diary

2016-11-28 / フィラデルフィア変態屋敷

11月25日から二泊三日でフィラデルフィアへ行って来た。宿だけ取ってチケット買わずに行ったのだけど、ペンステーションの窓口で発券するなり「この列車、あと2分で発車するから急げ! 乗り遅れるぞ、走れ!」と言われて、いきなりホーム(遠い)まで全力疾走させられる羽目に。そんなギリギリの切符売るなよ、と思うのが日本人感覚だが、まぁ間に合ったのでよしとする。特急で1時間半くらい。

初めて行ったフィラデルフィアは、想像以上に「古都」という感じだった。その名も「Old City」という地区が観光の目玉で、ガラス張りの施設に保管された独立宣言&奴隷制廃止の象徴であるリバティ・ベル(自由の鐘)とか、墓所の柵の外から覗き込んで賽銭を投げられる仕組みになっているベンジャミン・フランクリンの墓とか、はたまたベッツィー・ロス・ハウスという「星条旗を初めて縫ったババァの家」(※真偽不明の伝承)などがある。とくに三つ目の so what 感がものすごい。どこも大人気で見学者が大行列をなしているのだが、そこまでの愛国者じゃないので遠巻きに眺めて退散。街の土産物屋には「アメリカ建国ものがたり」「いえるかな? 大統領のなまえ」みたいな絵本やポストカード、歴代大統領の顔をかたどったマグカップやピンバッヂなどが売られているのだが、何を見ても「そのうちこの中にドナルド・トランプのグッズが混じるのかよ……」と暗澹たる気持ちになる。ただ、Penn’s LandingにあるThe Irish Memorialのブロンズ像は、この手の記念碑の中ではかなりよい出来で見応えがあったな。星条旗よりも「名も無き移民」を讃えるモニュメントにグッとくる。

シカゴよりさらに小さく、ボストンから学術性の高さを抜いた、「普通の地方都市」としか形容しようのない街並み。これからアメリカ国内旅行を続けるごとに、これ以上ないと思われる「普通」が、ますますどんどん「普通」になっていくのだろうな、と予想させる街並み。観光するべき場所はたくさんあるので旅行者目線だと「退屈」とは思わないのだけど、もしここに生まれ育ったら早く出て行きたいと思う街ではあるよな、と思う。名物のチーズステーキを食べて、街で一番オシャレだと評判のMenagerie CoffeeやらP.S.というビーガンカフェやらの店構えがなんとも「ニューヨーク風」だったことに少々がっかりしたりして、アイリッシュパブでビールを飲んだり、イタリア料理やイギリス料理を堪能したり。


butcher's son. #philadelphia

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それ以外、何をしていたかというと、二泊三日のうち二日間ほとんどを、バーンズコレクションで過ごしていた。残りの時間はフィラデルフィア美術館とロダン美術館で過ごしていた。フィラデルフィアへ行ったというより「泊まりがけで美術館へ行った」という形容がぴったりの旅だった。行く前までは「えー、私、印象派とかぽわぽわした感じの絵って苦手なんだよねー、マネ以外いいと思ったことないよ」と大変消極的な姿勢だったのですが、いやはや、バーンズコレクションはすごいですね。圧巻です。変態蒐集家の執念を感じる。特定ジャンルに苦手意識を持っている人ほど見に行く価値がある。よその美術館で一点か二点くらいフランス近代絵画を見てもフーンとしか思えず全然ピンと来ないの、あんたのせいじゃないですか! いい作品ほとんどあんたが自分ちに飾って非公開にしてたからじゃないですか! とツッコミが止まらない。

やはり、「個人美術館」の良さと、「邸宅美術館」の良さと、「特別企画展の常設」みたいな良さとを、すべて兼ね備えているのが素晴らしい点だと思う。たとえば大英博物館などへ行くとあまりの物量に「なんでもかんでも盗品ぶんどって並べればいいってもんじゃねーぞ」と思ったりもするわけだが、バーンズコレクションの場合もはや「ルノワールさんちでかわいくしてもらえた子はみんなバーンズさんのお屋敷へお嫁に行けるのよ」という『ミネハハ』みたいな話なので、本人たちが幸福ならそれでいいじゃないか、という気分にさせられる。屋敷全体が美しい人間の営みを一つ一つピンで留めていった昆虫標本みたいなんだもの! まぁ合間にスーチン作品とか挟まってるし怖い部屋はマジで怖いのですが。細かく区切られた小部屋に一面びっしり並べられたレイアウトの一つ一つにオタクの狂気を感じて、本当に、良さしかなかった。そして、もののついでみたいに置かれているジャックリプシッツの彫刻が、どれも本当によかった。後からあれこれ調べたけれども、やっぱり私がよいと思うものはほとんどがバーンズコレクション所蔵だったという。おまえ本当そういうとこある。

