diary

2017-09-04 / フリーランス1年生

■サイト更新について

またしても数ヶ月のご無沙汰、皆様いかがお過ごしでしょうか。前回更新時、フィードが不調と書いたのですが、記事のアーカイブ構造がガタガタになっていたことに気づかず放置したまま4ヶ月近く経ってしまいました。申し訳ない。パーマリンク設定をいじるのと同時に、要らんプラグインを入れたり抜いたりしたのがまずかったみたいです。公式サイトとは名ばかり、本人がWordpressでシコシコ作っているので何卒ご容赦ください。子カテゴリのリンク(当ページでいう左側の赤文字の幾つか)が稼働してない不具合は確認しています。その他、過去記事などのリンク切れがあったら教えていただけると助かります。本当はもうちょっとブログっぽい作りにして、もっと気軽に更新したいのだけど、そういうのは TwitterInstagram でやっています。

これを機に、今まで自動生成していた記事一覧を捨てて、ゼロから作り直しました。 ここね 。じつは私、2012年以降、仕事の全容をどこにもまとめていなかったんですね。正確に言うと、何か露出があるたびブログをこまめに更新することでそれに代えようとしていたのだが、結果はご覧の通り……。なので、一念発起して新規スプレッドシートを作成したよ。毎年の確定申告や年賀状送付のときにやるべきアレです。昔はスケジュール帳を見れば一目で把握できたんだけど、2015年に同じスケジュール帳で大学時間割を入れるようになってから、いろいろ崩壊したよね……。とにかく、見栄えよく自動生成すると自分でもそれが絶対だと思ってしまい、うっかり抜け落ちた情報に気づけないのがマズい、というわけで結局手動で並べ直しました。21世紀とは思えない。こちらも、手作業につきまだ完璧には反映できていないのだが、指差し確認しながら徐々に手を入れていきます。それにしても、2012年ってもう5年も前なのか。年取るわけですな。

■近況について(日本フリーランス5年生)

日本語圏では、一番大きいのは『オトコのカラダはキモチいい』の増補改訂版文庫を刊行すべくあれこれ計画中です。フライングで書誌情報が出てしまったようだが、さすがにあの刊行日程では出ないかな。で、ご注目いただきたいのは、文庫版が出てしまうということは、親本を購入することができなくなることを意味するんですね。雲田はるこさんの美しい装画にくるまれた、大きなサイズの単行本、在庫僅少となっております。買うなら今です。ここから!!!! あと外国語翻訳版のオファー、引き続きお待ちしています!! 私が英語で自己紹介すると一番食いつかれるのがこの本の詳細です、自慢じゃないけどめっちゃ需要あると思います!!

また、「キノノキ」で『天国飯と地獄耳』が再開して、今のところ順調に連載しています。もともと紙の雑誌『新潮45』に連載していたものですが、もう少し原稿がたまったら書籍にする予定。あとは、講談社「現代ビジネス」やKKベストセラーズ「BEST T!MES」などにも不定期で寄稿しております(本当は定期でなければいけない)。それから、「cakes」で秋から新シリーズの連載を準備中。そして「note」も整備して、有料コンテンツ始めようと思っています。しばらくお待ちください。『女の節目』書籍化が止まっているのはそろそろマズい。というのと、あともう一つ進行中の企画もある。「学校が!」という言い訳はもうきかないので、2015年夏からもろもろ滞っていたものを再スタートさせたいところです。

■近況について(米国フリーランス1年生)

今年5月の大学卒業からいろいろありましたな……。まず、二箇所勤めていたインターン先のうち、一つを円満退職して、一つとフリーランス契約を結びました。よそからもちょこちょこ臨時の声掛けをもらっては、新人グラフィックデザイナーとして活動しています。アパートメントの契約更新もして、幸い恐れていたほど家賃も上がらなかったので、もうしばらくはニューヨーク拠点で働きながら暮らす予定。「住むからにはアメリカ社会に爪痕を残す」が目標だったので、無署名とはいえ、手がけた仕事が実際に世に出ていくのは嬉しい限り。学生時代とはまた別の充実感があります。

