2023-05-31 / 五月の決着(けじめ)

物理の手書き日記を読み返すと、十日に一回くらいのペースで食料品をまとめ買いしている。韓国系スーパーで米を買うと「自炊、やっとるのう」という気分が高まる。コロナ前までは夫婦で飲み歩きを趣味にしていて、ほとんど自炊をしない日々が続いていたのが嘘のようだ。といっても食材を選ぶのと台所に立つのはほとんど夫のオットー氏(仮名)で私は残りもの処理と洗い物担当だけど。アラビアータパスタ、牛肉炒め、焼鳥丼、上海焼きそば、肉豆腐、トマトスープ、豚竜田揚げ、回鍋肉、ホットケーキなどなど。

でもま、外食もしたいよね、というので先週は「Silver Apricot」に行った。ここはコロナで失われた「Little Tong」という雲南米線の店のシェフが開いている別業態のチャイニーズ、今年のNYT100選にも選ばれている。高級店の部類なのでオットー氏(仮名)は張り切ってジャケットスタイルでキメたが、通された席のお隣ではめっちゃラフな服装の父子連れがごはんを食べていて、「俺、服、間違えた……思ったよりカジュアルだね……」としょげている。しかし、ミント色のTシャツに珊瑚色の短パンにスニーカーといういでたちの隣席の父親は、4、5歳くらいの天使のような巻き毛の息子と「パパは家で着替えてくればよかったです」「なんで?」「今日は長ズボンを穿くべき涼しい気候だし、ここは立派なお店だからです」「どんな服?」「お仕事に行くときのようなスーツにタイだよ、みんなちゃんとしてるでしょ……」と恥ずかしそうに真横の我々をチラチラ見てくる。かわいいな。『天国飯と地獄耳』の連載続けてたら書いてた。男児は食べ残しを包んでもらった紙袋を見事に忘れて出て行きそうになったので慌てて呼び止めて指し示す。どれも美味しかったがエビグラタンとデザートのプディングが絶品。雨に降られて「Vol De Nuit」でベルギービール飲んで帰る。

天国飯と地獄耳

Eavesdropping between Heaven and Hell
2018 _ JP

25日、長かった『極道の妻たち』マラソン鑑賞がやっと終わる。もともと日本滞在中にたまたま点けたテレビで十朱幸代主演の『II』が流れていて、びたいち関心が無く1秒も観たことなかったけど着物の解像度が上がった今なら面白いかもしれない、と考えて観ることに。ただ、いくらお着物が眼福とはいえ後半さすがにダレてきたし、どの中尾彬がどの中尾彬でどの中条きよしがどの中条きよしかなど混乱してきてしまい、コンスタントにシリーズ映画を作り続ける難しさも思い知る。これ、怪獣映画とかも同じなんだろうな。おつとめご苦労さんどした。簡単に感想を。

(1)『極道の妻たち』
10作観た上で「やはりかたせ梨乃のおっぱいは原点にして頂点の至宝である」との結論に達するほどのよいおっぱい。あとは以下。
https://okadaic.net/archives/15543

(2)『極道の妻たちII』
(3)『極道の妻たち 三代目姐』
(4)『極道の妻たち 最後の戦い』
岩下志麻が第4作以降のシリーズを引っ張ることになった理由もよくわかるけど、2作目の十朱幸代と3作目の三田佳子だってもっとずっと評価されていいよねと思う。あとは以下。
https://okadaic.net/archives/15682

(5)『新・極道の妻たち』
岩下志麻ものの中では点数高い。まず、以後頻出する「霊代」(≒死んだ組長の名代)という肩書の面白さが発揮されている。夫は先に死んでいたほうが、男どもが上座の女に傅く「御前会議」の凄味が映える。そして、怖いもの無しの岩下志麻のアキレス腱が息子の高嶋政宏、こいつが全然頼りないのが好い。「親父が甘やかしすぎたんや」「ナメた口聞いとったら殺すど」「舎利になっても行く道行かなあかんで」といった母の名台詞が刺さる。若が好きな女の子の前で青年実業家のフリするのもいいし、おっぱい担当の海野圭子が極道を毛嫌いする眼鏡の女子大生なのもいいし、若の高校の同級生がそのまま右腕になってるのも、お目付役のオッサンが気を揉むのも全員かわいい。かたせ梨乃が弁護士役、無理があるけどこれまたよかった。内部にスパイがいるという話を引っ張るし、息子の死も効いており、2作目3作目にも通じる「ファミリーの母としての極妻」感がよく出ていた。まぁ続作の傾向を見ると、世間的には他勢力との戦争の話のほうが人気なんだろうけど。