一日目にバーンズ観たあと、二日目にフィラデルフィア美術館観て、三日目またバーンズに戻ったのだが、二日目の「大衆に開かれた美術館」を巡っているとき、明らかに己の絵画鑑賞ヂカラのステージが一つ二つ上がっているのを感じた。一日目に「ガチオタの変態屋敷」で得た近代絵画への知見が即効で活かされている。それがいい効果なのか悪い効果なのかわからない。ただ私はもう印象派を見ても「苦手」だなんて思うことは二度とないだろう、というほどに蒙きを啓かれた。そして「バーンズさんのように、周りから何を批判されようがガン無視して引きこもり、己の城を築いて好きなものにだけ囲まれて幸福に生きて死にたい」と思いました。こんなお屋敷と比べたら、私は自分の家に、まだまだ嫌いなものが溢れているよなぁ。断捨離しましょう。

そういえば、元のお屋敷から市内中心部へ移転するとき、コレクションの移設は故人の遺志に反すると激しい反対運動もあったらしいのですが、新しい美術館の建物自体もとても高潔で居心地のよい空間だったと思う。ちょっと鈴木大拙館を彷彿とさせるような、水に浮く墓標。




2016-11-24 / 雨宮まみさん

 雨宮まみさんについて考えるときいつも浮かぶイメージがある。2011年の年末、初の単著『女子をこじらせて』の刊行に合わせて彼女は、「こじらせカフェ」というゲリラサイン会の告知をブログに投稿した。「特定の日時に喫茶店のテーブルに目印を置いて佇んでいるので、声を掛けてくれれば著作にサインをする」というものだ。

 新刊を買ってカフェへ赴くと、雨宮まみが一人でお茶を飲みながら私たちを待っていてくれる。書店や出版社の仕掛けるフェアとは異なり、彼女個人が一対一で、読者とサシで向き合う。面白いことを考えつく人だなぁと思い、当時勤めていた職場のパソコンでブラウザのタブを開きっぱなしにして何度も読み返した。誰が来るかわからないところにたった一人で立って、何が飛んで来ようとも「個」として受け止め、すべてをその場で打ち返す。そういう仕事を有言実行する人は、多いようで、じつは少ない。

 直接ご一緒したときの楽しい思い出以上に強固なイメージとして、私の頭の中にはずっとこの「不特定多数の訪いを待ち受ける雨宮まみ」の想像図がある。行ったことのない町田の喫茶店の、二人掛けのテーブルが、格闘技のリングのように思い浮かぶ。まるごと真似しようと思ったわけではないし、逆立ちしてもできっこないのだが、それは会社を辞めた後、私が「個」として世界と向き合う際の、お手本の一つだった。

 出版社勤務を経て文章を書く仕事を始めた、という経歴だけなら似ているし、時々ものすごく大雑把に一つに括られることもあったが、それはろくに顔を見比べもしないで姉妹を「似てる」と言うような無礼さであって、雨宮さんと私とは当然まるで違う。同じブランドで買い物をしても選ぶアイテムがこんなに違う。同じスタジオでプロフィール写真を撮っても仕上がりがあんなに違う。同じタイミングで同じ男を好きになっても、惚れた理由や愛し方がまるで違う(※ダグラス・カイエンのことです)。

 一緒にイベントに出演するとき偶然にまったく同じ赤いドレスを衣装に選んだことがあり、お揃いで真っ赤な口紅をつけようね、と示し合わせたのに、私が持参した口紅はクリアなツヤ感あるもので、まみさんはみっちりマットな女優っぽいやつだった。「これは私よりも岡田さんのほうが似合うだろうから」とアクセサリを譲ってもらったこともある。たしかに雨宮さんのテイストとは似て非なるもので、そして私には意外とよく馴染んだ。こんなにまるっきり違う人と、それでも幾つか共通点があるのは、大変喜ばしいことだと思っていた。

 直接親しくなった後も、私にとって雨宮さんは「待っていてくれる」人だった。集合時刻に遅れて文字通りお待たせしたこともあるけど、もうちょっと概念的なもの。対談中、次の発言がばっちり用意されているのに、こちらがとりとめもない話を終えるまでじっと待っていてくれる、とか。誰かと誰かを引き合わせる約束をしたら、全員の都合がつくまで忘れずに待っていてくれる、とか。

 あるいは旅先で買い物を頼まれたとき、雨宮さんに渡す包みが滞在中ずっとスーツケースに入っていて、彼女が東京でそれを待っていてくれるのが嬉しかった。同じ芝居を観て感想をシェアするのも楽しかった。彼女のほうがフットワークが軽いので、一緒に観るとき以外は大抵、私が待たせることになる。とあるタカラヅカの夜公演を観に行ったら、同日の昼公演を観終えた雨宮さんにお茶に誘われ、興奮気味に「んもう、今すぐ観て!」と急かされ、「ええ、今すぐ観ます」とツッコんだことがある。