学生ビザで米国滞在している留学生たちは「OPT (Optional Practical Training)」といって、大学卒業後、専門技能に関連した仕事に就くことができる。というか、これはむしろ「学業の延長線上で実地研修を積む」ための制度で、あくまでも学生ビザの本分「学業」の一環である、特別な就労許可となる。詳しく正確な情報はググッていただきたいのだが、「卒業したのに無職のまま滞在」も、「留学内容と無関係な就労(飲食店でバイトするとか)」もNGで、最悪は強制送還だと脅される。つまり、世界中から集まってきた留学生たちは「デザイン学部から発行される学生ビザで渡米したら、卒業後の期間は何かデザイン関連の仕事をしていないと米国にいられない」わけだ(※だいぶ意訳です)。一方の企業側はといえば、安い労働力として学生を雇うのは大歓迎。とくに留学生たちは就労期間を途切れさせるわけにはいかないので、たとえ無給でもインターンの口に飛びついてしまう。それがわかっているから、大手インターン求人サイトにある大企業の募集条件は、ほとんど無給のものばかり。ウチの社名を履歴書に刻めるだけ有難いと思えよ、という感じで、なんとも足元見られているんだよなー。(これは留学生のみならず、米国人学生も同じ。実態を目の当たりにすると、大手広告代理店やテレビ局、超有名ファッションブランドなどでインターン経験アリ! と言われても、フーン、と地蔵のような微笑みしか出ない。法曹界とか金融界とかはまた違うんでしょうが。)

で、以前書いたチャイナタウンのデザイン事務所は、プレイングマネジャーである社長のほか、正社員が2、3名いるほかは、全部で何人いるのかもわからないほど大量の「無給インターン留学生」を受け入れて人件費リスク皆無で回している職場だった。少数精鋭の経営者&社員が有象無象のバイトたちのシフトを組んで回すのは日本のコンビニや飲食店と変わらないだろうが、バイト相当の学生がほとんど全員無給なのは日本では考えられんよね。交換留学で来て下宿の決まってないフランス人とか、地下鉄の乗り方もわからないようなインド人とかをホイホイ雇って機密保持契約を結ばせ、ポートフォリオにも載せられないような作業に従事させ、新学期になったら辞める子たちの人数分また新しい子たちを採用し、なかなかにタコ部屋感があった。ちなみに私は英語には難ありだがビザ問題がないので、もう少しはマシな待遇だった。同じ待遇の米国人学生が一人いて、英語にもビザにも問題がないのにこんな職場で働いているということはそれは技能のほうに問題g……というか、在学中に結婚が決まって愚直に手堅く宮仕えの空きを狙っているという例。数少ない正社員のうちデザイナーはブラジルと韓国出身、英語ネイティヴではないが仕事の打ち合わせに支障ないという感じ。私の次の目標このへんか、と勉強になりました。

もう一つの会社は今年2月に創業したてで猫の手も借りたいベンチャー、インターン期間の終了と同時に正規雇用してくれるという約束になっていて、ウキウキしながらこちらから諸条件を提示したのだが、……「その金額では出せない」と言われたね……。ニューヨークの物価と、私の過去の職歴と学業実績(一応は首席卒業扱い)を鑑みたら妥当、むしろ良好な関係を築くためディスカウントしたつもりだったのだが……。日本相手の「副業」をやたら奨励してくれて喜んでいたら、どうも「腰掛け程度の賃金で働ける奴」と思われていたようで、結構ガッカリ。試用期間が長すぎたのかな。とはいえ、無い袖は振れぬのならば仕方ない、とフリーランス契約を締結。一応まだ籍を置いていて、固定給は出ないけど、呼ばれれば働いたぶんだけもらえる。ここはプロジェクトベースで動いていて、学生寮や音楽フェスティバルのトータルブランディング、新規開店する飲食店のコンセプトワークなどなど、建築家や映像作家とやりとりしながら、デザインだけでなくスタイリングとか何でもかんでもやる。たとえば自分の担当案件ではない お酒のCM映像 に、現場で手がすいてるという理由でモブ出演したりもする。笑。

