diary

2016-11-23 / ももクロとサイダー

19日土曜。今に始まった話じゃないですけど「estela」のブランチが本当にヤバいんですよねー。ヤバすぎてヤバい以外の語彙を失う。そして何度来てもブラッドケーキとラムを食べてしまう。このブログたぶん「NYダウンタウン贅沢食日記」(※ただし日本人標準サイズ2人で夜100ドル以下、昼50ドル以下)とかにしたほうが断然アクセス数伸びると思うんですが、まぁアクセス数伸ばすためにやってるわけじゃないですし、気になった情報は適当にぐぐってください。旅行中の有閑マダムの日本語ブログみたいなやつとか、「イル・ブコの元シェフが手がける」「オバマ大統領が来た」「2014年開業で最高の店」みたいな記事がヒットします。今知りました。知らんで通っててすいません。


夜は友達に誘われて、ももいろクローバーZの「アメリカ横断ウルトラライブ」NY公演を観にタイムズスクエアのPlay Station Theatreまで。NY在住のガチ勢の方たちがチケットをダブらせてしまったそうでご相伴にあずかることができた。もちろん初めて。最前列を攻めるよりは会場全体の様子が知りたいので最後方の収録用カメラ脇にあるジャンプ不可のお立ち台に陣取る。有給取って遠征に来たという女子モノノフに「こんなこともあろうかと」と予備のペンライトを分け与えていただき本日限定あーりん推し。ちなみに隣も誘われて来た初参戦組だったらしいが「公式じゃなくてすみません〜」と言いながら使い込んだキンブレを振っていた。ここは本当にニューヨークなのか。

ざっと観た感じ、目立つ順番に「まるでももクロのことしか頭にない日本人モノノフ」「同非日本人モノノフ」「ジャパンカルチャー全般が好きでアイドルも大好きだから応援グッズなど一通り揃えて来た普通のオタク」「なんか楽しそうだからあんまり気合い入ってない丸腰で来たオタク(含む俺)」「わけもわからずとりあえず来ている日本人」その他という順番で、やっぱり二番目と三番目を観察してるのが楽しかったです。外国人客は盛り上げ上手、なんていうけどあれはあくまで一般論、はるばる海を越えて来たと思しき、頭おかしい、見た目もおかしい、ガチの日本人モノノフが存分に盛り上がって場を牽引しているからこそ、彼らもそれに倣って自我を解放できている、という感じ。オバンギャの皆様が率先して翌日に響かない適切なヘドバンの仕方を教えてあげないと若い子もなかなか暴れられない、というのに似ているか(似てないだろう)。なお二番目クラスタの人々は最前列に陣取っていたのか公演中は後方からまるで見えず実在を疑うレベルだったが、終演後にぞろぞろ出て来てロビーで大規模オフ会を始め、ヴィジュアルから何から圧巻だった。ヲタに国境はないな。

冒頭「夢の浮世に咲いてみな」(KISSコラボでMVが長添雅嗣&すしおのやつ)の後も、『セーラームーンCrystal』あり『ドラゴンボールZ』の「『Z』の誓い」あり、「いやー、背景に流す映像が豪華でいいよなぁ」という感想。このおかげで大掛かりな舞台装置が何もなくても「辺境のオラが町にもジパングのアイドル様が来た!」感がちゃんと出ている。もちろんガチ勢の皆さんはアニメコラボ以外の曲もたくさん聴きたかったのかもしれないが、「セーラームーンの曲、キタ〜!」って感じで喜んでる上述三番目クラスタの姿とか観てると、この演出が圧倒的に正しい。二次元から飛び出して来た少女たちが、二次元とは違う地球の重力の制約を受けながらも一生懸命に踊っている。背景にアニメが流れているから「手の届く距離にこの子たちがいることの有難味」が増す。子供の頃に縁日で観たスーパーヒーローショーなど思い出したりする。あと、日本の四季を紹介するというテイの着替えタイム演出(サポートメンバーが舞踊と祭太鼓でつなぐ)の間、みんな正直あんまり真面目に舞台を観てなくて、感想をおしゃべりなどしている、でも着替えた5人が出て来たらみんなウオーってなって一糸乱れずペンライト振って、なるほどこれが「アイドル」のための演出のメリハリかー、と新鮮でした。ミュージカルの現場だったら「おまえら闇広以外もちゃんと観ろよ総合芸術だろ」ってキレるところですが、文化の違いだからいいんです。

それで私は「まるで知りません」というテイで行ったのだが、掛け合いや振り付けが難しいということもなくその場で飲み込めてしまい(新曲初披露の場で予習大前提の盆踊りを踊らされたりしてきた場数でしょうか……)、知ってる曲が流れるとジーンと来て、そして知ってる曲が意外と多くて、いやー、気づかぬうちにずいぶん刷り込まれていたのだなと驚く。「サンタさん」のれにちゃんパート、ちゃんと客席乱入してくれてたらしいのだがイマイチわかりづらくて残念だったなー。そして明らかに元曲への思い入れゼロであろう、誰かに連れられて来てさっきまで大声でくっちゃべってたような客まで、曲中「ココ☆ナツ」のテンドンを理解して大喜びして一緒に踊っててウケた。そして「知ってる曲多くて嬉しかったけど、なんか、なんか足りてない気がする……」と思いながらアンコールしてたら、E2で最後の最後にさらっと「走れ!」歌ってくれて、これは超グッときました。いっつも大ラスなんですかね? 本当に彼女たちが海を走って来た感じがしたよ。