 今年7月の東京出張中、またしても「今すぐ観て!」と薦められ、東劇でシネマ歌舞伎『阿弖流為』を観た。終映後、建物の外に出て、あー、これ早くまみさんと語らいたいなー、とスマホでメッセンジャーを開いた瞬間、万年橋の向こうからバッチリおしゃれした雨宮さん本人がつかつか歩いてきた。高らかに「ラブ・ストーリーは突然に」のイントロが流れるほど完璧な絵だった。たった十日間の一時帰国でこんな偶然って起こるだろうか、あまりの運命的な出会いに取り乱してキャーキャー騒ぐ私と対照的に、彼女はおっとり笑って「私、連日来てるからさぁ」とサッと夜回のチケットを買った。ちょっとだけ立ち話をして、いくつか先の約束をして、「また、日比谷かブロードウェイか、どこかの劇場前でね」と別れた。私にとってはそれが最後の挨拶なので、たぶんいつまでもいつまでも、とくに東京宝塚劇場のロビーの人混みに、ずっとまみさんを探してしまうと思う。

 私は彼女を待たせっぱなしだった。必死で追いかける局面もあったけど、私のいいかげんさが彼女のひたむきさに追いつくなんて到底不可能なことにも薄々気づいてはいた。多少モタモタしても彼女は余裕で待っててくれるだろうと、甘えていたところもある。あまりに激しく回転しているから、まるで静止しているように見えていた。facebookを開けばいつも彼女の更新がタイムラインの一番上に来ていて、大学のクラスメイトより頻繁に会っているような気さえしていた。

 まみさん、なんで死んじゃったの! 次帰ったときごはん行こうって言ったじゃない! 生誕40年記念祭の話を聞くの楽しみにしてたのに、40歳で死ぬってなんなん!? と言ったら、「ねー、あたしもびっくりだよー!」とからから笑いながら返事が返ってくる、気がする。それもまた私の脳内にだけ描かれた美しすぎる幻である。そんな勝手な「想像図」に満足してないで、なんでもっと自分から動いて彼女に会いに行かなかったんだろう。何度でもそう後悔するんだが、私はいつでも、回転が遅い。

 書籍化を前提とした連載、始まったばかりの新企画、ぷつりと途切れた近況投稿、どれを見てもまるで信じられない。もしも自分で自分の人生の幕を引くとなれば、あの人は全部の後始末を執拗に完璧にばっちり終えていくだろう。芸能界を引退する歌手がステージにマイクを置くみたいな、ああいう派手なセレモニーやるでしょう。いやー、ないでしょう、ないない。遺言状の準備はあったらしいけど、もしものことがあったらパソコンのハードディスクが自動的に爆破消滅する装置くらい仕込みかねないでしょ、デミフレアナパームぶっぱなしたいよねって言ったじゃん。これはない。こんなのってない。らしくない、全然、らしくない。「うっかりかよ!」とツッコミを入れることしかできない。

 東海岸時間で16日水曜深夜、訃報を聞いてすぐ、親しい人たちが一様に口を噤んでいるところへ、奇妙な文面のネットニュースがいくつも流れてきて驚いた。Twitterではそれが拡散されて大騒ぎになっていたけれど、俄かには信じられなかった。あんなに葬式を嫌がっていた人が突然亡くなって、公式発表が出るまで伏せておいてほしいという近親者の意向とともに伝わっているのに、なんでもう軽々にその死が何かの象徴のように報じられ、バーチャル通夜会場で評論の対象になんかなっているのか。信じられない、こういうの大っ嫌い、どうして静かにできないの、冒涜じゃないか、口先ばかりご冥福をお祈りしている連中は本当に彼女の書いたものを読んだことがあるのかよ。と、ものすごく腹立たしい気持ちになった。

 今まで便利なインターネットに甘えていたぶん、他でもないインターネットに手ひどいしっぺ返しを喰らった気分で、電話やメールといった内向きに閉じた連絡手段で共通の知人と話しながら、親指がずっと雨宮まみのトップページをリロードしていた。雨宮まみの急逝について私がモヤモヤ抱えているこうした憤りを、まみさんならもっと的確に言語化してくれると思ったからだ。朝5時まで一晩中リロードし続けたけれども、どれだけ待ってもまみさんの更新はなかった。あっそうか、本人が、死んじゃったからだ。と思い知るのに半日以上かかり、その間に彼女は荼毘に付されていたらしい。この目で見られなかったし、全然実感がない。

 それで、これはどこに向けて書けばいいのかわからないけれど、インターネット上に残っている雨宮まみさんの痕跡が、これからもずっと残されたままだといいなと思っている。「超いい表情だから絶対アイコンにすべき!」と言った写真が使われている、このプロフィール画面を私はまだまだ見ていたい。何か素敵なものにふれて感極まって検索したらずっと昔に誰より早くものすごい熱量で考えられる限りの感想をすべて書き尽くした記事を発見し「またid:mamiamamiyaか!」と何度でも打ちのめされたい。いつも新しく素敵な人たちを次々に紹介してくれて、先日もそのうち一人とニューヨークで献杯したのだけど、私と彼女のfacebook「共通の友人」欄には、ずっとまみさんが燦然と君臨し続けていてほしい。「最初の出会いってたしか2008年で、高河ゆんが描いた『CAROL』の下敷きでしたよね?」と思ってぐぐったら、こうしてすぐに当該tweetが見つかってほしい。

