2016-09-09 / ベロニカは寝ることにした

木曜2限はDavidHの写真の授業。じつは課題のセルフポートレイトに悩んで肝心の教科書をビタイチ読んでおらず、びくびくしながら行ったのだが、抜き打ちテストをされるようなことはなくホッと胸を撫で下ろす。DavidHは今日も絶好調で、2時間半の講義のうち1時間半くらいは「露出について」&「カメラ選びについて」のノンストップトークで終わる。私はこのひとのこと大好きなんだけど、大好きな私でもさすがに眠くなる……あなたが本当にカメラを愛していることはよーーーーーくわかったわ、わかったから早く休憩にして熱ッついコーヒー買いに行かせて! と生徒全員が思っていたはず。ちょうど程よく休憩になるかな、というところで、今週から出席しはじめたヌボーッとした男子学生が「ところでその被写界深度って言葉は何の意味なんですか?」とアホにもほどがある質問をかましやがり(※たった今まで露出の講義ですよ?)、「おっ、今週初参加君! いーい質問だね!」と満面の笑顔のDavidH、「先週のおさらい」で30分延長。殺意。

薄暗い教室のiMacで堂々とメッセンジャーを立ち上げている中国人おり、船を漕ぐどころか轟沈しているNJッ子おり。例の意識高い美女Aはと見遣ると、「おしゃれなアクビの隠し方」をあれこれ試していた。まず、S’wellかなんかのオシャレ水筒の上に顎をのせてみる。小粋に小首を傾げてみる。水筒の蓋のところで隠しながら大きく口を開けてみる。バレないバレない。今度は頬杖をついてみる。ついたままで口を斜めに開けてみる。この角度もオシャレかも。あ、でも手のひらじゃなくて口元で拳を握ってみるほうがいいかも。そしてアヒル口、からのアクビ。うん、いいかも。これが私なりのアクビの仕方、なぜなら私はグラフィックデザイナーだから。ずり落ちた鼈甲のボストン眼鏡をオシャレにクイッ。……おまえマジでかわいいな! 一挙手一投足に自意識が爆発してて眩しいったらない。繰り返しになりますが、高校までの同い年の同級生だったらこういうオシャレ命ピープルを本気で憎んでいたと思うけど、今はもう、Aのいきがるすべてがかわいいよ。

最後50分くらいでバタバタと、セルフポートレイトの合評会。座り位置の関係でトップバッターになった私の作品はどれも大評判で、とくに自分を撮らずに身の回りの品のブツ撮りで済ませたやつが大正解だったようだ。といっても、DavidHはどんな写真でも褒めに褒めて褒めたおすので、私に限らず、みんな大絶賛を受ける。その意味では前学期履修したイラストの授業のFrankととてもよく似ている。怒らせると怖いんだぜ、このタイプ。Aはさっそく宿題やってきてなかった。彼女の中では完全にDavidHはFrank認定されていて、ナメきっているのだろう、よくわかります。

ちなみに講師の愛機はCanonのデジタル一眼レフとSONYのミラーレス。ごっついレンズをアタッチメントで両方につけかえながら双方の良さを説くのだが、SONYはやっぱり私には小さすぎる気がするなぁ。授業後、ミラーレス一眼カメラを買うのでどれがいいかな、という個別相談をする。「SONYとFUJIFILMで迷ってるんだけど……」と言ったら「FUJIFILM! 最高じゃない!? だってフィルムメーカーが、その技術の粋を尽くして、あんなに色の美しいカメラを作るなんてさ! ラブFUJI! ラブFUJI! フィルムカメラの頃からファン! ぜったい良い!」と興奮しはじめてしまいマトモに会話が通じない。DavidH……かわいすぎか……。「BEST BUYなんか見てないで、foto careとAdoramaへ行きなよ! 素晴らしいカメラがいっぱいのめくるめく世界だよ! 君の知らない機種がまだまだいっぱいあるはずだよ! わくわくするね!」というわけで、「わかりました、週末見てみます、たぶんFUJIにしますよ」と言って慌てて立ち去る。そういえば、ほとんどの生徒のことは「You」と呼んでいる彼が、私のことだけ二週目から「Iku」と呼んでいた。なんだか最初から目をかけられているというか。デザイナー同様、フォトグラファーもまた、機材から入ってやたらと日本贔屓、日本の印象がいいので日本人学生に甘い、ということがあるのかもしれない。

