2024-06-14 / 北欧旅日記(04)ヘルシンキ2日目

さすがにちょっと遅く起きる。朝昼兼用の食事を摂るため、10時半開店の「Qulma」を目指した。夜はビストロになる店だが、ランチ営業はビュッフェスタイル。といっても、別にスモーガスボード(※スウェーデン文化)ではない。本日のスープはオニオングラタンスープ、定番のグリーンサラダに加えてビーツとりんごのクリームサラダなどもあって、やっぱりロシアっぽい。ラザニアやキャラメルプリンなども美味しい。銀の大皿であたためられている温菜にはあと、牛肉料理と夏野菜を粉でつないだパンケーキもある。フィンランド料理かしら、とよく見たら、プルコギとチヂミだった。え、これ北欧のバイキングじゃなくて、韓国映画でよく見る「運転手食堂」のほうの食べ放題では? と振り返るが、厨房の料理人はコック服姿の北欧系だ。シェフの気まぐれ世界料理シリーズのコリアン・デイに当たったのかな。地元食材を使った真の多国籍料理。

アジア系の若い男性店員が、我々とは英語で、他の客とはフィンランド語で、他の従業員とは英語で、暇なレジ番をしながら友達と電話するときは中国語で話している。そこへ朝から働いていたと思しき汚れた作業着を着た白人の若者たちがどしどしやって来ると、レジ番はそのうち一人とひときわ親しげに肩を叩き合い、仲良く一緒にごはんをよそって食べ始めた。おい勤務中じゃないのかよ。とはいえ、業態と客層がマッチしていて大いに納得するところがあり、旅行者にも地元常連客にも愛されている店なのがよくわかる。たんとお食べ。

北欧旅行前に予習がてら、ヘルシンキを舞台にした映画『かもめ食堂』を観てきた。十数年の時を経て観返した本作、なかなかにツッコミどころ満載で、それについては当時、Blueskyで長文スレッドを投稿してある。

映画『かもめ食堂』は2006年公開だそうだ。(略)私は小林聡美演じる主人公とほぼ同い年になり、まるで感想が変わっていた。まず合気道の膝行と四方投げが下手すぎ。設定に説得力が無い。コーヒーの淹れ方も下手すぎる。他の食器はイッタラでも構わんがヤカンだけは細口にしてよく蒸らしてほしい。そして片桐はいりが「ここで働かせてください」的なこと言った瞬間「就労ビザぁ!!」と絶叫してしまった。(略)劇中の食堂が開店するもっとずっと前から市内ではきっと華僑が安くて美味くて祝祭日でも開いてる中華料理屋を開いて同郷の移民の胃袋を満たすうち現地のB級グルメ好きに評判となってるはずだし、同様にあの親日青年などが大喜びする類いの鮨屋やラーメン屋やジャパレスも一軒くらいはあるはずだし、今ぐぐったらヘルシンキに合気道の道場は五つもある! でも小林聡美は、それらを経営して軌道に乗せてるような移民コミュニティとは、いっさい関わりが無い。(後略)
https://bsky.app/profile/okadaic.bsky.social/post/3ktzlp4b6ll25

「この続きはヘルシンキに行ってから書く」と宣言して、実際に現地に来たので、続きを書く。だいたい私の読み通りで、この街にも少ないけどアジア系はいる、看板にさまざまな国旗を掲げた移民が経営する御国料理の店もたくさんある。北欧はどの国も人種構成比に占める北欧白人の比率が9割超だと聞いて、そんなに真っ白か、と身構えていたのだが、あくまで各国の首都中心部を歩いた限りにおける体感は、ずいぶん違った。たぶん統計の数字が古くて、移民の数え方も異なるのだろう。あと、地方へ出ればそれはもっとずっと100%に近い北欧白人比率だろうとは思う。

どの人種だってゼロではない。黒人・ラティーノ・アジア人が少ないな、と見慣れたニューヨークとの差に気づく程度で、中東、西アジア系、南アジア系などの比率は高く感じる。オスロでは公的施設の職員に占める有色人種の割合が似通っていて、クオータ制があるのかなと感じた。ごく一般的な接客業に就くにも現地語を含めて数か国語を操る必要があるから、非白人にも現地で生まれ育ったマルチリンガルが少なくないだろう。露骨に北欧白人だけを採用していると感じたのは老舗ホテルのフロントや一部の郷土料理店くらいで、それも厨房や客室係に他人種がいるから気づくことだ。居を構えて暮らしたわけではないからいい加減なことは言えないが、たとえば公園などで地元の学校遠足とすれ違うこともある。先生も生徒も人種は多様で、ヒジャブを被るムスリマもいた。どの国でも、現地の公教育で子供を育てている非白人の家族が存在するのだ。

