米国大使館に出向くため、一時帰国して赤坂見附駅近くのビジネスホテルに連泊した。東京出身の私にとって、こんな都心のホテルに一人で連泊するのは初めての経験だった。旅行者目線で見た赤坂は魅力的な街だ。とくに海外から来た短期滞在者、つまり「よそもの」にとって、赤坂はちょっとヤバいくらい快適な町なのだ。
地下鉄一本で浅草や銀座や渋谷にアクセスでき、皇居や国会議事堂を見るにも、東京タワーや六本木へ遊びに行くにも、タクシーで10分かからない。徒歩圏内にはやたらと大きな神社があり、散歩のついでに首相官邸やテレビ局などをひやかすことができて、日帰りサウナも充実している。韓国街もある。駅前にコンパクトにまとまった商店街には、コンビニエンスストアと100円ショップがあり、牛丼屋とラーメン屋があり、新宿ほど駅前が混雑していないのに、新宿と同じく駅直結で「ビックカメラ」がある。家電にパソコン関連機器、スマホアクセサリーやゆるキャラ文房具はもちろん、プチプラコスメやスナック菓子まで取り扱っていて、近所には「ドン・キホーテ」や「ダイコクドラッグ」もあり、いずれも外国語接客に対応している。
化粧水とシートマスクと蒟蒻ゼリーをカゴ一杯に買い占めた推定インドネシア人旅行者が免税カウンターで同行者に「ね、こっちのほうが銀座や新宿よりのんびり買い物できるでしょ!」と言うのを聞いて、日焼け止めとホットアイマスクとじゃがりこをカゴ一杯に買い占めて後ろに並ぶ私も、静かに深く頷いた。この地に名だたるホテルが密集しているのは永田町関係者の需要で、朝まで営業の飲食店が多いのはマスコミ関係者の需要。今までは、日本人目線でそう考えていた。御用地、花街、焼肉激戦区、山王日枝神社とTBSのお膝元……東京で働いていた頃のイメージはすべて吹き飛んだ。ここは外国人観光客相手にとって「新宿よりすいてるビックカメラのある街」。それだけで宿泊する価値がある。
海外在住者にとって日本の家電量販店やドラッグストアがどれだけ魅力的な場所であるかについては稿を改めたいが、赤坂見附は駅ビルに「ビックカメラ」が、商店街に「ドン・キホーテ」と「ダイコクドラッグ」と「ナチュラルローソン」があってヤバい。毎日毎日、地下鉄の駅を出てホテルへ帰るまでに必ず寄り道して、ホットアイマスクとかヨーグルトとか歯ブラシとか日焼け止めとか干し梅とか除菌ワイパーとか粉末スープとかみたらし団子とかを大量に買い込んでしまう。粗悪な品を数倍の値で売りつけられる外国から来ると、街全体が100円ショップのように感じられて高まるテンションが止まらない。
元はビジネスマン向けの仮眠用施設だったはずの24時間サウナの店が、今はやたらと和風に改装されていて、外国人バックパッカーたちが次々と吸い込まれていくのを見た。私が泊まったのはグランベル赤坂。どうということのないビジネスホテルだが、すれ違ったのは人種も世代もバラバラな外国人観光客ばかりだ。サービスは合理的に簡略化されていて、朝食ブッフェの代わりにプチパンや粉末スープの飲み食いし放題。ミネラルウォーターのボトルが取り放題。神対応である。久しぶりに飲んだクノールのカップスープがあまりに美味しくて失神しそうになった。
向かいの「ナチュラルローソン」で買ったヨーグルトや菓子パンや惣菜も気を失うほど美味である。すっかりハイになって毎晩のように千円二千円単位であれこれ買いまくってしまった。深夜勤務している店員は流暢な日本語を話すローさん。ローソンにローさん。たぶん英語も中国語もいける。日本人店員より時給高くしてさしあげるべきだろう。
はるばる海外からやって来た「よそもの」目線でキャリーカートを転がしながら眺める赤坂見附は、びっくりするほど外国人観光客フレンドリーな街に変貌を遂げていた。東京在住の頃は赤坂で宿をとるなんて考えたこともなかったけど、街の構造すべてが「おもてなし」に見える。2020年の東京オリンピック開催に向けて、目黒でも田端でも水道橋でも他のどんな駅前でも同じことが起きているよ、ということかもしれないが……。やー、感動しましたね。思わず長文書いちゃった。
追記(2020年1月):この文章は『天国飯と地獄耳』に収録された「世界一おひとりさまに優しい街」というエッセイのためのメモ。ほとんど使わなかったので掲載しておく。ちなみに今現在はグランベル赤坂よりも、すぐ近くに開業したホテルビスタプレミオ赤坂のほうが「推し」です。