並行して、あちこちで好条件の求人を見つけては応募して断られるの繰り返し、「うそ、私の希望年収、高すぎ……!?」(AA略)と不安になっていたのだが、そういうのって大半が経験者採用かつフルタイムでいきなり部下とかつくような役職なので、冷静に考えると全然向いてない。我ながら経歴が異色すぎて面接もその話で終わってしまうしな。もし私が20代そこそこの大企業の人事採用担当だったら「37歳、社会人学生、兼業著述家(ただし日本語に限る)」とか、得体が知れないからそっと落とすよ……。でもまぁ、会員制求人サイト「WNW(Working Not Working)」 (日本語記事だと ここ に言及されていた)の審査通過してからは、ぽつぽつ話が来るようになった。今のところ提示条件が断られたこともない。これはWNWサマサマなんだろうな。

渡米した頃から「日本語圏でフリーランス、英語圏でサラリーマン」という二足の草鞋が理想形で、大学在学中の就職活動もそこを目指していたのだけど、米国では社員でも容赦無くクビになり日本でいう「正社員の安定」とは程遠いという話も聞く。日本とはずいぶん雇用形態や待遇も違うので、フリーランスのままでもなんというか「サラリーマン感」はある。たとえば、私を臨時雇いしてくれた毎日常勤しているスタッフもまた、その会社の正社員というわけではなく古株のフリーランスである、ということが平気で起こる。みんながみんな「うちの職場」という物言いで、同じ釜の飯ならぬ同じデリバリーのピザを食い、決められた時間、決められた給料で、名前の出ない仕事に従事する。LinkedInでは「会社員」ということになっているが、ポートフォリオサイトでは「アーティスト」と名乗っていたりもする。ちょっと暇になってきたらよそで職探しをして、条件がよければそちらへ移り、どうも二度とここへ帰ってくる気はないようだと察されたところで「転職」扱いとなる。社員になりたい! 職業安定したい! と吠えていた舌の根も乾かぬうちに、「定収入」にさえこだわらなければこれはこれで気楽でいいのかもな、とも思い始めた。

この揺れ動く心境、数年後に読み返したら、「日本人っぽいー!」とゲラゲラ笑うのかもしれない。どうなるかわからないけど、現状メモ。つい最近まで目標が「採用初日にクビにならないこと」だったのだが、どこへ行ってもさすがにそれはクリアするだろうという感じの今は、「評判を得て継続して仕事がもらえること」が目標で、その次は「ネイティブと同等の条件で働けること」になるだろうか。雇用形態が正社員か否かより、こうしたステップアップが着実にできるかどうかが問題という気もする。

[ つづき ]

2017-05-16 / ブーツでプール(再投稿)

フィードの調子がおかしいのでテスト投稿のつもりでもう一日分。

昨年も同じことを書いているかもしれないが、だいたいこの時期に大学卒業式があること、陽気が「初夏」として落ち着いてくることから、「5月6月が夏の始まり」という感じが強い。陽気が落ち着いてくるというのは、気温が26度まで上がった翌日に4度まで下がったりすることが減る、という意味です。無茶だろう、無茶だよね。でも3月4月って本当にそんな感じだった。毎週ちょこちょこ衣替えをしないといけない。今はスプリングコートを持って出て、歩きながら脱ぐ、という程度の涼しくて気持ちいい陽気で、だけど突然の冷房に備えて足元は足首を守るショートブーツ。そんな期間が長い。これまたずっと書いてますが「すぐ半袖になれる服装+足元がっちりブーツ」という組み合わせは、頭寒足熱の観点から言っても合理的ではなかろうか。もちろん街中はもうみんなサンダルで歩いてるけど、私はまだ足首を晒すのにも勇気が要るよ。屋外プール、5月12日に開く予定だったのが、大雨のせいで延期になり、たぶんもう開いていると思う。でもまだ、入ると寒いと思う。そんな時期。日本の気候だとちぐはぐに感じられるだろうけど、そんな時期のプールサイドって、ブーツで立つくらいがちょうどいい。