 遺された者の勝手な思い込みや想像図にまさる姿は、本人が書いた一字一句の中にしかない。たとえ出版社の刊行物が絶版になっても、アカウントは「個」のものだ。新規更新の停止が仕方のないことならば、過去ログだけでもソースを眺めていたいし、トラックバックを飛ばし続けたい。もう死んじゃった人に「消えないで」って言うほどアホみたいなことはないし、「私の胸には今も生きている」といった表現でしかない表現もあまり好きじゃない。でも街角でばったり会えないならせめて、インターネットで待っていてくれよ。

 吐き出さずにいるとこのまま美しい妄想の「イメージ」が上塗りされていくばかりで、実際には行きもしなかった2011年の町田の喫茶店にだって、行って会って人生相談でもしたかのような錯覚までおぼえてしまう。でも一方通行のまま「個」を「個」として受け取っただけなんだよね。しなかったこと、伝えなかったこと、そんなものの美しさにこんなに簡単に屈するんだったら、じゃあ物を書くっていったい何なのよ、と、私まで消えてしまいそうな気分になったので、今はわがままに自分の書きたいことだけ書き残しておきます。寂しいです、とても。

2016-11-23 / ももクロとサイダー

19日土曜。今に始まった話じゃないですけど「estela」のブランチが本当にヤバいんですよねー。ヤバすぎてヤバい以外の語彙を失う。そして何度来てもブラッドケーキとラムを食べてしまう。このブログたぶん「NYダウンタウン贅沢食日記」(※ただし日本人標準サイズ2人で夜100ドル以下、昼50ドル以下)とかにしたほうが断然アクセス数伸びると思うんですが、まぁアクセス数伸ばすためにやってるわけじゃないですし、気になった情報は適当にぐぐってください。旅行中の有閑マダムの日本語ブログみたいなやつとか、「イル・ブコの元シェフが手がける」「オバマ大統領が来た」「2014年開業で最高の店」みたいな記事がヒットします。今知りました。知らんで通っててすいません。


夜は友達に誘われて、ももいろクローバーZの「アメリカ横断ウルトラライブ」NY公演を観にタイムズスクエアのPlay Station Theatreまで。NY在住のガチ勢の方たちがチケットをダブらせてしまったそうでご相伴にあずかることができた。もちろん初めて。最前列を攻めるよりは会場全体の様子が知りたいので最後方の収録用カメラ脇にあるジャンプ不可のお立ち台に陣取る。有給取って遠征に来たという女子モノノフに「こんなこともあろうかと」と予備のペンライトを分け与えていただき本日限定あーりん推し。ちなみに隣も誘われて来た初参戦組だったらしいが「公式じゃなくてすみません〜」と言いながら使い込んだキンブレを振っていた。ここは本当にニューヨークなのか。

ざっと観た感じ、目立つ順番に「まるでももクロのことしか頭にない日本人モノノフ」「同非日本人モノノフ」「ジャパンカルチャー全般が好きでアイドルも大好きだから応援グッズなど一通り揃えて来た普通のオタク」「なんか楽しそうだからあんまり気合い入ってない丸腰で来たオタク(含む俺)」「わけもわからずとりあえず来ている日本人」その他という順番で、やっぱり二番目と三番目を観察してるのが楽しかったです。外国人客は盛り上げ上手、なんていうけどあれはあくまで一般論、はるばる海を越えて来たと思しき、頭おかしい、見た目もおかしい、ガチの日本人モノノフが存分に盛り上がって場を牽引しているからこそ、彼らもそれに倣って自我を解放できている、という感じ。オバンギャの皆様が率先して翌日に響かない適切なヘドバンの仕方を教えてあげないと若い子もなかなか暴れられない、というのに似ているか(似てないだろう)。なお二番目クラスタの人々は最前列に陣取っていたのか公演中は後方からまるで見えず実在を疑うレベルだったが、終演後にぞろぞろ出て来てロビーで大規模オフ会を始め、ヴィジュアルから何から圧巻だった。ヲタに国境はないな。

冒頭「夢の浮世に咲いてみな」(KISSコラボでMVが長添雅嗣&すしおのやつ)の後も、『セーラームーンCrystal』あり『ドラゴンボールZ』の「『Z』の誓い」あり、「いやー、背景に流す映像が豪華でいいよなぁ」という感想。このおかげで大掛かりな舞台装置が何もなくても「辺境のオラが町にもジパングのアイドル様が来た!」感がちゃんと出ている。もちろんガチ勢の皆さんはアニメコラボ以外の曲もたくさん聴きたかったのかもしれないが、「セーラームーンの曲、キタ〜!」って感じで喜んでる上述三番目クラスタの姿とか観てると、この演出が圧倒的に正しい。二次元から飛び出して来た少女たちが、二次元とは違う地球の重力の制約を受けながらも一生懸命に踊っている。背景にアニメが流れているから「手の届く距離にこの子たちがいることの有難味」が増す。子供の頃に縁日で観たスーパーヒーローショーなど思い出したりする。あと、日本の四季を紹介するというテイの着替えタイム演出(サポートメンバーが舞踊と祭太鼓でつなぐ)の間、みんな正直あんまり真面目に舞台を観てなくて、感想をおしゃべりなどしている、でも着替えた5人が出て来たらみんなウオーってなって一糸乱れずペンライト振って、なるほどこれが「アイドル」のための演出のメリハリかー、と新鮮でした。ミュージカルの現場だったら「おまえら闇広以外もちゃんと観ろよ総合芸術だろ」ってキレるところですが、文化の違いだからいいんです。

