diary

2016-11-07 / 夜の美術館

11月5日。外出先から帰る途中、友人から久しぶりに連絡をもらう。親子でシティに来てるので会おうという話になり、19時過ぎにメトロポリタン美術館で待ち合わせ、21時の閉館まで館内で遊ぶ。ちゃんと会うのは初めての3歳児に、大階段を上りながら軽い気持ちで「きみー、METは初めてかなー?」と訊いたら、「いや、妻のお腹の中にいる頃からしょっちゅう来てたし、今も毎週のように来てるし、もう100回以上来てますよ……」と言われて驚く。「ここは、NYCで小さな子供を思いきり好きに走らせて大丈夫な、数少ない場所なんですよねー」と言われて納得。車道の近くでは絶対に目が離せないし、あちこちにある公園だって基本は大人向けに作られている。ブルックリンやクイーンズの閑静な住宅街はさておき、シティでは外で遊ぶ子供って見かけないな。野良猫と同じくらい、そんな光景が恋しい。そして同じ美術館でもグッゲンハイムやMoMAだと建物の構造上、好きに走らせるのは危ないよね。なるほどメトロポリタン。子供には子供の描く街の地図があって、親子連れはそれに従って動いていて、大人だけで暮らしてる我々は、同じ街にいても気づかないんだよね。

それでたしかに3歳児、私よりずっとメトロポリタン美術館に詳しいのである。「仮面のとこ行こう」「ガラスのエレベーター乗ろう」「こっちじゃなくてあっちだよ」とか言って、大人たちを置いて一目散にスタスタ歩いていく。石造りの建物で滑りやすいし、階段なんか転ばないかと心配になるんだが、足取りに迷いがなくて腰も据わってて、すげー、さすがアメリカの子供だなぁ、と思う私は日本の木造家屋育ち。大人はついつい別棟の西洋絵画から見始めてしまうものだが、仮面や祭装束、剣と盾、動物や人間をかたどったプリミティヴな彫像に惹かれるみたいで、解説を読んであげたり、むしろ解説してもらったりしながら、普段あまり見て回らないセクションを駆け回る(時々、係員に怒られる)。小さな子供(男女問わず!)の興味分野が、武器か乗り物か昆虫か怪獣かに分かれていく過程、不思議だなと思ってるのですが、ここアフリカ・オセアニア・アメリカセクション、装飾品も乗り物も微細なものも巨大なものも全部陳列されていて、ああそうだよね、先に立つのは新幹線とかウルトラマンとかじゃないんだよね、私たちが惹かれるのはもっと太古の記憶なんだ、と思い知る。

子供を追いかけて歩いていると自然と目線が低くなって、一緒に地べたに寝転んだりしながら(これも係員に怒られる)、陳列棚を覗き込むと、角度が変わるだけでものすごい迫力がある。メラネシアの部屋、天井から吊られた仮面を旗のように接ぎ合わせたもの(後で調べたら儀礼用の家の天井部分らしい)を見上げて、「これ、うちゅうせんなんだよ」と教えてくれた。言われてみると本当に異世界から飛来した船のように見える。私たちはかつてみんなこれに乗っていたのかもしれないとさえ思う。私はまだニューヨークへ来て1歳3ヶ月、このプレイグラウンドでは、100回来ている3歳の彼のほうがお兄さんなのだった。帰り、車で送ってもらったら、「この天井、じどうであくのー」とこれまたご自慢げ。運転席のお父さんは「自動じゃないよ、僕が手動で開けるんですよ!」と苦笑しながら、路肩に寄せて屋根を外す。望むものがすべて、じどうで動く、思う通りの世界を生きている子供と、その周辺をぐるぐる取り巻きながら、続く限り、許される限り、彼が望む世界を回していこうとする大人たちとが、オープンエアルーフを開放して一緒に夜風に吹かれる、あたたかい晩。また遊ぼうね。

6日日曜日、『カルテルランド』、『美術館を手玉にとった男』、『グランドフィナーレ』(横目)、『グランドブダペストホテル』(再)、そして、ためこんでいた『刀剣乱舞 花丸』と『ユーリ!!! on ICE』をまとめて観る。どの作品もそれぞれに素晴らしく(王女か)、とくにまだ続いてる『花丸』と『ユーリ』は、みんなと一緒にリアルタイム視聴できないのが悔しいよ!

7日月曜日は朝4時くらいに起きて、cakesの人気連載「ハジの多い腐女子会」最新回の収録をSkypeで。おそらく史上最強と呼んで差し支えない強力なメンツが集結していた。んだけど、やっぱり現場にいないとモタモタするなぁ。若者たちから炸裂する知らない単語を手元でぐぐって把握しながら必死で会話についてったのですが、私が手元で何をしているかはSkype画面越しで見えないため、心配した編集Rから一つ一つ「岡田さーん、ちゃんと話ついてこれてますかー?」といたわられ、ほとんど遠隔介護されてる老人のようでした。あと、『刀剣乱舞』も『ユーリ』も本当はカップリングの話がしたいんだけど、参加者の顔は見えてても「顔色が窺えない」状態なので、「私は……どちらかというと受けだと思うけど……どうかな?」「あの人気カップリングって、地雷の人もいる……んじゃないかな……?」といった探り合いがいつになく慎重だった。オフ会だったらぽんぽん話せるんだけど、普段のコミュニケーションって言語以外にもものすごい情報量をやりとりしてるんだなと思う。

2016-11-04 / Live your life, Live your life, Live your life.

11月2日水曜日、Sallyの授業は「ジョンケージの音楽に合わせて線だけを使ったアニメーションで30秒映像を作って来る」というもの。みんな面白かった。とくにAの作品が好評、私は発表順の並びで彼女の次になるので針の筵である。突然新しくきたSallyの指導方針に戸惑っていたクラスメイトたちも「音楽はみんな同じもの、とか、線しか使っちゃダメ、とか言われると、逆にクリエイティブになれるわね!」とキャッキャしている。うんうん、若者よ、これこそが「制約のある表現」「課題とその解答」というものなのだよ、大学では目先の商業主義に踊らされずこういう課題制作で表現に集中するのがとてもいいよね……と、したり顔で頷いていたところ。

「さぁみんな、来週の課題の参考映像はこれよ!」とスクリーンに映し出されたのが、「ISSEY MIYAKE APOC INSIDE」でした。うわー……。初めて観るクラスメイトが「すげーかっこいい!」「最高! クール!」とはしゃいでいる空気のなか、「私、もう36歳にもなって、19歳からの宿願『打倒佐藤』を果たしていないどころか、入り直した学校でまで恩師の偉業を見せつけられてるのマジでどうなん……。英語できないからとか全然関係なく、よいものはよいものとして海を越えて届いて誰もが目をキラキラさせるわけで、ここ3年くらいアメリカ来てビザを得ることそれ自体が目的になってしまっていて、新しい環境での忙しさを言い訳にやるべきことサボりまくって、いろいろ物事の本質を見失っていたよなぁ……」くらいの凹み方をする。なお、サリーに「これ、私が日本で通っていた大学でお世話になった恩師の作品ですよ」と言ったら「え、ちょ、マジで、あんたイッセイミヤケの弟子だったん!?」と目の色変えられたので「違います、映像作家のマサヒコサトウのほうです」と返したのだが、いったい彼女(ソーシャルアイコンがきゃりぱみゅ風プリクラ)はどんだけ日本贔屓なのか。