4限のDmitryは合評会が本当にあっさり終わってしまい、終わらなかった人は引き続き作り続けなさい、という感じ。私は一応、最初の課題はクリアしたみたいだ。そして後半は座学。最終学期の授業である。いったいどんな高度なことを教えてもらえるのかとドキドキしながら待ち構えていたら、……スクリーンに燦然と、見慣れたあの「Sorry for the choice of font.」の画像……そうです、一学期目に「Typography1」の初回授業でみっちり見させられた、ドミちゃんのタイポグラフィ講座、スライド全6種だか7種だかを、もう一度たっぷり全部、アタマから余すところなく、ふたたびご覧いただきましょう、という趣向! たまらん。一学期目に夢中でノート取ったので、スライド一枚一枚をほとんど全部憶えているにもかかわらず、何度見ても楽しいし、何度聴いても面白すぎる。私の語彙力で彼のタイポグラフィトークの面白さを伝えるのは限界があるのだけど、まぁなんというか、ガチのオタクの語り口って、それだけで萌えるじゃないですか。「きれいに組みさえすれば、たとえばBodoniだって本文書体にできるんだ、そして美しく組まれたその様は、ソー・ビューーーーーッティフォーーーー……!」というのと、「グリッドシステムは石のようにガチガチなものを作るためにあるんじゃないんだ、むしろグリッドは、君たちのアイディアを自由に解き放つ、アイディアがグリッドに乗って浮かび上がってくる……!」というのと、たぶんほとんど一字一句、1年前に聞いたのと同じ文句なんだけど、またメモしてしまった。しかしまさか最終学期にも同じもの持ち出してきて、「初めての人もいれば、そうでない人もいるかな?」という話し始めから、まっっったく同じテンションで、ところどころ言い回しを変えて、よくぞまぁ、あんなに嬉々として話せるものだよ。彼とAndyとは、本当に学校の先生に向いている人材だなと思う。


翌日の宿題がひとつも終わっていないのに、あまりにもくたびれて、寝ることにしてしまった。ベロニカは寝ることにした。きっと朝4時とかに起きれば、2、3時間で片付く宿題だから大丈夫……とたかをくくって、目覚ましを2つかけて、寝て起きたら、8時20分。マジかよ!! ほとんど着の身着のままで、昨日から開いてもいないカバンをひっつかみ、家を飛び出して9時の授業に5分遅れでオンタイム。講師が10分遅れで来たのでセーフ。EmilyはPortfolioの講義のシラバスを作成したと思しきコアな講師で、資料もふんだんにくれるし悪くない先生だと思うんだけど、やっぱりなんだか、「授業を回す能力」みたいなものがおそろしく低い。DavidHは自分の話してるだけだけど、彼女の場合は人の発表中にいきなり重箱の隅をつつきはじめるので、「この人ちゃんと本質が見えてるんだろうか? 本当にそのアドバイス今必要なのか?」というあたりが曖昧に感じられる。平たく言うと、企業組織によくいる「あまり重要でない話をして会議を長引かせる(自分は有能だと思っている)無能な上司」みたいな……? 1週目は半信半疑だったけど2週目で確信に変わったなぁ。今月末までにEricに鞍替えしたい。朝登校した時点では宿題いっこもできてなかったのに、彼女が喋ってる間に手元でちょちょいとパソコンいじってたら完成してしまい、いつでも発表できる状態で待っていたのに、やっぱり時間が延びに延びて、私まで発表の順番が回ってこず。ほらねー、だと思ったから、寝ることにしたんだよ。一つ一つのアドバイスは的確なのですが、15週間の講義というより、2、3回の面談でみっちり話を聞きたいタイプの先生。

