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2015-12-30 / バスを待つ黒い男

私の住んでいるアパートはダウンタウンの大通りに面していて、神経質な人にはちょっと騒音がうるさく感じられるかもしれない。とはいえ日本の家屋にしか住んだことのない私にしてみれば、ニューヨークの窓ガラスの防音および防寒の効果は凄まじい。あの傍目には寒々しく見える古めかしい石造りの建物の内部が、こんなに静かで、こんなに暖かいものだったとは! 渡米後、日に何度も「近藤聡乃さんの漫画で読んだ通りだ!」と思うのだけど、これもそのひとつ。隙間風の吹きすさぶ日本の木造アパート、否、家賃を上げて鉄骨マンションに越しても吹きすさんだ隙間風、あれと比べたら「アメリカの冬は暖かいな〜」とさえ感じてしまうこの機密性の高さ。いや、今年が異様なほど暖冬なせいもあるんでしょうけど。そして、外の大通りの騒音はまったく気にならないのに、隣室が週末にパーティーするたび爆音でかけてるもっさいヘヴィメタの重低音はめっちゃうるさく響いて我が家のベッドが揺れるほどで、マジで眠れませんけど。

いや何の話だったか。そう、私の住んでいるアパートはダウンタウンの大通りに面している。大通りの方角へ向けて大きく窓が開いていて、朝は巨大なトラックやトレーラーの大渋滞、夜は客待ちのタクシーの連なり、不夜城都市のブイブイゆわすテールランプの隊列がよく見える。隣の通りはもっとずっと大きくて、そちらには派手な観光バスが通るのだけど、こちらには地味な路線バスが頻繁に通っていて、たぶん近くには結構大きなバス停もあるはずだ。知らんけど。

このところ滅多にバスに乗らない。観光客としてニューヨークを訪れていたときは地下鉄とバスの両方を我ながらかなり効率よく利用していたと思うのだが、いざ住んでみると大学へは徒歩通学、大概の目的地へは地下鉄を使ってあとはやっぱり徒歩、という調子で、ごくごく個人的な理由だが、意外とバスの出る幕がない。観光客のとき以上に徒歩のハードルが下がるというか、「遠いけどタラタラ歩いてれば着くなぁ、むしろバス停で待ってる時間がもったいないや」という感覚で利用頻度が下がった。だから地下鉄路線図にはすっかり慣れた今も、マンハッタンのバス網がどうなっているのかにはとても疎い。

いいかげん脱線はやめよう。それで、ある寒い冬の朝、といっても暖冬なので雪ではなく霧に近い小雨が降りしきる12月の朝、大通りに面した窓からふと階下を見やると、黒い男が消火栓にもたれてバスを待っている姿が目に止まった。

寝起きにブラインドを開け、暖房を入れようかどうしようか迷い、まぁ要らないかとつけずにおいて着替え、夫の淹れたコーヒーを飲み、朝食を済ませて前日に積み残したちょっとした用事を済ませてからふたたびやることがなくなって窓辺にもたれる、までのかなり長い時間、ことあるごとにちらちらと窓の外を眺めていたのだけれども、黒い男はずっとそこに立っていた。撥水性ウィンドブレーカーのフードをかぶり、下半身も同じ素材のジャージに包んで、寝袋を着たまま歩いているような風貌の人影だった。歩道の隅に立った消火栓にダッフルバッグというのか、吊るせばそのままボクシングのサンドバッグになりそうな黒いカバンをもたせて置いている。ずいぶんな大荷物で、男はそれを置いたまま、信号機のある角までうろうろ歩いてみたり、並びにある店屋の看板を覗き込んだりしてバスが来るまでの時間を潰しているようだった。

それにしたって、目当ての路線バスがこんなに長いこと一台も来ないなんてことがあるのだろうか。あの大荷物はこれから旅行にでも出る予定なのではないか。深刻な遅延が発生しているのならスマホアプリででもちゃんと調べて別の交通手段を使えばいいのに。そう思っているうちにこれまた大きなキャリーカートを引いた別の男があらわれて、彼と軽く会話をしながら同じ場所に佇み、同じようにバスを待っている様子だった。二人とも降りしきる小雨の中で傘をさそうともしない。まぁ、こちらの人はこのくらいの雨はどうってことないのだろう、とぼんやり眺めていると、やがてアップタウンへ向かう大型のバスがやってきて、キャリーカートの男はそれをものすごく強引な手段で止め、乗り込んで行った。もとからいた黒い男だけが残った。

私の部屋の窓から見下ろせる十字路、ここはバス停なんかじゃない、ということに気づいたのはその瞬間だった。漫然と眺めていた光景が一変して見えて、ゾッとした。

よくよく考えてみれば、そこはオフィシャルな標識もなければ風除けのついた待合スペースもない、ただのにぎやかな大通りに面した交差点なのだった。キャリーカートの男がどうして手を振って立ちふさがるだけで路線バスを停められたのかは謎である。道のどこでも手を振ればバスが停まってくれる、というのは祖父母の住む田舎町では見たことのある光景だが、都会ではなかなか起こりえないことだ。ずっと工事中の大通りだから、なんでもない交差点が実質的に仮設のバス停として機能していたのかもしれない。さておきキャリーカートの男は、バス停ではないバス停から消火栓をまたぐようにしてバスに乗った。そして黒い男だけが残った。

