2016-11-01 / ソミー・ニュージックとマンデー・パーク

「こんな日記、誰も読んでない」とボヤいたら結構な数の人たちから「私は読んでますよ!」と励ましのお便りが届いて、とても嬉しいです。好きって言葉は最高さ。さて今は11月9日朝、昨日の大統領選が終わってトランプの話でもちきり。今日はまるで宿題なんかしていられる状態じゃないし、その他にもいろいろ思うところあって学校を休み、たまっている仕事を片付けることにした。早くそのことを書きたいのだが、あまりにも間をあけてしまっているので順を追って。

10月26日の夜はコロンビア大学の東アジア研究所で開催された「大ヒット映画『シン・ゴジラ』から日本の現在を捉える」という趣旨の考察座談会へ。パネリストは怪獣映画に詳しすぎる上に発声可能上映の動向までヲチしている日本史教授グレゴリー・M・フルーグフェルダー氏、同大客員教授で防衛大学校准教授の彦谷貴子氏ほか。日本人より日本文化に詳しい研究者や、警視庁、財務省、自衛隊戦車部隊などに籍を置く人々、東日本大震災を報じたマスコミ関係者、映画専攻の学生など、さまざまな角度から感想が交わされた。ものすごく刺激的で、来る前におそるおそる想像していたよりざっくばらんな会で、楽しかった。イベント終了後はちゃっかり打ち上げにご一緒して、キャンパス沿い研究所至近にある人気レストランで彦谷さんとフライドチキンの皿をシェアする。
東アジア研究所、気がつけば何度もお邪魔しているので、何かに関わっているわけでもないのに、ちょっとずつ親近感が湧いてくる。この日のディスカッション内容も含めた「ニューヨークではゴジラがこう観られていた」という話は、とりあえず冬コミ新刊『久谷女子便り』にでも書くつもりなので、そちらをお楽しみに。
27日木曜日、前日にゴジラと遊んでしまったせいもあり仕事が立て込み、4限(GD3、一番きつい必修科目)まで辿り着けない。優先順位を考えて、とうとう2限の授業(写真)をサボることにした。基本的に全日出席の皆勤でないと「A」はもらえないのだが、といいつつズル休みしながらAが取れた授業もいくつもあるし、そもそも最終学期だしもう成績とかどうでもいいかなー、という気分にもなってくる。2時間半浮いたおかげでいろいろ片付く。しかしドミの授業めっちゃ頑張って準備していったのに自習だったんだっけな。がっくり。

28日金曜日、エミリーも自習。ドミとエミリーの自習が多すぎて、これにアンナの自習まで重なると、「何しに学校来てるんだ……」と気持ちが腐る。就職活動の状況は学生同士あんまり話さないものなのだけど、エミリーが突然「みんなどんどん面接受けなさいねー、そういえばIkuはもういいところまで進んでいるのよね?」と私に話を振るので、視線が集中。ちょっと晒された気分。「別に第一志望に呼ばれて即決したわけじゃないし、そういうの、職が見つかってからにしてもらえますかね」と言いたいのだが、言うと自分が凹むので黙る。
身も蓋もない言い方をすると「ネイティヴだってドリームジョブに就けない(だからうちみたいな職業訓練校に通ってチャンスを狙う)んだから、英語の不十分な留学生がトントン拍子にこの魔都でサバイヴできるはずもないだろ」という空気の中で、「それでも頑張れ! 挑戦することに意義がある! 当たって砕けろ!」と言われ続ける、そんな授業なんですよね。教育効果は高いけど責任は取ってくれない。「せっかく高い学費払って名門校入ったんだから卒業証書で面接官殴って大企業に入りたい!」というのは日本的発想の皮算用なのかもしれぬ。結果、いっさいの希望を捨てて「もう俺フリーランスで看板掲げてやってくわ」という境地に早々に至ってしまうクラスメイトもいるのだが、それで成功するならそもそも学校通う必要もなかったわけで……。いやー、学歴と試験勉強グセさえついてれば「新卒一括採用」とか「全国一斉模試」とかで短期間にズバッと結果が出るっていう日本の仕組み、ずいぶん楽チンだったんだなー、と思います。