でまぁ、40手前にもなってまだ二十歳の頃に思い描いた何者にもなれていない己の至らなさ、中身の無さに凹みながら、AIGA主催、大好きなイラストレーター、クリストフニーマンの講演会へ行ってきた。今週こそエリックの授業に顔見せに行かないとと思っていたのだけど、前日になって「空席有り」のニューズレターを受け取り矢も盾もたまらずサイン会チケットまで購入。悔いはない。想像以上のドイツ訛りで冒頭いきなり「I don’t like collaborating.」と言って会場を沸かせる。デザイナーとして働いたあとイラストレーターになった人で、忙しないニューヨークを逃れて妻子とともにベルリンへ移った、とかいう物語にもいちいち隙がなくて、はー、好き。基本的に書籍『Sunday Sketching』の内容をスライドに起こしたものをめくりながら軽妙に自分の人生と仕事について語る感じ。後半は学生と若き人々に向けて「自分にまだまだ満足できない? 練習しろ!」「アイデアが湧かない? 作れ!」と檄を飛ばす。おっしゃる通りです。おかげでだいぶ元気になりました。学校ゴッコは所詮は学校ゴッコであって、学校に通っている期間こそが人生の夏休みのようなもので、ここを楽しみ尽くして卒業したら、いよいよ自分のペースで二本足で立って暮らしていけるようになりたい、私も。そう思うような名講演だった。最後の最後はラジオ番組で聴いたセンダックの電話インタビューに捧げるアニメーションを流して、会場全体しんみり。ここに日本語対訳があるので是非どうぞ。「Live your life」はその締めくくりの言葉。

うきうき帰宅すると、シカゴカブスとクリーブランドインディアンズの試合中。見入っている夫のオットー氏(仮名)、シカゴ優勝が決まるまでほとんどろくに口をきかず「おおおおおー!」「名試合! 名試合!」「ぎゃー!」とかしか言わない。翌日のドミトリの授業では、声の大きなJが「つーかさ、そもそもカブスって何?(Actually I don’t even know what Cubs is.) 今朝のCNNニュースでチラッと見ただけよ」と言い、カナダ人のSとO、インド人のAが「あんた……非アメリカ人でも知っとるがな……」という衝撃に引きつった顔で笑っているので私も一緒に笑う。デザイン女子とMLBの接点なんてその程度です。いやトロントッ子のAsは秋学期前半ずっとブルージェイズのジャンパーで登校してたけどな(宗教)。2限のDavidH、先週サボったままとくにフォローアップせぬままでいたら、今までのニコニコ優しい態度から一転して目が笑ってないちょっと冷たいあしらいを受け、やっぱりサボりはよくないね、と反省しますた。

金曜1限はエミリー。50分くらい遅刻してったけど自習なので無問題。というか私この人の授業を完全にナメきっているのにミッドタームで(他の頑張ってる授業と同じ)Kudosが得られてしまって意味がわからない。いやしかし、遅刻したとはいえファイナルプレゼンテーションのスライド準備万端で行ったのに、他の子たちはまだ本日ファイナルのはずの課題を手元で作っている。つまり全員がそれぞれの方法でナメているのだった。PDF版ポートフォリオを見せて校閲的なチェックをしてもらう。ちなみに英文法はまるでノーチェック、動詞の言い換えを一つ指示されたくらい。これは別に私の英語が華麗に美しいからではない。そのくらい「要求される基準値」が低いってことです。面接でも「この文章、全部自分で書いたのか? すごいじゃないか」とか言われる。だんだんわかってきたんだけど、彼らは単純なスペルミスなどのほうがよっぽど厳しく見ていて、日本の教科書的な文法構文や、あるいは言い回しがプロっぽいか否かは、二の次ですね。まぁでも言われてみれば、私が外国人の書いた日本語の文章を読むときにも同じだと思う。漢字が違っていたらまるで意味が変わっちゃうので直してあげないといけないけど、文意さえ取れていれば人称や敬語がメタクタでも全然よし、みたいな。

加えて、「普通なら人称の混在については直させるところだけど、あなたの文章は三人称ベースでたまに意外なところで一人称や二人称の語りかけが混ざるのが、ふと私的な心情が吐露される感じでとてもいいわ。親しみやすさを与えられるし、このままでいいんじゃないの」と言われる。全然気づいてなかったけど、これ、日本語で文章を書くときのクセ(というか、読み手に引っかかりを与えようと思って長年開発してきた技法)がそのまま英語に出ているんだなー。エミリーはこういう「若い学生だったらここで世に送り出す前に矯正かますけど、あなたくらいトウの立った大人は、今までの経験を活かして自己判断でのびのびやりなさい」みたいな物言いが多くて、ああ、最終学期だなぁと思う。ほんの一年前には「まず無印良品のノートを買いましょう」から指導の始まるジュリアの幼稚園クラスにいたと思うと感慨深いです。だがしかし「ソーシャルアイコンをレターヘッドに使うのは許さない、絶対にだ」とそこは厳しく言われたので、あんまり気に入ってないけどロゴに差し替えた。

15時半から、一昨日クリストフの講演があったのと同じ学校ご自慢の講堂で、pictoplasmaというシンポジウムの一コマ、ジャンジュリアンの講演。同じ週にクリストフニーマンとジャンジュリアンに立て続けに会えるってすごい贅沢だと思いませんか!? 私だけですか!? しかし彼もまた、強烈なフランス訛りの英語で出オチ的なスライドで笑いを取りながら作品紹介、立て続けに作風そっくりの二人のイラストレーターの話を聞いて、そして二人とも「モノを見立てて絵を描く」系のシリーズを最後に出してきて、どっちがどっちだか混乱するわい。講演完成度の高さではクリストフに軍配ですが、彼はアメリカ人にウケるだろうと思ってわざわざトランプをイジってニューヨーカー相手に滑ったりもしていたので、「俺はただやりたいようのにやってるだけだ、そしたら成功してデカい予算でこんな面白くだらないこともできるようになったよ。は? 画材? 俺にそんな質問する? 普通のブラシでいいだろ」みたいな感じを、隠しもせず、臆面もなく、前面に出してくるジャンジュリアンはこれはこれでロックでよかった。

ついでにもう一人、たまたま同じ枠にいた、Martina Paukovaというスロヴァキア出身ロンドンベースの女性イラストレーターの講演も聴く。作品はそこまで好みじゃないんだけど、「腕一本で生きていく若くして成功した非英語圏出身者」の振る舞いとして大変参考になった。英語は半分くらいしか聴き取れないんだけど「みなさん私のことなんか知りませんよねー、でも女一人イラストで飯が食えてまーす」といった自虐的な自己紹介に始まり、「世界のどこからでも依頼が来たらなんでも描く、イケア・インドネシアからの依頼も受けた。全然想像つかないけど、とりあえず家具とか描いた」「こっちの仕事は数点描いて欲しいと言われて描き始めたのに、数十点作らされた、うんざり」「(あなたの描く女性はあなたに似ていますねと言われて)……は? あんな変な腕の曲がり方しませんよ。売るためには個性が必要だから平べったく描く作風でやってます」「苦労したポイント? 納期まで3日しかなかったから何も考えてない」などなど、歯に衣着せずに訥々としゃべるのが面白い(※すべて記憶のみにもとづく意訳です)。会場もバカウケである。質疑応答では「祖国スロヴァキアと比べて、大都市ロンドンで活躍するご心境はいかがですか?」という、まぁ普通に考えると「片田舎から出てチャンスを掴めてよかった、スロヴァキアにないものがロンドンにはあるから……」みたいな紋切り型の回答を期待している質問者に対して、「えー、そうね、あなたがスロヴァキアについて何をどこまで知ってるかによって返事が変わりますけど、たぶん話すと長くなるのでやめますね。ロンドンは、働くのにいい街よ。きっとニューヨークもね」と鮮やかに返り討ちにしていた。若くて英語が怪しい女子だからってナメられたらたまったもんじゃないぜ、言葉がマズいのは私のプロとしての能力や本来持ってる知性とは無関係だぜ、というオーラ。これはとても見習っていきたい。もっと自信をつけなくちゃなぁ。

 