『かもめ食堂』ばかりを貶すつもりはないものの、白人だらけの国で「たった一人の東洋人女性」かのような気概や振る舞いを見せながら、片道切符の旅行者を巻き込んで飲食店を切り盛りするあの描写は、やっぱり御伽噺的に視野が狭い。自分も海外で暮らして実感するが、世界のどこへ行こうと「なんだ、案外、似た者よそもの同士のつながりがあるんじゃないか」のほうがずっと特筆すべきことで、外国を舞台にしながらそのあたりをいっさいウォッシュして描写しないのは、どうかと思う。Marimekkoの旗艦店には、日本人旅行者相手に日本語で接客する店員がいた。必要だから創出された雇用だ。そんなもんだろうと思ったよ。

ヘルシンキはロシアっぽい、という第一印象を持ったので、街で一番ロシアっぽいとこ行ってこのバイアスを強化しようぜ(※よくない)、と、まずはロシア帝国の建築家が建てたフィンランド正教会、ウスペンスキー大聖堂から観光を始める。和名は「生神女就寝大聖堂」で、生神女就寝はカトリックでいう「聖母被昇天」に相当……と雑に書くと、産んだのは神かキリストか、肉体ごと天国に行ったか骸は地上に置いてったか、とかで神学論争が起こる。どっちにしたって字面がキメエんだよ! はいはい無原罪無原罪、どいつもこいつも教祖産んだヤンママにバブみを感じてオギャってろ、アーメン!(※筆者は幼少期に受けたキリスト教教育への反発からF**k the Patriarchyに至ったかわいそうな人間なので事あるごとに一神教の教義矛盾に中指をオッ立てますが、それはそれとしてこの後もさまざまな旅先の教会建築を巡って別腹でキャッキャウフフ楽しみます。それはそれなのよ。)

外観はタマネギ型ドームがツンツン尖り、足を踏み入れれば立派なイコノスタシスに迎えられ、どこを見上げても黄金が煌めき、壁はもちろんのこと柱の上のほうまで、所狭しと聖人や天使たちの顔、顔、顔が描かれ、全部あの目ヂカラの濃い筆致。うーん、浴びたぜ、東方教会。イスラム教開祖がなぜ偶像崇拝を禁止したのか私にはわからんが、精緻な幾何学模様とナマっぽい聖画との掛け合わせがまたラリるのよ、キリスト教徒でも視線恐怖症に陥る人がいそう。でも日本のお寺でも暗闇に居並ぶ黄金の仏像たちの眼圧というか顔圧が強いところはあるからな、と、ロシアの西端と東端に想いを馳せる。

バスツアーで来ている大勢のアジア系観光客たちとすれ違い、耳を傾けていたらそれぞれ別の言語を話す複数団体だった。トーベヤンソンの名を冠した公園を下り、アラス・シープールという海に突き出した真新しいサウナハウスの前に出ると、駐車場に中国語と韓国語をそれぞれ掲げた観光バスがずらりと並んでいる。同じ人たちかな。風呂好きアジア人、みんなサウナにも行くんだろう、私は生理中で入れない、羨ましい。せめて観覧車くらい乗りたいが、高所恐怖症の夫のオットー氏(仮名)に拒絶される。

ランドマークの大統領官邸あたりを海沿いに歩いて、青空市をひやかす。ノルウェーと同じく、隙あらばトナカイやリンゴンベリーを推してくる。あとはVendace(モトコクチマス)という小さな湖水魚を焼く香ばしい匂いと煙のシズルで客を惹きつけている屋台など。青空市の途切れたあたりに、その名もオールドマーケットホールという建物があって、こちらが通年の屋内市場。オールドといっても潤沢な資金できれいに改装されているのが窺えて、ちょっとアミューズメントパークみたいだ。清潔なのは大変いいことだが、アジア圏のがちゃがちゃした市場を期待すると拍子抜けかもしれない。