昨日月曜日は「卒業祝いナイトクルーズ」という催しがあったのだが、日本人クラスメイト誘っても誰も都合がつかず、私も「風邪ひきたくない」という理由でパス。老婆か。大概のことはおひとりさまソロ活動上等ですけど、ナイトクルーズはねぇ。一人でドレスアップして行って同窓生にナンパされても、こちとら37歳既婚者ですからねえ。入学式のときはクラブのパーティー顔出したりもして、これまた、全学揚げての入学祝いだと年齢層がめちゃめちゃ若く、AAS(社会人学生)の私たちは二階から高みの見物をしている時間が長かった。若者は若いうちに存分に若さを満喫しておくことをおすすめする。

相変わらず、卒業の仕組みがよくわからない。依頼された原稿を書きながら整理しなおしてみた。私の所属は「The New School > Parsons > AMT > Graphic Design > AAS」なんですね。それで、下半分「AMT > Graphic Design > AAS」部分の卒業式は、私はもう終わってるんです。12月21日に、校舎内の小さな講堂にほんの十数名しか集まらないという略式の卒業式があって(他の子はクリスマス休暇で帰っちゃった)、ノリは「今学期で単位全部取得した人たちおめでとうの会」みたいなもの。そこでからっぽの卒業証書を渡され、本物の卒業証書は1月31日の前後に郵送されてきた。つまり私は「12/21卒業式、翌1/31卒業」ということになる。

ここからがややこしい。今、連日のように乱痴気騒ぎの誘いのメールが届いているのは「The New School」部分の卒業式なのです。それで金曜日、パーソンズのみならず、マネスもソーシャルリサーチも、全校あげて、2017年度に卒業する学生を全部、大学とは全然関係ない郊外にあるコロナパークのスタジアムに集める式典がある。「日本大学の卒業式、さいたまスーパーアリーナでやるよー! でかいよー!」って言われて、芸術学部デザイン学科の人たちがフーンとしらける、みたいな話ですかね(※日大の規模をよくわからずに書いてます)。15年前、一度目の大学卒業式でさえ待ち合わせてた友達の全員とは会えなかったなぁと思い返すに、この日は実質、行った先で何かするのは不可能に等しいだろう。もはや「空に帽子を投げるためだけにフラッシングくんだりまで行く」状態なわけです。毎朝フラッシングから通学してる子もたくさんいたので物理的距離だけなら「くんだり」なんて言うの失礼なんですが、心理的距離が、な……。しかもこの公園、私、以前にESLのグループワーク取材で行ったことあり、当日現地に着いたら他のメンバー全員にドタキャンされて、宿題を全部押し付けられたというひどいトラウマの地なんですよ。今なお思い出すだけで腹立つわ、あいつら。

それはさておき、さすがにそれだけだと配慮に欠けるという話なのか、校舎の講堂を使って「学部ごとの卒業式」も連日開催される。明日の午後ここで「AMT > Graphic Design > AAS」の卒業式が開催されるのだが、これはたぶん、12月下旬に私が体験したのと同じ、ショボい卒業式なんだろう。でも、どうせショボいんだろうと気の抜けた格好で行ってみたら周囲がみんな超絶ゴージャスだった、というのも癪なので(アメリカンパーティーあるある)、東京でブイブイ言わせてた頃の服など引っ張り出してきたところ(誇張表現)。

今日も自宅作業日で、なぜかというと二週間前にようやく、火曜水曜で入れていたインターンを終えられたからである。2月から日記が止まっていたためここには影も形も書かれていないけれど、チャイナタウンにあるデザイン事務所に通って、大学の学長就任10周年記念本のエディトリアルを手がけていた。といっても、さすがに別々の二箇所で「パートタイムのフルタイム」(語義矛盾)で働くというのはいろいろ無理があり、今の職場に一本化するためにこちらのオファーは辞退した次第。「辞めてよかった」しか感想がないのだけど、一箇所しか知らずに働き始めるとそこの常識がすべての常識だと勘違いしてしまうから、二種類のまるでタイプの違うデザイン事務所でインターンをしたのはよかった。会社に勤めるのは構わないんだけど、「カリスマワンマン社長とその他の下働き」みたいな構図の中小企業で「下働き」側をするのは、さすがにもういいかなぁ。私だけジュニアデザイナー扱いでゼロから完全に自由に作らせてもらって、他の「下働き」よりはずいぶん優遇してもらったんですけどね。若い学生上がりと同条件で一年契約は長すぎるよ。一年後にはもう少しマシな働き方をしていたい。……というこの気概も、そのうち忘れてしまいそうなのでメモしておく。

