「小室哲哉とは何だったのか」@阿佐ヶ谷ロフトA

たくさんのご来場ありがとうございました。
一番熱中していたのは小中学生の頃だし、最近は追いかけていないし、
自分ではTKオタクだなんてまったく思っていなかったのですが
公衆の面前で「いやいやいや」とツッコミを受けて少し自覚しました。

出演者の感想を書きたいと思っているのだけど
ちょっと……時間の使い方が下手で、いつになるやらわかりません。
mixiの告知文をこちらに載せていなかったことに今日気づいたくらいで。
思い出したことはtwitterに随時書いておきますね。↓

小室哲哉イベント@阿佐ヶ谷ロフトA、多数のご来場に感謝! 俺の哲ちぁんフォルダが火を噴いたぜ! 誰に頼まれてもいないのにOJと化していた。※OJ=ハイテク機器OHPとハンドテクを駆使した動かないVJ。←中学校の教室の隅かと。
https://twitter.com/okadaic/status/1029461057

目についた感想など集めてみました。
皆さん口を揃えて「FANKS!の人がキモイです」と……ありがとうございます。

▼深夜徘徊 – okadaicのブックマーク – 081129イベント
http://b.hatena.ne.jp/okadaic/081129%E3%82%A4%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%88/

「1974生まれの華原朋美は、sixteenから運命づけられた哲ちゃんの恋人」
という話など、妄想が暴走しすぎてお客さんほとんど意味わからなかったと思います。

津田さんと栗原さんに初めてお会いした先週末、殿方二人に大爆笑されましたよ……。
「多摩の王子様→小室帝国皇帝→すぴのふTM浅倉大介皇太子待望論」も、
まさか笑いがとれるとは。やっぱりヘンなのか私……。無自覚って怖いですね。

過去記事が読みたくていらした皆様には大変申し訳ないですが、あんまりないのです。
日記およびtwitterログの「小室」検索結果だけ貼っておきます。うっすら腐女子注意。

http://d.hatena.ne.jp/okadaic/searchdiary?word=%BE%AE%BC%BC&.submit=%B8%A1%BA%F7&type=detail
http://twitter.g.hatena.ne.jp/okadaic/?word=%E5%B0%8F%E5%AE%A4

本当に楽しかったです。また何かの機会にご一緒できたら嬉しいです。
それでは取り急ぎ。

冷牟田竜之、スカパラ脱退

正直な気持ちを書こう。
ひやむっち*1のいないスカパラなんて、
考えられない。うわー! もう何も考えられない今は。
「WORLD HAPPINESS」でのGANGA ZUMBAとの対バンを楽しみにしていたのに。
もう、赤い薔薇は飛ばないし、ウルフは吼えない。のか。
ひたすら寂しい。本当に寂しい。

http://media.tumblr.com/mKajOvOngbifoi1gvK2xF2Tm_400.gif

http://www.tokyoska.net/080717.html

私はけっして古参ファンではない。
10代初めの頃にギムラさんのクリーンヘッドに一目惚れして
ファンになったのは渋谷系以降という典型的な〈花ふぶき世代〉。
00年代の歌モノ連作でブレイクした今となっては笑い話かもしれんが
90年代半ばから後半、ライブ行くとあからさまに周囲の客から
うわー新参者が来たなー、という顔をされたりした。

そして、そんなファン歴の浅い私でさえ、
「そこに居て当たり前の人が、もうそこに居ない」
という寂しさを、何度も何度も繰り返し味わって、
乗り越えてまだしつこく彼らのファンで居続けている。
東京スカパラダイスオーケストラは、そういうバンドだ。

一番好きだった青ちゃんこと青木達之が亡くなってから10年近く
そんなに熱心に追いかけているわけではないけれど
ほかの好きだったバンドが解散したり活動休止したりするなか
現役で、走り続けてくれているからこそ、スカパラが好きだった。
多少のメンバーの入れ替わりなんてすぐに慣れてしまって
彼らの音楽の歴史に身を浸してきた。

昔の人々を忘れたわけじゃない。今でも恋しい、懐かしい。
でも、新メンバー体制の演奏を悪しざまに言う古参は、じつにうざい。
奴等はそれでも走ってんだよ! そんなこと中途組の私でも、わかってる。
だから平気。スカパラファン、激動には慣れてるよ。

……しかし。しかしなぁ!! 何も冷牟田がいなくなるこたねーだろ!!