キチ先生のドローイングの授業に出て昼飯を食べながら1時間半くらい描いて、V社の役員面接へ。「他の連中がずいぶん君のことを買っていてすぐにでも採用したがってるんだけど、正直なんぼのもんじゃい?」という斜に構えた姿勢の偉いおじさんが出て来て、ようやくそれらしき「圧迫面接」を経験した。しどろもどろになって余計なことまで喋ってしまう。ビザがあるのは既婚者だからとか、本当のドリームジョブは別にあるけど今はただただ就労経験が欲しいだけだ外国人学生がそこに必死なのわかるでしょとか、日本文化のことなら何でも答えられるけど御社の日本展開はターゲット狭すぎてよくわかんないとか……どれも明らかに、言わなくてよかったよね! 「黙ってないで、なんか言わなきゃ」を不慣れな英語でやるとすげーネガティヴに聞こえて轟沈することがよくよくわかりました。この辺の面接問答は、日本語でも取り繕うの難しいあたりだ。
まぁここもどうせ落ちるだろうということで、来る日も来る日も、インターンシップ募集の情報掲示板を眺めているのだけど、結構あやういものが多くてドン引きする。たとえば、「ソミー・ニュージック」(仮名)みたいな社名の企業が、レコードジャケットをはじめとするアートワークのデザイナーを募集している。インターン期間中は無給で、正社員昇格アリ。いやいやいや「ソニー・ミュージック」ならいいかもしれないけどね? ただの誤字? だけど求人募集広告で人事担当が社名間違えないでしょ? マンハッタンいろいろひしめきすぎてて「憧れのタイムズスクエア勤務! エンタメ産業の中心地から世界へ向けて最新流行を発信するやりがいのあるお仕事です!」とか言われても、ホンモノかパチモノか、まったく区別がつかない。みんな、本命企業のオフィス所在地とかちゃんと調べてから応募しましょうね。
あと、大々的にデザイナー募集しててそうそうたる大手企業がパートナーだというから広告代理店かと思ったらいわゆる調査会社の類で、デザインというのは取引先のブランディング云々ではなく「お得意様へお出しする資料レイアウト作成」だったりする。日本ではそれはDTPオペレーターと言うのでは……そんな職種が、「ファッションブランドの婦人靴デザイン部門のアシスタント業務」とかと同じ検索結果に引っかかってきて、まぁたしかに両方デザインだけど、いや、カタカナ語以上に間口が広いな、英語の「design」は……どちらも「未経験者歓迎!」とあるので世の中の仕組みに疎い学生は「ここで下積みすれば憧れのデザイナーになれる!」と飛びつきそうだが、なんという筋の悪さだろうか。
かく言う私も、日本語でなら踏み抜かないであろう地雷も結構踏んでしまっており、応募した後に間違いに気づいたり、よくしています。この手のもので最大の赤っ恥は、「美術系学部3年生向け」の奨学金に、学部生でもないしまだ2年生なのに、なぜか意気揚々とドヤ顔ポートフォリオを送った件ですね。半日で不適格とレスが来た。「小学校からやり直せ」って思うよな。

金曜夜は、近所にあるのに足を踏み入れることさえ叶わなかった高級店「Sushi Zo」で贅沢三昧な女子会。当日になって店名を聞いてびっくり、どうやって予約取ったんだよ!? 財布にいくら持ってけばいいんだよ!?(※もちろんカード可です) とビクビクしながら出向いたら、なんと初めて会う参加者の婚約者がこの店に勤めているとのことで、カウンターの向こう側からスッとボトルが入ったり、ずいぶんサービスしてもらってしまった。何食べても美味しかった。しかしどんなオシャレな高級店であっても「え? え? フジョシって何? 漢字でどう書くの?」みたいな質問に意気揚々と答え、寿司屋なのでいつもと違って周囲に日本語を解する客がたくさんいることには後から気づく私であった。
29日土曜日、街はハロウィーンに乗じて飲んで騒ぎたい人々で溢れかえっている。今年のハロウィーンは平日月曜なので、ただ飲みたいだけの大人は週末のうちに騒ぐ。というわけで、隣の部屋が本当にうるさい。私は保存しておいたタカラヅカ動画だの石川禅動画だのを鑑賞しながら黙々と宿題。日曜日もだいたい似た感じで、アンナの課題を終えるためマディソンスクエアパークに三脚を立てて写真を撮りまくる。終わると同時に豪雨。最寄駅近くのアサイー屋で雨宿り。昨日に続いて夜通しハロウィーンどんちゃん騒ぎをする予定だったであろう、中庭がご自慢の近所の店も水浸し。客足も悪くちょっと静かになっていてザマミロと思いつつ早めに寝る。
