華原朋美の事実上引退――ありがとう、プリンセス。

◎華原朋美 所属事務所解雇 薬物依存で奇行続き
http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/entertainment/news/CK2007063002028341.html

◎朋ちゃん事務所クビで芸能界引退へ
http://www.nikkansports.com/entertainment/p-et-tp0-20070630-219965.html

死者に鞭打つような詳細な記事の数々。ひでーな、おい……。

http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2007/06/30/02.html
http://news.ameba.jp/2007/06/5467.php

 1999年(平成11年)5月より株式会社プロダクション尾木に移籍し、所属して参りました華原朋美との専属契約を2007年6月28日をもって解除致しました。

 (中略)

 再起に向け、当社としても最善の努力をはらい、彼女にとって『仕事こそが最高の良薬』と信じて、今日まで本人を支えて参りましたが、再び、突然の仕事のキャンセル等が続き予想以上に心身ともに健康の回復状況が思わしくなく、これ以上華原朋美の芸能活動を支えることが不可能と判断し、専属契約を解除しました。

http://www.ogipro.com/talent/kahara/

本人のコメントや事実関係の確認を待ちたいところだが
胸がざわついて仕方ないので、ひとまず書き出しておく。
私がどんなに華原朋美という「物語」を愛したか。

●聖的で性的なシンデレラ

朋ちゃんはいつまでも私たちのプリンセスです。
朋ちゃんはいつまでも私たちのプライベイトヒロインです。
私は、ちょっと人間離れしたところのあるアイドルが好きです。
山口百恵も松田聖子も森高千里も松浦亜弥も好きです。
でも、華原朋美という「物語」は、やっぱりスペシャルでした。
アイドルとしては未完かもしれないが、もっと凄いものの完成を観た。

よく「少女漫画の瞳の大きさを実際の人間に当てはめると」
といったグロテスクなCG画像があったりするけれど
華原朋美というのは、ああいう存在だったのだと思う。
あの哀れなオペラ座の怪人にとっての、クリスティーヌ・ダーエ。
地上にいるはずのない女神、少女漫画の主人公だった。
生身の人間がそんなもの演じたら負荷がかかって当然なのだ。

LOVE IS ALL MUSIC
LOVE IS ALL PEOPLE
隠れていたいとき 逃げ出したいときは

愛がすべての 愛がすべての
私を描いたら 心に描いたら

ララララ 大好きで
ララララ 大切で
ララララ だいじょうぶ
ララララ 守りたい!!

https://www.youtube.com/watch?v=22egI7ZycB0

私はこの曲のPVが本当に好きなんです……。
同録する時間なかったんだろうなとは思うが、考えた人、天才かよと。
コーラス重なってるのに男女二人が一度も物理的に交錯しない!
ドラマ『高校教師』のOHP越しのキスシーン以来の名場面ですよ。
「keep yourself alive」では狭い空間に二人で閉じ込められていたのが
「love is all music」では、暗闇でプロジェクターだけが「あなた」を映す。

そしてこの、狂った音程で「愛がすべての、私」と歌っていた彼女が、
「愛がすべての私を心に描いたら逃げ出したいときも大丈夫」と
戸川純も裸足で逃げ出すギリギリの精神状態を歌った彼女が、
唯一の動力源である「愛」を失って以後のおそろしい顛末には、
生身の肉体が乙女の儚夢を演じることの残酷さを見せつけられた。
その手前の、最後の美。「華原朋美という物語」の集大成だと思います。

●女の子のための、完璧な少女人形

たとえば、かつてWinkなんかが「人形」ともてはやされていたが
それは一種ダッチワイフ的、あらゆる男の目を受け容れる美しさだった。
一方の華原朋美は、一般大衆が望む理想の少女人形としてではなく
たった一人の男のためだけに作られた人形として登場したわけで、
かつ、それに(深田恭子以下)多くの女子が熱狂し、支持したのだ。

一般に思春期男子は他人のカノジョなんて支持しない。
たった一人のカレシを置くことで彼女は「女子のアイドル」になった。

恋人の存在が発覚したらアイドル引退、というのは
モーニング娘。の現在までしつこく続く芸能界の伝統ですが
華原朋美は大衆が一度は見てみたかった「恋人つきアイドル」。
言ってしまえば「背景にセックスがあるアイドル」ですよ。

同じアイドルでもグラビアアイドルならつねにエロをはらむが、
華原朋美が凄いのは、遠峯ありさというグラビアアイドルから
「恋人」を得たことによって「清純派」に転身する、という
無茶苦茶な矛盾をはらんでいる点です。

でも、女子はみんな聖的で性的でシンデレラでビッチなんだよ。
むしろ、古今東西の少女漫画や御伽噺のプリンセスたちだって
あの手この手で王子様ゲットするわけで、けっこうヤリ手じゃん?
なんて思わせる、強かに素敵な「女子のアイドル」、華原朋美。

王子様のお見立てで、全身グッチに身を包む22歳の女の子。
長い髪も短いスカート丈もたわわな二の腕も、全部カレシのため。
“白馬の王子様を待って現実には男で身を滅ぼす”系の女子高生は、
そんな彼女の姿に「いいなぁ」とタメイキをつくのだった。私のことだが!

