23日金曜日、ラフォーレ原宿で買った淡い色の襟付きのシャツにパンツとサングラスを合わせて髪ぺったりさせて行ったら、我ながらゲイの男の子みたいな格好だった。東京でそんなゲイの男の子を見たことはないけど、マンハッタンではこのくらい露骨な格好のかわい子ブリッコなゲイ男子もよく見かける。ただし本校キャンパス近辺に限る。夕方昼寝して夜は「XYZ」からデザート飛ばして「Odd Fellows」でアイスクリーム。味噌チェリー味。
この場にグルメブログとしての機能を求めている人はいないだろうが、夫婦で結構おいしいとこ食べ歩いてます。というわけで、24日土曜日は「Bessou」。日本語とタイ語が並ぶメニュー、MUJI大好きなニューヨーカーがハマりそうな、タイ風の日本料理店。前菜に「南蛮漬け」とあるのを頼んだら、「薄衣の魚介ミックスフライ、別添えの酢ドレッシングで」が大皿で届く。これだからアメリカは! 美味しかったですけど。
25日日曜日は「Emilio’s」。Houston沿いだといつも迷いなく「estela」へ入ってしまうのだが、すぐ隣に1956年創業の老舗イタリアンがあるというのに気付かずにいた。入ってすぐのテーブルにはものすごく貫禄のある禿頭の名物店主がどっかと座っていて、もみあげの濃くて猫背の若いモンにトマトソースのパスタを食わせてやっている。「あいつ、今日から殺し屋見習いになるんだぜ……」「血の色のポモドーロを食べたものは死ぬまでマフィアを抜けられぬ掟……報酬はすべて店主が預かる仕組み……」「やだ、それ『レオン』で観た……」と妄想が捗る。厨房の奥に隠し部屋みたいな個室があって、セレブ御用達らしいのだが来店したセレブはもれなく店主と写真を撮ってそれが店内の壁じゅうに飾られている。「ちょっとデヴィッドボウイはさておきミシェルオバマまで来てるよ、いったい誰を闇に葬ってどんな弱みを握られたのかしら……」とビクビクしながらボンゴレに舌鼓を打つ。最後、私がカメラ持ってるのを見てウエイターが「オリンパス! ナイスカメラ! 俺を撮れ! 今すぐ撮れ!」と言ってくるのでシャッターを切る。この店では「写真を撮る」という行為が本当にプレシャスなものなんですね。まぁ平たく言うと芸能人のサインがべたべた飾ってある月島のもんじゃ屋みたいなもんですけど。
26日月曜日は、大統領選の第一回テレビ討論会。早めに家を出てご近所屈指のお気に入り「Upstate」でサク飯。普通に行くと1時間近く待たないと入れない超人気店だが、週初めの早い時間だからか、やっぱり今日は家でテレビ観ながら食べる人が多いのか、すんなり入れる。前の客は美男美女4人組、そのうち誰か一人がベジタリアンらしく、野菜のメニューはないのかと文句たれている。魚介料理の店ですよ? で、受付係の男子が「サイドディッシュの野菜でも食ってろ!」と一刀両断したのにも驚いたが、それで納得してすんなり入店する客たちにも驚く。うちはいつものカウンターでいつものクラムフェトチーネ。コックは暇さえあればスマホで起動しっぱなしのPokemonGoを眺めている。ごん、おまえだったのか、この店にルアーを刺してくれたのは……と私も恩恵に与る。テレビ討論会、面白かったけど、やっぱり投票権がないせいかプロレスを観ているような気にしかならない。ガキ大将vs学級委員長。ためしに「トランプが特段好きなわけじゃないが、この女だけはいけすかねえ、この女が俺らのボスになるのだけは我慢ならねえ、話の途中でも流れぶった切ってぶちのめしてやれ!」と思いながらこの放送を観ている保守的な男性の気持ちを想像しながら観て、それはそれで割と理解できてしまい、ものすごい気持ちになる。そんな連中にもはや理屈は通じないのである。
食べ歩きの週末は終わり、27日火曜日、1限はAnna。「今日は豪華なゲストスピーカーがいるのよ! とっても優秀なこのクラスの卒業生で、今は美術館でインターンをしているの!」と言われて誰だろうとワクワクしてたら、なんとSだった。Frankの授業で一緒だった、CD学部のセカオワ大好き韓国系女子Sだった。Frankのイラストの授業では、すごく絵が上手いのに課題はどれも超テキトーにやっつけて休憩時間に遠くまでバブルティー買いに行ったまま全然帰ってこなかったりしてたあの不良少女Sが、夏休みの間にちょっとインターンしただけでものすごい大人っぽくなってて、自分の経験をもとに我々「後輩」のクラスレビューにも意気揚々と参加し、「お姉さんが教えてアゲル」みたいになっていた……。すごいなー、三日会わざれば刮目して見よ、である。今クラスメイトになってる韓国系の子たちとも顔見知りらしく韓国語でおしゃべりしてるのだけど、やっぱり彼女だけ英語が桁違いに堪能で、口から生まれてきたみたいにすらすらまくしたて、まぁそれが成功の一番の要因なのだろう、と凹む。彼女はね、きっと、10代のときに机にかじりついて必死で英語の勉強したんですよ。友達を置き去りにして一人だけ本気でアメリカ人になるつもりで英語に青春捧げて、その結果として、今は好きな道に進めているんだよ。化粧の仕方一つとってもわかる、教科書やマニュアルを食べて憶えるタイプの、ひたすら泥臭く勉強して、「洗練」とかうわべのことは後に回すタイプの、努力家ガリ勉系の女子。私は10代のとき彼女のようになるチャンスを一度逃したんだよな。もしなってたら、全然別の人生になっていただろうね。