それで私は「まるで知りません」というテイで行ったのだが、掛け合いや振り付けが難しいということもなくその場で飲み込めてしまい(新曲初披露の場で予習大前提の盆踊りを踊らされたりしてきた場数でしょうか……)、知ってる曲が流れるとジーンと来て、そして知ってる曲が意外と多くて、いやー、気づかぬうちにずいぶん刷り込まれていたのだなと驚く。「サンタさん」のれにちゃんパート、ちゃんと客席乱入してくれてたらしいのだがイマイチわかりづらくて残念だったなー。そして明らかに元曲への思い入れゼロであろう、誰かに連れられて来てさっきまで大声でくっちゃべってたような客まで、曲中「ココ☆ナツ」のテンドンを理解して大喜びして一緒に踊っててウケた。そして「知ってる曲多くて嬉しかったけど、なんか、なんか足りてない気がする……」と思いながらアンコールしてたら、E2で最後の最後にさらっと「走れ!」歌ってくれて、これは超グッときました。いっつも大ラスなんですかね? 本当に彼女たちが海を走って来た感じがしたよ。

20日は吉田けえなさんと「ABC Kitchen」でランチ。ここ、日本人同士で来るといっつも(テーブルも用意できるのに)バーへ通される気がする……けど気にしない、気にしない。普段は昼酒を飲まないと決めているのだが、今日は特別にハードサイダーを頼み、いないところで二人を引き合わせてくれた雨宮まみさんに献杯。シリアスな話から可笑しな話まで、とりとめもないおしゃべり。

ハロウィーンの前までは街じゅうがカボチャ味のあれこれに占拠されるのだが、11月に入ると、街じゅうがサイダーの味になる。私は、このサイダーというものが、本当に好きでな……。見かけると飲んでしまう。Wikipediaを何度読んでも違いがうまく説明できないのだけれども、けえなさんと飲んだのは果汁が発酵してアルコール分が含まれている「酒」扱いのハードサイダー、日本だとフランス語読みの商品名「シードル」で想起されるものと同じ、林檎酒。でも炭酸のきつさはまちまちで、メニューでシャンパンのすぐ下に「スパークリング・サイダー」と記されていると、なかなかハードめ。一方でワインの横に記されていると、微発泡で甘い白ワイン程度の感じ。たまに「もはやリンゴ酢の域では」くらい酸味が強いものもあるが、それはそれで大歓迎。

とはいえ私が一番好きなのはやはり、単なる果汁100%リンゴジュースで、無濾過未発酵、炭酸はなく褐色で、強めのスパイスを入れてあたためて飲む、ホットサイダーである。例の「飲むアップルパイ」みたいなやつです。普通のジュースのノリでスーパーで安売りされているほか、喫茶店などで冬季限定メニューに加わる。アシが早いぶん自家製が美味い気がする。マーケットで見かけると不可避。そして、衣料品などの店舗が店の中でアロマキャンドルかなんか焚いてサイダー風の香料をふりまいていることがあって(Anthropology貴様のことだ)、あれはものすごいホリデー気分を喚起させて著しく財布の紐をゆるめるので恐ろしい。日本でいうと「甘酒」くらいの位置づけでしょうかね。春夏の間は頑なに置かない店も多いのだろうが、ニューヨークではアルコールとして東海岸の地ハードサイダーを一年中常備している店も増えてきているように思う。

21日は『クリーピー』と『キャバレー』(栗本薫で鹿賀丈史のほう)を観る。さばみそでサンクスギビング休暇の前夜を祝う。というのは言い訳で、22日火曜の宿題が全然できなかったのだった。この日はサンクスギビング休暇の直前で、学期全体のスケジュールの都合で、「火曜日だけど水曜日の時間割になる」というDesignated Day。世間一般には水曜の午後からが休みで、本番は木曜日。Sallyの授業だけ出て、しばらく自習してのち、日本人の女友達と二人で「Pata Negra」へ。ものすごい人気店なのに20時くらいから客が私たちだけになって驚いた。さすがのサンクスギビング休暇である。23日、24日は街がまったく機能していないので家でゴロゴロ過ごし、とはいえニューヨークにおけるそれは「いつもは満席で入れない人気店が空いている」程度の騒ぎであり、他の地域における「街全体が機能停止しており家に十分な食料を備蓄していないと死ぬ」感じとはずいぶん違う。「RUFFIAN」やら「Mogador」やらでごはん。25日からフィラデルフィア旅行。

