2016-02-02 / 過去に囚われて

火曜2限はHelenのブックデザイン。一番好きな本をひとつ選んで、それの装幀を2週間で作るという「Assignment(課題)」の、第一回「Homework(宿題)」の発表。壁のボードに作ってきたものをプッシュピンで貼り出し、順番に講評を受けていく。現役のブックデザイナーから指導を受けられる、日本の装幀とはまったく違うあの「洋書のデザイン感覚」を学べるというのでワクワクドキドキしていたのだが、結構カルチャーショックを受けたので、メモしておこう。
まず、彼女が最初に批判したものが「commercial(商業的)」なデザイン。複数案を出してきた学生に、「これとこれはあまりにもコマーシャル過ぎるわ」と言う。たとえば何かというと、『アンナ・カレーニナ』の表紙に、19世紀の男女のイヴニングドレスを切り取って着せ替え人形風に並べて素敵に古風なタイトルを配したものとか、即却下。「これ、完成度は高いかもしれないけど、どこででも似たような作りを見かけるし、誰でも思いつくでしょ? ここはアートスクールなのだから、まず実社会で巷にあふれているコマーシャルなもののことは忘れなさい。私だって学生時代はそうやって学んできたわ」この言葉に解放される学生もいるだろうけど、私などは逆に、えー!? あなたからはコマーシャルな「売れる」ブックデザインの実践を学べると思って来たんですけどー!? となる。前週に言われていた「本の表紙は小さなポスター、小粒でもピリリと目立つことが大切(意訳)」というのも、つまりこちらのニュアンスなのであった。これが料理本でなく自伝的小説であることをどう示すかとか、日本でなら帯に逃がすような説明書きを一枚のデザイン内にどうあしらうかとか、そういうことにばかり気を配っていた私、かなり意識の修正が要る。
それから、履修生十数名の中で私だけ、初版の装幀、時代による変遷、現行のKindle版のカバーイラスト、などをまとめた資料を添付したのだけど、最後に一言「今週のあなたは頑張ってきたんだと思うけど、次からこれ、絶対ナシね。 Don’t do that again. 過去にその本がどうデザインされたかなんてリファレンスするな。理由はわかるわね、既存のものに振り回されて、あなた自身のクリエイティビティが死ぬからよ。私が見るのはあなたのスケッチだけで十分だし、そのスケッチの点数が足りてない」と。えー!? 「今までにないものを」と考えるんだったら、過去にどんな手法で表現されてきたか知るのは必須じゃないの!? とこれもショック。私の題材はレイブラッドベリの『たんぽぽのお酒』で、既存のデザインは酒瓶を一つか、タンポポの綿毛を使ったものが多い。でもちゃんと物語を読んでいたら、瓶はずらりと並んで保管されるもので、綿毛は全然関係ないことがわかる。というので、私はタンポポの黄色い花が夏の太陽に見えるという図案にしたのだけど、「切り捨てないで、ボトルも案に使えばいいじゃない。わかりやすいから」と言われる。えー!? そこもうやり尽くされてるのに!? あなた自身のクリエイティビティで!? 乗りきれと!? ……「逆張り」に慣れている身からするとこの「王道で最高のものを作れば歴代で一番になれるだろ」という感覚が、眩しくも、結構キツい。数分の講評でへとへとに疲れる。まぁでも「その時代の雰囲気を捉えるのに、その時代にその物語がどんなふうに装幀されたかを見るのはよくない。むしろ、その時代に他のジャンルで何が流行ってたかを参照すべき」というのは、たしかにその通りで勉強になる。
3限はMattのウェブデザイン。こちらの宿題は「自分が日常的によく見ているウェブサービス、アプリ、プロダクト、なんでもいいので3つ紹介して、なぜ、いつ、どのようにそれを使い、競合とどこが違うのかを考える」という簡単なプレゼンテーション。今時の若い子たちがどんなものにハマッているのか、よく知ることができたし、みんなと同じものをなんとなく使っている生徒たちよりも、現役バリバリの講師Mattのほうがガチで流行りのイケてるアプリ事情に詳しく、受け答えからそのミーハーかつギークな雰囲気が伝わってきて面白かった。スポーツ観戦が好きだからこのアプリを使って空き時間にスマホで観てる、という男の子に「そのチャンネルが後発なのに業界シェア一位になった経緯知ってるー?」とマシンガントーク始める、みたいな感じ。
そして15人くらいいるうち、10人近くが「Instagram」を挙げていた。次点が「Gmail」かな。「インスタグラム使ってる人ー?」ほぼ全員。「Facebookアカウント持ってる人ー? じゃあ、まめに更新している人ー?」で8割方だった挙手が6割近くに減る。「Twitterはー?」なんと、私とあと1名だけ。「そうだね、Twitterは若い子たちの間ではすっかり廃れたよねー、ちょっともう君たち的にはクラシックというか、オワコンって感じかなー、ハハハ」という講師の発言の後、私のプレゼンに。
ハーイ、Ikuです、日本から来ました。私のプレゼン1つ目はTwitter/Instagram。私はオールドファッションドなオールドレディなので、2007年から使っているTwitterを今でも一番頻繁に見ているわ。ただ一つ違うのは、表意文字である日本語においては、「140字」の意味するところが英語の「140単語」と同等か、それ以上の価値があるってことね。Instagramは英語版Twitterとして使ってます。英語でのtweetも試したことあるけど、やっぱり非ネイティブの私には無理で、ヴィジュアルの力が要りますね。……みたいなこと話して、ややウケ。残り2つはEtsyとTraumbaumにした。しかし冬休みの間にまたもやどんどんスピーキング力が落ちて、こんな簡単なプレゼンさえ台本がないとしどろもどろになってしまう。ちょっと恥ずかしい。
授業の後半は座学でインフォメーションアーキテクチャとかコンテンツストラテジーとか3種の情報ナビゲーションとか云々かんぬんを学んでから、グループワーク。BuzzFeed、New York Times、Quartz、Vox、の4班に分かれ、それぞれのトップページの構造を分解してサイトマップを描いてみよう、というもの。私はQuartz班になったのだが一緒に組んだ子たちはそもそもサイトマップの描き方を知らないので大混乱、やんわり誘導しつつ、適当なところへ落とし込む。それぞれ簡単に発表するのだが、その中で講師Mattがまたしても「ハンバーガーアイコン(≡)ってすっきりしていいんだけど、きっと一般には35歳以下にしか使い方が通じないよねー、ユーザーに高齢者が多い場合は一考が必要だよね」バッサリ。いや当たってるけど、私36歳だけど、おまえ私と同じ76±5世代だろたぶん……。年下だったら凹むなぁ。ぐぐらずにおこう。しかしこういうのやってみると、つくづく自分がネットスケープナビゲーターの時代で感覚が止まっているなぁ、と思い知る。
宿題が増えてきてパニック状態に陥ったので、校舎のすぐ近くにあるベーグル屋でシラバスとノートを全部広げて、やることリストを整理整頓する。とりあえず前学期よりも手仕事が増え、かつ授業時間割が変動したため、「画材屋があいているうちに買い物をする時間をとる」ことを怠ると一発で詰むことが判明。慌てて20時閉店の画材屋へ駆け込んで必要なものをまとめ買いする。20*30インチの紙をバラ買いすると今までは無料でダンボール製の持ち運び用の紙挟みをつけてくれていたのだが、いつの間にかそのダンボール自体にバーコードが付されており、「欲しければ3ドルで買う」仕組みに切り替わっていた。年明けから替わったのかな、それとも、今までも総額に加算されていたのに気付かなかっただけかもしれない。なんてコマーシャルな。世知辛い。