型観光バス「THE RIDE」に乗る。お互いに「このまま長く居るとどんどんベタな観光がしづらくなるけれども、ブロードウェイ好きとしては一度も乗らずに済ますわけにもいかない」という心境で、ワイワイ楽しみながらも、ものすごいメタ視点で視察できたのが非常によかった。ジャッキー(女)とスコット(男)という人間のガイド(たぶんどのバイトがシフトに入ってても同じ名前)に、バスのTHE RIDE本人も喋るという演出で、何もかもが分刻みの仕込み、どれもがサクラ、すべてが嘘っぱち、……とお客のほうもみんなわかって乗っているはずなのに、ふとした瞬間に「あれ、これは本物のハプニング?」「今のは完全なアドリブ?」と思わせる、その仕掛けがすごい。一番見事だったのは、「コロンバスサークルでバレリーナが踊っていたらうっかり通行人とぶつかってしまって、謝って、でもその通行人も一緒に踊り出す」というやつかな。あと「バスに向かって踊るパフォーマーの横をニコニコ笑いながらノリノリで通り過ぎていってマイク越しにさんざんおちょくられていたあのヨギーニは、ヘッドセットつけてなかったけど、あれ本当にサクラ? 二度目にすれ違うのも仕込みなの??」というような。事前に許諾を取ったり(8th Aveで地下鉄の疑似体験するやつとか日本じゃ絶対無理だろうな)、あるいはスポンサーとして提携してきっちり宣伝してもらってる案件もあるんだろうけど(UPSの制服着たお兄ちゃんが踊った後に「FedEX don’t do that!」って言うとか)、そういう建物の合間にちょいちょい、「ただ見えただけの土産物屋の看板をおちょくる」ようなアドリブめいたセリフが入っているのも、すごく上手い。いやー、堪能しました。Instagramに書いた、「訪れた全人類をこの街のファンにして帰す気まんまんのニューヨーク、大好きです。」というのと、「歌舞伎と相撲と忍者と宝塚で同じことやろうぜー。」というのと、「ジャングルクルーズを街中でできちゃうのがニューヨーク!」というのが、すべてだと思う。最後のニューヨークニューヨーク大合唱、ちょっと泣きそうになったもんな(笑)。

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25日(水)の夜はオフブロードウェイで「Woodsman」を観る。演劇好きが集まる女子会で手放しで大絶賛されていた演目というのがこれ、残念ながら29日までで閉幕してしまったが、評判通りの素晴らしい作品だった。『オズの魔法使い』のブリキの木こりの前日譚で、導入部の背景説明とクライマックスのたった一語を除いて、セリフは皆無。演者の一人が奏でるヴァイオリン伴奏のほかは、効果音もすべてパントマイムとともに舞台上で再生される。森も、家も、獣の唸り声も、空飛ぶカラスも、魔女も、木こりも、すべて少人数のパフォーマーが入れ替わり立ち替わり演じつつ、スクラップのようなパペットを巧みに組み合わせ、無機物と有機物の狭間で、ヒューマニティの定義を問いかけてくる。すなわち、「WICKED」や「War Horse」や「Once」といった近年の名作のいいとこ取りをしたような、文句のつけどころがない75分間。今年観た中でも相当のヒット!……なのだけど、同行者がたまたま『オズの魔法使い』をまったく読んだことがない(!)という人で、この人には「何がなんだかさっぱりわからなかった」と言われてしまった。たしかになぁ。「私が事前に説明しておけばよかったですね、『オズの魔法使い』ってアメリカ人にとっての『桃太郎』みたいなものなんですよ。あの魔女の履いてた靴とか、最後に飛来してきたものとか、全部、犬猿雉にキビダンゴみたいなもので、登場しただけでセリフ抜きにグッとくる仕組みなんですけど、まぁ知らないと全然わからないですよね……」という。そう言われてみるとたしかに、観客の前提知識や観劇リテラシーに依るところが大きい作品だ。「よくできているし通好みではあるが、ソツがなさすぎて大絶賛に至らない」といった佳作なのかもしれない。そこへ行くと「Once」は本当に普遍性が高かったのだよなぁ、ダブリンがどんな街か知りもしないようなアメリカ人にも刺さったわけで。うーむ。