2016-11-18 / デトックス

8日火曜1限はAnna、公園のリデザインについて「3案持って来て壁に貼ってプレゼンしろ(pin-up)」というので、3案見せたら、私だけ「どれもこれも素晴らしいアプローチなので、3案全部を組み合わせて、そうだ、全部やれ!」みたいな講評を受ける。これ、褒められてるんですかね!? それとも私だけが「3案」の解釈をなんか間違えてるんですかね!? たしかに他の子は「ビクトリア調か、アレクサンダーカルダー調か、あるいはピクセルを使ったデジタル調」みたいな振れ幅で、コンセプトから何から、まるで違うものを持って来ているのが多かった。私は「巨大タイポグラフィ(立体)、フェンス(垂直)、リボン(床に平面)」という3案で、コンセプトはどれも「公園としての存在感の向上(目立たせる)」みたいな話で。まあ組み合わせやすいといえばそうなんですが。4限は小さなプレゼンテーブルに集まって、一人ずつ簡単にプロジェクトの進捗報告をして、それが一巡したら20時くらいで解散。もちろん大統領選のため。

9日水曜のSallyは休む。夫のオットー氏(仮名)と大統領選についてあれこれ話す。まぁでも、夫婦で話したらずいぶん満足してしまう。積ん読していたトランプ関連書を読み始める。10日木曜は、DavidHのありえない遅刻休講。もー、てっきり大統領選でメンタル病んだんだと思ってたら全然違った上に「サマータイムが……」と意味不明の言い訳をしてマイペースにもほどがあるだろう(萌)。4限ドミちゃん、冒頭はAMCという物流会社のロゴをリデザインした顛末についてのスライド講義。ヒラリー支持だったAbが授業開始前から机に突っ伏したまま身じろぎもしない。マンガみたいなカケアミが渦巻いてて、誰も何も話しかけられない。プロジェクト進捗報告の際にも「本当に申し訳ないけど、先週の木曜日から何もできていないの」と言うだけで、また机に突っ伏していた。11日金曜1限、完璧に宿題を終えて行ったにもかかわらず、私のやってきたことが「次週までの宿題」として説明されてガックリする。チンタラしてるなぁ。12日土曜日、13日日曜日、私もチンタラ過ごす。夫が東京出張へ出かけていく。ガスレンジの掃除など。

14日月曜日、とうとう本格的に鬱っぽくなる。12時間以上寝た後で、ジュースクレンズ。6本のジュースと2本の水を飲むというプログラムなのだが、あんまり活動しなかったので腹も空かず、3本半しか飲めなかった。課題のために何本か映画を観ないといけないので、『トーチソングトリロジー』『ブロークバックマウンテン』『恋人たちの食卓』あと何本か、昔から好きなやつを再度観て、映画について書かれた本なども読み返す。体のデトックスには程遠いけど、心のデトックスにはなったんじゃないだろうか。とにかく眠くてひたすら眠り続ける。15日火曜日、起きると大雨で頭痛。地下鉄が遅れてAnnaに遅刻。一応、何かしら新しいものは見せたけど、ちゃんと作らずに「逃げた」感じ。残りはサンクスギビング後に見せることになる。ユニオンフェアでタコ3個で11ドルの昼飯。いわゆる日本の「小鉢定食」とか「3種のおにぎり弁当」に最も近い食べ物は、結局タコスになるのかもしれない。

4限、ドミトリが『WORK’16』を持って来てくれる。2015年度の学生の優秀作品集で、ドミちゃんが自分の授業から私の作品を推挙してくれて掲載されているのだった。「この子も、この子も、僕の生徒で、そしてほら、このページにはIkuが載ってるよー、うーんみんな優秀だねー」と大変ニコニコ嬉しそうなので「ドミがいい先生だからでしょ!」と返す(愛)。でも刷り部数があまりに少ないので学生はコピーを分けてもらえないのだった。宿題はプロジェクト4のラス前。3案くらいから絞れずにいるのを、一緒に話しながら選んでもらう。卒業するともうドミにこんなふうに相談できなくなっちゃうんだな、と思うと悲しい。

16日はSally、メトロポリタン美術館の所蔵作品をスライド風に仕立てて「She Loves You」の紙芝居調PVを作って提出。やや受け。15時に帰宅して猛烈に腹が減り、作り置きをベースにフルコース作って18時に食べる。普段は20時くらいに食べるんだが、ジュースクレンズで縮まった胃袋が時差ボケ状態で元に戻ったのだろう。明日の宿題は明日やろう、と思って爆睡していたら、ボストンの唐木さんから着信。取りそびれたものの起きてしまい、なんとなくfacebook見てたら、雨宮さんの訃報が目に飛び込んでくる。えー何それ悪い冗談が流行ってんなー、ポールマッカートニー死亡説みたいなやつ? なんか日本で新しいエイプリルフールでも始まったの? と、思っていたのだが、火葬前の挨拶に行くという友人たちのマジレスがばんばん流れてくる。電話、メール、ちょっと泣いて、あとは怒りで眠れなくなる。

