宮沢和史とロビー・ウィリアムスの善悪スケートPV対決

突然ですが、宮沢和史「Spiritek」のPVが素晴らしいです。MIYAファンの欲目をぬきにしても、単体の映像作品として素晴らしい。この映像のよさは「サイレント映画」であるところです。こうの史代のサイレント漫画の味わいなどに近い印象? 音楽の邪魔だから台詞が省かれたのではなくて、「面白さに不要なものはすべて削ぎ落とされている」という感じです。まずは見てください。

Miyazawa Kazufumi – spiritek

男女がスケート場で滑る、ただそれだけの話。しかし、静かなイントロの終わりとともに女性がグッと力を込めて滑り出すところで、まずヤラレます。「スケートと音楽のドキュメントシンクロ」! あまりにも単純、だがそれが気持ちいい。野暮ったいロングスカートで防寒対策ばっちりのおかあさんが、だんだん開放的な笑顔を見せる過程でまず、ほのぼの。頼りない足捌きだったのが奔放に手を伸ばし、でも「はしゃぎすぎかな?」と足を引っ込めてみたりして、ああ、人妻かわいい。宮沢和史の歌に似合うなぁ、と勝手に光岡ディオンに脳内変換……したところに、おとうさんキター!!

滑り出すダウンベストの男の背中だけでは何が何だかわからないのだけれど、MIYAの声が消えると振り返るおとうさん、そして、birdの声とともに画面にスッと滑り込んでくるのはおかあさん、そうです「デュエットの男声と女声に、スケートの男女ペアがシンクロ」! あまりにも単純、だがそれが気持ちいい。

このとき、受け手側が“映像の構造”を知る瞬間と、オケにボーカルが乗る瞬間が、まったく同じなのが凄いと思います。私たちの頭の中が、完璧に統御されちゃってるわけですから。たとえば「Star Guitar」などは人によって“映像の構造”に気づく瞬間がまちまちです。パッと気づく人もいれば、2度目に解説しないとわからない人もいる。知ってるよ「風景=音楽」だろ? と言う人も「街中の人=人間のボーカル」というメタな喜びは見落としていたりする。でも「Spiritek」は、おとうさんとおかあさんが一緒に滑る絵になった途端、みんな「いっせいに気づく」のです。

画面外に手を振る夫婦……2番、そして子どもたちキター!! 「リンクの外から眺める」者たちの存在によって、リンク内には「子ども=日常」が入り込めない「非日常」、2人だけの特別な時間が流れていると強調されます。普段と雰囲気の違う両親を、不思議そうに、眩しそうに、照れ笑いで眺める子どもたちの表情もイイ。かつて互いにプロを目指していた縁で結ばれ、今はまろやかな家庭を築いた夫婦が、久々に昔取った杵柄を披露……といった物語を思わせる、自然な演技の塩梅がネ申。

この辺りから「男声と女声に男女ペアがシンクロ」という“約束”は、どんどんグダグダになります。昨今の“計算しつくされた”映像に慣れている私たちは、それが目に引っかかり、戸惑います。さながら、おとうさんとおかあさんが、演出すら及ばないところにまで滑っていってしまうかのような……ありえない自由度にハラハラします。靴紐を結ぶおかあさん、見守るおとうさん、引き気味のカメラと大技になっていく2人の滑り……う、上手すぎないか!? そうです。「久しぶりに子連れでスケート遊びに来た夫婦」役にしては、上手すぎるのです。

おわかりでしょうか。彼らは「夫婦の演技をしているプロスケーター」であって、その事実がちっとも隠されていない! スケート門外漢の俳優と女優がいかにも素人っぽく滑るのではなく、もともとスケートの達者な男女が夫婦役に選ばれている。つまり監督は「音楽と合うと気持ちいい滑り」に、人選から徹底的に拘っている。反対にスケートと音楽のシンクロという“構造”は、最初にネタバレした時点で捨てているのではないか。頭でっかちに“構造”で関心していたら「そんなことより生理的な動きの気持ちよさを見ろよ」と言われた感です。2人が子どもたちの手前にビシッと着地してみせる頃には、そんな監督の“意図”にまで唸らされます。

唸っているうちに、「2人の聖域」スケートリンクにあっさり子どもたちを入れてしまう夫婦。えええええ、そんなことしたら男女ボーカルと男女スケートがシンクロする“構造”が完全に崩れちゃうじゃん!? と驚くと同時に始まるのは、男声も女声もない「間奏」! そして4人で滑ったら息子が転んじゃいました、というハプニングから、また2人だけで滑る夫婦とともに、再開するデュエットのリフレイン! 参った。降参だ。白熱するbirdとMIYAの掛け合いに呼応して、白熱する夫婦ペア。ちょっと寂しい頭の見るからに一般人ぽいおとうさんが、明らかにただものではない振り付けで美しく手を上げるのにシビレます。最後はフレームアウトするおとうさんとおかあさんを子どもたちが見送って「これこそ本当の愛」と歌詞の和訳が浮かび上がる。きれいな、きれいな終わり方です。

“構造”だけで引っ張る映像はダレる。とくに「Spiritek」はサビのリフレインが延々と続く歌なので、テクノにCGを合わせるような簡潔さでは絶対に場が持ちません。だから基本の“構造”を崩さずに、けれどそれを遵守するだけではなく、夫婦愛や家族愛を盛り込んだ“物語”でも魅せる。音楽はカッチリしたプロの滑りにシンクロさせて、4人家族の自然な演技からたちのぼるほのぼの感を歌詞世界に添わせる。まったく、プロモーションビデオのお手本のような作品です。

SPIRITEK

SPIRITEK

  • アーティスト: 宮沢和史
  • 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2004/01/28
  • メディア: CD
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さて、鈴木央→ブリザードアクセル→フィギュアスケート、ということで書き始めた「Spiritek」考でしたので、ついでにマイミク日記経由で知ったフィギュア系PVもご紹介したいと思います。

She is The One – Robbie Williams

ひどいよ。こいつひどいよ!!!(涙) いつオチが来るのかと思って全編見たら、救いはさっぱりありませんでした。日本人に作らせたら逆の結末になるよね、常識的に考えて。だから日本はいろんなものに敗けるんだと思うけど。

いやー、でも、私こっちの映像も好きです。「Spiritek」が“構造”と“物語”の美しき融合で魅せる映像なら、「She is the One」はフィギュアスケートという“生理的な気持ちよさ”と、とんでもない“後味の悪さ”の融合。忘れられない映像であることに変わりはありません。

なんにせよ、以後、ロビーの爽やか笑顔を見るたび魘されそうです。