(6)『新・極道の妻たち 覚悟しいや』
極妻シリーズはサブタイトルを聞いても中身が全然思い出せないが、未来の自分のために書くとこれは「愛知県が舞台のはずなのに北大路欣也と岩下志麻の香港アバンチュールに全部持ってかれるやつ」です。北大路欣也が二度見するほど若く、設定に無理がある殺し屋役をかっこよくこなす。極妻なのに一人だけ『ルパン三世』か『CITY HUNTER』の実写版やってるみたいでズルい。かたや夫役の梅宮辰夫は小一時間問い詰めたくなるほどの棒読み芝居、これは監督と相性悪かったのかなぁ。義弟役の草刈正雄は逆にヘタレを熱演しまくっており狂った芝居が凄すぎる、二人合わせて「困った兄弟だな……」と途方に暮れてしまう。音楽も珍品で、単独で聴けば悪くない劇伴のはずが「なぜ極妻でこの曲調?」となるミスマッチの連続、香港で唐突に弾き語られる「てぃんさぐぬ花」、もう何が何だか。まぁ意欲作だったのだろうな。出番少ないけど加賀まりこの着物姿もさすがでした。満足度は高いがトンチキなので前後作がまともに感じられる。このあと三作くらい「雷雨が多すぎでは?」となる雷雨シリーズの一作目。

(7)『新・極道の妻たち 惚れたら地獄』
夫は高島忠夫。こちらも他作品ではちょっと観たことないほどの棒読みで、なんだろう、当時の流行だったんだろうか。開始11分も経過してから突然「説明しよう」みたいなナレーションが入るのがむちゃくちゃ萎えた。初期作を観ていた頃は「なんでこない不自然な説明台詞ばっかりなんや、脚本教室に出したら赤点だらけやでwww」と笑っていたものだが、何作も観ると「おう、わてや。組織図と抗争相手と時代背景、その他の大事な物語設定は、みぃんな組のモンらに一行ずつ台詞でしゃべらせんかい。それが極道の流儀っちゅうもんや」と苦情の電話の一つも入れたくなる。慣れとはおそろしいものだ。突然のヘリコプターdeマシンガン、夫の派手死に、血飛沫舞う指詰め、最後は法事で皆殺し、びっくりどっきり展開が多い作品。敵方極妻(と書いてヴィランとルビを振りたい)あいはら友子と、岩下志麻を姐さん姐さんと慕う川島なお美がいい。推しである世良公則と夢の競演だったと書いてあってキュンとくる。冒頭で和装の岩下志麻と洋装の美川憲一が並び立つのも、二人して性を超越した雰囲気でかわいい。私もアラフィフまでにゴールドの服や帯が似合うようになりたい。

(8)『極道の妻たち 赫い絆』
夫が宅麻伸、というか、岩下志麻がスーパーのおばちゃんに身を窶して赤坂晃に豪華肉を食わせてアメコミのヴィランみたいな古田新太を返り討ちにするやつ。繋げて観ると、赤坂晃は7作目でずいぶん買われて8作目でフィーチャーされたんだなとわかる。シャブは絶対にあかんで(遠い目)。あとは以下。
https://okadaic.net/archives/15682

(9)『極道の妻たち 危険な賭け』
個人的にシリーズ最低評価の部類だが、一方でなぜかそのダメさを熱く語りたくなる謎の味わいがある。サブタイトルは「北陸の女帝と中尾彬の綿棒」に変更すべき。「バブルがはじけて全国傘下の組どこもかしこも火の車なのに、一人だけ莫大なカネ持ってて滅多に人前に姿を現さない北陸の女帝」という設定がよい。でもその肝心の岩下志麻が昔気質というよりただの男尊女卑で、これまた死にかけジジイの北村和夫に肩入れして「親分はんは男の中の男や」とか言うので、前後作と比べても異様に古臭く感じる。そんなに切れ者の50代女性実業家なら若いほうの組長候補と組んでほしい。バブル渦中の初期作はもっと遠慮無く「男よりも強い女」の姿を描いていたのが一転、令和の現在まで続く「不景気ゆえの保守化」の起点を観るようでしんどい。岩下志麻単体は大変美しいが屋敷が壊滅的にダサくてギャグかと思う。一人娘の工藤静香も堀切ミロのスタイリングでめちゃくちゃかわいいが原田龍二との絡みは完全な茶番。でも観終えると工藤静香のあの独特の台詞回ししか思い出せなくなるという、キムタクばりの存在感がある。スーツの男がいくら撃たれても気にならないが、白い着物が返り血まみれになるのはギャーッと悲鳴が出た。半幅帯姿が観られたのもコレだったかな。

