diary

2017-10-30 / 情報の整理整頓

突然ですが告知をば。来たる11月4日(土)、「NY若手日本人勉強会」という団体が主催する第40回目の勉強会に、講演者として登壇します。大きなテーマは「編集者という職業」。第一部は八木橋恵さん(GQ JAPAN NY特派員)による『雑誌編集者の未来』、第二部が私で『情報の整理整頓』と講演タイトルをつけました。第三部には小暮聡子さん(Newsweek Japan記者)を迎えて、3名での対談形式で進行します。内容紹介を頼まれたので、こんな文章を書きました。

「情報の整理整頓」 岡田育(文筆家・デザイナー)

 かつて東京の出版社に勤めていた元編集者で、今は主にエッセイを書く文筆家で、ついでにニューヨークで働くグラフィックデザイナー、あるいはブランドコンサルタントでもある。複数の肩書を持っていると、さぞや劇的な転職をしてきたのだろうと思われるでしょうが、私自身は、ずっと同じように働いている感覚です。渡米に際して今までとは仕事の軸足が変わり、自分の強みはいったい何なのだろう、と考えました。情報の整理整頓をする人、という定義は、そのとき生まれたものです。
 雑誌の編集や小説家の担当をしていた時代のこと、私自身に担当編集者がつくようになって痛感するその有難味、あるいは、編集者という肩書を起点に新しい職業を自分で作ってきた過程についてなど、ごく私的な経験をもとに、お話しできればと思います。特別鼎談の登壇者、三者三様の「違い」もお楽しみに。

参加登録はこちらから……といっても、当日の会場情報などの詳細にアクセスするためには、会員制Facebookグループへの承認が必要となるそうです。ボランティア運営であること、席数が限られていることなど、趣旨をご理解の上、ご登録ください。

渡米直後、右も左もわからずにいた学生の頃、この勉強会には何度かオーディエンスとして参加させてもらいました。今までの講演者は一流の方ばかり、会場も大変オーセンティックな場所でして、実質無職の私は、みんなちゃんと地に足つけて異国でバリバリ働いていてすごいなあ、と気圧されたものです。二年経った今も実質無職は変わらないんですけど……。ニューヨークで知り合った同い年の編集者三名、普段は裏方仕事ばかりのメンツが飲み会で意気投合し、「この三名、ワンセットでよければ」と表舞台への登壇を承諾した経緯があります。「勉強会」としてためになる話ができるかはわかりませんが、トークイベントとしては、なかなか面白いものになるんじゃないかと思います。

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2017-10-29 / 我ら息絶えし者ども

25日はデザイン仕事の打ち合わせのあと、「英語圏で仕事する際のモヤモヤについて日本語で愚痴をこぼすプロフェッショナルの会」というようなものへ参加。今回が二回目なのだが、みんな話が面白い。とくに、若手経営者たちの生々しい話を聴けるのがいい。「人を雇う」というのは、私はたぶん今後もしないことなのだけれども、人を雇っている人たちの言葉は、やっぱり重みが違うよな。誰かの人生を背負って働く人々は、掛け値無しに尊敬できる。一方、大きな看板を背負って雇われながら働く人たちも、ただ雇われているという以上の使命感を持って働いていて、その感じについてはかつて私自身も熱く抱いていたものなので手に取るようにわかり、直に触れるととても懐かしい。初めて行くラオス料理の店と、テーブルにエイ革を張ったカクテルバー。

26日は講演会のリハーサルがあり、直前に結構頑張ってスライドを作ったら、それで半日も過ぎてしまってびっくり。もう一つの心配していた仕事はつつがなく終わりに向かっている様子。立派なマントルピースのある独身女子の部屋へ上がり込んで、豪奢なすき焼きをごちそうになる。

27日はファッションドローイングワークショップへ。とある人へ『オトコのカラダはキモチいい』を手渡しに行く。そこでの立ち話から生まれた「#日本の漫画とファッション」という研究プロジェクト、一も二もなく実施決定。「こういう話をするといいのでは?」「この漫画のこと忘れてない?」といったご意見ご感想、以下のTwitterにリプライするかたちでコメントをいただければ反映させます。そのうちアンケート調査などもしてみたいけれど、まずは勉強会の開催ですね。

ここまで連日、日本語で日本人と話す日本語漬けの日々。本当はよくないんだよなと反省しつつも、一つ一つを足がかりに、英語圏オーディエンスに向けてできることを積み重ねていきたい。時間がたっぷりあるだけでもダメ、黙々とインプットするだけでもダメであり、もちろんだから、闇雲にアウトプットしているだけでもダメなんである、たぶん。