2016-11-01 / ソミー・ニュージックとマンデー・パーク

「こんな日記、誰も読んでない」とボヤいたら結構な数の人たちから「私は読んでますよ!」と励ましのお便りが届いて、とても嬉しいです。好きって言葉は最高さ。さて今は11月9日朝、昨日の大統領選が終わってトランプの話でもちきり。今日はまるで宿題なんかしていられる状態じゃないし、その他にもいろいろ思うところあって学校を休み、たまっている仕事を片付けることにした。早くそのことを書きたいのだが、あまりにも間をあけてしまっているので順を追って。

10月26日の夜はコロンビア大学の東アジア研究所で開催された「大ヒット映画『シン・ゴジラ』から日本の現在を捉える」という趣旨の考察座談会へ。パネリストは怪獣映画に詳しすぎる上に発声可能上映の動向までヲチしている日本史教授グレゴリー・M・フルーグフェルダー氏、同大客員教授で防衛大学校准教授の彦谷貴子氏ほか。日本人より日本文化に詳しい研究者や、警視庁、財務省、自衛隊戦車部隊などに籍を置く人々、東日本大震災を報じたマスコミ関係者、映画専攻の学生など、さまざまな角度から感想が交わされた。ものすごく刺激的で、来る前におそるおそる想像していたよりざっくばらんな会で、楽しかった。イベント終了後はちゃっかり打ち上げにご一緒して、キャンパス沿い研究所至近にある人気レストランで彦谷さんとフライドチキンの皿をシェアする。

東アジア研究所、気がつけば何度もお邪魔しているので、何かに関わっているわけでもないのに、ちょっとずつ親近感が湧いてくる。この日のディスカッション内容も含めた「ニューヨークではゴジラがこう観られていた」という話は、とりあえず冬コミ新刊『久谷女子便り』にでも書くつもりなので、そちらをお楽しみに。

27日木曜日、前日にゴジラと遊んでしまったせいもあり仕事が立て込み、4限(GD3、一番きつい必修科目)まで辿り着けない。優先順位を考えて、とうとう2限の授業(写真)をサボることにした。基本的に全日出席の皆勤でないと「A」はもらえないのだが、といいつつズル休みしながらAが取れた授業もいくつもあるし、そもそも最終学期だしもう成績とかどうでもいいかなー、という気分にもなってくる。2時間半浮いたおかげでいろいろ片付く。しかしドミの授業めっちゃ頑張って準備していったのに自習だったんだっけな。がっくり。

28日金曜日、エミリーも自習。ドミとエミリーの自習が多すぎて、これにアンナの自習まで重なると、「何しに学校来てるんだ……」と気持ちが腐る。就職活動の状況は学生同士あんまり話さないものなのだけど、エミリーが突然「みんなどんどん面接受けなさいねー、そういえばIkuはもういいところまで進んでいるのよね?」と私に話を振るので、視線が集中。ちょっと晒された気分。「別に第一志望に呼ばれて即決したわけじゃないし、そういうの、職が見つかってからにしてもらえますかね」と言いたいのだが、言うと自分が凹むので黙る。

身も蓋もない言い方をすると「ネイティヴだってドリームジョブに就けない(だからうちみたいな職業訓練校に通ってチャンスを狙う)んだから、英語の不十分な留学生がトントン拍子にこの魔都でサバイヴできるはずもないだろ」という空気の中で、「それでも頑張れ! 挑戦することに意義がある! 当たって砕けろ!」と言われ続ける、そんな授業なんですよね。教育効果は高いけど責任は取ってくれない。「せっかく高い学費払って名門校入ったんだから卒業証書で面接官殴って大企業に入りたい!」というのは日本的発想の皮算用なのかもしれぬ。結果、いっさいの希望を捨てて「もう俺フリーランスで看板掲げてやってくわ」という境地に早々に至ってしまうクラスメイトもいるのだが、それで成功するならそもそも学校通う必要もなかったわけで……。いやー、学歴と試験勉強グセさえついてれば「新卒一括採用」とか「全国一斉模試」とかで短期間にズバッと結果が出るっていう日本の仕組み、ずいぶん楽チンだったんだなー、と思います。

キチ先生のドローイングの授業に出て昼飯を食べながら1時間半くらい描いて、V社の役員面接へ。「他の連中がずいぶん君のことを買っていてすぐにでも採用したがってるんだけど、正直なんぼのもんじゃい?」という斜に構えた姿勢の偉いおじさんが出て来て、ようやくそれらしき「圧迫面接」を経験した。しどろもどろになって余計なことまで喋ってしまう。ビザがあるのは既婚者だからとか、本当のドリームジョブは別にあるけど今はただただ就労経験が欲しいだけだ外国人学生がそこに必死なのわかるでしょとか、日本文化のことなら何でも答えられるけど御社の日本展開はターゲット狭すぎてよくわかんないとか……どれも明らかに、言わなくてよかったよね! 「黙ってないで、なんか言わなきゃ」を不慣れな英語でやるとすげーネガティヴに聞こえて轟沈することがよくよくわかりました。この辺の面接問答は、日本語でも取り繕うの難しいあたりだ。

まぁここもどうせ落ちるだろうということで、来る日も来る日も、インターンシップ募集の情報掲示板を眺めているのだけど、結構あやういものが多くてドン引きする。たとえば、「ソミー・ニュージック」(仮名)みたいな社名の企業が、レコードジャケットをはじめとするアートワークのデザイナーを募集している。インターン期間中は無給で、正社員昇格アリ。いやいやいや「ソニー・ミュージック」ならいいかもしれないけどね? ただの誤字? だけど求人募集広告で人事担当が社名間違えないでしょ? マンハッタンいろいろひしめきすぎてて「憧れのタイムズスクエア勤務! エンタメ産業の中心地から世界へ向けて最新流行を発信するやりがいのあるお仕事です!」とか言われても、ホンモノかパチモノか、まったく区別がつかない。みんな、本命企業のオフィス所在地とかちゃんと調べてから応募しましょうね。

あと、大々的にデザイナー募集しててそうそうたる大手企業がパートナーだというから広告代理店かと思ったらいわゆる調査会社の類で、デザインというのは取引先のブランディング云々ではなく「お得意様へお出しする資料レイアウト作成」だったりする。日本ではそれはDTPオペレーターと言うのでは……そんな職種が、「ファッションブランドの婦人靴デザイン部門のアシスタント業務」とかと同じ検索結果に引っかかってきて、まぁたしかに両方デザインだけど、いや、カタカナ語以上に間口が広いな、英語の「design」は……どちらも「未経験者歓迎!」とあるので世の中の仕組みに疎い学生は「ここで下積みすれば憧れのデザイナーになれる!」と飛びつきそうだが、なんという筋の悪さだろうか。

かく言う私も、日本語でなら踏み抜かないであろう地雷も結構踏んでしまっており、応募した後に間違いに気づいたり、よくしています。この手のもので最大の赤っ恥は、「美術系学部3年生向け」の奨学金に、学部生でもないしまだ2年生なのに、なぜか意気揚々とドヤ顔ポートフォリオを送った件ですね。半日で不適格とレスが来た。「小学校からやり直せ」って思うよな。

金曜夜は、近所にあるのに足を踏み入れることさえ叶わなかった高級店「Sushi Zo」で贅沢三昧な女子会。当日になって店名を聞いてびっくり、どうやって予約取ったんだよ!? 財布にいくら持ってけばいいんだよ!?(※もちろんカード可です) とビクビクしながら出向いたら、なんと初めて会う参加者の婚約者がこの店に勤めているとのことで、カウンターの向こう側からスッとボトルが入ったり、ずいぶんサービスしてもらってしまった。何食べても美味しかった。しかしどんなオシャレな高級店であっても「え? え? フジョシって何? 漢字でどう書くの?」みたいな質問に意気揚々と答え、寿司屋なのでいつもと違って周囲に日本語を解する客がたくさんいることには後から気づく私であった。