トナカイはじめ野生肉の専門店、魚屋の他に、キャビア専門店などもあり、その場で食べられるオープンサンドを売る店もある。ベトナムフォーとともにバインミーを売る店、ケバブ屋などもあって、どこもトナカイの燻製肉やフィッシュフライなどを具にしていて美味しそうだ。フィンランドの食材はおにぎりの具にならない、みたいな雑な結論に至っていた映画『かもめ食堂』、いくら18年前の作品とはいえ、ひどいと思う。もっと現地人に寄り添って自国文化とフュージョンさせる営業努力をしたほうがいい。

郊外のアルヴァ・アアルト自邸は翌日見学することに決め、今日は市内中心部を徒歩で回る。「買い物するぞう!」と息巻く私の横で、夫のオットー氏(仮名)はまるでピンと来ていない様子。ヘルシンキ大聖堂とエスプラナーディ公園を取り囲むショッピングエリアを順番に見せながら、フィンランドのブランドについて紹介していった。Lapuan Kankuritのファブリック、ITTALA/Arabiaの食器、Artekの家具、MarimekkoやPAPU designの洋服、AarikkaやOkraの雑貨、空港にあったムーミンショップのもっとデカい親玉、などなど。とはいえ、どれも日本に住んでいた頃からさんざん目にしているもの、セールの時期に通販したりもしているもので、今日いま買いたいものがあるかというと、なかなか難しいところだ。

とくにマリメッコはちょうどUnikko柄の60周年記念イヤーで、複数ある店舗どこもかなりUnikko一色と化していた。コレクターにしてみれば限定品が嬉しいのだろう、みんな爆買いしまくっているが、もっと本国にしかない他の柄なんかあれこれ見たかった私は少々がっかり。そして、いつも品数少ないなと思っていたニューヨーク店、本国と比べても案外悪くない厳選セレクトだったなと見直したりした。イッタラの器は下見だけして出国日に買うことに。ムーミンショップでも、あれもこれもとかさばるものを買おうとするのを「落ち着け!」と一喝されて目が覚め、ノートかなんか買って、もう少し吟味してから買い直しに来ることに。持つべきものは原作未読の配偶者である。冷静。

こうなると私の「聖地巡礼」はもう、Klaus Haapaniemi一択となる。クラウス・ハーパニエミ、日本でも伊勢丹のウィンドウディスプレイなどを手掛けていて画集も出ている人気のイラストレーターである。壁紙やクッションカバーなどホームウエアのほか、アパレルも展開している。ただしドレス類は着用モデルが長身すぎてネットショップではサイズ感がまるで掴めず、いつか本国の実店舗で試着しながら買い物したいと思っていた。旗艦店はKämp Galleriaというショッピングモールの二階にあり、荘厳な雰囲気、というか、閑散としている。ついさっき覗いたイッタラの店舗では、同じ作家の絵付けしたマグカップが奪い合いになる勢いで飛ぶように売れていたのにね。みんな壁紙やアパレルには手を出さんものなのかな。

うちのブランドご存知ですか、と店員に話しかけられ、「あれ! あれと同じストール持ってます! あそこに置いてある日本版の画集も持ってます、ファンです!」と店頭商品を指し示してオタクムーブを決め、壁紙のカタログを見せてもらったり、「昔売ってたオリジナルのお皿、再販待ってます」「あれなぁ、よかったよな、また作りたいわぁ」と話したり、大変よくしてもらえた。のだけれど、やっぱりドレスやキモノガウンやパンツには、手が出せなかった……。全身クラウスハーパニエミ柄の洋服、どうしても着こなす勇気が足りない。あと、帯留にと考えていたブローチが大きすぎて予算もオーバー。口惜しい。Black Lakeシリーズのスカーフの素材違いを、悩みに悩んで触りながら決めて買う。この冬の俺は首にチンアナゴ巻くぜ、楽しみにしてろや。

しかしなぁ、蛾とか蜂とかトドとかその他の幻想動物が舞い踊ってる総柄で、しかもシルク製のキモノガウンとか、パジャマにするわけにもいかんけど、どんなに頑張って考えてもよそゆきとして着て行ける場所がまるで思い当たらないよ……と溜息つきつつエスプラナーディ通りに出ると、な、な、なんと、Kämp Galleriaの並びにあるカフェテラスに、まさにそのクラウスハーパニエミのシルクガウンをまとい、背筋を伸ばして独りで毅然とお茶をしている、はちゃめちゃオシャレな中年女性が、居た! ええええ、何なんだ、直営店の直下でそんな服着てる人いるか普通、仕込みじゃないの、店員が生きたマネキンみたいに座ってるだけなんじゃないの、と仰天したが、見渡せば並びにMarimekkoがある通りでUnikkoのカットソーを着て闊歩する人もいくらでも居る。同じと言えば同じである。でっかい真っ黒いサングラスかけて、ピンヒール履いて、黒革のハンドバッグなど合わせていた。なるほどああやって着ると寝間着に見えないんだな。参考になるけど、真似は到底できない。