17日木曜、朝とても起き上がれなくて2限DavidHのコマもサボり。大統領選から一週間経ってやっといろいろ立ち直ったところに何なんだよ! とにかく胃にものを入れて体温を上げねばと思い、タブネットで重めのラム弁当を買い、無理やり食べながら、UC5階のソファで作業。同じ姿勢のまま6時間経過していた。集中力が高いというよりただの無気力、トイレにも立てなかっただけ。4限ドミちゃんのファイナルプレゼンテーション、マンハッタンミニストレージの新ロゴデザイン提案。「1案に絞って来たのがえらい」と言われ、つつがなく終わる。とっとと帰ろうとするとHと話し込んでいるドミが「Iku、君は僕と話したくて待ってたんじゃないのかい!?」と言ってくるので「えっ、いや、今日はとくに話すことないよ……」と本音が出てしまう。かわいいなー、ドミ。自分が私と話したかっただけじゃねーかよ! マジで乙女感ある。

18日、起きたら授業開始時刻で、ただの寝坊で50分遅刻。でも自習につきお咎めなし。やる気しねー。今季の日記を書いてて思うんですけど、1年前の第一学期目、めちゃくちゃハードだったんですよ!? 成績も宿題も今季の比じゃないくらい厳しかったし、何より「遅刻すなわち死」って風潮があったのですが。もう卒業間近なのもあるし、時間割や講師の選定に失敗したのもあるし、何書いてもグダグダだな……一学期目の私の勤勉さを皆様に読ませたい……。日本人の友達が「SNSに書いてたの雨宮さんのことでしょ、心配になって」と声かけてくれる。でも寝坊はただの寝坊でした。麻婆丼食べながらファッションドローイング、例のファティマ・パルテノそっくりのモデル嬢が、Eの持って来たヴィクター&ロルフのたっぷりしたワンピースを着てたのが最高だった。衣装持ちのEにびっくりした新入生たちが「いったいあなた何者なの……!?」と詰め寄っていた。その正体は本業スタイリストでNYでの世を忍ぶ仮の姿はファッション科の学生、か。本業ライターだと見せびらかすものないよなぁ、私。夫が出張から帰ってくる。2Avのビール屋で雨宮さんに献杯。ちょい悪アレクザンドルのほうが消えて、粗相したブラジル移民の店員のほうがサヴァイヴしていた。

2016-11-08 / 大統領選

 水曜日と金曜日は、徒歩20分ほどかけて13丁目の校舎へ登校する。火曜日と木曜日は、少し遠い16丁目の校舎へ登校するので、少し早めに出て地下鉄を使う。一駅乗って、ユニオンスクエア駅で下車。16丁目寄りの出口を出ると、地下通路の壁にはびっしりポストイットが貼られている。11月8日の大統領選はドナルド・トランプが勝利した。多くのニューヨーカーにとって「まさかの」結果である。これからの四年間に何が起こるのか見当もつかない。怒り、悲しみ、恐れ、不安、人々がそれぞれの思いの丈を付箋に綴って貼り付けていく。「サブウェイ・セラピー」と呼ばれるこの営みは、選挙結果の確定した9日から市内のあちこちで自然発生的に始まった。地上へ上がるとそこはユニオンスクエアパーク、古来さまざまな抗議デモ集会の発着点として機能してきた公園である。

 16丁目の校舎に向かう道すがら、ヒラリー・クリントンの横顔をかたどったステンシル・グラフィティが地面に残っている。選挙当日の11日8日も火曜日で、朝の登校中に見つけて写真を撮った。「Madam President」と銘打ったこのステンシルは学校周辺のあちこちに出現しており、私以外にも写真を撮る人が大勢いた。革ジャンを着たカップル、杖をついた老婦人、休憩中の厨房スタッフ、スマホを構える誰も一様にニコニコしている。その夜、女性初の大統領が誕生することをみんな信じて疑っていなかった。

 火曜はいつも21時40分まで授業があるが、その晩の講義は1時間半早く切り上げられた。秋学期の初めからヒラリー支持のピンバッヂをつけていたクラスメイトは学校を休んでジャヴィッツセンターへ行っていた。構内のラウンジではプロジェクターで開票速報が大写しにされ、パブリックビューイングの準備が整っている。みんな気もそぞろで授業どころではないのだ。一方で、誰かが「まだ20時過ぎじゃん、飯でも食って帰ろうぜー」と誘うと、何人かが従っていった。歴史的瞬間を見逃したくないので、私はまっすぐ家に帰った。あとの体験は、世界中の人々と同じだ。

 毎週、火曜日と木曜日が繰り返されるたび、朝は同じ道を通り、みるみる薄くなっていく16丁目のステンシルを踏み越えて校舎へ向かう。あの夜、「飯を食って」帰った連中だって、選挙戦に興味が無かったわけではない。ただ、結果は見ずともわかっていると思っただけなのだ。去年の夏に東京から引っ越してきてからというもの、私はひたすら自宅と大学を往復するだけの日々を送っていた。朝9時から夜22時まで、校舎から一歩も外に出ない日もある。私が1年間ここで見聞きしてきたことはいったい何だったんだろう。それは「ニューヨーク」であって「アメリカ」ではなかったのだ。テレビの前で絶句しながらニューヨーク・タイムズの開票速報の針がぐいぐい傾いていくのをただ呆然と眺めていた。