29日土曜日、街はハロウィーンに乗じて飲んで騒ぎたい人々で溢れかえっている。今年のハロウィーンは平日月曜なので、ただ飲みたいだけの大人は週末のうちに騒ぐ。というわけで、隣の部屋が本当にうるさい。私は保存しておいたタカラヅカ動画だの石川禅動画だのを鑑賞しながら黙々と宿題。日曜日もだいたい似た感じで、アンナの課題を終えるためマディソンスクエアパークに三脚を立てて写真を撮りまくる。終わると同時に豪雨。最寄駅近くのアサイー屋で雨宿り。昨日に続いて夜通しハロウィーンどんちゃん騒ぎをする予定だったであろう、中庭がご自慢の近所の店も水浸し。客足も悪くちょっと静かになっていてザマミロと思いつつ早めに寝る。

月曜日はグループワークのため、正午過ぎにマディソンスクエアパークで集合。フィリピン系Cちゃんと美形黒人男子Jくんと三人で、公園利用者に突撃インタビューする。二人は若いから「赤の他人に話しかけるなんて!」と緊張してるんだけど、私はそんなの全然大丈夫なんだけど英語力がないので緊張している。「とにかく第一声だけはおまえらが掛けてくれ、あと口述筆記も頼んだ、質問は私からもするから!」と送り出す。

面白かった。この公園は、ビジネス街と高級住宅街の中間みたいな位置付けで、近所には観光名所があり夜はクラブも賑やかなエリア、東京でいうとどこだろう、渋谷の外れくらいのイメージ? やたら家具屋が多いしペンタグラムとかあるし神泉よりは中目黒とかかな? いやまぁ無理に日本に喩えるのはやめますが、そういう雰囲気のいいところで、月曜昼間にここでランチしたり日向ぼっこしたりしてる人々なんて、みんながみんな、ニューヨークに長く根付いた近隣住民だと錯覚しちゃうんですよ。しかしながら、快く取材に応じてくれた人たち、一人目の金髪美女は「6ヶ月前に近所の会社に転職したから平日はしょっちゅう来るけど、それまではこんな公園知らなかった」。二人目の男子学生は「大学が近いから平日は(以下同)」。三人目は、推定ゲイ男子で多分うちの美形男子Jくんと連絡先を交換したい一心で「ねえ、俺にも質問してよ」と話しかけて来た、ヨハネスブルクからの観光客。四人目以下も「この辺に住んでor働いて長い、この公園に愛着がある」という人はまったくいなかった。よそものの街だなぁ。

断られる理由も面白い。この人は地元民に違いない、と思ったお金持ちそうな白人老婦人は、我々が「ハロー」とベンチへ寄って行っただけで、顔をしかめて虫を追い払うような仕草をして、我々が諦めてそこを離れるまで一言も発さなかった。ろ、露骨〜!! 地下鉄で隣に有色人種が座ると舌打ちして立ち上がるタイプのババア!! まぁ我々、三者三様いかにも美大生でございというファッションをした、露出度高めアイライン濃いめのフィリピン系女子、トゲトゲのチョーカーつけた黒人ゲイ男子、ベリーショートにスチームパンク丸眼鏡サングラスを掛けた性別不詳の日本人女子の三人組である。うん、もうちょっと格好考えてくればよかったな、俺たち。服装コンサバにしたところで「虫」に変わりはないけれど、まるで自分たちに非があったみたいには感じずに済むから。あるいは、明らかに暇で、暇だからベンチで何もせず日向ぼっこしているにもかかわらず、「答えはノーだ。君たちに私の公園でのひとときをdisturbする権利はない。それがどれだけ失礼なことかわからないのか?」と言ってきた白人老紳士も、平謝りしてその場を去った後ずっとこちらを睨みつけていた。私のことは嫌いでも、トランプ候補には投票しないでください……。

さすがに子連れはそんな態度を取らないだろうよ、と寄って行ったベビーカーを脇へ置いて赤子をあやしている身なりのよい白人中高年女性は、話しかけたらものすごく恥ずかしそうに頬を染めて「I don’t speak English….」移民一世カップルに専属乳母として呼び寄せられて故郷出てきた系ヨーロッパおばあちゃんだったー! 見た目で判断してすいませんでした。まぁ一番ウケたのは、「あそこのベンチで仲良くランチボックスをつついてる小ぎれいなヤンエグ男性二人、終始ニコニコしてるしいい人たちっぽいから話しかけてみようよ」と寄って行ったら、食事中なのにやおら腕と舌を絡めて濃厚なキスをし始めて「お、お邪魔しましたー!///」と三人で踵を返す羽目になった一コマでしたけどね。

そんなこんなでフィールドワークが終わり、火曜1限の授業では作業机に寄ってきたアンナの前でだけ軽くプレゼンテーションをして、グループワークは終わり。ここからは個別にファイナルプロジェクトを進めていくことになる。4限のドミトリは「緊急の用事が入ったので休講」とのこと、授業開始時刻頃まで自習室で作業して、早めに帰る。

2016-10-26 / どんなときも。

誰からもまったく反応をもらえないこの日記をいったい何のために書いているのか、こんなことしてる暇があったら商業原稿の締切を先に上げたほうがいいじゃないか、と自分でもわかっているのだが……。手元に簡単なメモしか残っていない去年の今頃、すなわち渡米直後の新入学一年生の頃のことを物の見事に忘却してしまっている。この調子で日記をサボると「思い出して書く」ことすらできなくなってしまうので、文法も文章もグダグダですが一応、ベタ打ちは続けていきたいと思います。

21日金曜日、1限はエミリー。就職面接の個別相談がしたくて事前にメールも送っておいたのに、「大丈夫よ、大丈夫よ、あの企業、あなたのスタイルに近いところあるし、普通に志望動機を話せば大丈夫よ」くらいのアドバイスしかくれない。面接決まったらいつでも相談に乗るからメールしろと言ったのはどこのどなたか。まるでアテにならないので、授業後は6E16の6階に移動して想定問答集を作る。この日はあいにくの雨、パンツスーツで行こうと思ってたのだが足元は雪靴。上半身だけ勝負服のダナキャラン。『とくダネ!』第一回出演時にはりきって着て出たら「次からスタイリストつけますんで」と言われたやつな……。14時に出て近所のカフェで時間をつぶし、10分前に到着して扉の前で5分待ち、深呼吸してV社の扉を開け、デザインインターンシップの面接へ。

結論から言うと、めちゃめちゃ和やかな雰囲気のまま終わった。この国には「圧迫面接」という概念がないのかな。ポートフォリオの何を見せても、グレート、アメージング、ワンダフル。しかも、「手で!? 全部描いたの!?」「カッターで!? 全部切ったの!?」「テンプレートも!? 無から作ったの!?」などなど、美術大学ではやってて当然のことばかりをベタ褒めされる。デザインやコンセプトの部分というよりは「一人でゼロから作り上げた」こと、「Adobeのソフトウェアで使えないものは(一応)ない」こと、あるいは「大学を出て働いて日本国内で別の仕事をしてそこそこ実績があるのに、なお転職を目指していて、二番目の職能に足るスキルがあること」など、外側の輪郭の部分をやたらと賞賛される。いや〜、照れるな〜。しつこいようだけど、図画工作に対して意識の高い日本では「そこらの営業マンにハサミ持たせたら手先がめっちゃ器用」とか、「パートタイムのバイトに軽く図案を描かせたら漫研出身で字も絵も超きれい」みたいなこと、日常茶飯事じゃないですか。あのレベルで驚嘆されるのがアメリカであり、美術大学の中ではもちろん、外ではもっとすごいことになっていたのだった。いやしかしこれ、数学関係の求人に応募して「暗算ができる」だけで褒めちぎられるようなもので、明らかにおかしい、居心地悪い……褒め殺しで気持ちよくさせといて落とすって寸法かもしれない、と身構えてしまう。