各国の簡単な日常会話フレーズは頭に入れてきたのだけれど、向こうも東洋人と見れば大抵は英語で話しかけてくるので、ほとんど使う機会がない。ノルウェー語で「こんにちは」はGod dag、フィンランド語ではPäivää、間違えないぞ、と思ってたのに、ノルウェーの接客業みんな「ハイハイ!」と陽気に挨拶してくるので、こちらもつられて「ハイハイ!」で片付く。これがフィンランドだと「ヘイヘイ!」となり、『ヘタリア』で知った挨拶「モイ」「モイモイ」よりは「モイコォ!」が多かった。Moidoというフレーズがあるのと、あとköが疑問符加詞のようだけど、How are you? みたいな意味か。調べてもわからんかったが、かわいい。

大通りにあるIhanaというカフェで一服することに。店内は植物どっさり、年代物のラグの上に寄せ集めたような古い家具が配置され、そこはかとなくボーホーテイスト。ピンクに染めた髪に蛍光緑のチューブトップを着てヘソを出し、ありとあらゆる体の部位からピアスを下げた若い女子店員が、座席を確保し財布片手に注文カウンターへ寄っていく私に、無表情に流し目をキメながらもんんんのすごく勤労意欲に欠けた低い声で「……モォイ……」と接客してくれる。今の今まであのハイテンション高音の「モイ!」しか知らなかった私、すごいぞ本場、こんなアンニュイのかたまりみたいな気怠げな「Moi」もあるんだね! と感激してしまう。日本のバイトが「(らっ)しゃーせぇ」「ざーしたァ」とか言うのと同じだが、それでもムッとするより萌えてしまうので「Moi」は偉大。カプチーノとチャイも美味しかった。ラテアートはめっちゃ雑だった。

夫は白夜(仮)にあてられて体力の限界とのことで、いったん宿に戻って休憩するという。私も芸術鑑賞する文化活動には脳が追いつかないが、買い物だけならまだまだ行けるかな、ということで、しばしの別行動。Samujiのブティックを目指す。マリメッコのデザイナーだったSamu-Jussi Koskiが始めたブランドで、私は2010年代にニューヨークのセレクトショップで知り、ワンピースを一つ持っている。ただ、2021年にはNOSHに買収されてデザイナーはAnne-Mari Pahkalaに変更、その後のコレクション展開どんなもんかしら、と気になっていた。

元はKämp Galleriaにあったという店舗はLiisankatuというエリアに移転している。土地勘がなければバスかトラムに乗る距離だが、朝行った「Qulma」に近く、また「歩けるじゃん?」を貫く。結局、スポットを巡る観光よりも、似たようなエリアの違う通りをジグザグに街歩きする時間のほうが好きなのだ。学生が多いなと思うと大学のキャンパスがある。あそこでバス降りる人がやたら多いなと思うとバス停の裏手に繁華街がある。名前を調べても誰だか全然わからないような銅像が立つ立派な建物の車寄せで、なんでか知らんが大興奮で何枚も記念撮影している背広姿のおじさんおばさんがいる(学会に集まった研究者たちと恩師の恩師の恩師の銅像とかだろうか)。学校のお迎えを終えて夕飯買い出し途中らしき母子連れが、ぐずる子を宥める目的で二組も三組も同じ地元のパン屋に吸い込まれていくので「泣く子が黙るんかいな! 絶対おいしいやつやろ」とつられて入店するも、チビッコたちが大好物の菓子パンを選ぶのに熾烈な兄弟喧嘩を始め、レジの待ち時間に耐えかねて店名だけメモして手ぶらで出るが、きっと死ぬまで二度と再訪することはない。そんなこんなが楽しいのだ。

Samujiでも大変いい買い物ができたなぁ、ネイビーのコットンパンツ。ちょうどサマーセール中で150ユーロ、大切に履こう。今回は本当に少ない旅装、毎度毎度どこへ行くにも変わり映えのしない(暑すぎず寒すぎず家で洗えてシワになりにくい)服で来たので、翌日いきなりおろして履いたりした。Paula Kasuの帽子も造形めちゃんこかわいい、冬帽なら何かしら買ってたはずだが、汗みずくになる夏帽はオシャレなやつ買わないことにしてるので我慢。