20日は吉田けえなさんと「ABC Kitchen」でランチ。ここ、日本人同士で来るといっつも(テーブルも用意できるのに)バーへ通される気がする……けど気にしない、気にしない。普段は昼酒を飲まないと決めているのだが、今日は特別にハードサイダーを頼み、いないところで二人を引き合わせてくれた雨宮まみさんに献杯。シリアスな話から可笑しな話まで、とりとめもないおしゃべり。

ハロウィーンの前までは街じゅうがカボチャ味のあれこれに占拠されるのだが、11月に入ると、街じゅうがサイダーの味になる。私は、このサイダーというものが、本当に好きでな……。見かけると飲んでしまう。Wikipediaを何度読んでも違いがうまく説明できないのだけれども、けえなさんと飲んだのは果汁が発酵してアルコール分が含まれている「酒」扱いのハードサイダー、日本だとフランス語読みの商品名「シードル」で想起されるものと同じ、林檎酒。でも炭酸のきつさはまちまちで、メニューでシャンパンのすぐ下に「スパークリング・サイダー」と記されていると、なかなかハードめ。一方でワインの横に記されていると、微発泡で甘い白ワイン程度の感じ。たまに「もはやリンゴ酢の域では」くらい酸味が強いものもあるが、それはそれで大歓迎。

とはいえ私が一番好きなのはやはり、単なる果汁100%リンゴジュースで、無濾過未発酵、炭酸はなく褐色で、強めのスパイスを入れてあたためて飲む、ホットサイダーである。例の「飲むアップルパイ」みたいなやつです。普通のジュースのノリでスーパーで安売りされているほか、喫茶店などで冬季限定メニューに加わる。アシが早いぶん自家製が美味い気がする。マーケットで見かけると不可避。そして、衣料品などの店舗が店の中でアロマキャンドルかなんか焚いてサイダー風の香料をふりまいていることがあって(Anthropology貴様のことだ)、あれはものすごいホリデー気分を喚起させて著しく財布の紐をゆるめるので恐ろしい。日本でいうと「甘酒」くらいの位置づけでしょうかね。春夏の間は頑なに置かない店も多いのだろうが、ニューヨークではアルコールとして東海岸の地ハードサイダーを一年中常備している店も増えてきているように思う。

21日は『クリーピー』と『キャバレー』(栗本薫で鹿賀丈史のほう)を観る。さばみそでサンクスギビング休暇の前夜を祝う。というのは言い訳で、22日火曜の宿題が全然できなかったのだった。この日はサンクスギビング休暇の直前で、学期全体のスケジュールの都合で、「火曜日だけど水曜日の時間割になる」というDesignated Day。世間一般には水曜の午後からが休みで、本番は木曜日。Sallyの授業だけ出て、しばらく自習してのち、日本人の女友達と二人で「Pata Negra」へ。ものすごい人気店なのに20時くらいから客が私たちだけになって驚いた。さすがのサンクスギビング休暇である。23日、24日は街がまったく機能していないので家でゴロゴロ過ごし、とはいえニューヨークにおけるそれは「いつもは満席で入れない人気店が空いている」程度の騒ぎであり、他の地域における「街全体が機能停止しており家に十分な食料を備蓄していないと死ぬ」感じとはずいぶん違う。「RUFFIAN」やら「Mogador」やらでごはん。25日からフィラデルフィア旅行。

2016-11-18 / デトックス

8日火曜1限はAnna、公園のリデザインについて「3案持って来て壁に貼ってプレゼンしろ(pin-up)」というので、3案見せたら、私だけ「どれもこれも素晴らしいアプローチなので、3案全部を組み合わせて、そうだ、全部やれ!」みたいな講評を受ける。これ、褒められてるんですかね!? それとも私だけが「3案」の解釈をなんか間違えてるんですかね!? たしかに他の子は「ビクトリア調か、アレクサンダーカルダー調か、あるいはピクセルを使ったデジタル調」みたいな振れ幅で、コンセプトから何から、まるで違うものを持って来ているのが多かった。私は「巨大タイポグラフィ(立体)、フェンス(垂直)、リボン(床に平面)」という3案で、コンセプトはどれも「公園としての存在感の向上(目立たせる)」みたいな話で。まあ組み合わせやすいといえばそうなんですが。4限は小さなプレゼンテーブルに集まって、一人ずつ簡単にプロジェクトの進捗報告をして、それが一巡したら20時くらいで解散。もちろん大統領選のため。