月曜日はグループワークのため、正午過ぎにマディソンスクエアパークで集合。フィリピン系Cちゃんと美形黒人男子Jくんと三人で、公園利用者に突撃インタビューする。二人は若いから「赤の他人に話しかけるなんて!」と緊張してるんだけど、私はそんなの全然大丈夫なんだけど英語力がないので緊張している。「とにかく第一声だけはおまえらが掛けてくれ、あと口述筆記も頼んだ、質問は私からもするから!」と送り出す。
面白かった。この公園は、ビジネス街と高級住宅街の中間みたいな位置付けで、近所には観光名所があり夜はクラブも賑やかなエリア、東京でいうとどこだろう、渋谷の外れくらいのイメージ? やたら家具屋が多いしペンタグラムとかあるし神泉よりは中目黒とかかな? いやまぁ無理に日本に喩えるのはやめますが、そういう雰囲気のいいところで、月曜昼間にここでランチしたり日向ぼっこしたりしてる人々なんて、みんながみんな、ニューヨークに長く根付いた近隣住民だと錯覚しちゃうんですよ。しかしながら、快く取材に応じてくれた人たち、一人目の金髪美女は「6ヶ月前に近所の会社に転職したから平日はしょっちゅう来るけど、それまではこんな公園知らなかった」。二人目の男子学生は「大学が近いから平日は(以下同)」。三人目は、推定ゲイ男子で多分うちの美形男子Jくんと連絡先を交換したい一心で「ねえ、俺にも質問してよ」と話しかけて来た、ヨハネスブルクからの観光客。四人目以下も「この辺に住んでor働いて長い、この公園に愛着がある」という人はまったくいなかった。よそものの街だなぁ。
断られる理由も面白い。この人は地元民に違いない、と思ったお金持ちそうな白人老婦人は、我々が「ハロー」とベンチへ寄って行っただけで、顔をしかめて虫を追い払うような仕草をして、我々が諦めてそこを離れるまで一言も発さなかった。ろ、露骨〜!! 地下鉄で隣に有色人種が座ると舌打ちして立ち上がるタイプのババア!! まぁ我々、三者三様いかにも美大生でございというファッションをした、露出度高めアイライン濃いめのフィリピン系女子、トゲトゲのチョーカーつけた黒人ゲイ男子、ベリーショートにスチームパンク丸眼鏡サングラスを掛けた性別不詳の日本人女子の三人組である。うん、もうちょっと格好考えてくればよかったな、俺たち。服装コンサバにしたところで「虫」に変わりはないけれど、まるで自分たちに非があったみたいには感じずに済むから。あるいは、明らかに暇で、暇だからベンチで何もせず日向ぼっこしているにもかかわらず、「答えはノーだ。君たちに私の公園でのひとときをdisturbする権利はない。それがどれだけ失礼なことかわからないのか?」と言ってきた白人老紳士も、平謝りしてその場を去った後ずっとこちらを睨みつけていた。私のことは嫌いでも、トランプ候補には投票しないでください……。
さすがに子連れはそんな態度を取らないだろうよ、と寄って行ったベビーカーを脇へ置いて赤子をあやしている身なりのよい白人中高年女性は、話しかけたらものすごく恥ずかしそうに頬を染めて「I don’t speak English….」移民一世カップルに専属乳母として呼び寄せられて故郷出てきた系ヨーロッパおばあちゃんだったー! 見た目で判断してすいませんでした。まぁ一番ウケたのは、「あそこのベンチで仲良くランチボックスをつついてる小ぎれいなヤンエグ男性二人、終始ニコニコしてるしいい人たちっぽいから話しかけてみようよ」と寄って行ったら、食事中なのにやおら腕と舌を絡めて濃厚なキスをし始めて「お、お邪魔しましたー!///」と三人で踵を返す羽目になった一コマでしたけどね。
そんなこんなでフィールドワークが終わり、火曜1限の授業では作業机に寄ってきたアンナの前でだけ軽くプレゼンテーションをして、グループワークは終わり。ここからは個別にファイナルプロジェクトを進めていくことになる。4限のドミトリは「緊急の用事が入ったので休講」とのこと、授業開始時刻頃まで自習室で作業して、早めに帰る。