 あまりのことに、とても宿題なんかする気になれず、水曜日は学校を休んだ。私以外にも欠席者が多く、講師もひどくショックを受けていて、まるで授業にならなかったそうだ。メンタルヘルスをやられた学生は健康課に行ってカウンセリングを受けろ、というメールが届く。誰も固有名詞は出さない。ただ「post-election」とだけ表現する。10日木曜日の授業は講師が30分以上遅刻してきたので休講。10分過ぎたあたりから腕時計を見ながら「こんな状況には耐えられない!」と悶え始め、荷物を掴んで教室を飛び出していったクラスメイトがいた。アメリカで生まれ育った白人の女子たちだ。「オバマがいなくなってしまうと考えただけで一晩中泣き通してしまった。Oh gosh, I’m f**kin’ love him!!!」と喉を詰まらせる彼女たちは、ユニオンスクエアパークの抗議デモ集会へ向かった。

 選挙権を持たない留学生たちは教室に残り、ただ黙々と手元の宿題を続けていた。私も当初は「デモより他にすることがあるだろう」と思っていた。いくらヒラリーの得票数が上回っていたって選挙結果は覆らないのだし、まだ就任後に何が起こるかも不明瞭な状態で抗議するのは筋違いじゃないのか、ただ不満をぶつけたいだけじゃないのか、と思っていた。しかし次第に考えを改める。愕然としているのは、公然と差別発言を繰り返す男がもたらす未来に怯える、被差別側のマイノリティだけではない。むしろ、若くてリベラルで裕福で高学歴な白人たちのほうが、よほどショックを受けている。いわゆる「勝ち組」として、この街で小さき者たちに寄り添い、持たざる者たちの分まで最大限ノブレスオブリージュを発揮し続けてきた彼ら彼女らのほうが、ずっと大きなショックを受けているようにさえ見える。心配。本当に心配。

 以前から言ってますがアメリカは「打たれ弱い」よなー……別に自分が打たれ強いとも思わないし、打たれ弱いのが駄目だとも言わないけど、幼い頃からアメリカというのはあらゆる意味で自分が所属するそれより無条件に「強い」集団なんだと思い込んでたので、露呈する脆さに面食らう感じ……。でも、私のクラスメイトって、たとえば9.11のときまだ別の州にいる幼稚園児だったとか、そんな世代なんですよね。これが初めてのアイデンティティ・クライシスだという子も少なくないのだろう。バーニーサンダースの熱烈な支持者もたくさんいた。アンチヒラリーを公言しながら、でも、大人と違って絶対にトランプには票を投じなかっただろう彼らが、今どんな想いでいることか。

 「おいおいなんだよー、頭のおかしな老人がトップ張る社会で個々にギリギリ生き延びながらなんとか社会を回してく、ってだけなら、私の出身国では日常茶飯事だよー!? 東京都ではこんな感じのおっさんが4期も都知事を務めたんだぜー!? いちいち凹んでらんねーだろ、お互い頑張ろうぜー!?」みたいに声を掛けてあげたいんだけど、誰も石原慎太郎のことなんか知らないし、何の慰めにもならない。あとはもう、次の四年で新大統領が「米長邦雄に連盟会長させてみたら一定の成果をあげたどころか意外とうまくいった」みたいな効果をもたらすことを期待するしかないよな。それで過去の振る舞いが帳消しになるわけではないし、思想に殉じて死ぬ人が出てくるとシャレにならないんですが。11日時点では、うちの大学にも、ポストイットで築かれた「嘆きの壁」が出現していたようだ。24日現在、まだまだ「壁」はポストイットで埋め尽くされている。

My school, The New School. #week1done #postelection

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 12日、学生寮でとうとうヘイトクライムが発生した。ユダヤ系女子学生の部屋のドアに鉤十字が描かれたのだそうだ。他大学はさておき、うちの大学でそんなことが起こるなんて信じられない、というのが正直な感想だ。ハンナ・アーレントのお膝元でハーケンクロイツの落書きとは、悪ふざけにもほどがあるだろう。本当に、マイノリティが「権利」以上に、度過ぎた暴行や正当化されたリンチで「命」を奪われることのないように、と、そんな心配をしなければならなくなってきた。デモに飛び出して行ったアメリカ人の学生たちは、そんな事態を食い止めるためなら自分が死んでもいいくらいに思っているかもしれないが、ちょっと頭を冷やして地下鉄乗ってブロードウェイ行って『レ・ミゼラブル』でも観てくるべき、学生の革命ゴッコがどんな顛末を迎えるか思い知るべき、って閉幕しちゃったんだった! となると『ハミルトン』しかないな……。

 ちょうど、とある媒体から留学体験について記事を書いてほしいという依頼が来ていたので、大統領選の結果を受けてニューヨークシティがどんな雰囲気に包まれているか、「私が見聞きした範囲」だけに絞って書いてみようと思っています。続きはそちらで。