9日水曜のSallyは休む。夫のオットー氏(仮名)と大統領選についてあれこれ話す。まぁでも、夫婦で話したらずいぶん満足してしまう。積ん読していたトランプ関連書を読み始める。10日木曜は、DavidHのありえない遅刻休講。もー、てっきり大統領選でメンタル病んだんだと思ってたら全然違った上に「サマータイムが……」と意味不明の言い訳をしてマイペースにもほどがあるだろう(萌)。4限ドミちゃん、冒頭はAMCという物流会社のロゴをリデザインした顛末についてのスライド講義。ヒラリー支持だったAbが授業開始前から机に突っ伏したまま身じろぎもしない。マンガみたいなカケアミが渦巻いてて、誰も何も話しかけられない。プロジェクト進捗報告の際にも「本当に申し訳ないけど、先週の木曜日から何もできていないの」と言うだけで、また机に突っ伏していた。11日金曜1限、完璧に宿題を終えて行ったにもかかわらず、私のやってきたことが「次週までの宿題」として説明されてガックリする。チンタラしてるなぁ。12日土曜日、13日日曜日、私もチンタラ過ごす。夫が東京出張へ出かけていく。ガスレンジの掃除など。

14日月曜日、とうとう本格的に鬱っぽくなる。12時間以上寝た後で、ジュースクレンズ。6本のジュースと2本の水を飲むというプログラムなのだが、あんまり活動しなかったので腹も空かず、3本半しか飲めなかった。課題のために何本か映画を観ないといけないので、『トーチソングトリロジー』『ブロークバックマウンテン』『恋人たちの食卓』あと何本か、昔から好きなやつを再度観て、映画について書かれた本なども読み返す。体のデトックスには程遠いけど、心のデトックスにはなったんじゃないだろうか。とにかく眠くてひたすら眠り続ける。15日火曜日、起きると大雨で頭痛。地下鉄が遅れてAnnaに遅刻。一応、何かしら新しいものは見せたけど、ちゃんと作らずに「逃げた」感じ。残りはサンクスギビング後に見せることになる。ユニオンフェアでタコ3個で11ドルの昼飯。いわゆる日本の「小鉢定食」とか「3種のおにぎり弁当」に最も近い食べ物は、結局タコスになるのかもしれない。

4限、ドミトリが『WORK’16』を持って来てくれる。2015年度の学生の優秀作品集で、ドミちゃんが自分の授業から私の作品を推挙してくれて掲載されているのだった。「この子も、この子も、僕の生徒で、そしてほら、このページにはIkuが載ってるよー、うーんみんな優秀だねー」と大変ニコニコ嬉しそうなので「ドミがいい先生だからでしょ!」と返す(愛)。でも刷り部数があまりに少ないので学生はコピーを分けてもらえないのだった。宿題はプロジェクト4のラス前。3案くらいから絞れずにいるのを、一緒に話しながら選んでもらう。卒業するともうドミにこんなふうに相談できなくなっちゃうんだな、と思うと悲しい。

16日はSally、メトロポリタン美術館の所蔵作品をスライド風に仕立てて「She Loves You」の紙芝居調PVを作って提出。やや受け。15時に帰宅して猛烈に腹が減り、作り置きをベースにフルコース作って18時に食べる。普段は20時くらいに食べるんだが、ジュースクレンズで縮まった胃袋が時差ボケ状態で元に戻ったのだろう。明日の宿題は明日やろう、と思って爆睡していたら、ボストンの唐木さんから着信。取りそびれたものの起きてしまい、なんとなくfacebook見てたら、雨宮さんの訃報が目に飛び込んでくる。えー何それ悪い冗談が流行ってんなー、ポールマッカートニー死亡説みたいなやつ? なんか日本で新しいエイプリルフールでも始まったの? と、思っていたのだが、火葬前の挨拶に行くという友人たちのマジレスがばんばん流れてくる。電話、メール、ちょっと泣いて、あとは怒りで眠れなくなる。

17日木曜、朝とても起き上がれなくて2限DavidHのコマもサボり。大統領選から一週間経ってやっといろいろ立ち直ったところに何なんだよ! とにかく胃にものを入れて体温を上げねばと思い、タブネットで重めのラム弁当を買い、無理やり食べながら、UC5階のソファで作業。同じ姿勢のまま6時間経過していた。集中力が高いというよりただの無気力、トイレにも立てなかっただけ。4限ドミちゃんのファイナルプレゼンテーション、マンハッタンミニストレージの新ロゴデザイン提案。「1案に絞って来たのがえらい」と言われ、つつがなく終わる。とっとと帰ろうとするとHと話し込んでいるドミが「Iku、君は僕と話したくて待ってたんじゃないのかい!?」と言ってくるので「えっ、いや、今日はとくに話すことないよ……」と本音が出てしまう。かわいいなー、ドミ。自分が私と話したかっただけじゃねーかよ! マジで乙女感ある。

