「ファッションについて書いてみたいのに、書く場所がない」ということに、結構悩まされてきた人生であった。ないので、作ることにした。cakes連載『ハジの多い人生』で化粧やオンラインショッピングについて触れたりもしたけれど、何をどう書いてもオチが服飾にまで届かぬまま変なところに着地してしまう。日記だと、なんだかものすごく長い独り言になってしまう。買い物の記録と、品物に対する思い入れを書きたいだけなんだけどな。
たぶん、着飾ることに対する自己評価の低さが邪魔をしている。どんだけめんどくさいか、詳しくは【こちらの記事】でも読んでみてください。あれから数年経った今となっては自分でも何を書いているのかわからないけど、平たく言うと「親にブスだと言われて育つと、容貌より先に性格がブスになるよね、いかんいかん」って話です。まぁでも、もうちょっと前向きに、「ねえねえこれいいでしょ、私に似合うでしょ!」と自慢したりもしたいものです。友達が少ないので、尚更に。
最近、作家の川上未映子さんが『早稲田文学 女性号』のためにInstagramを始めて、さっそくゴリゴリのコスメオタクっぷりを発揮しているのを楽しく眺めている。日本にいる間はファッション誌に載るようなおめかしエッセイも楽しく読んでいたのだが、リアルタイムで更新されるものを追いかけられるのは久しぶりで嬉しい。いろいろ触発されてしまう。
会社員時代に担当編集者をしていて、一番最初にお会いしたときから彼女は、これまたファッション&コスメ好きの我が上司と二人で、今季の展示会でゲットした新作お洋服についてなど、キャーキャー盛り上がっていた。まるで話題についていけず置いてきぼりをくらった私は、えっ、仕事の打ち合わせの最中でも、こんなふうにオシャレの話とか、していいんだ! と、心密かに打ちのめされていた。あれは20代後半くらいのことだから、もう10年近く前か。
その会社を辞めてしばらくのち、文学賞の授賞式控え室で未映子さんと再会して、「これ、めっちゃええで!」と薦められたリップクリームを、私は今も買い足して使っている。最近入手困難になってきたけど、ネット通販で数週間入荷を待たされたりしながらリピートしている。だって、めっちゃええのである。マジで。もちろん、薦めたご本人はどんどん発売される新作コスメをゴリゴリ研究し続けて、今はもっとずっといい別のリップクリームを使っているのだろうけど。コスメに疎い私は、めっちゃええものに出会ってしまうと、もう買い換えられない。トレンドの波に追いやられても、バカの一つ覚えみたいに同じものをずっと長く使い続けてしまう。あれだってもう、5年近く前のことだろうか。
長年お世話になっている美容のプロ・高橋理砂さんには、そんなことでしょっちゅう叱られる。季節ごとに、自分の肌の調子ごとに、アイテムはゴリゴリ買い換えて、細かく様子を見ながら変えていかないといけない、と。私はあまりにも出来が悪い教え子で、彼女に面倒を看ていただいてると表立っては到底言えないのだが(※つまりはこういうところが自己評価の低さなんですが、いえいえ、彼女の美意識の高さに全然追いつけてないので……看板に瑕をつけるわけにはいかない……!)、5年も同じリップクリームを使いながら、たまに慌てて指示を仰いで、見たことも聞いたこともないような新作商品を言われるがままにちょこまか買い換えたりも、一応はしています。ただ、ここで書こうと思っているのは、後者ではなくて、前者のほうの話。
購入してから長い時間が経って、「やっぱり買ってよかったな」としみじみ思うもの。あんまりいいから同じものもう一着、もう一足欲しいなと思って探してみても、生き馬の目を抜くファッション業界でもうとっくに売り尽くされて入手できなくなっているどころか、下手すると型番さえわからなくなっているようなもの。でも、ぼろぼろに使い古して断捨離するその前に、それがどれだけすぐれものだったか、書いておきたいこと。自己完結する満足より、もうちょっと、自慢したいようなもの。そんな話です。
ところで、お買い物をするとき、気に入ったお洋服をひっつかんで颯爽とレジに運ぶとき、頭の中に鳴り響く音楽がある。……そう聞くと、みなさんどんな曲を想像するだろうか。アイドルがウキウキとときめきを歌い上げるガールポップ? 四季の彩りを奏でる華やかなクラシック? それとも、クィアなドレスアップによる自己表現を全肯定するミュージカルナンバー? キャッキャッ。
私のは、山口洋なんですね。山口洋。HEATWAVEの。九州男児の。ロックンロール・アスホールでおなじみの。
なんでかというと「No Regrets」という曲がありまして、オシャンティな意識高いファッションブティックなどで、買おうかどうしようか迷っている品物の値札を見ながら、えいやっと清水の舞台から飛び降りるときに、聞こえてくるんですよね、必ず。「ノーーーーーォォッオーーリグレッッ!!」と、ヒロシの声が。頭の中で「ケツの穴、ゆるめていこう!」と歌われて、俺の財布の紐も緩むわけですよ。はい。後悔なんかしない。
いや、ファッションの連載するって言ってなかったっけ……? オシャレ、とは……? という感じですが、私にとって、おめかしをするとか、おめかしについて書くというのは、このくらい気合を必要とすることなんですな。
この服を着ようとするのは、靴を履きカバンを持ち帽子を合わせるのは、間違った選択ではない。新しい自分になるための挑戦である。だから買え、不釣合いだと笑われても我が物にしてしまえ。そんなとき、背中を押してもらいたいのは、真似をしてキレイになりたい憧れの美女でも、かわいいよと褒められたい異性でもなくて、己の中に飼っている、気高い野生の鷹のような、山口洋の声をした物言うケダモノなんですな。
名曲「明日のために靴を磨こう」の替え歌として、ずっと私の脳内に「明日のために花を飾ろう」というフレーズがあった。ぐるぐる渦巻いて、同じメロディで歌ったりしていた。それが、2017年の新譜に収録された「Hotel Existence」で、本人にそっくり同じに歌われていたので、なんかシンクロニシティが嬉しかったのもある。記事タイトルはそこから拝借しました。
自分の頭に庭から摘んできた花を飾ってめかしこむというのは、なんとも滑稽な行為である。でもやっぱり、昨日のコンプレックスに手を振って、理不尽に隔てられた心の壁の向こう側の絵を描くためには、大切な行為なんだとも思う。コンプレックス。跡形もなく全壊させようとすると困難な、強固な壁だ。歴史と伝統に裏打ちされてもはや自分にとって貴重な文化財のようでもある壁だ。生きてるうちには消せないかもしれない。
褒められて、嬉しくて、おだてられて木に登って、いつのまにか壁の高さを越えていた、というくらいのケツの穴のゆるみ具合がいいよな、と思う。自分の外側にあるものを身にまとうことは、自分の内側を見つめなおす行為でもあると思う。明日のために、花を飾ろう。
※リップクリームはjohn masters organicsの無印のやつなんだけど、どうやら公式サイトでも在庫切れ再生産未定のようなので、そろそろ重い腰を上げて新しいものを見つけないと……。香りつきのやつは私はダメでしたね。
その後2018年、念願叶って『そのかねを』というお買い物の連載を始めました。服の話もずいぶんそこで書いたかな。たとえばサリースコットについてなど。(2022-08-28追記)