[ つづき ]

2017-05-15 / リハビリ、卒業週に

日記が滞っているうちに大学を卒業してしまうことになるので、もう何でもいいから書くことにしました。

土曜日は夕方から、坂本龍一映画祭こと「Forbidden Colours: Ryuichi Sakamoto at the Movies」に出かける。詳しくはTwitterに書いたが、『ラストエンペラー』が観られず、ゴネて教授&デヴィッドバーンのトークショーだけ見学、のち舞台挨拶付きで『御法度』観る。しっかしQUADシネマ、改装してきれいになったのはいいけど、ちょっといただけないなー。教授、とってもお元気そうでした。このひと英語で話すとお茶目さ倍増ですな。目礼交わす。帰宅後、黒ビールあけながら口直しに『ラストエンペラー』観る。

日曜日は、髪を切る。一年ぶりに予約入れたヘアサロンに一年前と同じフリーのスタイリストがたまたま居合わせたので切ってもらう。一年前にも思ったのだけど、なかなかよい。経験則的に「ショートカットに異様な思い入れのある男性」か「ころころ髪型を変える女性」のスタイリストが合うのだが、前者の典型みたいな人。予約さえ取れればまたお願いしたい。

東京ではもう10年以上ずっと同じ人に切ってもらっていて、帰国のたびに通っているので宗旨替えするつもりはないのだが、この髪型だとそれとは別に毎月のツナギ要員も必要で、ツナギとして有能な人を探し続けているのです。「全部壊して更地に俺様作品を建てたがる前衛オブジェ作家」じゃなくて、「改築工事のスペシャリスト」ですね。前者のタイプはあまり信用していない。私はなるべく「髪のことを考えずにすむ時間が長い」のが理想。たとえば「庭師」とかなら、そういう基準で雇って全部お任せにしている人もいると思うのだ。「美容師」にだってそれを求めていいよね、と考えている。

あと石川禅ソロコンサートの感想を更新した。大半の部分を書いたのは3月中旬なので、1ヵ月半ぶりに読み返す。我ながらキモい! でもこんな文章、手元で死蔵しているほうがもっとキモい! ので晒します。夫のオットー氏(仮名)から「我が妻ながら、これは、ちょっと引く」とゲッソリした顔の絵文字が送られてくる。前回1万2千字書いたときはあちこちで感想をいただいたのだが、今回は3万字あるので、さすがに感想も届かない。これを仕上げるまで日記は書けんなと思っていて、これを仕上げたので、日記も再開。

月曜日の朝、出勤中にテキストが来て「おまえ今週もう会社とか来なくていいから!」と言われる。そんなん言われても、もう6線乗っちゃったよ……TGIM(TGIFの月曜日版、朝食ミーティング)で早めに集まったP&Cが急に「そうだ今日からIkuに休暇をやろう!」と思い立ったのであろう。まぁ、事前に休みたい日と働きたい日を通告しておかなかった私も悪い。まだまだ若い会社なので、自分たちもつい数年前にはっちゃけた「Grad Week(大学卒業式週間)」をやたらと特別視している。もう何週間も前から「ドレス何着新調するの!?」「連日、朝まで忙しいよねー、クッタクタになるまで遊ぶもんね」「ちゃんと友達たちと連絡ついてる?」とか言われて、文化の違いに面食らう。どのパーティーにどの友達と繰り出すかをスケジューリングするのがそんだけ大変なのかよ。これだからパリピは。