今回会ったのは人事担当の女性とデザイン部門のチーフらしき若い男性。事前にオンラインポートフォリオを見ているので、絵本のような物理的作品を見せると「あ、これこれ、サイトで見たときから私のお気に入りなの。実物に触れて嬉しい!」なんて言われてこちらも嬉しい。「我が社について知ってることを教えて?」と言われたんだけど、人事担当女性は愛社精神がおそろしく強く、私が拙い英語で1答えると、話を受け取って自分で10くらいに膨らませて、自分で膨らませたその話にウットリしている。若いチーフも、私の緊張をほぐすのに必死になっていてむしろ恐縮するくらいだった。本命に挑む前に場数を踏むための「面接の実験台」だと思って応募した一社目が無事に終了、自分の作品を見せる際のプレゼンテーション方法なり、喋り方なり、あれこれ改善の余地があるなぁと大変勉強になったし、「雰囲気最高なので、別にここで働いたっていいよね」という気分で、自社製品おみやげにもらってホクホク帰宅。しかし、ここから先が長いのだった……。

土曜はジャイロのあとマディソンスクエアパークで写真撮影。日が落ちておそろしく寒いので途中で切り上げる。ルームシェアしているイタリア人Lとインド人Sが当日になって「今夜20時半からホームパーティーするよ!」と誘ってきたので、自宅至近の店で夫と軽く飲んでから一人でフルトンまで出かける。シティホール駅から徒歩15分ってどんだけ僻地やねん! と思ったらさにあらず、イーストリバー沿いでブルックリン側の夜景を一望でき、階下のテナントに巨大なコンビニ入ってて吹き抜けエントランスでは制服着たコンシェルジュがお辞儀してくれる、だけど学生同士でも借りられるような狭めの間取りが数百戸ひしめいてる、つまり日本でいう新興高層タワーマンションみたいな、巨大高級アパートメントの最上階だった。野球観戦のため留守番していた夫に「どうだった?」と訊かれて「勝どきだった」と答えた。

「デザイン専攻」「非アメリカ人」「女子」を最大勢力に、その彼氏やらクラスメイト男子やらも集まって、普段はすっぴんに寝間着みたいな服装で登校してくる子たちが、ここぞとばかりフルメイクで超ミニスカドレスにピンヒールを履きこなしつつ薄暗い室内で流行りの音楽をガンガンにかけ、だけどまぁそこまで高い酒や肴も持ち寄らず、プラカップでワインやスパークリング日本酒を飲みながらチップスや冷凍ベビーキャロットをかじるという、なんとも和やかな宴会であった。ほっこりする(誤用)。イタリア人もインド人もメキシコ人もインドネシア人もスイス人も日本人も、この国ではマイノリティ同士である。そこにしかない連帯意識がある。整った英語を完璧に操るアジアンアメリカンの客が浮いて見えるくらい雑多な空気。この国で「よそもの」としてしか生きられないことにまだ無自覚そうな若い子たちもいるけど、でもやっぱり、ホストは出身国別のFBグループを作って「あの日本人の子たち」めがけてパーティの招待状を送ってきたのだよな、我々は自然とそんなふうに集まるのだな、と興味深く眺めていた。

そういえば父母のニューヨーク時代の友人たちを順番に訪ねたときも、相手が合衆国生まれのアメリカ人かそうでないかで微妙に空気が違った。この「よそもの同士が寄り集まる」感じには、子供の頃から覚えがある。海外へ出たことのないアメリカ人ばかりの集まりに招かれるよりも、こちらのほうが子供の頃に感じたニューヨークの第一印象に、ずっと近い。なんでもかんでも「日本人/外国人」で区切ろうとする母国に耐えきれなくなるたび、「とてもキナ臭いけど最も居心地のよい」場所として思い出していたあの記憶に。

ところで、「Ikuを見てるといっつも、もう一人の日本人の友達のことを思い出すわー。あなたたち二人とも、作るものがクールでものすごく勤勉で、そしてオシャレで感じがいい! そうそう、この子なんだけど!」と見せられたInstagramのアカウントが、どう見ても、中国人か台湾人。残念ながらプロフィール欄に書かれているのが北京語か広東語かとかは全然わからないし、母語である日本語と華麗に決別して異郷の地で中国語(と少しの英語)だけで生きていくと誓った鉄の意志を持つトライリンガルである可能性なども捨てきれないわけだけど、でなければ、日本在住の日本語ネイティブや日系人でないことだけは、一目瞭然なのだった。それでその場で普通に「ちょ、違うよ、この子ジャパニーズじゃないじゃん」と言えばよいものを、なんとなく言いそびれてしまう。この、黒髪をベリーショートにしてサブカルっぽい服装をして彫刻の横で彫刻と同じポーズをとったりしておどけている女の子(たしかに私そっくり)は、ムンバイから来た女友達に、「私は日本から来た」と告げたのだろうか? いやしかし、そうならそうとプロフィール欄を日本語にしたりして、もっと日本人っぽく作り込むはずだ。アカウントまで日本語ローマ字表記にして擬態しているような中国人女子学生だって知っているもの。だとしたら彼女はただ、いつもMUJIの小物を持ち歩き、カバンはBAOBAOで、周囲の友達たちに日本の漫画やアニメやグッドデザイン、観光名所や人気俳優についてなど教えてあげただけ、とかなのだろうか。それで多くの外国人が、「彼女は日本人に違いない」とすっかり勘違いしているだけなのだろうか? 真相は闇の中なんだけれども、この場で「よく見ろ、こいつは日本人じゃねえ! インド人には区別つかなくたって日本人の私にはちゃんとわかる!」と主張することに、「正す」ことに、いったいどれだけの意味があるだろう。どうして私には区別がつくのか、その確信の源にあるものは何なのか、今この子に、ちゃんと説明できるのか? その根拠は印象論ではなく、科学的で論理的で、ポリティカルコレクトネスの範疇なのか? 留学を終えて祖国へ帰ったのだろう、エキゾチックな公園を背景にとても楽しそうに自撮りしているInstagramを覗き込み、「わー、本当だ、似てるね。私は、彼女に、親しみをおぼえるわ」とだけ返事をした。ムンバイから来た女の子は、自分には読めない中国語のキャプションがついたその写真の、その公園が、遠く海の向こうにある、二人の素敵な友人を輩出した、日本という国にあると信じている。私もまた、そのジパングの存在を信じてみよう。

日曜夜はヘアサロンへ予約を入れてばっさり髪を切る。夫と合流して「Edi & the Wolf」。今日こそウィンナシュニッツェル以外のものを食べてもいいのではないか、と話していたにもかかわらず、やっぱりウィンナシュニッツェル一択になってしまう。もはやウィンナシュニッツェル屋である。しかしそれだけの価値がある。本日は熟成豚の他にヴィールもあったので迷わずヴィールを。ラッキー。

24日月曜日はオフ。5月卒業の大学院生Mさんとクロックムッシュ屋でばったり再会、雑談して別れる。正午集合で火曜1限Annaのグループワークへ。「公園標識をリデザインする」というのが最終課題で、その下準備として2週間だけ、3人組になってリサーチとプレゼンテーションを手分けするのだ。私は週末のうちに写真を撮っておいたので、「公共交通機関からのアクセス」を紹介するパートを担当。アラバマの局番が振られた携帯電話を持ち全身全霊でブラックイズビューティフルとしか形容しようがない美形の学部男子Jが「公園の歴史」担当、ファインアート専攻でフィリピン系小柄美女のCが「周辺のランドマーク」を担当。Cはキャンパス内の別校舎、ファインアート専攻のフロアに間仕切りされた小さなスタジオを持っており、そこに我々を招いてくれる。早い話が、ワンフロアまるごとMUSE SQUAREみたいになっているのだった。隣との会話は筒抜けで、隣のスタジオの子から水差し一つ借りるにも陽気にワイワイ雑談をして作業の手が止まる環境。いいんだか悪いんだか。Cの作りかけの卒業制作は写真と証言で辿るフィリピンの民族史といった現代アート風の作品だった。同じ学校に通っていても、やること、見るもの、価値観や優先順位、まったく違って当然だよなと思う。1時間も経たないところで多動症っぽいJが「こんな狭いMBP画面ではとても作業できない、うちのデスクトップマシンで続きをやる」と言い出していきなり帰宅。おい、グループワーク、とは……? その後、14時か15時くらいまでCと二人で黙々とスライドを作り、我々のパートはほとんど終えて解散。Jの分も深夜に上がってくる。のはいいのだが、合計枚数が90枚くらいになっている。何十分プレゼンするつもりだね君たち。