寝袋を着たまま歩いているような黒い男が、バスを待つ人ではなく、いわゆる路上生活者の類である、ということに私がようやく気づいたのは、彼をちらちら観察しはじめて一時間近く経ってからだった。我ながらその鈍感ぶりに驚いてしまうのだが、いやいや、この街では、言われるまでその違いに気づかないことだってあるのだよ、と言い訳しておきたい。「傘をささずに雨に濡れたまま立ち尽くしている大荷物の、もっさりした黒っぽい服装の男」なんて巷にザラにいるわけで、それが完全ウォータープルーフの高級スポーツウェアを身にまとった気だるげなポージングのセレブな旅行者か、すぐそこにある屋根付きの寝床から這い出してきてラリって徘徊している不審者か、窓ガラス越しにはなかなか判断つかなかったりするものなのだ。

とはいえ、ただ路上生活者だろうと見当がついたところで「ラリった」「徘徊」「不審者」などという言葉を使う私もずいぶん偏見にみちみちておるではないか、そうだろう。「路線バスを待つ」という理由づけさえあれば、ちょっとくたびれた格好をした黒い男が小雨の中、大通りに面した消火栓にもたれて小一時間も暇を潰していたって、何とも思わない。それが「とくに何かをしているわけではない」と気づいてしまった途端、まったく同じ光景を「私の部屋の窓のすぐ下に、おかしな不審者がいる」というふうに、まったく別のものとして捉える。路上生活者なんて、ガチで貧窮に喘ぐ人からファッション乞食まで、マンハッタンにはたくさんいる(このへん面倒なので説明略)(市内、物乞いは違法です)。正直そこまでゾッとするほどの話じゃない。

私はホームレスではなく、「ぼんやり眺めていたものが、最初にぼんやり眺め始めた瞬間とは、まったく別の意味を持つ(ということに一時間ぼんやり眺めてから気づく)」という、その、己の認識の遅延にゾッとしたのである。こういうことは世の中でたくさん起こっているはずだが、たとえば社会的影響の強い大掛かりな仕事などしていると、自分がそのことにさも鋭敏な感覚を備えているかのように錯覚してしまう。最初にビビビと受けた印象が、そのまま迷いなく間違いなく、物事の本質ででもあるかのように。けれど実際には、人間、疎いものには疎いし、自分にとって都合のよい情報しか受け取らない。そして私は自分の認識の鈍さを埋めるようにして、刹那的に「うわぁ、あの男、何もすることがないのにただあそこに立っていたのか、朝からずっと。キモイ」と感じたのだった。

しかしながら、よくよく考えてみたら、「何もすることがないのに、ここにいる」という状況自体は、セントラルヒーティングの効いた部屋でぬくぬくとコーヒーを飲みながら窓の外を眺めている私も、大差ないのだった。どうしてもそうせざるをえない事情があってここニューヨークへ来たわけではない。大学へ通っていたり、なんだかんだでこの街で忙しく暮らしていて、傍目には何か目的や理由や大層なものがあって計算ずくで生きていると見えるのかもしれないが、本当のところ、理由なんて何もないのだった。何もすることがないのに、ここにいる。夜露をしのいでいた屋根のある寝床から朝になるとなんとなく這い出してきて、なんとなく、大通りの交差点に立つ。寝床のほうがぬくぬくしているが、交差点で往来を眺めているほうが暇潰しにはなる。荒っぽい運転の車に轢かれそうになれば、キャリーカートを引いた見知らぬ他者に話しかけられれば、ふわふわした自分がまだ言葉や人格を持っていることが認識できる。ずっと同じところにじっとしていると自分が生きていることさえ忘れてしまいそうだ。そんなどうでもいい小さな動機でだって、人はにぎやかな大通りのほうへフラフラと彷徨い出てくるものなのだ。生まれ育った街を出て、世界で一番にぎやかな場所へやって来た自分の動機だって、まぁそんなようなものである。

何が「うわぁ、キモイ」だよ、と黒い男を見下ろしながら考え方を改める。境遇は違えど、やっていることは同じじゃないか。そうしてこの大通りは、たまたまこの日に見下ろしている私だけのものでも何でもない。私がこの部屋へやって来たほんの数ヶ月前、それよりずっと昔から、この大通りは大通りとして機能していた。ここがこんな大都会になる前は、先住民の小道として機能していたそうだ。どうして私は、私がたまたま見下ろした光景に、自分が思い描いたのと違う黒い男がいただけでゾッとしたのだろう。視界にいきなり飛び込んできた異物をそんなふうに捉えるのは、自分の世界が自分を中心に回っていると考えているからだ。それはつねづね、私が自分から最もかけ離れた考えだと思っていることだった。

「何もすることがないのに、ここにいる」……そんな人々への寛容さを求めて、この街へ出てきたはずだった。そうした寛容さのない土地では私は暮らせやしない、と思い続けて生きてきた。生まれ故郷である東京は、まぁ及第点、ギリギリセーフ。それでも年々、息苦しい。もっと私が呼吸しやすいところが、この世界で他にないのだろうか。幼い頃からずっとそう考えてきた。そう考えて辿り着いた場所のはずだった。それでもやっぱり他者に何かを求めるのではなく、私自身が変化していかねばならない部分も多いのだろう。「何もすることがないのに、ここにいる」そんな自分の選択を、いちばん気にしたり、偏見を抱いたり、世間様に対してうしろめたく感じたりしているのは、他ならぬ私自身なんじゃないのか? だからこそ、他人が「何もすることがないのに、ここにいる」姿を見ただけでゾッとしたりしたんじゃないのか? どうすればそれを超えていける? 目的のない人生を謳歌しながら、堂々とここに佇んでいられる? 考えながらずっと見下ろしているつもりだったのだが、黒い男は、いつの間にかカバンごと消えていた。