まぁでも特別休暇をいただけるのは有難いことなので、そのまま6線に乗ってメトロポリタン美術館へ。もちろん、『Rei Kawakubo / CDG』の展示がお目当てだったのだが、う、うーん、これは……どうなの……? いや、一点一点は素晴らしいですよ、まとめて観られるのもいいことです、だがしかし、なんというか、「ここはFITミュージアムか?」って規模なんですよね。うまく言えないのだが、キュレーションが変態性に乏しい。ファッション展示としてきちんとしている、しすぎているような。前評判がすごいというだけで、私もっと『China: through the looking glass』とか、『Manus x Machina』みたいな気合の入りようを期待してしまっていた……けどまぁ冷静に考えたらCDGだけの展示だったらこうなるか。いやしかし、見応え的に2000年の東京都現代美術館『三宅一生展』くらいのものは……期待してたのよ……。それが作家性の違いだといえばそうなんでしょうが、ここでまで華麗なる肩透かしを食らうのか、という、突き放された感じがした。それで、出口のところにPLAYのポップアップショップができていて、信者がみんな限定のTシャツだかスニーカーだか買ってて、しかも向かいの特別展示室の企画は『Age of Empires』なんですね。やー、なんというか……「METはん、この初夏は中国人のお客さんが増えてウハウハでんなぁ」みたいな感想が先に立ってしまった。サーセン。あでも『Age of Empires』の、「中華版ノアの箱舟」みたいなコーナーとてもかわいかったです。相対評価になって申し訳ないが、まったく何の期待もせずに、もののついでに観たものすごく地味な『SEURAT’S CIRCUS SIDESHOW』が、もんのすっごく良いように感じられた。一点の作品を展示して、その周囲に時代背景や資料や習作をぐるっと配置してあるだけ、それだけなんだけど、川久保玲の一着のドレスでコレが見たいよ、という感想。

時間がいくらあっても足りないので、セントラルパークを縦断して、南側で正午にタイヌードルで昼食を摂り、午後はまるまる、WeWork w57th St.で作業。建物の入館時には別途サインインが必要と言われたが、21時に出るときにはメンバーズカードが使えた。初めてなのでと一応挨拶したら、受付のヒップスター髭のお兄ちゃんに「たとえ個室を使わなくても、来るなら予約を入れろ。今回だけ許してやるが」と言われて、ちょっと感じ悪かったなぁ。こんなん次から黙って来るわ、と思うけど、黙って入ったらそれはそれで「ウチのもんじゃねえだろ」とか言われるのだろうか。同じWeWorkでもさまざまだな。Soho Southの雰囲気がよすぎるんだろうなー。「WeWork」の使い勝手についていつかどこかに改めて書きたい。設備が完璧に同じでもコーヒーにはうまいまずいがあるとか。期限切れのポテチを無料配布してたので食べたら腹がふくれてしまい夕飯抜き。

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2017-03-06,07 / 石川禅3rdソロコンサート

■はじめに

 行ってまいりました「石川禅3rdソロコンサート」。2015年5月「1stソロコンサート」から約2年、2016年9月「2ndソロコンサート」から半年、本当に久しぶりのソロコンサート。ほとんどこのためだけに海を越え、コーラも飲まずクリームもなめず、2017年3月6日(月)ソワレ、3月7日(火)マチネ、3月7日(火)ソワレ、全通しましたよ。結論から言うと「地球の裏側から来た甲斐があった」この一言に尽きます。
 海外在住者は後援会活動が難しく、出演作品だって今までのように頻繁に観劇することはできない。こんなに長いこと生の舞台を観られずに、ミュージカル俳優のファンを名乗る資格があるのか? と歯がゆい思いをしていました。それでも、年に一度か二度はこんな機会があって、そのうち何度かに一度は私も観に行けて、それだけでこんなに、ここまで、幸福な気持ちになるのならば、やっぱり私は、どこまでも禅ちゃんのファンなんだなぁ、と思えます。このソロコンサート企画が続いていることに、遠方から、誰よりも深く感謝したい。
 今回会場へ足を運べなかった人のために、あるいは過去公演がどんなだったか知りたくて検索して辿り着いた未来のファンのために、憶えている限りのことを書き記しておきたいと思います。帰国後、忙しく過ごしていたらあっという間に二ヶ月も時が経ってしまい、一方で分量は3万字から減る気がせず、ずっと塩漬けしていたのですが、そうこうするうち日本では次回出演作『パレード』が開幕してしまうので、もう観念して手を離します。
 全三公演分の感想をまとめて書きました。便宜上、全三公演について「一回目」「二回目」「三回目」と表記しています。二回目だけメモを取り、細部は新鮮な記憶をもとに綴っていますが、公式の映像記録などがあるわけではないし、どれも一度観たきりの個人の主観にもとづくもの。話半分にお楽しみいただきつつ、もし明らかな間違いがあったらご指摘ください。(2017/5/13記)

