2015-12-30 / 「英語という障害」とInstagramのこと

Instagramのフォロワーが1400人を超えた。最初は日本語で始め、日本語と英語を併記するようになり、今はほとんど英語だけで書いている。英語圏で新しくできた知人友人たちにとっては、私が最も頻繁に更新するSNSはInstagram、というふうに見えているだろう。日本語圏におけるTwitterとまったく同じ。

見ず知らずのフォロワーがどんどん増えていく過程、likeしてくれた人のプロフィールを覗きに行くと結構な有名人で驚くそんな関係性、「このままフォロワーが2000人とかになったらすごいな、2000人もの人が私の書いたものを読むなんて」と興奮している感じ、Twitterを始めた最初期、まだ英語版しかなかった2007年とか2008年のようなノリで面白い。その頃からずっと「いずれは英語でtweetしよう」と考え続けていて、そのために取得したアカウントもあるのだけど、結局そうはならなかった。Instagramが英語版Twitterに取って代わってくれたようで、8年越しくらいで嬉しく思う。

英語圏の人々には私の日本語Twitterを読んでもらえないぶん、あんまりキャラを変えずにInstagramでその追体験をしてもらえたらと考えている。いずれ書くかもしれないが、「使用言語によって人格が変わる」ことを楽しめる人と楽しめない人がいて、どうも私は後者であるらしい。できれば将来的に統一したい。

もちろん文法などは相変わらずメタクタなわけだが、写真の力も借りて、英語圏にもかろうじて大喜利のネタが通じている模様。これもYouTubeが登場した頃、すなわち2006年くらいに感じたことに近い。

YouTubeのコメント欄には、日本人の作った日本人の動画を載せても、世界各国の言葉でレスがつく。アラビア語だとさすがに判読できないんだけど、中国語だと褒めてるか貶してるかくらいはわかる。英語だと、かなり意味がわかる。たとえ彼らが我々と同じ非英語ネイティブで、文法がメタクタでも、中国語やモンゴル語やスウェーデン語やアラビア語ではなく、英語を表現手段に選んでくれたおかげで、学校で英語を学んだ私にも、かろうじて意味が伝わる。「これからの時代、YouTubeのコメント欄で投稿主に賛辞が伝わる程度の世界共通語、このインターネット語だけは、パッと思いついたことを打ち込めるくらいに身につけよう、それはきっと、英語に似た英語ではない何かだ」と強く思ったのだった。私はしないけど、オンラインゲームなどする人々はもっと早くにこの言語の存在に気づいていたかもしれませんね。

子供の頃から必修授業で習ってきたのに全然身についていないこの言葉を、もう「外国語」というよりは「インターネット語」として使いこなすしかないな、と決意した。シンガポールにシングリッシュがあるように、WWWには英語によく似たインターネット語というのがあり、英語で書かれた分厚い本を読破したりはできずとも、この(英語によく似た、もっと簡素な、そしてエスペラントなどのような由緒もない、必要に迫られて改良された、正解のない)インターネット語くらいは読み書きできると便利、という姿勢。この気楽さ、というより自己暗示が、海外留学する際も背中を押してくれたように思う。

テクニカルライティングの授業を取りまくり、英会話のチュータリングを受けまくったところで、「英語」をマスターする日は永久にこないかもしれない。でもインターネット語くらいのゆるいコミュニケーションツールを駆使しつつ、残りの学期も乗り切りたい。


これまたいずれ書くかもしれないが、私はおそらく教授陣やクラスメートたちから「読み書きリスニングは遜色ないが、スピーキングに致命的なdisabilityがある」といった人間だと思われている。メールでは(水面下で辞書やGoogle翻訳を駆使しまくって)無駄に長くて冗談さえ交えた文章を書いてよこすけど、同じ議題について教室内でディスカッションしようとすると、意思疎通がおそろしく困難である。仕方ないのでみんなが私の代わりに私の言いたいことを伝えたい相手に通訳してくれたりする。

けどまぁ、たとえば生まれつき心身に障害を抱えたクラスメートや同僚とだって我々はそれなりに仲良くやっていけるわけだ。もちろん実際はかなり意味合いが違うのだけれど、「まぁ、それと似たようなものだ」と解釈しながら己の余計な劣等感を拭うようにしている。少なくとも私は今のところ、周囲から、差別やいじめではなくサポートの対象と見做されている。「この子はそういう子、話せないってだけで、他はみんなと同じ」という感じで接してもらえている。やだ、新鮮。

つまり私は日本語圏では、今まで本当に一度たりともそういう扱いを受けたことがなかったのだ。何のサポートも支援も特別対応も必要ない、極めて幸運な、非常に恵まれた、超のつく「健常」な状態で今まで生きてきたのだ。彼らの漠たる優しさや、当然という様子で差し伸べられる支援の手を受けながら、そう考える。

ここで私が人生初めてぶち当たった壁、「英語を話すことだけが、できない」ことに過剰にショックを受けて落ち込むのは、まぁ仕方ないことかもしれない。しかし、生まれながらに色の見え方が人と違うとか、知能の高さと関係なく文字が読めないとか、あるいは老化によって視力や記憶力が落ちたとか、そういう状態を受け入れながらも克服して世の中で活躍している人々に比べたら、「なんだ、ただ英語が話せないだけじゃないか」とも思える。毎日こつこつリハビリを積めば必ず快方に向かうとわかってるんだから、そんなもの深刻な病でも何でもないじゃないか。まぁ、このまま大学を出たいと思うなら、何らかサポートが必要かもしれない。車椅子に乗ったまま階段を上るためのリフトのような、ああいう何かを、自分で作ったり他人に設置を頼んだりしなければならない。でも、それだけのことだ。恵まれた生まれ育ちの人間は、そんなことに気づくのさえ、とても時間が掛かる。

一方で、私と同じくスピーキング下手の日本人が「Sorry, sorry」ばかり連発するのはなんだか見ていてつらくなる。完璧な発音でネイティブと比べて遜色ない英語がマスターでき自分のコンプレックスが完全に克服されるまで「Sorry」と言い続けるつもりなのだろうか。日本でも、満員電車から降りるときや店員へ注文を告げるときなど、つまり他人の注意を引く際にまず「すいません」と言う人たちが苦手で、それと同じことを英語圏にいても考えている。差し伸べられる支援の手にどっぷり甘えながら、まずは「Thank you」と「I’ll do my best」の瞬発力を高めていきたい。