翌朝1限、私以外の2名は安定のぶっちぎり遅刻登校でしっかりAnnaにチェックされていたが、あいつらデキナイ組、という印象を払拭すべく果敢にも4グループ中2グループ目に発表しますと挙手、我々ながらそこそこの出来のプレゼンを済ませる。この日は4限のドミトリもプレゼンテーション。ポールランドのエッセイ「Logos, Flags, and Escutcheons」を読み、「街で見かけた良いロゴ7つ、悪いロゴ7つを、7分でプレゼンする」という趣向。「世界100大有名ロゴの類は禁止」(AppleとかPepsiとかは却下)という制約もあるので、みんなほとんど近所の看板から探してくるのだが、面白いほど重複がなかった。唯一あったのが、Tと私がグッドロゴに挙げた「GREGORY’S COFFEE」くらいかなぁ。日本人Kちゃんの挙げた「ヤマト運輸」のロゴを見て、西海岸ッ子のAbが普段の2オクターブくらい高い小声で「きゃっ!」と叫んで(cat!とwha–t?の中間くらい)嬉々としてノートにスケッチしてたのが印象的だった。たしかになぁ、知らんかったら驚くよね、安心と信頼と質実剛健を是とする大手運送会社のロゴが、子猫をくわえてそっと運ぶ親猫のマークだなんて。日本人ならみんな知ってるこの良きロゴも、島の一歩外へ踏み出せば、極東のどローカルかつどマイナーな事例。

21時半過ぎに授業が終わり、空腹で死にそうなのでチポレへ寄ると言うこれまたインド系のAg、およびNYUッ子のJとともに帰路へ着く。「Ikuも一緒に食べようよー」「いや今日は夫が晩飯用意してくれてるらしいから」「お、お、夫ーーー!?」といういつものアレ(※たぶん私は外見年齢20歳くらいに見えている)。ものすごく寒い晩で、凍えそうな別れ際、Jがいきなり「あなたの今夜のリサーチとプレゼンテーションは本当に素晴らしかった、中身は文句無しの出来だったと思うわ。でもね、あなたの頑張りは全部スライドに反映されているんだから、無理に『長く話す』ことを目指そうとしなくていいのよ。努力は伝わってくるんだけど、口で話せば話すほど冗長で要領を得なくなってしまって、時間超過の減点を受けるし、簡潔で過不足ないスライドのコンテンツの完璧さを、自分で損ねてしまってたと思うの。それって超もったいないことよね」と、真顔で激励のアドバイスしてくれる。めっちゃ寒くて早くあたたかい店内へ入りたいだろうに、「ここさえ直せば完璧」という点を、陽気な笑顔でビシビシ注意してくれる、THE・アメリカ人。なんていい子なんだ……。で、まぁ要するに「余計なことはしゃべるな」という話で、ここでもまた「英語という障害」と直面することになる。Jが言っているのは、ドミトリにも以前言われたまったく同じこと、すなわち「スピーキング能力が劣るなら、いっそもう、何も喋らなくていい」「他の要素で補えるものは、他の要素で補ってしまえばよい」。いや、喋らなくていいなら、そうさせていただきますけどね!? スピーチノート作って合成音声に読み上げさせるとかのほうが、私も緊張しないし諸君も聞き取りやすいし双方ハッピーだもんね、もう私のことはホーキング博士かなんかだと思ってくれたら……、となる。

水曜日、講師がSallyに変わって最初の「Motion Concepts」。何を教えるかメソッドをきっちり決めて、その枠組みから外れるものについては「後で順番に教えてやる」一点張りだったDavidMに比べて、宿題の講評を長めにとる授業スタイル。みんなDavidMの講義に慣れきってて結構テキトーな映像を作ってくるのだが、「これは意図的にやったの? それとも手法がわからなくてこうせざるをえなかったの? 本当はどんなものを作りたかったの? 実際やりたかったことと違うのはどこ?」と容赦なくツッコミが入る。また、エレメントの動き以上に、それぞれ一時停止したときの画面の収まりの悪さみたいなものに大変厳しく、「みんながグラフィックデザイン専攻だからいうのだけど、映像だって、デザインなんだからね?」というような話。彼女も彼女なりに授業メソッドは準備してきていて、DavidMとの違いは物事を「縦軸」から教えるか「横軸」からか程度の差なのだけど、「先生に習った通りのことを忠実にやってプロっぽく上達したい」という姿勢を隠さない、若くて融通きかない受身ちゃん系の生徒たちからはちょっと不満めいた声が上がる。この授業は本当に、「締切を与えてもらってあとは独学でやる」感じになったなぁ。

午後はV社の二次面接。そう、またもや呼び出されたので、授業が終わってすぐユニオンスクエア駅へダッシュしてギリギリ約束の時間に間に合う。この日はソーシャルメディア担当というアジア系男性をまじえて、前回会った人事担当&デザイン担当とともに、座談会のようにしてあれこれ話す。ポートフォリオを見せたり、ソーシャルメディアのアカウントを見せたり。この会社、今秋から「デザイン&ソーシャルマーケティングの学生インターン」を募集しているのだけど、要するに「一人二役してくれる有望な学生がいたら、人件費が減るよね」と思っているらしく、「Twitterのフォロワー15000人超! Instagramのフォロワー1500人超! 1999年からホームページ運営! 今すぐ君が欲しい!」というノリなのだが、「いや、私はデザイナーとしての実務経験が欲しいから来たのであって! ソーシャルメディアに毎日オシャレ投稿するためのバイトなんて誰でもいいだろ、二十歳そこそこでSnapchat大好きな、適度にチャラい三流大学生にでもやらせとけよ!」というのがこちらの本音。贅沢言えない立場の割にずいぶん口汚いですが、一応こっちも世界有数のデザインスクールで優等生で通ってて、そこに投資した分を回収するべく動いてるんで、もうちょっとは高く自分を売りたいよ……? とか言ってると、さんざん面接に呼ばれた結果、もっと使い勝手の良い若い候補生に競り負けるんじゃないかなという気がする。

それにしても、大学の授業ではいまだに「ソーシャルメディアで私生活を晒すような活動は、素人っぽく見えてお里が知れるので、ほどほどに。万が一、就職面接官にアカウントがバレたとき、クラブでウェイウェイ飲酒してる写真とか見られたくないでしょ? オトナになるまでfacebookは鍵付きにしておきなさい!」といったお堅い指導を受けるわけですが、古いよなぁ……。もちろん外の世界、リアルワールドにおいては、「せっかく若手の新人を採用するなら、我々以上にソーシャルメディアに強い子がいい!」というのが採用側の正義であって、それは日本で新卒採用試験を受けていた10年近く前(←おいサバ読むな)でさえ、正しかったのに。我々76±5世代だけを特殊な例外として除いた、残りのお年寄りと若者に共通してはびこる「インターネットは怖いもの、情報が流出したら社会的に死ぬ」みたいな感覚、どうにかならんもんですかね……。私が今こうして生きていられるのはダダ漏れインターネットのおかげですけどね。もちろん、明日インターンの面接があるからって急にフォロワー数増やしたりはできないわけで、生涯を人目に晒されず「ステルスモード」で生きて死にたいという人々は、すべての行動に鍵をかけておくほうが無難だとは思いますけど。

