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男と女の想定範囲

 東京メトロ銀座駅、日比谷線と銀座線のホームをつなぐ動線上にある公衆便所。このトイレに、年明けから改装工事が入った。3月下旬頃には終了するそうだ。工事期間が意外と長いのは、日中の利用客を優先して一気に工事しないからだろう。まず男女ある便所のうち女性用だけを封鎖して工事、次に男性用を封鎖して工事、という段取りで、片方を封鎖している間は、もう片方を「男女共用便所」として開放している。

 古い雑居ビルや小さな料理店などでは、アサガオと座式便器が間仕切りされた「男女共用便所」はまだまだ健在。底上げされた和式便器ひとつきりの個室を男女交代で使うことも多い。分かれているに越したことないけど、一緒に使えと言われれば使えなくもない。それが公共スペースというものだ。ところが。通勤時にしょっちゅうこのトイレを使っている私は、最近、他の利用客にものすごくイライラさせられている。

 現在は、男性用が封鎖されて女性用が「男女共用」となっている。入り口には「工事期間中は男女共用でお使いください」と丁寧に書かれた貼紙もある。女性たちは普通に入っていく。中には2人連れの女性たちが「あらやだ、男の人と一緒〜?」などと言いあったりもするが、言ってしまえば、後は大抵、ずかずか入っていく。

 イライラするのは、主に中年の男性だ。貼紙を見て「男女共用、男女共用か……」と呟き、話し相手など誰もいないのにその呪文を自分に言い聞かせるようにして、トイレに入ってくる。用を足した別の男性客とすれ違うと、歩が進む。俺も入っていいんだな、と自信がつくのだろう。ところが、女性が出てくると、立ちすくむ。10人中10人が「ふぬぉっ」と間抜けな声を上げて立ちすくむ。そして、誰も聞いてないのに「男女共用、なんだな、うん」と聞こえるように言う。「こりゃ男女共用ってぇあるからな、うん」ともぐもぐ言いながら、おそるおそる、足を出す。その手足の動きが、あきらかにおかしい。10人中10人が挙動不審である。中には、巻き髪の見事な銀座OLが出てくるのを見たとたん、踵を返してダッシュで逃げ戻る男性もいる。

 情けない。情けないよ、オジサンたち。

 話が聞けないとか地図が読めないとか、なんでも男女で分ける物言いはあまり好きではないが、それでも言いたくなる。世の男性がたは、「想像する力」が足りない。想像から、来るべき未来を予測する力が、足りなすぎる。

 トイレの入り口で女性とすれ違って立ちすくむ男性は、「男女共用=俺が使える」程度の浅い認識しか持っていない。でも本来は、「男女共用」と書いてあるトイレに、書いてあるのを確認してから入るなら、たとえ中から絶世の美女が出てこようがオバタリアンが出てこようが美輪明宏様が出てこようが、ちっとも驚かないはずなのだ。「男女共用」が具体的にどういう事態を示すのか、ちゃんと想像して、覚悟を決めて、入ってくるべきではないのか。

 一方で、女性たちは、堂々としている。それは「男女共用」という事態をちゃんと想像して、どんな男性が出てきても驚かない、という覚悟の決まった女性だけが、「男女共用」を使うからだ。私も工事期間の前半、女性用が封鎖されて男性用便所が「共用」だったときは、ここを使わなかった。男性がたがずらりとアサガオに向かうその背をかすめて、用を足したり化粧を直したり。そんな自分を想像した結果、私はそれを回避した。でも後半、女性用の内装になっている「共用」便所を使うのは、ぜんぜん平気。アウェーでなくホームだからね。それでも男と一緒はイヤ、って女性は別の便所へ行くだろう。

 「男女共用」がどういうことかを想像せずに、入ってきてからオタオタする男性たちを見ていると、なんというか、げんなりする。こういう男性たちが、たとえば奥さんに不倫がバレた後で、身を硬直させ、オタオタしながら「そんなつもりじゃなかった」「誤解だ」とか言うのだろうか……。じゃあ、どんなつもりだったんだよ、ちゃんと想像しておけよ。かたや不倫相手の女性は、関係に踏み入る前から、いろいろな結果を想像して、どんなつもりも解釈も覚悟して、いたと思うんだけどなー。

 あらためて観察していると、女性でオタオタしている人は、本当に少ない。たまに「いやだー」と言いながらも、ずかずか入ってくる。先日など、若いカップルが「共用だってさー」と二人で手をつないでトイレに入ってきた。でも男性のほうが男女混合の光景にたまらず「俺、やっぱ外で待ってるわ」と逃げていった。いいけど。いいけどよぉ。「イヤだ」と感じるのは止めないけどさ、どうして入ってくる前に、先に想像して「イヤだ」ということをわかっておけないの??

 こんなふうに書くと「女はたくましい、順応性が高い」とか「いやー“産む性”は強いねー」なんて言われちゃうのですが。女性だって、ちゃんと吟味して、順応できる環境にだけ身をおいているのですよ。