18日、起きたら授業開始時刻で、ただの寝坊で50分遅刻。でも自習につきお咎めなし。やる気しねー。今季の日記を書いてて思うんですけど、1年前の第一学期目、めちゃくちゃハードだったんですよ!? 成績も宿題も今季の比じゃないくらい厳しかったし、何より「遅刻すなわち死」って風潮があったのですが。もう卒業間近なのもあるし、時間割や講師の選定に失敗したのもあるし、何書いてもグダグダだな……一学期目の私の勤勉さを皆様に読ませたい……。日本人の友達が「SNSに書いてたの雨宮さんのことでしょ、心配になって」と声かけてくれる。でも寝坊はただの寝坊でした。麻婆丼食べながらファッションドローイング、例のファティマ・パルテノそっくりのモデル嬢が、Eの持って来たヴィクター&ロルフのたっぷりしたワンピースを着てたのが最高だった。衣装持ちのEにびっくりした新入生たちが「いったいあなた何者なの……!?」と詰め寄っていた。その正体は本業スタイリストでNYでの世を忍ぶ仮の姿はファッション科の学生、か。本業ライターだと見せびらかすものないよなぁ、私。夫が出張から帰ってくる。2Avのビール屋で雨宮さんに献杯。ちょい悪アレクザンドルのほうが消えて、粗相したブラジル移民の店員のほうがサヴァイヴしていた。

2016-11-08 / 大統領選

 水曜日と金曜日は、徒歩20分ほどかけて13丁目の校舎へ登校する。火曜日と木曜日は、少し遠い16丁目の校舎へ登校するので、少し早めに出て地下鉄を使う。一駅乗って、ユニオンスクエア駅で下車。16丁目寄りの出口を出ると、地下通路の壁にはびっしりポストイットが貼られている。11月8日の大統領選はドナルド・トランプが勝利した。多くのニューヨーカーにとって「まさかの」結果である。これからの四年間に何が起こるのか見当もつかない。怒り、悲しみ、恐れ、不安、人々がそれぞれの思いの丈を付箋に綴って貼り付けていく。「サブウェイ・セラピー」と呼ばれるこの営みは、選挙結果の確定した9日から市内のあちこちで自然発生的に始まった。地上へ上がるとそこはユニオンスクエアパーク、古来さまざまな抗議デモ集会の発着点として機能してきた公園である。

 16丁目の校舎に向かう道すがら、ヒラリー・クリントンの横顔をかたどったステンシル・グラフィティが地面に残っている。選挙当日の11日8日も火曜日で、朝の登校中に見つけて写真を撮った。「Madam President」と銘打ったこのステンシルは学校周辺のあちこちに出現しており、私以外にも写真を撮る人が大勢いた。革ジャンを着たカップル、杖をついた老婦人、休憩中の厨房スタッフ、スマホを構える誰も一様にニコニコしている。その夜、女性初の大統領が誕生することをみんな信じて疑っていなかった。

 火曜はいつも21時40分まで授業があるが、その晩の講義は1時間半早く切り上げられた。秋学期の初めからヒラリー支持のピンバッヂをつけていたクラスメイトは学校を休んでジャヴィッツセンターへ行っていた。構内のラウンジではプロジェクターで開票速報が大写しにされ、パブリックビューイングの準備が整っている。みんな気もそぞろで授業どころではないのだ。一方で、誰かが「まだ20時過ぎじゃん、飯でも食って帰ろうぜー」と誘うと、何人かが従っていった。歴史的瞬間を見逃したくないので、私はまっすぐ家に帰った。あとの体験は、世界中の人々と同じだ。

 毎週、火曜日と木曜日が繰り返されるたび、朝は同じ道を通り、みるみる薄くなっていく16丁目のステンシルを踏み越えて校舎へ向かう。あの夜、「飯を食って」帰った連中だって、選挙戦に興味が無かったわけではない。ただ、結果は見ずともわかっていると思っただけなのだ。去年の夏に東京から引っ越してきてからというもの、私はひたすら自宅と大学を往復するだけの日々を送っていた。朝9時から夜22時まで、校舎から一歩も外に出ない日もある。私が1年間ここで見聞きしてきたことはいったい何だったんだろう。それは「ニューヨーク」であって「アメリカ」ではなかったのだ。テレビの前で絶句しながらニューヨーク・タイムズの開票速報の針がぐいぐい傾いていくのをただ呆然と眺めていた。

 あまりのことに、とても宿題なんかする気になれず、水曜日は学校を休んだ。私以外にも欠席者が多く、講師もひどくショックを受けていて、まるで授業にならなかったそうだ。メンタルヘルスをやられた学生は健康課に行ってカウンセリングを受けろ、というメールが届く。誰も固有名詞は出さない。ただ「post-election」とだけ表現する。10日木曜日の授業は講師が30分以上遅刻してきたので休講。10分過ぎたあたりから腕時計を見ながら「こんな状況には耐えられない!」と悶え始め、荷物を掴んで教室を飛び出していったクラスメイトがいた。アメリカで生まれ育った白人の女子たちだ。「オバマがいなくなってしまうと考えただけで一晩中泣き通してしまった。Oh gosh, I’m f**kin’ love him!!!」と喉を詰まらせる彼女たちは、ユニオンスクエアパークの抗議デモ集会へ向かった。