最近は、アジマンひやむーが精神的バンマスなんだと思っていた。
00年代のスカパラは、ひやむっちを中心に回ってきたと見える。
単にフロントに立ってただけとも言うが(笑)、それでもいいんだ!
90年代後半、怪我していた時期の「不在」はとにかくこたえたし、
たとえ椅子に座ったままでも、いまだに脚にボルト埋まったままでも、
ステージに復活してくれたのが、本当に本当に嬉しかった。

明らかに若返った客層にビクビクしながら今でもたまにライブ行くが、
昔のように飛び跳ねなくたって、どんなに全体の音が変わったって、
中央に杖を掲げたひやむっちがピシッと立っているだけで、
「ああ、これが、これこそがスカパラさんですよ。」と思えていた。

だから、あのときや、このときや、そのときと同じように
「冷牟田が脱けると別のバンドになっちゃうんじゃないか」
という心配は、やっぱり拭えないから、つい声を荒げてしまう。
こんなこと何度もあった、どうせ、すぐ杞憂に終わるのだ、
ちょっと懐古厨のタメイキが増えるだけだ、とは思うのだけど。

しかし一方で、こうも考える。
怪我の治療に専念できるのは、冷牟田が生きている証拠だ。
生きているなら大丈夫。生きてさえいれば何とかなる。
この人の前には、進んでいくべき未来がある。だからとやかく言わない。
何を湿っぽいこと言ってんだと思われるかもしれないけどね。
なんとしても、湿っぽくはなるわな。

長い間、素敵な音楽を本当にありがとう、お疲れ様でした。
いったい何を焦ってんだ、のんびり治療すりゃいいんだ、
そうしていつか、絶対にステージへ戻って来い。

(……で、「MONSTER ROCK」のアジは誰がどうするの?はじめちゃん?)
(↑と、やっぱりその後の心配をしてしまうなぁ)

*1:こんな妙な愛称で呼んでいるのは私と友人たちだけだろうが……ひやむっちはひやむっちです。

私はオバサンになりたい

“あの映画”“お芝居”などと呼ばれる、例のパフォーマンスのようなもの、
おばさんたちが案内する未来の世界』を私は東京と大阪で2度、共に体験した。

エリザベス・コールが、小沢健二とつくった、この作品について、
書きたいことがたくさんあるのに、まだ言葉にまとまっていない。
歯がゆい。この歯がゆさを挙手して語る場所を求めているので多分出向く。

刺激的なものには、人間いつか耐性がついてしまう。そのことに苛苛する。
繰り返し書くけれど、私は<ひとつにはならない>世界へ歩いていきたい。

Change the view of looking.

人間がひとつになってしまうことが怖い。ほっといてくれない社会が怖い。
ただ騒ぎたいだけの人たちは、どうかあっちへ行ってほしい。
私が複数の視点を持って成長し続けることを、誰も妨げないでほしい。

この発言は何人もの親しい女友達を失うかもしれないけれど

「私はオバサンになりたい」

その気持ちを妨げるものをバッサバッサとなぎ倒して、
けっしてひとつにならない<あれもこれもある>世界のほうへ歩いていきたい。

“あの映画”を動詞で表現するなら
「問いかける」というよりも「たしかめる」が似合うと思う。
“あの映画”を見て、同じものを素晴らしいと思い、
同じものを醜いと思い、同じ点について欠けているとか不満に感じ、
環境問題の「か」の字も語らずに、同じように感想を述べ合えた人を、
一緒に見た人々の輪の中で、いま1人だけ、見つけてある。

私は、その相手のことを、本当に信頼している。心から愛している。
なぜならその人と私は同じ未来に行き着くだろうから。
このへんはきちんと書けば先日の「神の愛」の話に続きそうだ。

時間切れ。

うーんリハビリが足りないな。

4/14、友達が小沢健二についての「討論イベント」を開催します。

正直、最近、吉本兄の考えていることが私には全然わからない。
(こんなこと、ここに書いていいのかわからないけれども)
あの人の笑顔が私はときどき怖い。近くて遠い距離感、さすが兄妹である。

一方で、この登壇者の文章には激しく共感した。リンクから詳細へ↓

 個人的にはこういうイベントをやるのは非常に複雑なのですが、イベントの責任者が健二さんに確認を求めたら意外と好意的なお返事が来たようなので、せいぜい堂々とやろう。やっぱり、実際に人々が集まってする「顔の見える」イベントっていうのは嫌いじゃないみたいです。