28日は、月末で閉まってしまうガヴァナーズアイランドを再訪。ピクニックポイントは「パンプキンポイント」と名称を変えていて、島内至るところにカボチャが転がって、大人も子供も仮装して、トリックオアトリートを満喫していた。我々ものんびりそれに参加していたのだが、途中で停めておいたレンタル自転車を盗まれてしまう。若い黒人男女のカップルで、途中で追いついて問い詰め、「こちらが金を払ってるんだから今すぐ返せ、この番号の自転車に紐づいた支払い証明のチケットもあるんだから!」と怒ったのだが、ものすごく堂々と表情一つ変えずに「これは私たちが買ったんだ」と虚偽の主張、挙句にスマホで私の顔を動画に撮り始め、最終的には漕いで逃げながら、半笑いでこちらに向かって侮蔑音を鳴らす始末。悪ガキは悪ガキだなぁ。キツネ目のジェスチャーこそされなかったが、アジア人のオバハンなんかに逃げ足で負けっこないと思ってるんだろうし、仲間内に動画をシェアして笑い者にするんでしょうな。

もちろん狭い島内のことなので、貸出所へ出向いて正当性を訴えると話が通り、ちょっとディスカウントで精算を済ませてのち、屈強な男性係員が「どっちへ逃げた?」とだけ訊いて、自転車でスッ飛んでいった。本物の捕物帳はここからだ。しかしまぁ、見つけたその場で自分で「口論」に勝って引きずり下ろせなかったのは、やっぱり無力さを感じますね。そんなのこれからも一生ずっと、無力感に苛まれながら生きていくんだろうけど。日本語圏では私だって日本語ネイティブの若者というだけで万能感を持っていたのだから仕方ないが。

言われてみれば私、英語で「議論」はさておき「喧嘩」をしたことがない。こんなときいつも、クラスメイトの子がボーイフレンドとの至極どうでもいい痴話喧嘩を重ねながら、どんどんスピーキング上達していったのを思い出す。ネイティブの人々は「恋愛ついでに英語を上達させようというのは絶対によくない、時間を無駄にするだけ、ちゃんとした有償の先生につくほうがずっと近道だ」と言うんだけど、それはさておき、口喧嘩スキルを上げる機会だって必要だと思うんだよなー。若者に怒鳴り散らされてちょっと怯んでしまったのだが、正当性はこちらにあるので、あそこで怯まないスキル、本当に大事なのよ。

日曜は朝から天候が崩れた。日本も台風らしいが、こちらもなかなかの暴風雨。週末かけて『ハウスオブカード』は最新最終回まで追いつき、ついでに夫のオットー氏(仮名)のために「秋のエリザベート祭り」を開催。帝劇『エリザベート』2016年版(Black)宝塚歌劇『エリザベート』1996年初演版と特典の歴代「死ねばいい」ダイジェスト映像(そんな趣旨ではない)、ついでにネットに落ちていた石川禅フランツの扮装映像やら、山口祐一郎と井上芳雄の「闇が広がる」やら、あれこれ見せる。前回の「夫を育てるミュージカルDVD祭り」は今年の7月4日よりも前だったようで、次回はまた少し時間を置いて、『王家の紋章』でも見せたいなー。『レディ・ベス』も映像化が決まって嬉しいですね。

「やっぱり万里生はお歌が上手だねぇー」と言われるたびに「でも禅ちゃんはここもっとミラクルメイクでマザコン皇帝っぷりと演技込みの総合力では負けてなかったから! ちょっと戦争とか指揮してみたいボクちゃんのもぎたてフルーツ感やばかったから!」と何度も何度もうるさく言ったせいだろうか。成河ルキーニが出てくるたびに「成河! 成河! 成河! 成河!」とオタ芸していたからだろうか。あるいは夫婦で闇広ダンスの練習を強要し、一発宴会芸「山口祐一郎の真似」(見えない緞帳衣装を揺らしながら両腕を大きく広げてベイマックスを抱きかかえるように前後にニャンニャンする)まで仕込んだせいだろうか。それとも、轟悠ルキーニと無印良品の部屋着姿の夫を見比べて「ちょっと何なの、同じボーダー柄でもこの着こなしの差! まるでダメ、全然違う、同じ男なのに! って理事様は女だけどな!」とdisったからだろうか。「君、さっきから『うわぁ〜、お花様きれい〜』しか言ってないですけどな、冷静に考えてもごらんよ、20年前に息子ルドルフ役だった香寿たつき様が、20年後に姑ゾフィー役やってんのに、お花様はお花様でずーっとシシィなの、怖くない……?」と怪談を語ったせいか。