 選挙権を持たない留学生たちは教室に残り、ただ黙々と手元の宿題を続けていた。私も当初は「デモより他にすることがあるだろう」と思っていた。いくらヒラリーの得票数が上回っていたって選挙結果は覆らないのだし、まだ就任後に何が起こるかも不明瞭な状態で抗議するのは筋違いじゃないのか、ただ不満をぶつけたいだけじゃないのか、と思っていた。しかし次第に考えを改める。愕然としているのは、公然と差別発言を繰り返す男がもたらす未来に怯える、被差別側のマイノリティだけではない。むしろ、若くてリベラルで裕福で高学歴な白人たちのほうが、よほどショックを受けている。いわゆる「勝ち組」として、この街で小さき者たちに寄り添い、持たざる者たちの分まで最大限ノブレスオブリージュを発揮し続けてきた彼ら彼女らのほうが、ずっと大きなショックを受けているようにさえ見える。心配。本当に心配。

 以前から言ってますがアメリカは「打たれ弱い」よなー……別に自分が打たれ強いとも思わないし、打たれ弱いのが駄目だとも言わないけど、幼い頃からアメリカというのはあらゆる意味で自分が所属するそれより無条件に「強い」集団なんだと思い込んでたので、露呈する脆さに面食らう感じ……。でも、私のクラスメイトって、たとえば9.11のときまだ別の州にいる幼稚園児だったとか、そんな世代なんですよね。これが初めてのアイデンティティ・クライシスだという子も少なくないのだろう。バーニーサンダースの熱烈な支持者もたくさんいた。アンチヒラリーを公言しながら、でも、大人と違って絶対にトランプには票を投じなかっただろう彼らが、今どんな想いでいることか。

 「おいおいなんだよー、頭のおかしな老人がトップ張る社会で個々にギリギリ生き延びながらなんとか社会を回してく、ってだけなら、私の出身国では日常茶飯事だよー!? 東京都ではこんな感じのおっさんが4期も都知事を務めたんだぜー!? いちいち凹んでらんねーだろ、お互い頑張ろうぜー!?」みたいに声を掛けてあげたいんだけど、誰も石原慎太郎のことなんか知らないし、何の慰めにもならない。あとはもう、次の四年で新大統領が「米長邦雄に連盟会長させてみたら一定の成果をあげたどころか意外とうまくいった」みたいな効果をもたらすことを期待するしかないよな。それで過去の振る舞いが帳消しになるわけではないし、思想に殉じて死ぬ人が出てくるとシャレにならないんですが。11日時点では、うちの大学にも、ポストイットで築かれた「嘆きの壁」が出現していたようだ。24日現在、まだまだ「壁」はポストイットで埋め尽くされている。

My school, The New School. #week1done #postelection

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 12日、学生寮でとうとうヘイトクライムが発生した。ユダヤ系女子学生の部屋のドアに鉤十字が描かれたのだそうだ。他大学はさておき、うちの大学でそんなことが起こるなんて信じられない、というのが正直な感想だ。ハンナ・アーレントのお膝元でハーケンクロイツの落書きとは、悪ふざけにもほどがあるだろう。本当に、マイノリティが「権利」以上に、度過ぎた暴行や正当化されたリンチで「命」を奪われることのないように、と、そんな心配をしなければならなくなってきた。デモに飛び出して行ったアメリカ人の学生たちは、そんな事態を食い止めるためなら自分が死んでもいいくらいに思っているかもしれないが、ちょっと頭を冷やして地下鉄乗ってブロードウェイ行って『レ・ミゼラブル』でも観てくるべき、学生の革命ゴッコがどんな顛末を迎えるか思い知るべき、って閉幕しちゃったんだった! となると『ハミルトン』しかないな……。

 ちょうど、とある媒体から留学体験について記事を書いてほしいという依頼が来ていたので、大統領選の結果を受けてニューヨークシティがどんな雰囲気に包まれているか、「私が見聞きした範囲」だけに絞って書いてみようと思っています。続きはそちらで。

2016-11-07 / 夜の美術館

11月5日。外出先から帰る途中、友人から久しぶりに連絡をもらう。親子でシティに来てるので会おうという話になり、19時過ぎにメトロポリタン美術館で待ち合わせ、21時の閉館まで館内で遊ぶ。ちゃんと会うのは初めての3歳児に、大階段を上りながら軽い気持ちで「きみー、METは初めてかなー?」と訊いたら、「いや、妻のお腹の中にいる頃からしょっちゅう来てたし、今も毎週のように来てるし、もう100回以上来てますよ……」と言われて驚く。「ここは、NYCで小さな子供を思いきり好きに走らせて大丈夫な、数少ない場所なんですよねー」と言われて納得。車道の近くでは絶対に目が離せないし、あちこちにある公園だって基本は大人向けに作られている。ブルックリンやクイーンズの閑静な住宅街はさておき、シティでは外で遊ぶ子供って見かけないな。野良猫と同じくらい、そんな光景が恋しい。そして同じ美術館でもグッゲンハイムやMoMAだと建物の構造上、好きに走らせるのは危ないよね。なるほどメトロポリタン。子供には子供の描く街の地図があって、親子連れはそれに従って動いていて、大人だけで暮らしてる我々は、同じ街にいても気づかないんだよね。