その後またエスプラナーディ公園のあたりまで南下、Nansoでこれまたセール品のTシャツを買い、FINLAYSONのアウトレットやGEMMIをひやかして、移転セール中のNomen Nescioであれこれ試着するも黒い服は家にたくさんあるので何も買えず、復活した夫と17時半頃にWinestというジョージア系のワインバーで落ち合う。ジョージアの飲食店があるの、やっぱりロシアっぽい(雑)。安くて美味いジョージアのワインが充実しており、ハッピーアワーでアペロールスプリッツも€5。

スターリンとチャーチルが愛した「Khvanchkara」という甘口ワインの名が子音続きでまったく発音できず、バーテンダーに笑われる。「最初に入ってきたとき、父親と待ち合わせてる未成年の小娘だと思って年齢確認しかけたよ。え、44歳? 日本女性は年とらないって本当だな、俺は28!」と言われるが、どう見ても40歳くらいの貫禄である。ヨーロッパ人の年齢まるでわからん。ところでこの「奥方があまりにお若くて、娘さんかと思いましたよ、旦那ァ〜!」というホモソーシャルなお世辞、男の所有物たる女と畳は新しいほうがよいという思想、マジで聖母マリアをぴちぴちギャルに描くために聖ヨハネを過剰にヨボヨボに老けさせて横に置く昔から続く、F**k the Patriarchyよな(再)。空気読め、言う相手選べ、全員が喜ぶと思ったら大間違いやぞ、夫のオットー氏(仮名)は目に見えて落ち込んでいる、我が配偶者のためにもやはり家父長制は滅ぼさねばならぬ、ウスペンスキー大聖堂に火ィ放って燃えさかるタマネギごと貴様等のケツに刺したろか、『我は、おばさん』好評発売中です!

いえいえ、口が滑りました、自著宣伝のついでに他人様の信仰の拠り所である宗教施設への放火をともなう加害行為を仄めかすのは、大変よくないことですよ。信教の自由はなんびとにも保障されるべきであり、批評精神も大切だが、それはそれとして今日に至る世界人類の進歩発展を陰日向に支えてきた伝統宗教への一定のリスペクトは保たれるべきである。

というわけで、次はいよいよ、ヘルシンキ大聖堂に登る。街一番のランドマーク、見た目ほど高くない大階段を上がると非常に気持ちよく、どれだけ人が集まっていてもまったく窮屈な感じがしない、「広場」のお手本のような建物……なのだけど、こちらは内部が入場料制で、18時に行ったら17時閉館であった。教会なら行けば開いてて入れてもらえるだろというこの慢心、よくない。あと白夜(仮)で時間感覚も狂っている。

じゃあ、文無しの異教徒でも絶対に門前払いされない場所にでも行くか、というので、ヘルシンキ中央駅へ。重度のハルキストである夫、今度は『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』の聖地巡礼である。エリエル・サーリネン設計の駅舎を指差しながら、「多崎つくる〜!」「多崎つくるはねえ、あちこち観光しないで、ここでずーっと駅だけを見てるの!」「は〜!」と、イイ声で鳴く。私はといえば、いや知らんけども、ヘルシンキ中央駅って本当にこういう外観でいいんだっけ……? なんか地味すぎない……? と消化不良が残る。それもそのはず、東京が絵に描かれるとき東京タワーがアイコンとなるように、ヘルシンキが絵に描かれるときよくアイコンにされるあの、エミル・ヴィクストロムの手による二人二組の巨人がランプを捧げ持つ彫像、通称「石男たち(Kivimiehet)」があるのは、駅の反対側なのだった。おいハルキスト、ちゃんと調べとけ。翌々日に再訪してやっと建物の全容を把握した。写真はその日の日記に載せます。

全然知らん人に撫でてもらいに行く様子をたまたま撮られたおいぬ。

文無しの異教徒でも絶対に門前払いされない場所がもう一つ、それがヘルシンキ中央図書館「Oodi」である。2018年にフィンランド建国100周年を記念して建てられたとのこと、写真だけはあちこちで見かけたことがあり、是非とも実物の中に入ってみたいと思っていた。これが本当に素晴らしい施設だった。オスロではオペラハウス、ヘルシンキでは図書館に感銘を受けたなぁ。ストックホルムでも一番よかったのは図書館だった。コペンハーゲンはルイジアナ現代美術館かな。まぁそれは順を追って。