 映画の内容とか上映会の様子とか、電話とかで話すことについてどこまで話していいのかわからないんだけど、『TVブロス』といい『サイゾー』といい、 2chといいmixiといい各ブログといい、小沢健二さんや『うさぎ!』等に対してあまりにも一方的なものの見方が蔓延っているのがどうにもやるかたないんで、失礼にならない程度に話せることは話します。僕とか吉本さんは映画八回くらい観てる有数のきちがいなので、小沢健二さんの考えにそぐわない内容にはならないだろうと思います。

 そうならないためには本当はご本人に来ていただくのが一番いいんだけど。Skypeか何かで話してもらうことのもありなのかな。

 そういうわけで、平日の深夜なんですけど、夜ちょっと寝て朝もちょっと寝て仕事行くみたいな感じでご足労頂けたら幸いです。安いんで。千円なんで。

 『うさぎ!』を読んでいる方も、読んでいない方も、映画を観た方も、観ていない方も。観ていない方のために、予告編を上映すると思います。他では観られないと思いますので、是非どうぞ。

2008/4/14 討論イベント「『本当のことへ動き続ける』小沢健二新宿ロフトプラスワンで開催
http://d.hatena.ne.jp/ozakit/20080406/1207494148

気になる人は来い、話はそれからだ。という感じだろうか。
野次を飛ばすためだけにやって来る人々がいるなら、立ち向かいたい。
私のように血気盛んな人間と、そんな奴に遭遇するとは思っても居ない人間が
同じ空間に居合わせることになるとしたら、このイベント相当「荒れる」と予想する。

果たして、彼ら善意の集団「毎月の環境学会」が
それぞれに思い描いていたとおりのイベントは遂行できるのか!?
この一点を見届けに、私は深夜の新宿へ足を運ぶことになると思う。
それにしても開演時間がふざけてる。行きゃいいんだろ行きゃ……(学会員乙

私の名前と私の性格

 筒美京平先生を私淑しているが、ペンネームの由来が「左右対称文字」というのは知らなかった。今の自分の名前がほぼ左右対称である点を大変気に入っているので、あの偉大なる筒美先生もそんなことを気にしたり気に入ったりしているかと思うと、ちょっと嬉しい。

 「岡田育」という名前は戸籍名ではないけれど「育」は両親から授かった字なので、左右対称で書けたり、月が入っていたり、マッチ棒を使って(=直線だけで)書けたりする名前の人には、妙に親近感をおぼえる。そして、こういう小さなことが、自分の性格にも影響与えていると思う。

 たとえば、私は漢字名に「月」、2歳下の妹は「日」を含んでいる。私は昔から夜型で内向的で貧血気味でルナティックにヒステリックで、他者の存在に照らされて初めて自己を実感するタイプ。反対に妹は、社交的で日輪のように明るく、自己にも他者にもズルや不正を絶対に許さないタイプだ。非常に陳腐な物言いだが、姉妹でよく「もし名前が反対だったら性格も変わっただろう」と話す(性格は正反対だが仲はけっして悪くない)。

 また、母親の名前から一字を譲り受けた妹はまだ実家で暮らしており、海外都市から名前をつけられた私は、家から外に向かう気持ちが強い、とか。ただの暗示と言われればそれまでだが、少なくとも偶然ではないと思う。繰り返し、繰り返し、大人たちから名前の由来を言い聞かされて育ったから、影響がないはずがないのだ。

 そう考えると、「○に×と書いて○×です」という漢字名の名乗り方をどう繰り返すかも、大きい。だって「希望の希に青い空の空と書いて、希空(のあ)です」と言い続けるか、「希薄の希に空っぽの空で、希空(のあ)です」と言い続けるかで、性格変わりそう、でしょ?

 ところで、電話口で「岡」の字を伝えるとき、いつも迷う。岡山県にも福岡県にも盛岡市にもまったく由縁がないので、よその地名を使うのは憚られる気がする。たいてい「オカダは、ふつうの一般的な岡田です」などとお茶を濁している。一度でいいから、「都知事と同じ青島です」ならぬ「准一と同じオカダです」と言ってみたいね。いやぁ、准一による「岡田」のイメージアップ効果はすごいのですよ。それまでは、眞澄と、有希子と、あ〜みんと、監督と、イジリーですからね……。

 筒美京平作品で1曲だけ選ぶとしたら……って選べません。ぱっと思い浮かんだものを2つ。詞も良いし曲も良いし、数分の中にストーリーとドラマがあって、一度聴いたら忘れられない。素晴らしい。

中原理恵「東京ららばい」(松本隆/筒美京平)

郷ひろみ「よろしく哀愁」(安井かずみ/筒美京平)