それでたしかに3歳児、私よりずっとメトロポリタン美術館に詳しいのである。「仮面のとこ行こう」「ガラスのエレベーター乗ろう」「こっちじゃなくてあっちだよ」とか言って、大人たちを置いて一目散にスタスタ歩いていく。石造りの建物で滑りやすいし、階段なんか転ばないかと心配になるんだが、足取りに迷いがなくて腰も据わってて、すげー、さすがアメリカの子供だなぁ、と思う私は日本の木造家屋育ち。大人はついつい別棟の西洋絵画から見始めてしまうものだが、仮面や祭装束、剣と盾、動物や人間をかたどったプリミティヴな彫像に惹かれるみたいで、解説を読んであげたり、むしろ解説してもらったりしながら、普段あまり見て回らないセクションを駆け回る(時々、係員に怒られる)。小さな子供(男女問わず!)の興味分野が、武器か乗り物か昆虫か怪獣かに分かれていく過程、不思議だなと思ってるのですが、ここアフリカ・オセアニア・アメリカセクション、装飾品も乗り物も微細なものも巨大なものも全部陳列されていて、ああそうだよね、先に立つのは新幹線とかウルトラマンとかじゃないんだよね、私たちが惹かれるのはもっと太古の記憶なんだ、と思い知る。

子供を追いかけて歩いていると自然と目線が低くなって、一緒に地べたに寝転んだりしながら(これも係員に怒られる)、陳列棚を覗き込むと、角度が変わるだけでものすごい迫力がある。メラネシアの部屋、天井から吊られた仮面を旗のように接ぎ合わせたもの(後で調べたら儀礼用の家の天井部分らしい)を見上げて、「これ、うちゅうせんなんだよ」と教えてくれた。言われてみると本当に異世界から飛来した船のように見える。私たちはかつてみんなこれに乗っていたのかもしれないとさえ思う。私はまだニューヨークへ来て1歳3ヶ月、このプレイグラウンドでは、100回来ている3歳の彼のほうがお兄さんなのだった。帰り、車で送ってもらったら、「この天井、じどうであくのー」とこれまたご自慢げ。運転席のお父さんは「自動じゃないよ、僕が手動で開けるんですよ!」と苦笑しながら、路肩に寄せて屋根を外す。望むものがすべて、じどうで動く、思う通りの世界を生きている子供と、その周辺をぐるぐる取り巻きながら、続く限り、許される限り、彼が望む世界を回していこうとする大人たちとが、オープンエアルーフを開放して一緒に夜風に吹かれる、あたたかい晩。また遊ぼうね。

6日日曜日、『カルテルランド』、『美術館を手玉にとった男』、『グランドフィナーレ』(横目)、『グランドブダペストホテル』(再)、そして、ためこんでいた『刀剣乱舞 花丸』と『ユーリ!!! on ICE』をまとめて観る。どの作品もそれぞれに素晴らしく(王女か)、とくにまだ続いてる『花丸』と『ユーリ』は、みんなと一緒にリアルタイム視聴できないのが悔しいよ!

7日月曜日は朝4時くらいに起きて、cakesの人気連載「ハジの多い腐女子会」最新回の収録をSkypeで。おそらく史上最強と呼んで差し支えない強力なメンツが集結していた。んだけど、やっぱり現場にいないとモタモタするなぁ。若者たちから炸裂する知らない単語を手元でぐぐって把握しながら必死で会話についてったのですが、私が手元で何をしているかはSkype画面越しで見えないため、心配した編集Rから一つ一つ「岡田さーん、ちゃんと話ついてこれてますかー?」といたわられ、ほとんど遠隔介護されてる老人のようでした。あと、『刀剣乱舞』も『ユーリ』も本当はカップリングの話がしたいんだけど、参加者の顔は見えてても「顔色が窺えない」状態なので、「私は……どちらかというと受けだと思うけど……どうかな?」「あの人気カップリングって、地雷の人もいる……んじゃないかな……?」といった探り合いがいつになく慎重だった。オフ会だったらぽんぽん話せるんだけど、普段のコミュニケーションって言語以外にもものすごい情報量をやりとりしてるんだなと思う。

2016-11-04 / Live your life, Live your life, Live your life.

