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2016-03-02 / 3月の第1週、水曜、野田秀樹の英訳

驚くなかれ、水曜1限のTimの授業も、進行中の課題は「3部作のシリーズものブックデザイン」なのである。他のクラスメイトは本気で苦労してるんだが、Helenのコマを一緒に取ってる日本人クラスメイトAちゃんと私は、「あー、はいはい、もう何が来ても怖くない、何案でも持ってくるわ」みたいな表情で淡々と作ってきているのが可笑しい。本日はスケッチ段階の合評のはずなんだけど、この二人は割と完成品に近いものを持ってきてデデンと見せる。俺たちブックデザイン組、知らず知らず「体力」がついてて、有無を言わさぬ迫力がある。私に至っては、「最初の1冊目だけ」という宿題の指示をすっかり忘れて、3冊全部を6案くらい揃えて作っていき、説明だけで時間オーバー、逆に「順を追って進むんだから、まぁ落ち着け、次こそは1つだけ作って来い」みたいなお叱りコメントを受ける。
こちらも私は「戯曲」シリーズにした。ただし「英語で出版されている野田秀樹の戯曲3作品」という設定にして『小指の思い出』『赤鬼』『THE BEE』。英訳のない『小指の思い出』を入れたのは単なる願望です。Helen様との課題の重複、どこを省力化しようか迷っていたのだが、「芝居が好きだから好きな芝居でやればストレスも軽減されるだろう」という結果に。あと、Timは日本人に日本語で話しかけてくるような日本贔屓のデザイナーなので、Helen相手と違って野田戯曲の説明が苦ではない!
……のだけど、やっぱり難しかったなぁ。「カスパーハウザーをベースにした主人公の母親がラストで火刑に、えっ、あっ、そのー、カスパーハウザーってのは19世紀に実在したドイツの少年で、地下牢に囚われていたんですが、ここでは永遠の少年性のシンボル、かなぁ」「アクシデントフェイカーってわかりますか、ヒットアンドランの被害者のフリをして金を稼ぐプロフェッショナルのことで、いや、この自動車と競馬の馬とはまた別物です」「この世界では歯磨き粉がドラッグで、小指に塗って噛むと糸が出てきてそれが凧になるから子供たちが逃げられるんです……いやまぁ、とにかく、歯磨き粉も糸も、メタファーではなく芝居の小道具です。でも芝居には登場しません、基本的に全部マイムで表現されます」「まぁ指を切るといってもジャパニーズチョップスティックなんですよ。いや、この写真に見えてる糸は、凧のじゃないです、凧は忘れてください、これはテレビクルーを表現してます。蜂も出てこないんですけど、蜂の音がすると主人公の気が狂うんですね。わかりませんよねー、私もわかりません、あはは!」……演劇評論家が聞いたら卒倒する適当すぎる解説。
Timからのコメントは「この劇作家の作品は、どれも人間の内に潜む『暴力性』のようなものがテーマであるらしいから、ちょっと怖い感じがいいかもね」「あと、『bondage』(束縛、隷属)が3作品の共通項だよね、君が刺繍糸を使って抽象的にそれを可視化したシリーズ案がいいと思うので、ここからふくらませていって」というもので、これは結構、感銘を受けた。もちろん野田秀樹の作風の深いところに暴力性があるのはわかるけど、私の拙い英語解説が野田作品のもっと目立つ他の要素、つまり「飛んだり跳ねたり」「言葉遊び」「機関銃のような台詞の応酬」「本歌取りから換骨奪胎された架空の世界設定」といったシアトリカルな要素を全部洗い流してしまい、あらすじを聞いた彼の興味関心は「日本人劇作家の視点で描かれる大衆の閉じた狂気と静かな暴力の恐ろしさ」に集約され、日本という国のパブリックイメージとともに強く印象に残った、のだろう。そうか「翻訳」のプロセスでこういうことが起きたりするんだな、と面白かったし、野田秀樹が翻訳不可能とも思えるあの作風をひっさげたまま、英語圏での上演に奮闘してきた姿を、また別の視点から捉えられた気がした。
……まぁでも、頭おかしい感じで色紙に刺繍糸をブスブス刺しまくってぐるぐる巻きに縛り付けた図案というのを出したのは、単に、Helenの授業のために買った刺繍糸が手元に余りまくっていたから、なんですけどねー! 廃物利用! イタリア人クラスメイトも、Helenの課題で「ゴリラの体毛」を表すために買わされた黒い起毛素材を、ココシャネル自伝のスケッチに切って貼って「この真珠に添えた漆黒のファーは彼女のラグジュアリーさの表現よ」とか言ってた。うんゴリラだけどな。モノがアイディアを生む瞬間である(ドヤ顔)。しかし「野田秀樹の真髄はボンデージ」って俺的に最高にエロい発見なので今後も使っていきたい。言われてみれば、歴代いろんな登場人物が、ちょう縛られてるよね、ひも状のものなり、窮屈な衣服なりで、痛くない程度にめっちゃ縛られまくっているよね、本人もすぐ「手足の自由を奪われたポーズ」するしさ……え、え、エロい……!
Andyの授業のテーマは「Photoshopで乱れた髪の毛のようにふわふわしたものの輪郭を背景から上手に切り抜くための最良の方法」。いったいそれは何なんだろうと思っていたら、まさかの「髪の毛っぽいブラシを生成して、境目をささっと撫でる」だった。ズコー!! ざ、雑!! 小学生が考えた頓智のレベルですけど、これが世界最高峰のデザインスクールで習うレタッチの手技なの、マジで!? 髪の毛の形に一つ一つパスで抜いてくのかな、とか思ってたが、そんなことするの日本人だけなんだろうなぁ。あとは、私が初めてPhotoshopに触った1990年代末に比べて自動選択ツールなどの個別の性能が上がっているから、仕上げにそこまで神経質にならなくていいのかもしれない。と思いながら、サバンナから切り抜いたシマウマの画像のたてがみを髪の毛ブラシでナデナデしているうちに今日も一日が終わる。