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2017-02-16 / 仕事始

またしても一ヶ月以上、間があいて申し訳ありません。正月の威勢の良さはいったいどこへ消えたのか。気づけばもう二月も半ばを過ぎている。

35歳過ぎてからの、米国東海岸への、社会人留学同士、という意味で、ボストン在住バークリー在学中の唐木元さんのブログ( http://d.hatena.ne.jp/rootsy/ )をいつも楽しみに読んでいるのだが、彼もやはり進級するにつれ忙しくなってきたらしく一月の日記はほとんど更新がなく、あーわかるわかる、商業原稿もあるとなかなかねー、とエア相槌を打っていたら、そちらは久しぶりに更新されていたので、焦る。

あと、ワシントン在住のOL某さんが始めた「アラサー女の東海岸一人暮らし」( http://dcdemorouhi.hatenablog.com/ )が毎回めちゃくちゃ面白いので、これまた焦る。あーーーー、私も引越当初のあれやこれやをちゃんと書いておくんだったよーーー! と反省しきり。私の場合、「日本→アメリカ」のカルチャーショックはすぐに消えてしまって、割と早くに「東京≒ニューヨーク」の共通点探しモードへ移行してしまったのだが、「基本的に親切じゃない(から親切がしみる)」とか、「ヤバい地下鉄車両には乗ってから初めて気づく」とか、「風呂が浅い」「戸棚が高い」「チップに迷う」みたいなことへの文句、もっとフレッシュなうちにつらつら書いておくんだった。

正月帰省を兼ねた東京滞在の最終日、打ち合わせでおしゃべりしまくった挙句に見事に喉風邪をひき、1月20日に帰国後、時差ボケと体調不良に生理痛が重なって、二週間以上ずっと臥せっていた。ありったけの日本製市販薬を服むも効果なし、加湿器をガンガンかけても咳で眠れず、朦朧としながら日付の感覚がなくなるまでベッドの上で寝たり起きたり。ちょっと具合がよくなると出かけていって人に会い、米国製の特効薬の情報など教わるのだけど、帰って来ればまた悪化して翌日はダウン。といっても、実際は半分以上が「医療費が高いから医者にかかりたくない=プロの診断を仰げない」という不安からくる鬱々とした状態だった気がする。

「ひとりぐらし病」と呼んでいる症状がある。働き盛りの独居独身が一度風邪をひくと異様に気分が落ち込んでこじらせてしまい治りが悪くなる。誰かちょっとした看病をしてくれる同居人や、横で笑い飛ばしてくれる家族がいたら、もっと早く回復できるのにな……と思い嘆きながらも、咳をしても下痢をしても嘔吐しても一人で、もくもくと己の汚物を片付けては病欠明けの有給休暇が消えていく、例のアレである。今は二人暮らしだけど、二人して同時に風邪と時差ボケにやられていたので、ちょっと「ひとりぐらし病の二乗」という感じがした。

学校があればまだしも虚勢を張って日々をやり過ごせていたのだろうが、なんとこの朦朧とした期間のうちに、気がついたら大学を卒業してしまっていたのだった。なんだよそれ、とお思いでしょう。私もびっくりです。元日の日記に書いた通り、「12月末までの秋学期で卒業必要単位全取得」したけども「卒業式は5月中旬」という宙ぶらりんな状態で、23日から始まる春学期はサークル活動や単位外のワークショップなどに顔を出しながら、学校周辺をうろついてのんびり職を探そうと思っていた。ところが、大学の規定では、私の公式な卒業日は「1月31日付」ということになっていて、そこから先は結局やっぱり「卒業生」扱いであることが判明する。

もうね、まず、キャンパスに入館できない。エントランスに学生証をかざしてもゲートが開かない。家で寝ている間に学生証が期限切れになっていたのだ。もちろん、即発送されると聞いていた卒業証書はまだ届いていないし、オンライン学生ポータルでは「春学期の学費を未納の学生」というステイタスなのに、である。学生証を発行する部署では私はもう卒業生扱いで、学費請求する部署ではまだ学生扱いで、双方の連携がまるで取れていない、みたいな話。まじアメリカ!!