そんなSですが私のことはもちろん憶えていてくれて、「私、あなたのことはとてもよく憶えているわ、別の授業でも毎回毎回、リサーチワークがマジでCrazyだった! この模型もまだ作りかけなのにすでに繊細にできててすごい、wall3のコピーライティングとか怖くって最高、完成品もきっとすごいものになるわよ!」と激賞してくれる。今までAnnaの合評では(主に英語が至らないせいで)いまひとつな印象ばかり残していた私だが、優秀なSが「私は彼女が才能あふれて優秀なデザイナーだと知っています」というふうに褒めてくれたおかげで、いきなりAnnaからもお褒めの言葉が来るようになり、なんとなくクラス内でのあたりも柔らかになった気がする。みんなゲンキンだよなー。でも「アメリカは人脈社会」というのはこういう手触りなんだろうな、と思い知る。どうしようか悩んでいた床面についてはボードウォークを作ることになった。
彼女がAnnaの授業で作ったのは従軍慰安婦をテーマにした展覧会デザイン。最低3つ作ればいい壁を28個とか作っててマジでcrazyなのだが、なぜこのテーマを選んだか説明するトーンがとてもフラットでよかった。2000年代に若い現代美術家がこのテーマを扱うまで、太平洋戦争で何が起きていたか、まったく知らなかったのだという。もちろんそれは彼女が若いせいもあるのだろうが、「私は一人の韓国女性として彼女たちが歩まされた人生に大いに衝撃を受けたが、これは我々だけの問題ではなく、同じことは今なお世界のどこでも起こり続けている」と英語で語り、日本による同化政策、皇民化教育の画像について説明する際に私のほうをチラチラ見ながら「言葉を奪うことでアイデンティティを奪う意図だった……と私は解釈してるけど、彼女のほうが詳しいかしら」と言われ、私も私で「あなたのリサーチはとても正確、これは現代日本人にとっても意義深い展示である」と答える。なんというか、私、この場にいられてよかったな、と思った。彼女が私を非難することもなく、私が彼女に罪深さを感じることもない。二人とも戦争を知らずに生まれ、何も知らない英語圏の人々に、祖国の負の歴史について正確に届けばいいと思っている。未来のために。この感覚が当たり前の、はずなのだ。
その後、木曜夜まで疲れ果てていたのかろくな日記メモが残っていないので割愛。途中でfotocare行ってカメラバッグを買う。ショウケースにmamiyaが展示されてたので「これ、うちの伯父が使ってました」と店員としばしカメラトーク。みんな変態でいい。
木曜4限のDmitryですが、靴下が! 青地に赤の! ポルカドット! かわいすぎかよ! 「なんでそんなとこまで見てんの……」とドン引きされましたが、それはドミちゃんが合評の際にいつも発表者の前にかぶりつきで座るから、我々はみんな背後から彼越しに発表を見ることになり、足を組んで座ってる靴下などが目に入るわけです。はー、萌え。超元気になる。私は今レターオープナーのキャンペーンを作っていて、「こんど僕の愛用の品を持ってくるね」と言っていたのを今日見せてくれたので資料写真を撮りまくる。「これ、とってもJapaneseじゃない? まぁアムステルダム住んでた頃にもらったんだけど」と嬉しそう。よきデザインにつく形容詞が、Japanese。恐縮です。でも日本にもバッドデザインもいっぱいあるよ、グッドデザインほど輸出されないだけで(遠い目)。授業後、下りエレベーターの30秒間から「ところで……僕も君と同じカメラ持ってるんだよ、液晶壊れちゃったんだけど……」と火蓋を切る怒涛のオリンパストーク。これがもう、止まらない止まらない。ハーフサイズフィルムのオリンパスペンがいかに美しい宝物だったか、レンズも最高、フィルタも最高、そして初めてEM1を手にしたときよみがえるフィルムカメラ時代から続く俺の愛、もうオリンパス以外愛せない、日本のテクノロジー最高……みたいな話を「うん、うん、いやすまん私これ2週間前買ったばかりだけん話半分くらいしかわからんけどペンは伯父が使ってたので知っとる(再)」と相槌打ってたら、後から来たTとJに「あんたたち車でも待ってんの、建物の前でどんだけ長話してたの……?」と呆れられ、「や、ちょっと彼女に僕のgemの話をね……」と頬を赤らめ、教え子たちに「ハァ?」と返されるドミちゃん。かわいすぎかよ!(再)
30日金曜日もとくに何もなかったようで、Kichi先生に「だんだん絵がファッションぽくなってきたんじゃない?」と言われて嬉しかったとかしか書き残していない。クーパーユニオンにスイスデザインの展示を見に行ったのはこの日だったろうか。友達のグループワークについてったのだけど、立ち話の途中でMが「DavidHは、いい先生かどうかはわかんないし、技術的な話が多すぎるけど、でも、なんかとってもsweetよね、彼」と言っていたのが印象的。ほらー、やっぱりみんなsweetだと思ってるんじゃん(一名)。