うちの大学は「キャンパス」というものがなく、街中にただ校舎がぼんぼん建っている作り。校舎と校舎の間には、学生客を当てにしたコーヒーショップやサンドイッチの店などがさまざま立ち並んでいる。建物内にも公式カフェテリアがあるのだけど、これらの店の中はいわば「非公式学食」みたいになっていて、行くと必ず誰かとばったり会ったり、会わなかったり。そんな店の一つで久しぶりにビビンパ弁当を食べる。席についてから、イートインスペースが携帯の圏外だったことを思い出す。食べ始めてから、ここのビビンパはキムチが別売で買わないと入ってなかったことを思い出す。どちらも通い始めの一学期目に憶えたはずだったのに、夏を挟んで忘れてしまっていた。トホホ。隣の席では、寮生活の新入生たちと思しき同じ大学の学生たちが数名、それぞれにお互いの友達を紹介しあいながら、身の上トークで盛り上がっていた。昼からかっこつけた角度でハイネケン飲んでる。若いね〜。

金髪の女の子が、「この街に来て、今までで聞いた一番ひどい訛り、ケンタッキーから来た女! 彼女、私の名前を『&*(@$%』って呼ぶのよ! 超ニコニコしながら『ハーイ、&*(@$%〜!』ってハグしようとしてくんの、ウー、今まで聞いた中で最悪の響き、それが私の名前だなんてサイッテー! あの訛りだけは耐えられない!」とまくし立てている。わ、若いね〜。それ、陰口&出身地disで、社会に出たらぜったい笑い話にしちゃいけないやつだぜ〜。おまえだって生粋のニューヨーカーじゃないんだから、初めての都会での慣れない日々で自分が受けてるカルチャーショックのことを棚に上げて、田舎者をバカにするのはたいがいにしとけよ〜。ともあれ、私もまた極東のド田舎から都に出てきて、仲良くなった子たちにだって発音を一度で聞き取ってもらえるほうが珍しいので、背筋も凍る話。きっと陰でこんなふうに言われてるんだろうなー。その後は英会話のチュータリング行ったのですが、さんざんな出来でした。ケンタッキーより遠くから来たんだから仕方ない。一つ一つ頑張る。


どろどろになって帰宅、買ってきたワインを冷やし、シャワーを浴びてパンを調達し、日本へ帰国する知人のホームパーティーへ。諸事情により「今日のことは内緒にしておきましょうね!」という密約が交わされたので詳細は省くが、近年稀に見るまじりっけなしの「女子会」であった。アッパーウエストの素敵なアパートメントに女子ばかり数名、凡百のアメリカ人が見たら卒倒するほどかわいく盛られた和食とチーズのプレート、家主より上座に座る恐縮、それも酔うとだんだんわけがわからなくなってきて、さきほど挨拶を交わしたばかりの初対面同士がいないところで共通の知人の昔の悪行三昧を暴露しあい、「ここがつらいよニューヨーク(主に金銭的な意味で)」大喜利が始まったかと思えば、旅行や洗濯のたびにパンツを紛失するという話から、男女の便座の上げ下げ話など、とめどなく遠慮なくあけすけに盛り上がり、なんか日本にいた頃よりマッチョに萌えるようになったみたい、筋肉といえばサンフランシスコのYAOICONがすごいらしいよ、そういえば最近入手したとっておきのゲイ写真集が某漫画のバーチャル聖地巡礼も兼ねてて!! キャー見る見るー!!……という辺りで、時計を見たら深夜1時半を過ぎていた。慌ててタクシーに同乗して帰宅。ニューヨークにいなければ集えなかったメンツなので出逢いに感謝、なのだけれど、ニューヨークに長く居続けるためには私自身もやるべきことが多すぎる。未来が見えない。「この街が大好きで本当に離れたくないけれど、やるべきことを終えたら、次の場所へ行って次のことをしなくてはならない」という旅立つ人の姿に、己を重ね合わせたりもした。どこか別の土地へ呼ばれたら、足取り軽くそちらへ行けるほうが、健全なのかもしれない。無理にしがみつかないようにしたい。世界のどこかに、私を、待ってる、人がいる。と、いいなぁ。