『ファイブスター物語』の話を始めると長くなるのでやめにしますが、
彼女は「マスター」がいるからこそ、この戦場で「女神」になったのだ。
光皇アマテラスとともに時空を超えられるのは彼女しかいないのだよ。

昔のアイドルが「理想の男性タイプはお父さん」で
「好物はハンバーグ」「ファーストキスは愛犬と」だったように、
華原朋美は「牛丼が好き」「キティちゃん好き」で「小室さんが大好き」
そんな紋切り型の受け答えをしてるときが一番キラキラしてました。

途中から“等身大のアタシ”とか言い出すアイドルが多いなか、
ほんとに記号的だったよなー。そこが好き。とても好き。
紅白歌合戦で、小室さんがサプライズ登場してくれて泣いちゃった、とかね。
演出でも、素でもいい。ただあの涙だけが、朋ちゃんの真実だったのだ。

●白ネズミのお墓、お弔いの儀式

でも、同時代に生きた「男を拒絶するお人形」安室奈美恵*1
「丸山奈美恵になろうかなぁ」という時代錯誤の名言とともに
早々に結婚して出産して離婚して、THE・女、な人生を歩んだのに対して
華原朋美は独身のまま、つまり30代になっても少女のイメージのままで、
壊れたオモチャみたいに打ち捨てられる。

90年代後半の2大「女子のアイドル」の、この対比を見よ。
普通に考えると逆だと思うのだけど。本当に興味深い。

さんざん好奇の目にさらされた挙句、関係がとうに終わった後で
やっぱり悲劇的結末しか迎えない(今更!!)と思うと、
胸が引き裂かれそうな気持ちになります。

朋ちゃんの、お弔いがしたい。芸能人としての、という意味です。
ステージにマイク置いて我々の前から退場する朋ちゃんをちゃんと見たい。
ふつうの女の子に戻ります、ときっぱり言う朋ちゃんが見たい。
この残酷な「物語」に、自分の意思で、幕を引く一個の女性の姿が見たい。

なのに私たちは、それすらかなわないわけです。

最後まで彼女は、自分の意思とは違うところで
操られつづけたお人形。そう思うと、ゾッとします。
「あなたのため」と歌う姿さえ、他人の書いた歌詞、筋書きの上。
「愛がすべての、私」という言葉さえ、自己暗示……?

人はパンのみにて生くるに非ず、と言いますが
じゃあ生身の人間が果たして「愛だけ」で生きられるのか。
この人体実験に初めから幸福な結末などなかったのに、
私たち大衆は、「観る」ことでそれに加担したんですよ。

21世紀の今、90年代に録音された彼女の清らかな歌声を再生すると
最後には汚泥に穢されてボロボロになることがわかっていて
あえて白いワンピースを着(させられ)ている女の子、
といったイメージが、鮮烈に浮かんできます。酷い話である。

博士の恋人として作られた、フランケンシュタインの怪物。
コッペリウスに命を抜かれたスワニルダ。けれど
愛の神の力で人となった妻にピグマリオンが求めたものは、人形性。

ああ、なんて完璧な、御伽噺のプリンセス。
思わず目を背けたくなるような、素敵な夢物語をありがとう。

マジでどう考えても男が悪いだろ。ファンだから言うけど。

storytelling

storytelling

●参考資料:もしかして黄金期を知らない人もいる?

小学生時代に熱狂的な小室哲哉ファンだったのを抜きにしても、
高校生時代の私は、ホントこういう女の子に憧れていたもんですよ。
朋ちゃんかわいいし、哲ッちゃんキモカワいいし、最高です。
見ると、今でも「私も髪伸ばそうかな」とか思っちゃう映像↓

save your dream

https://www.youtube.com/watch?v=2NtMMkceLOg

カヒミカリィが好きだから小室ファミリーは聴かない
とか言ってるバカな女友達に「同じことだろ!」と怒ったりしたなぁ。
FANCY FACE GROOVY NAMEを好きな子が、華原朋美を嫌いでどうする。
音楽ジャンルの違いなどどうでもいい。すべては「物語」なのである。

●追記

最近の仕事はぜんぜん追いかけていませんし
ずいぶん好き勝手なこと書きましたけれど、
一個の人間としての“下河原朋美さん”について望むことは
「生きててくれたらそれでいい」に尽きます。
クスリは悲しいだけ!(突然のBUCK-TICK)
生きてくださいね、下河原さん。今よりも幸福になってください。

*1:安室は do not で自己主張する。長くなるので省略