「日比谷線で空港へ向かう」

日比谷線に乗ってどこまでも辿り着けない夢を見た。

飛行機をしのぐ、次世代の新しい乗り物に乗降するための、空港にあたるような場所へ向かっているのだが、それは北千住のさらに北にあるのだが、銀座線で寝過ごしたり、新玉川線が各駅停車しなかったりで、なかなか日比谷線に乗り継ぐことができない。

ようやく恵比寿駅に辿り着いたら、地上はモノクロプリントで、「君の名は」の舞台となった橋がかかっていた。地下鉄の車両も、鉄人28号のようにレトロフューチャーなアルミボディだった。何故か、レトロなメトロに迷い込んで、緑色のクリームソーダの味を連想した。

とにかく慌てて日比谷線に乗り込み、このままでは搭乗時刻の21時40分に間に合わない! というところで起きたら、寝坊だった。トーストを焼きながら考えた。私はもう、レトロの氾濫に飽き飽きしている。

「架空の上司」

 架空の上司があらわれて私に言った。「きみにあげるとしたら、上に『いやです』と言う権利と『無理です』という権利、どちらがよかったものかね?」

 上司、あなた口調のほうがバイト言葉ですがよろしかったですかー? それはともかく、「一つといわず両方くれ」と言いかけて「そうか、サラリーマンはデフォルトでどちらの権利も持っていないのか、そうか。」と気づいて目が覚めた。革張りの回転椅子に座ったお偉いさんがバイト言葉、というのが妙に鮮烈。

「男の胎から私は生まれる」

 覚醒夢。40代にさしかからんとする中年女性が主人公の夢である。彼女は、複数の選択肢のうちから或るひとつの未来を選んだ私の将来像である。つまり私の分身のようなものである。夢の主である私は、絵本のページをめくるように彼女の物語をながめている。

 彼女は最近、初めての妊娠をした。まださほど目立たぬお腹を抱えて、或る男のもとへ、その告白をしにいく。(現実世界で私の友人である)Sだ。Sは彼女が何を告げるより早く彼女に駆け寄ってきて、抱きしめて、小柄な細い腕で彼女の重たい身体を持ち上げ、額と両頬にキスをする。彼女と彼女の子供に向けて、あらん限りの祝福の言葉を述べながら、絡めた腕を離そうともしない。彼女はちょっと恥かしそうに戸惑っている。

 Sはと見ると、どうやら(いま現実の世界で出会う50代半ばの彼よりも)ずっと若く、20代後半か30代のようである。私は彼の若い頃を知らないので、想像で補完されたその顔は、襟足を伸ばした髪が頬にかかるあたりで、輪郭がぼやっとしている。元々ととのった顔なので、満面の笑みがかわいらしい。中年女性は、Sのあまりの喜びように、自分の身に起きた慶事であるのに気が咎めたような表情すら浮かべている。夢の中で、彼女とSとは義姉弟のような関係らしい。「嬉しい、嬉しい、僕は、あなたが大好きだ」というようなことばかり繰り返し言うSは、相当興奮している。常に冷静沈着で表情を変えず、あまり積極的に主観の意見を述べない普段の彼の様子とは明らかに異なっている。

 夢を見る私は、ふと、彼女の腹の中にいるのはSの子なのではないか、という疑念を抱く。「いいえ」と彼女が私に答える。「これはSの子ではありません。けれどSにとってそれはどうでもいいことなんです」。夢の主人公である彼女と、夢の主である私との会話はテレパシーのようなもので、単なる登場人物に過ぎないSの耳には届かない。

 Sは言う、「素敵だ、僕の大好きな人に赤ちゃんが生まれるってなんて素敵なことなんだろう。僕もいつか、あなたのように子供を産むよ」。それはおかしい、なぜならあなたは男性であるから。と私がツッコミを入れてもSには届かない。戸惑う表情の中年女が、はっと驚きを顔に浮かべる。彼女は気づく。遠い未来にSという50過ぎの男性の胎から産まれてくる女の子供こそが、夢の主である「私」なのだということを。

 若いSはキスの雨を降らせながら、自分より10センチ近くも背が高い中年の妊婦を片腕でかるがると抱き上げて、白木の材木でできたコテージのような場所へ運んでいく。そしてSは「あなたの産んだ子供が僕のものになり、僕の産む子供があなた自身になるんだ」というようなことを言い、本当にいとおしそうな瞳で彼女を見つめる。「約束しただろう、僕たちはみんなで、そうやって幸福な町をつくるんだ」。光の加減で少女のようにも見える、若く幼い顔立ちのSが、自分でお腹を痛めて産んだ子、布にくるまれた顔のない赤ん坊を抱きかかえているイメージを見たところで、目が覚めた。

 


最後のフレーズの「幸福な町」とはおそらく、ここ何年か或る特定の複数の人たちと話すとき永遠のテーマとなっている、我々が最後に目指すべき、佐藤春夫「美しい町」のことと思われる。或る極右の教育者から聞いたコミューン構想にも近い(右翼なのにコミューンって、と思うが何かそういう人なのだ)。こうした理想的な社会集団の幻想は、かたちを変えて何度も夢に見る。私はそれに囚われている。今回のは、竹宮恵子『地球へ…』の、新天地で初めて生まれた子を少年ジョミーが祝福するという場面によく似たヴァージョンだった。普段あんなに気難しそうなS(実在の知人)が、とびきり陽気な役で出てきたのが可笑しい。自分が彼の股の間から産まれてくるって、どんな感じだろう。

 

【追記】(2019/10)
伏し目がちダンディなSさんもう何年も会っていないけどお元気だろうか。そんなにたくさんの時間をご一緒したわけではないが、その割にはなんだかしょっちゅう夢に見る実在の知人の一人だ。

 初夢日記

 猫が居て、家族は居なくて、ネットにつなげて、灯油ストーブがある。いい実家です。今日は一日一歩も外へ出ず、おねこさまと一緒にごろごろごろごろしてました。昨日も概ねそんなかんじでした。

 ずっと「年が明けてから最初に見る夢」が初夢と教わって育った。今回も元日は眠らなかったので、1日から2日にかけて見た夢がそうかな、と思っている。よくある普通のうすぼんやりした夢だった。あんまりよく憶えてないけど、

 伯父と会社の偉い人とお仕事仲間、計3人が自宅にやって来て、私の掃除方法にイチャモンをつける。あの有名な決め台詞「雑巾の腐った匂いがしやしませんか?」に始まり、「紙のファイルボックスを日向に置いてはいけません!」とか「これじゃ整理したことにならないじゃない、ほら向きが揃っていない……」とか「学校で習わなかったの?正しい箒のかけかた。四角くだよ、四角く」とか「この古本、表紙は綺麗だけど中のページうっすらカビてますよね?」とか、終始叱られながら部屋でおろおろしている私。お互いを知らないはずなのにやけに意気投合している3人に何か茶色い煮込み料理をふるまって、口々に「水が不味いから浄水器を買いなさい!」とか言われるのをなんとか玄関のほうへ追いやって追いやって追いやってやっとお帰りいただく。という夢だった。

 仕事納めの日に取材と忘年会にかまけてデスクの整理をしなかったり、水道管のゆるみが気になって仕方なかったのにそのまま実家へ帰ったり、1月1日から早速おせちに飽きてカレー食べたり、そんな日々の現実を反映させた夢。2日から3日にかけて見る夢が初夢だ、という説もあるそうなので期待しながら今日はもう寝ることにする。