しかしそうやって育った若い学生は就職面接で「君は昨今のソーシャルメディアの隆盛についてどう思う?」って言われて、プレイヤーとしての実戦経験まるでないまま、新聞記事に書かれてるような時評をもっともらしく回答するのかねぇ。おばさん負ける気がしないぜ。どうせたった今、私と同じ学生インターン向け求人サイトを眺めているこの国の若者諸君の多くは、この日記題が『就職戦線異状なし』にかかっていることさえ知らんのだろう。いや日本じゃないから当たり前なんだけど、単純に「1991年、生まれてた?」っていうね。自分で書いてて哀しくなるぜ。

2016-10-20 / ぼくとゴジラの放射線流

軽く一週間を振り返ると、ほとんど風邪で臥せってました。火曜日の午後から水曜日の夜まで、ごはんを食べに出かける以外はほとんど寝ていたと思う。この辺りから、寝れば寝るほど風邪っぽくなり、頭がぼんやりするのをいいことに宿題をサボり続ける。木曜2限のDavidHは手ぶらで遅刻で登校、先週プレゼンを免れたので「Ikuはそろそろ僕に何か見せたい新作があるんじゃないかな!?」といきなり振られ、仕方ないので手元にある写真フォルダを見せながら座ったまま適当に趣旨を説明。15週間かけて最終課題を仕上げさえすればよい雰囲気なので「前に進んではいます」と進捗報告だけして事無きを得る。こういうときに「えっ今週は何も準備してなくてー」「時間がなくてー、何も見せるものがなくてー」とか、無駄な謙遜をいっさい言わなくなったな、私。「あなたがたは最新のWork in progressが見たいんだと思うので、とっちらかったままのラップトップ画面からプレビューするわね。これが現状よ」みたいなポジティブな言葉選び。だいぶアメリカナイズされてきている。4限のDmitryもだいぶそんな感じだったと記憶している。なお、進行中の課題3(大学のインビテーション)に入ったあたりからDmitryが今まで以上に大変つれないので、「たぶん休暇中にこの日記を発見してgoogle翻訳にかけて読んでみて、私という生徒のありようにドン引きしているのだろう」と思うことにしている。はーい、ドミちゃん、見てるー?ノシ 靴下がどうとか書いて悪かった、謝るので、個別にメールで相談したリヴァイズについて返事くらいくれ! くれると言った参考資料もまだもらってないよ!

金曜1限のEmilyはオンラインポートフォリオについて。キャリアサービスの担当にボロクソに言われた内容を数倍盛って「非デザインピープルの就職課の奴がこんなところ直せって超ズレたこと言って来るんですけどぉー、ありえなくないですかぁー?」と文句を言ってみたところ、当然ながら「今のままで進めろ、デザインピープルを代表して私が許可する」とお墨付きを得たので、キャリアサービスの意向は無視することにした。こういうときはエミリーが超便利だなと思う。P社のインターン応募についても、希望年収を書く項目があり、相場を聞いて空欄を埋める。「ゼロって書かないほうがいいわよ。うーん、このへんかなー。でもあなたEditorとして8年もキャリアあるんでしょ。もう一段階上げてみたら。もちっとイケんじゃねーの……よし、それで送っちゃえ! いいよいいよ!」的な。自分が成功者だという自覚があるので、他人の未来にも無責任にポジティブなこと言ってくる。

夕方からタイムズスクエアに映画『シン・ゴジラ』を観に行く。一番ゴジラっぽい色のセーターに、無人在来線爆弾を意識した銀のブーツ。16時20分の回。素晴らしかった。1週間限定での北米公開、西海岸およびギークコミュニティからは大入満員&絶賛の嵐だというふうに聞いていたけど、やはり芝居の街ブロードウェイは映画館自体が閑散としていて、平日夕方だと客入りも5〜6割。ほとんどが無職にしか見えないオタクのおっさんで、日本人がちらほら。まぁでも周囲のことはどうでもいいんです。めっちゃ笑ったしめっちゃアガッたし、日本に生まれ育って戦争を知らず震災を知って今はあの国の外側に住んでいる、そんな自分の境遇とさまざまなことを重ね合わせながら、ものすごく楽しめた。詳しくはそのうち「北米東海岸からゴジラを観る」というようなコラムにまとめますので、ここではまず、このくらいで。興奮さめやらぬままビールを求めてヘルズキッチンをうろうろし、結局電車で家の近所まで戻って来て、カフェジタンで大盛りのクスクスをシェアする。ずーっとしゃべりっぱなしで、喉が痛い。あの、放射線流ぬぼぼぼぼぼぼ、ってやる感じ、あれを真似して治したい。

『シン・ゴジラ』、特撮についても庵野秀明についてもまったく知らない夫のオットー氏(仮名)にまで刺さっているのが面白く、復習を兼ねてエヴァやナディアの神回の動画など見せていたらあっという間に深夜。土曜になっても興奮が冷めず、Twitterに感想を書いているうちに盛り上がって来て、カウチで療養だ! とばかり「アメリカのシンゴジラ」こと映画『インデペンデンスデイ』(無印)を観る。なんて有意義な週末の使い方なんだろう。大好きなんですよ、この映画。それにしても見事に風邪をこじらせてしまい、咳き込みながらジャイロトニックのエクササイズ、めずらしく酒を飲まずにおとなしく夕飯を済ませる。日曜日、起床と同時に来ました、いつもの「喉風邪」確定。数日前から嚥下のたびに喉の片側と耳の奥が焼けるように痛く話すのも億劫だったのだが、とうとう声帯をやられて完全に声が出せなくなっている。加湿器をかけながら午後までまるまる寝て過ごす。しかしチケットは取ってあったので同じ映画館の同じ16時20分回でまた『シン・ゴジラ』を観る。第四形態を意識したマグマ柄としか形容できない黒&赤のトップスに、黒のヘビ柄型押しボトムス。夫に「もう何年も前から見てる組み合わせの服なのに、ものすごくゴジラ……」と褒められる。マスク、のど飴、その他もろもろ重装備で堪能し、まっすぐ帰宅しておとなしく安静に。日曜夕方回は、リア充っぽいオタクな層で8〜9割方埋まっていた。隣の席はポップコーンを分け合う姿さえ愛にあふれたヒゲクマ系のゲイカップル。

月曜日。もはやシャレにならないレベルで喉が腫れ、耳が痛く、それだけのことで床から起き上がれない。夫に電話してもらい、契約保険会社を経由して「かかりつけ医」になってもらった病院に無理矢理に当日外来予約を入れてもらう。こちらの医療費はマジでシャレにならないほど高いと聞いていたので、昨冬は絶対に医者にだけはかかるまいと辛抱していたのだが……1年も住んでいると逆に「毎月あれだけ高額の保険料を払ってて、初診料がいくらか知らないというのも、それはそれで怖い」という気になってきて、夫と二人、物見遊山でかかってみることにしたのだった。ところがどっこい、予約が取れたことに安心して市販薬を飲みまくり2、3時間どっぷり寝てみたら、なんか……治っちゃった……。明らかに自力で回復できるレベルまで到達したのだが、予約がもったいないので行ってみる。待合室でものすごく細かい問診票や契約書の類にサインする。意識朦朧としてるときに来たらこれだけで倒れそう。看護師による最初の問診と簡単な検査に続き、出迎えてくれた「主治医」は、人間を大きく2種類に分けると指揮者の塩田明弘そっくり。顔というよりは雰囲気や喋り方、己の仕事の愛し方、あと「医者に来ようとしただけで治りはじめた? 初詣、行こうと決めただけでご利益があった、みたいなー?」といった謎の比喩が、人間を細かく256種類くらいに分けてみてもきっと、最後の最後までシオタンと同じフォルダに分けられる感じの先生だった。飛び跳ねて手拍子しながら帰途につく。だいぶ元気になったのでレモンサワーを解禁する。