この問題を解決するには、入学時に学生証を作ったのと同じIT窓口へ出向いてカードを切り替え「同窓生ID」を再作成しないといけないのだが、卒業生へ向けてそうしたアナウンスがなされることはいっさいなく、自発的に個別に問い合わせて初めてそのアンサーが明かされる仕組みである。そもそも1月23日からの第1週は普通に校舎へ出入りして他学科の授業へもぐりこんだりできていたのに、翌週から建物にすら入れないっておかしくないか。しかも窓口の警備員ごとに応対が違って、「先週までこの学生証を使ってた5月卒業生なんだから、入れてよ〜」と頼めばゲートを開けてくれるおっちゃんもいれば、決まりは決まりだと絶対に許可してくれないおっちゃんもいる。セキュリティ何の意味もない。

時間に余裕のある今学期に講習を受けて使いこなせるようになっておこうと思っていた大学設備あれこれ(レーザーカッターや3Dプリンタ、ダーストやリソグラフなど)も同窓生IDでは予約が取れない可能性があり、ずいぶん制約が出てきそう。こんなにハシゴを外されるとわかっていたら、昨年までにもうちょっと動いておいたのに! と後悔する。もろもろズルズルしているうちにあっという間に5月になってしまうんだろうな。

学校に追い出されてしまったのと前後して、秋学期半ばで中断していた就職活動を再開し、本日からソーホーにあるデザインスタジオでインターンとして勤務を開始した。先週日曜の夕方に履歴書を送ったら、1時間後に「会いたい」と返信が来て、翌月曜にたった20分間の面接で「他の子たち全員断るわ、木曜から来てねー」と即採用。決まるときはすぐ決まるもんだなと拍子抜けする。

ボスはプラハ出身のイケメンで、名前をGoogle検索すると「あの人気モデルが電撃同性婚!」というゲイニュース記事に「お相手の一般男性」として登場してファンたちの嫉妬を買っているイケメン(二度言った)。あと西海岸出身の美女がマーケティング担当で、建築&インテリア設計担当とエンジニアが数名いて、ボスの下で実働するグラフィックデザイナーは私のみ。少数精鋭部隊と言えば聞こえはよいが、典型的なブラック・ベンチャー企業である。日曜夜のメールに即レス来る時点でお察し。アメリカ人は定時で帰って家族との時間を大切にするって聞いたのに! と震える。パートタイムかつインターンの私だけは定時出退社させてもらえるのだが、フルタイム社員はみんな深夜まで帰宅する気配がない。各プロジェクトのことを「our babies」と呼んでいる。かわいいかわいい赤ちゃんを育てている新米のパパママたちだから、手がかかって当然、という意味。たぶんみんなアラサーで、一番下っ端の私が最年長。こういう若くて勢いのあるスモールオフィスに勤めた経験がないので、何もかもが新鮮だなぁ。そして職場の第二公用語がチェコ語。でも今とりかかってる案件のロゴはイタリア語。

世界に名を轟かすような大企業の採用には応募しても応募しても面接通知すらもらえず、行ったら行ったで最終面接で落とされたりして、あるいは友人や先生の紹介で仕事のコネクションを紹介されてもなかなかうまくいかず、とはいえ英語圏でのサバイバルスキルを身につけたいのだから日系のデザイン事務所に行くのではきっと意味がない……という調子で、ずいぶん長いことうろうろ悩んでいたので、何はともあれ、大変ニューヨークっぽい職場で卒業後の人生をスタートさせることができてよかった。

ところで今日は奇しくも「 #DayWithoutImmigrants 」という催しの日だったのです。「ほらね、移民がいなくなると生活が成り立たないでしょ?」という、トランプ新大統領へのリアル「どくさいスイッチ」作戦を実行する日で、飲食店などではずいぶんストライキがあったみたいだ。この街で移民として働き始めた第一日目が「移民抜きの日」というのは、なかなか感慨深いものがある。ちなみに私の就労可能ビザは昨年の9月11日に発送されてきた。これまた忘れられない数字である。

1月の日記はそのうちまとめて箇条書きしておきます……。商業原稿のあとで!

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