(10)『極道の妻たち 決着(けじめ)』
岩下志麻の引退作。1998年だけあって全編にわたってシケた話が多い。岩下志麻だけで引っ張っていた他の作品と違い「極道のオンナたち世紀末百態」との様相、悪くない趣向だった。不景気で目先の金に目が眩んでしまう夫の大杉漣よりよっぽど仁義を重んじるかたせ梨乃、竹内力の未亡人にして競輪場でたまたま拾ったアル中ホームレス博打打ちの愛川欽也に最終的に心底惚れてまうとよた真帆(なんで!?と思うかもしれないが説得力あるだめんず感が素晴らしい)、横領で隠し財産こさえた信金理事長の婿養子である西田健とブイブイの総会屋である中条きよしとの間で華麗に二股かけて最後の最後まで生き残る悪運強すぎの細川ふみえ、チーママ的な位置付けでケータイにでっかいキーホルダーぶら下げてコギャル&ヤンママ文化担当相のような藤田朋子、ドタバタお笑い爆死担当の橋本さとしに美人局までさせられるおっぱい担当の中野若葉、組長名古屋章の愛人で突然訪ねてきた岩下志麻が台湾マフィアとの銃撃戦に勝利したため本妻の姐さんについていくことにした李丹、……よくもまぁこんなに出したな!という感じで面白いは面白かった。一番おいしい役は大杉漣かな、ここまでの群像劇にするなら彼が主人公でもおかしくない筋書きだが、そういう男性キャラがいるからこそ、岩下志麻とかたせ梨乃のツートップが賭場で全員ブッ殺して終わるラストが映える。橋本さとしは無駄に顔が良いせいで無駄に長いキスシーンなど担当させられており、四半世紀ずっと芸風ブレておらず感動する。今から極妻の新作撮っても似た設定のチンピラにキャスティングされそう、まぁ古田新太もだけど(爆死担当)。岩下志麻が普段着で帯揚げと帯締めを真っ赤や真っ青などの濃くて鮮やかな色で揃えているのが素敵。あと9作目に続いてお茶を点てる所作も素敵だった。

メモのつもりが長くなったなぁ。作品としては2・3・5がいいかなと思う、もし私が『極妻』の新作を撮れと言われたら、この三作品あたりの要素を混ぜると思う。まぁ言われないから安心しろ。一方で、どんな話かもうすでに思い出せないような他の作品も「毬谷友子のアレが観たい」「川島なお美のアレが観たい」「北陸の女帝の点てた茶が飲みたい」とかいって結局また全部観返しそうな気もする。

かたせ梨乃の洋装とヘアメイクを追っていくと1作目から10作目まででおそろしく長い歳月が流れたことがわかるのだが、岩下志麻と十朱幸代と三田佳子の着物は、どれも古びていないどころか新鮮に素敵だ。とはいえ、洋装ほどわかりやすくなくとも和装にだって流行はハッキリあるんだなという学びも得た。私はこの三人の中で強いて言うなら三田佳子が着てたような着物のリユースをポチりやすいのだけど、ああいう濃い色の地味なようで派手な訪問着は、80年代後半の流行なのだろうな。深く考えずに新品の帯締めとか合わせると浮くんですよね。岩下志麻は初期は「極道らしさ」を研究して小物など選んでいたのだろうが、後半おそらくは個人の趣味が炸裂したスタイリングが増え、襟替えは少ない代わりに伊達襟で遊んでいたり、パッと目がいくポイントが着姿ごとに変わる。凄味は内側から現れるに任せている感じ。40代から50代にかけて、齢を重ねるごとに余計な老け見えの工夫が取り払われた結果、あの不老不死のようなブレなさになるんだなと理解した。梵天丸もかくありたい。


ところで今月いただいた献本がどれも面白くて……つってTwitterならまだしも全部の感想をブログに書くのは一日では無理なのでまた今度! とりあえず極妻は決着(けじめ)つけた!