11月2日水曜日、Sallyの授業は「ジョンケージの音楽に合わせて線だけを使ったアニメーションで30秒映像を作って来る」というもの。みんな面白かった。とくにAの作品が好評、私は発表順の並びで彼女の次になるので針の筵である。突然新しくきたSallyの指導方針に戸惑っていたクラスメイトたちも「音楽はみんな同じもの、とか、線しか使っちゃダメ、とか言われると、逆にクリエイティブになれるわね!」とキャッキャしている。うんうん、若者よ、これこそが「制約のある表現」「課題とその解答」というものなのだよ、大学では目先の商業主義に踊らされずこういう課題制作で表現に集中するのがとてもいいよね……と、したり顔で頷いていたところ。

「さぁみんな、来週の課題の参考映像はこれよ!」とスクリーンに映し出されたのが、「ISSEY MIYAKE APOC INSIDE」でした。うわー……。初めて観るクラスメイトが「すげーかっこいい!」「最高! クール!」とはしゃいでいる空気のなか、「私、もう36歳にもなって、19歳からの宿願『打倒佐藤』を果たしていないどころか、入り直した学校でまで恩師の偉業を見せつけられてるのマジでどうなん……。英語できないからとか全然関係なく、よいものはよいものとして海を越えて届いて誰もが目をキラキラさせるわけで、ここ3年くらいアメリカ来てビザを得ることそれ自体が目的になってしまっていて、新しい環境での忙しさを言い訳にやるべきことサボりまくって、いろいろ物事の本質を見失っていたよなぁ……」くらいの凹み方をする。なお、サリーに「これ、私が日本で通っていた大学でお世話になった恩師の作品ですよ」と言ったら「え、ちょ、マジで、あんたイッセイミヤケの弟子だったん!?」と目の色変えられたので「違います、映像作家のマサヒコサトウのほうです」と返したのだが、いったい彼女(ソーシャルアイコンがきゃりぱみゅ風プリクラ)はどんだけ日本贔屓なのか。

でまぁ、40手前にもなってまだ二十歳の頃に思い描いた何者にもなれていない己の至らなさ、中身の無さに凹みながら、AIGA主催、大好きなイラストレーター、クリストフニーマンの講演会へ行ってきた。今週こそエリックの授業に顔見せに行かないとと思っていたのだけど、前日になって「空席有り」のニューズレターを受け取り矢も盾もたまらずサイン会チケットまで購入。悔いはない。想像以上のドイツ訛りで冒頭いきなり「I don’t like collaborating.」と言って会場を沸かせる。デザイナーとして働いたあとイラストレーターになった人で、忙しないニューヨークを逃れて妻子とともにベルリンへ移った、とかいう物語にもいちいち隙がなくて、はー、好き。基本的に書籍『Sunday Sketching』の内容をスライドに起こしたものをめくりながら軽妙に自分の人生と仕事について語る感じ。後半は学生と若き人々に向けて「自分にまだまだ満足できない? 練習しろ!」「アイデアが湧かない? 作れ!」と檄を飛ばす。おっしゃる通りです。おかげでだいぶ元気になりました。学校ゴッコは所詮は学校ゴッコであって、学校に通っている期間こそが人生の夏休みのようなもので、ここを楽しみ尽くして卒業したら、いよいよ自分のペースで二本足で立って暮らしていけるようになりたい、私も。そう思うような名講演だった。最後の最後はラジオ番組で聴いたセンダックの電話インタビューに捧げるアニメーションを流して、会場全体しんみり。ここに日本語対訳があるので是非どうぞ。「Live your life」はその締めくくりの言葉。

うきうき帰宅すると、シカゴカブスとクリーブランドインディアンズの試合中。見入っている夫のオットー氏(仮名)、シカゴ優勝が決まるまでほとんどろくに口をきかず「おおおおおー!」「名試合! 名試合!」「ぎゃー!」とかしか言わない。翌日のドミトリの授業では、声の大きなJが「つーかさ、そもそもカブスって何?(Actually I don’t even know what Cubs is.) 今朝のCNNニュースでチラッと見ただけよ」と言い、カナダ人のSとO、インド人のAが「あんた……非アメリカ人でも知っとるがな……」という衝撃に引きつった顔で笑っているので私も一緒に笑う。デザイン女子とMLBの接点なんてその程度です。いやトロントッ子のAsは秋学期前半ずっとブルージェイズのジャンパーで登校してたけどな(宗教)。2限のDavidH、先週サボったままとくにフォローアップせぬままでいたら、今までのニコニコ優しい態度から一転して目が笑ってないちょっと冷たいあしらいを受け、やっぱりサボりはよくないね、と反省しますた。