三階の図書閲覧スペースはガラス張りでテラスもあり、配架ロボットが行き交い、なだらかに波打つ天井と起伏のある空間すべてが、本を読み、本と戯れ、本で遊ぶ空間となっている。ボールチェアに陣取って一人静かに読書に耽る大人もいれば、おやつ持参でグループワークをしている子どもや、乳幼児を遊具で遊ばせに来ているママ友グループもいて、賑やかだけど、全然うるさくない。螺旋階段を降りた二階にはふんだんに自習スペースが用意され、大判印刷機や3Dプリンタやレーザーカッターがあり、予約制の防音室の前でエレキギターなど楽器の貸出も行われている。後で調べたらキッチンもあるそうだ。一階もガラス張りで、チェスと囲碁のためのゲームテーブルが賑わっており、外へ出るとスケボーや球技をしている若者がいて、そのボールやラケットも、総合受付で貸し出されているのだ。

図書館は本を貸し借りするだけの施設ではない。実用書を手引きに同人誌や雑貨をはじめあらゆるものを自主制作する人々、小説に感化されて政治活動のビラを刷る人々、家に宅録設備がなくても音楽だって作れるし、未来のチェス名人がここから生まれるかもしれない。譲り合いながら無料の設備を使い倒し、市民がそれぞれの文化活動に勤しめる、国がそれを奨励している。

たとえフィンランド語の本が読めなくとも、私がこの街の住民なら絶対にここに入り浸るし、そして私は、そっくりの場所を一つ知っている。今はなき東京都の施設、青山こどもの城だ。早々にワインが入ってほろ酔いのせいもあるけれど、「市民のために図書館を建てようぜと話してコレが爆誕するような国にならいくらでも納税したい!」「かたや東京都はたかだかオリンピックごときのために青山こどもの城と神宮外苑をぶっ潰しやがる!」と喜びと怒りが同時に押し寄せてくる。都民のみなさん、東京都知事選、行ってくださいね。現職小池百合子は落選させねばならぬ。VOTE THEM OUTやで。

Oodiの並びには現代美術館「Kiazma」があって、図書館があまりに素晴らしすぎたからこっちはパスしてもいいかな、と思っていたのだが、念のため一階売店をひやかし、開催中の企画展カタログなど眺めつつ吹き抜けの美しさに見惚れ、いや、やっぱり来てみてもいいかも、と翌々日の予定に組み込む。美術館の売店を下見して後日展示を見に来るかどうか決める、というこの行動、その後も我々よくするようになる。入館料払ってるような顔して無料でトイレ借りられるしね……。

ハッピーアワーにワイン飲んでからずいぶん時間が経ったのだが、白夜(仮)のせいで自分たちの空腹の度合いがよくわからない。今日は夫のオットー氏(仮名)が体調不良を早々に察知して午後に休憩を挟んだけれども(賢い)、私もこの後の旅程、ストックホルムとコペンハーゲンでは割と本調子でなく、すでにその片鱗が少しずつ現れていた。この近場でサクッとごはんが食べられるところ、フルコースが出てくる格調高い高級レストランなんかでなくともよいが、しかし、前日がハンバーガーだったから今日はできればフィンランド料理がいいよね……との需要にばっちり当てはまる、「Ravintola Zetor」というレストランを目指す。Ravintolaはフィンランド語で「レストラン」、かもめ食堂もRavintola Kamome、覚えた。

Zetorはレニングラード・カウボーイズのサッケ・ヤルヴェンパーが内装を手掛けているそうだ。そういえば、アキ・カウリスマキ監督本人が経営するカフェバーとか、ロケ地になった店とかもあったはずだよな、と人から聞いたおすすめを思い出そうとするも、だいぶ力尽きており他のエリアまで行く元気がない(後日調べたらどうも最近閉業した様子。探さなくてよかった)。Zetorもレトロでジャンクな雰囲気のコンセプトレストランとして隅々まで楽しくて、ブリヌイもトナカイのシチューも美味しかった。そう、前菜に平然とブリヌイがあるのよ、ロシアっぽい(雑)。Karhu Aのドラフトを飲む。Karhuはフィンランド語で「熊」、凶悪な目つきのクマが描かれたビールと、かわいいクマが目印のスニーカーブランドが別個にある。覚えた。今までとは別の通りを通って坂道を上り、評判のジョージア料理のレストラン、かっこいい建物の消防署など発見しつつ、21時前にはホテルに帰投して就寝。