ゴジラとともに喉風邪と戦い、いっさい宿題をしなかった長い長い週末を終え、火曜日は念のため濡れマスクして登校。「病み上がり」を表明するための武装だったのだが、東京と違ってやっぱり街中に誰一人としてマスクしてる人間がいないので、浮く。浮きまくる。心配されまくる。この温度差は本当に面白い。1限は先週ファイナルプレゼンに間に合わなかった3名が発表を終え、次の課題のためのグループワークに入ったのだが、……12名の生徒のうち3人×3グループ=9名が瞬時にぱっと組んでクジを引いてしまい、気づいたら残されたのは私と、ファイナル遅刻提出の2名だけ。とりあえずクジだけ引こうと席を立った時点でAnnaから「あなたはあそこの2人と組むのよ、よろしくね」みたいに言われる。おわかりだろうか。完全にハブである。先週のファイナルプレゼンで最優秀認定された3名はアイコンタクトだけで1グループ結成。続く中庸組は互いにコミュニケーションスキルを駆使して1グループ結成。そもそも毎週一緒にくっついて座ってる韓国系留学生3名はそのまま1グループ結成して堂々と韓国語でディスカッションを始めている。私だけが「誰からも選ばれなかった」し「誰にも声を掛けなかった」のだった。ちなみに残り2名は、三角スケールが使えず言われた宿題をちゃんとやって来ないとか、いま言われて2回念押しされた指示を3回訊き直すとか、そんな感じの「我が道を行く」2人で、もちろん誰かと組むために声を掛けたりはせず、最初から「余り物チーム」でいいや、と思っているところが、私と違うのだった。いや、まぁ、もちろん、私も日本の学校では、合宿の班決めだろうとディベートのチーム分けだろうと「はー? 誰と組んでも同じでしょー? 仲良しこよしグループが決まった後の、余り物チームでいいよー、どうせ友達とかいねーし(鼻をほじる」みたいな調子だったのですけどね。こちらへ来てからは、一応頑張っていたのよ。だけど、ハブ。課題成績だけならそこそこの位置につけてると思っていたのだが、英語ディスカッション能力の低さで完全に「組みたくない奴」扱い。相変わらず凹まされます、この授業。

8階自習室には今日ももちろん、銀縁眼鏡で氷系能力者の主(ヌシ)がいる。その他に中国人男子のHもいる。4限の授業中、あの自習室はいいよね、という話になったので「ユーはあの、シルバーグラッセズに時々ニットキャップのミステリアスなガイを知っているか、雨の日も雪の日も休暇中でもいっつもあの部屋にいて、ゴーストっていうかファントム・オブ・ジ・オペラみたいなんだ。話しかけてみたいけど、正直ちょっと怖いんだ」と一生懸命説明したのに、新参者なのかHは全然ピンと来ていなかった。それで私は水曜も夕方15時からずっとこの部屋に籠もっていたのだけれども、なんと混雑の関係で、初めて私のすぐ隣席に来たのよ、マスター。それだけでドキドキしちゃうのに、ノートPCを置く傾きの関係で、ずーっと私のほうを向いて作業してるのよ。時々じーっと見つめられてるんだけど、見つめ返すわけにもいかず、めっちゃ気が散った。このところ読んでる分厚い本はヘーゲル、初読らしきその本と読み古した資料をつきあわせながら何か書いてる。タッパーに紅茶セットを持参して頻繁にお湯をさし、18時台に夕飯代わりのスコーンを食べ、20時に顔見知りに声を掛けて帰宅していった。それだけのことで「推定英国紳士……」と思いつつ、ほぼ同じ時刻に夕飯代わりのカプチーノとチョコレートクッキーを食べ、23時帰宅。卒業までになんとかあの「帰りの挨拶」を受けるまでの仲になりたいものですが、相変わらず教員なのか学生なのかすら判然としない。

ところで水曜2限に行くと、DavidMが不在でSallyという新しい先生が来ていた。代講かと思ったら、なんとファイナルまでずーっとSallyが我々のコマを受け持つのだという。Davidどうしちゃったの!? と訊いても「私も詳しい事情は聞かされていないし、知っていたとしても教員個人のプライバシー情報なので言えない」という返事。「ひとまず命に別条はない」とだけ説明されたので、逆説的に、不意の事故による体調不良か何かで、回復を待っているとファイナルの面倒をみられないとか、そんな感じか。木曜2限で今週も華麗に欠席をキメていた意識高い美女Aにその話をしたら「なによそれー! 残念だわ、私David好きだったのに」と雑談が続く。そう、みんなとことんまで投げやりな授業態度だけど、Davidのことは嫌いじゃなかったのだった。「でもさーA、新しい先生はスマホもノートPCもお咎めなしだよ?」つったら、「フュー! やったね!」と額の汗を拭う仕草。

木曜4限はドミちゃん課題3(大学案内)のファイナルプレゼンテーション。前日の夜に修正点を洗い出し、一度寝て、午前中はディテール修正。家のプリンタで試し刷りしてサイズの確認を済ませる。その後、昼の授業中はずっと、ある部分について「土台から新規に全面作り直し」を想定していたのだけれど、15時を回って残り4時間を切った時点でなんかもう何もかもどうでもよくなってしまい、16時半くらいまでに何度か試し刷りを繰り返し、その後、17時半くらいまでかけて両面貼り合わせなど細部を丁寧に仕上げることに終始する。気にしていた土台は、結局、古いバージョンのまま。しかしながらいつもバタバタ直前まで作業している通常より精神的余裕をもって教室へ出向き、つつがなく発表を終える。本当は毎回こうしたほうがいいのだと、頭ではわかっているんだけどね。ちなみに「どの手順にどこまで時間をかけたか、作業時間のログを取る習慣をつけろ。簡単な日記を書くのが早い」と言われたから細かく書いてます。ドミちゃん、みてるー?ノシ 発表になった課題4はフィールドワークとそのプレゼンテーションから始まるというので、珍しくスローダウン。この隙に、課題2の泣く子も黙るファイナルファイナルファイナル仕上げを済ませなければならない。

今週から、あちこちの企業のデザイン部門へインターンシップの応募を開始している。ウェブ上でオープンエンドで募集中、すなわち「どうせ看板を掲げっぱなしなだけで実際には定期採用枠がなく、真面目に求人してないのだろう」と思っていた、V社とE社から、履歴書を送って半日と経たずに「今週来週すぐ会いたい」と連絡が来てビビる。ハナから面接の練習台のつもりだったV社はさておき、E社のほうは、数日のアルバイトでも経歴にここの社名を書けるだけで本望だと思っていたような高嶺の花である。放置プレイで半年後にのんびりお伺いメールでも書く感じかと思っていたので、マジでビビる。本当に就職活動がスタートしてしまった……。それで、考え方を変え、「あちこちで面接の練習をして落とされまくり、英語圏での就職活動に耐性をつけてから〜」と逃げ腰で先延ばしにとっておいた「dream job」系の大企業から先に応募することにした。うかうかしてると別の誰かで枠が埋まってしまうかもしれないし、もし万が一すぐにインターン先が決まってしまうようなことがあったら、それがフルタイム拘束だったりしたら、後から本命企業へ出願するのがどんどん難しくなる。それに、憧れのブランドには断られるなら先に断られたほうが、気兼ねなく気負いなく次へコマを進められるに違いない。しっかし、授業内グループワークでさえ意思疎通の問題でハブられてるのに、採用面接なんか通るんかいね!? どこまで詳しく記録をとるかは考えながら書いていくことにする。