金曜1限はエミリー。50分くらい遅刻してったけど自習なので無問題。というか私この人の授業を完全にナメきっているのにミッドタームで(他の頑張ってる授業と同じ)Kudosが得られてしまって意味がわからない。いやしかし、遅刻したとはいえファイナルプレゼンテーションのスライド準備万端で行ったのに、他の子たちはまだ本日ファイナルのはずの課題を手元で作っている。つまり全員がそれぞれの方法でナメているのだった。PDF版ポートフォリオを見せて校閲的なチェックをしてもらう。ちなみに英文法はまるでノーチェック、動詞の言い換えを一つ指示されたくらい。これは別に私の英語が華麗に美しいからではない。そのくらい「要求される基準値」が低いってことです。面接でも「この文章、全部自分で書いたのか? すごいじゃないか」とか言われる。だんだんわかってきたんだけど、彼らは単純なスペルミスなどのほうがよっぽど厳しく見ていて、日本の教科書的な文法構文や、あるいは言い回しがプロっぽいか否かは、二の次ですね。まぁでも言われてみれば、私が外国人の書いた日本語の文章を読むときにも同じだと思う。漢字が違っていたらまるで意味が変わっちゃうので直してあげないといけないけど、文意さえ取れていれば人称や敬語がメタクタでも全然よし、みたいな。

加えて、「普通なら人称の混在については直させるところだけど、あなたの文章は三人称ベースでたまに意外なところで一人称や二人称の語りかけが混ざるのが、ふと私的な心情が吐露される感じでとてもいいわ。親しみやすさを与えられるし、このままでいいんじゃないの」と言われる。全然気づいてなかったけど、これ、日本語で文章を書くときのクセ(というか、読み手に引っかかりを与えようと思って長年開発してきた技法)がそのまま英語に出ているんだなー。エミリーはこういう「若い学生だったらここで世に送り出す前に矯正かますけど、あなたくらいトウの立った大人は、今までの経験を活かして自己判断でのびのびやりなさい」みたいな物言いが多くて、ああ、最終学期だなぁと思う。ほんの一年前には「まず無印良品のノートを買いましょう」から指導の始まるジュリアの幼稚園クラスにいたと思うと感慨深いです。だがしかし「ソーシャルアイコンをレターヘッドに使うのは許さない、絶対にだ」とそこは厳しく言われたので、あんまり気に入ってないけどロゴに差し替えた。

15時半から、一昨日クリストフの講演があったのと同じ学校ご自慢の講堂で、pictoplasmaというシンポジウムの一コマ、ジャンジュリアンの講演。同じ週にクリストフニーマンとジャンジュリアンに立て続けに会えるってすごい贅沢だと思いませんか!? 私だけですか!? しかし彼もまた、強烈なフランス訛りの英語で出オチ的なスライドで笑いを取りながら作品紹介、立て続けに作風そっくりの二人のイラストレーターの話を聞いて、そして二人とも「モノを見立てて絵を描く」系のシリーズを最後に出してきて、どっちがどっちだか混乱するわい。講演完成度の高さではクリストフに軍配ですが、彼はアメリカ人にウケるだろうと思ってわざわざトランプをイジってニューヨーカー相手に滑ったりもしていたので、「俺はただやりたいようのにやってるだけだ、そしたら成功してデカい予算でこんな面白くだらないこともできるようになったよ。は? 画材? 俺にそんな質問する? 普通のブラシでいいだろ」みたいな感じを、隠しもせず、臆面もなく、前面に出してくるジャンジュリアンはこれはこれでロックでよかった。

ついでにもう一人、たまたま同じ枠にいた、Martina Paukovaというスロヴァキア出身ロンドンベースの女性イラストレーターの講演も聴く。作品はそこまで好みじゃないんだけど、「腕一本で生きていく若くして成功した非英語圏出身者」の振る舞いとして大変参考になった。英語は半分くらいしか聴き取れないんだけど「みなさん私のことなんか知りませんよねー、でも女一人イラストで飯が食えてまーす」といった自虐的な自己紹介に始まり、「世界のどこからでも依頼が来たらなんでも描く、イケア・インドネシアからの依頼も受けた。全然想像つかないけど、とりあえず家具とか描いた」「こっちの仕事は数点描いて欲しいと言われて描き始めたのに、数十点作らされた、うんざり」「(あなたの描く女性はあなたに似ていますねと言われて)……は? あんな変な腕の曲がり方しませんよ。売るためには個性が必要だから平べったく描く作風でやってます」「苦労したポイント? 納期まで3日しかなかったから何も考えてない」などなど、歯に衣着せずに訥々としゃべるのが面白い(※すべて記憶のみにもとづく意訳です)。会場もバカウケである。質疑応答では「祖国スロヴァキアと比べて、大都市ロンドンで活躍するご心境はいかがですか?」という、まぁ普通に考えると「片田舎から出てチャンスを掴めてよかった、スロヴァキアにないものがロンドンにはあるから……」みたいな紋切り型の回答を期待している質問者に対して、「えー、そうね、あなたがスロヴァキアについて何をどこまで知ってるかによって返事が変わりますけど、たぶん話すと長くなるのでやめますね。ロンドンは、働くのにいい街よ。きっとニューヨークもね」と鮮やかに返り討ちにしていた。若くて英語が怪しい女子だからってナメられたらたまったもんじゃないぜ、言葉がマズいのは私のプロとしての能力や本来持ってる知性とは無関係だぜ、というオーラ。これはとても見習っていきたい。もっと自信をつけなくちゃなぁ。