26日(木)は、偽弟ジャッキーの紹介で、ツボイくんという若者とランチする。「人に薦められて遊びに来てみたものの、観光地を見て回ってもニューヨークの何が面白いのかわからなかった」というので、雑談しながらSOHOからチャイナタウンとノリータ、イーストビレッジ、ユニオンスクエアまでくるりと見せて歩く。大学に集まってきている学生の友達はみんな「この街が好きで好きでたまらないから来た」という人間ばかりであり、それって結構、いやかなり、特殊なことなんだよね、と気づかされるよい機会だった。

私は子供のころ、夏休みのアメリカ家族旅行の最後の最後でニューヨークへ降り立って、それまで感じていた「こんな国のどこがいいんだよ……」という暗澹たる気持ちを、ほんの数日で全部吹き飛ばしてくれたのがこの街だった。鬱屈した理由は、さんざん受けてきたアジア人差別であったり、日本以上に子供を子供扱いする空気であったり、そこそこ裕福だと思っていた我が家のアウェイの地での貧乏さであったり、小学校でちょろっと習った程度ではまったく英語が話せないという絶望であったり、大好きだったマクドナルドのハンバーガーの本国における想像を絶する不味さであったり、いろいろなんだけど、ニューヨークは「たとえ言葉が通じなくても、みんながみんな躁状態で暮らしていることがビシビシ伝わって来る」街だった。多少のアンハッピーは自分で脳内麻薬をドーピングして吹き飛ばせばハッピーになる、という姿勢で生きている人たちを、あんなに大量に目にしたのは初めてだった。やばい、本気でバカしかいない、大阪よりすごい、と思った(※褒めてます)。日本へ帰国すると宮﨑勤が逮捕されていて、二学期が始まると同時に教室ではオタク迫害が始まり、生まれて初めて「死んだほうがマシ」という言葉の意味を知り、それでも生きられたのは、自分へのおみやげとして買った、自由の女神のポストカードが学習机の引き出しにしまってあったからだ。この子供部屋が、この家が、この街が、この学校が、この国が、どんなに不自由で生きづらくても、地球の裏側にあるあの街には今も「自由」が灯っている、マイノリティがマイノリティとしてほっとかれながら好きずきに生きていける、私はそれを知っている。地球が滅びる最後の日まで、あの街はずっとあの調子でお祭り騒ぎを続けているはずだ。たとえ今あの街に住んでいなくたって、あのとき目で見て手で触れたあの「自由」が、ああして地球のどこかにあるのだとわかっていたら、私はそれを信じて、少なくとも今すぐは、死なずに済む。

……なんてことを考えていたのだよなぁ。普段は忘れているのだけど、二十歳の若者に「っていうか、この街、何が面白いんですか? どこがそんなに好きなんですか?」と訊かれたら、そんな身の上話までしてしまうよ(重い)。「でもだから、私はこの街に何か特別な魅力を感じていたというよりは、自分の置かれていた当時の境遇にちっとも魅力を感じられなかったということにすぎないかもしれない。ひるがえって考えると、あなたは、この街を旅した後で自分の暮らしているところへ帰ったときに、その街の素晴らしさを何百倍も鋭敏に感じられるようになるのかもしれない、それがあなたにもたらされたニューヨーク体験なのかもしれないね」といった話をする。十分な「自由」が今そこにあるのなら、どこか遠くへ灯火を探す必要はないだろう。そして私のほうも、いずれは満足して、「もうどこでだって生きていけそうな気がする」と、この街を去る日が来るのだろう。どちらも素晴らしいことだと思う。と、思っていたら米国大使館からようやくアポイントの通達が来る。夜は日本人留学生が集まって春学期の打ち上げ宴会、フラメンコのステージを楽しみながらタパスをつつく。

27日(金)は贅沢風呂の日。28日(土)は早起きしてハイラインを散歩。29日(日)も早起きしてブランチ。「平日の午前中にうろうろ街を出歩く」というのは学校に通っているとできないことなので、ものすごく夏休みっぽくて嬉しい、順調なすべりだしと言える。とはいえ調子に乗りすぎたのか冷房にあたったのか、30日と31日は体調すぐれずほとんど寝ていた。

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