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2017-09-27 / 歌は歌えば

やっぱりちょっと忙しさのコントロールができておらず、一日で片付けるはずの在宅作業にもう三日もかけている。合間にSkypeでオカキモチの打ち合わせ。夜の食事に出る以外はほとんどずっとパソコンに向かっているのに体感時間がとても短い。といっても、夜はぐっすり快眠してしまっているので、労働時間もサボり時間も、出勤退勤のある勤め人と変わらないんだけど。これをつらいと感じるのは休暇ボケだろうか。

このところ日中の外気温が平気で34度くらいまで上がる! なんだこの暑さ、聞いてないぞ。頭が働かない。うちは南東向きに二面窓があって、ブラインドの遮光も低い、温室のような構造。冬はポカポカで最高だけど、真夏は家じゅうの冷房をフル稼働させないと外よりも室温が上がり、電子機器も人間も調子がおかしくなる。電気代もすごい。ちょっと遮光について真剣に考えねばと思い始めて早2年……。しかし日光大好きな北半球西洋の民はこのくらいさんさんとサンルーム状態なのがお好きなんですよね。こんなにうだるような暑さなのに、同じアパートの隣近所、ブラインド以外のアタッチメント付けてる部屋はないみたいで全然参考にならない。

私は普段フットボールを観ないのだが、Global Citizen Festival NYCは視聴していて、スティービーワンダーが「アメリカのために」と両膝をついたのにいたく感激した。というか、自分が産んでいてもおかしくないような年齢の観客たちが、そんな彼の曲紹介ですぐどの曲かわかって演奏より先に歌い出しているような光景に。日本では国歌斉唱への敬意がどうこうみたいな話に矮小化されてネトウヨがトランプ発言を支持したりしているけど。なんだろう、普段観ない私が偉そうに言うことではないのだが、フットボールゲームって国技を超えて「アメリカそのもの」とでも言いたくなる、謎の神聖さがあるのですよ。そしてとにかく一年中みんなが追いかけている話題でもある。この騒ぎ、下手するとスーパーボウルまで続くんじゃないのか。言い方はアレですが、これが国連演説の内容に対する批判(対外的な恥ずかしさ)を上回るほどの騒ぎになるって、なんかすごいよね……(国際問題は時事刻々と変化しているという違いはあるが)。こんなところから「結局、みんなで大事にしてきたアメリカそのものに無理矢理介入して穢したのは、誰か?」という問いに発展しかねないのか、と。教義についてよく知らない宗教の内紛を眺めているような気分になる。「大統領制そのものへの信頼」が論点なんだとか、あるいは「他国と戦争する前に内側から崩壊するのでは?」と言われていた意味が、徐々にわかってきた。ひるがえって、私は自国についてそんなふうに考えたことなかったかもしれないな、と思う。

夫不在のためやりたい放題。2017年に入ってからすっかり買い逃していた日本の音楽など買い足して、爆音でガンガンかけながら暮らしている。小沢健二とSEKAI NO OWARI、およびルイスバジェは物理CD待ちなんですが、そのうちにBUCK-TICKが30周年で鈴木祥子が29周年でそれぞれ旧譜を聴き直していて、高野寛の新譜が出るのでnoteで販売中の楽曲を大人買い、おまけに高橋徹也の新譜も出る。今更でお恥ずかしいんですけど、今年上半期の買い逃し新譜、HEATWAVE『Carpe Diem』と、あがた森魚&はちみつぱい『べいびぃろん』、どっちも素晴らしくよい……。こういう言葉の強い、「歌は歌えば詩になって行く」(by友部正人)系の日本語ロック、渡米してから結構意識して遮断してたんだな私。頑張って全米ヒットチャート追いかけてイマドキ英語のリスニングに励んでいたりもしたのだが、いいよもう。私に必要なのはこの手の音楽だよ。渇いた胸にしみわたる。死んでしまった人の新作はもう二度と出ないけど一方で、子供の頃から好きだった人たちが現役バリバリで新作を出していて、この世のすべてに触れることはできなくても我々は手を伸ばしていく。

ちょっと胃腸の具合が悪く、栄養の偏る自炊をやめて近所にある南米ヴィーガンの店に行ってみたところ、会計時に「全然関係ないんだけどさ、君の被ってるその帽子イカすよね、って厨房でみんなで話してたー!」と言われて照れる。本人のいないところで他者の服装について話す、これ、日本だと明らかに草が生える案件ですよね、明らかにバカにされている……(ジト目)。のだけど、こうやってラテンノリで面と向かって直接口に出して言われると、なんでも「褒め言葉」に変わるのだ。なんでか(日本語で言われるときのような)悪い気はしない。不思議。私は物事をなんでもネガティブに受け止めがちなので、こういうところ学んでいきたいと思う。

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