最終的に夫は疲れ果てて夕方から知恵熱を出して寝込んだ。悪夢に魘されているようだった。ごめんね。オットー氏のためにしたことよ。すべて彼のためにしたことよ……。

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2017-10-26 / ブルックリンからの青い花

引きこもる日々。15日は先日見つけた学校近くの「villanelle」でブランチ。雰囲気に呑まれて昼酒飲んでしまう。夫のオットー氏(仮名)はワールドシリーズ進出かけたヤンキースの応援を続けていた。負けちゃって残念でしたね(←野球場に行った日から後はほとんど全然観ていない)。日本は選挙。遠くから眺めていたけれど、日本の人とやりとりをするのに会話に挟むことを忘れてしまう。遠くから眺めている日本は、三つか四つくらいの階層に分断されていて、うまくそれぞれを繋げることができない。天気の話をする人とは天気の話ばかりしていて、政治の話をする人とは政治の話ばかり、アニメの話をする人とはアニメの話ばかり、そういう感じ。

Skype会議が続く。私はいつも通りノートパソコンの画面に向かってハンズフリーで話すのだが、先方はiPhoneのアプリで「電話をかける」ようにして話しているという。「電話をかける」は、ここ数年でめっきりしなくなったことの一つ。携帯電話には毎日きっちり数件ずつ、まったく知らない州外の番号から不在着信が来る。受けてもほとんどが間違い電話かセールス勧誘なので、すべて無視している。実際の知人とのやりとりはすべて、繋がると同時に誰だかわかる仕組みの各種メッセンジャーで執り行われる。つまり私の人生にとってもはや「電話のベルが鳴る」はエラーのようなもので、煩わしさだけが増していく。子供の頃、知らない人から電話がかかってきて親に取り次いだり、親しい友達からの電話を待ったり、時間にお金を払うという仕組みにピンと来ず公衆電話でどんどん硬貨が減っていくのに驚いたりした、あれらがすべて過去のことになってしまい、これから先の人生でうまくその機微を思い出せるのか、自信がない。

たまにウキウキと電話を取るのは「Uber Eats」のデリバリーが届いたとかそんなときくらいで、ヴィーガンカレーの店と、ジャマイカ料理の店。外で食べると多いなと思う量を、最初から家で食べるとぺろりとたいらげてしまう、どちらもちょっと食べすぎた。遅ればせながら『HOUSE OF CARDS』のシーズン5を日本語字幕付きで観始める。一番最初をDVD購入で観始めたので、そのままずっと続いている。はー、ポルノです、ポルノ。ケヴィンスペイシーとロビンライト主演の、男と女がくんずほぐれつ、大変よいやおい3Pドラマ。

『宝石の国』も追いかけ視聴してますが今のところ素晴らしいですね。月人のBGMが『かぐや姫の物語』の「天人の音楽」と同じでなかったことだけが納得いかないけど(同じはずがないだろうが)(原作漫画読みながらずっと頭の中で鳴らしていたから)。

『ユリイカ』2017年11月臨時増刊号「総特集◎志村貴子」(10月28日発売)にエッセイを寄稿しました。正直言って、私に依頼が来たことにちょっと面食らったのですが、女子校出身者で男役経験者という立場から、杉本恭己の失恋と井汲京子の結婚について書いています。ふみちゃんやあーちゃんのことは他の方がたくさん、多角的に書いているはずなので。書いてみたらやたら長くなってしまって特集全体のお邪魔になっていないか心配ですけれども、私が言いたいことは全部、2016年のアルバム『ブルックリンからの帰り道』であの人が歌ってくれています。

「女の子が 女の子を 好きになるのに ゲイである必要はない」(友部正人「from Brooklyn」)

やっぱりでもこのことをちゃんと理解するのに在学中ではあまりに時間が短く、もっとずっと長い歳月がかかるのですね。あの頃のまるで集団催眠みたいな状態についてずっと「疑似恋愛」という言葉を使っていたんだが、それはそれで不正確だったかもしれない、と思う今日この頃。「私はレズビアンではないのだが、」というのをなんとか説明しようとして、同性愛者の尊厳を軽視するような言動になったこともある。言動には反省しているけど、説明はしつこく続けていきたい。それは同性愛者が「私は異性愛者ではない」を説明しようとするのと同じで、人類全体でみて多数か少数かに関係なく、お互いに、当たり前のことではないし思考停止してよいものではないと思っているので。その意味で、『青い花』は同性愛者の恋愛だけを描いているのではない、というのが意外と大事なポイントだと思っている。

ちなみに原稿には書かなかったんだけど、私は正直やっぱり『青い花』が苦手で、そう思う理由の9割方が、奥平忍(あきらの兄)の存在なのですね。『青い花』が好きだと言うと、奥平忍の存在を許したことになるようで、そこにどうしても抵抗があるというだけ、だけなんだが、漫画的に過剰に気持ち悪く描かれているにしても、ちょっと見の絵柄がかわいいからこそ、心底ゾッとする。それもまた志村貴子作品の大事なポイントなんだけど。あーちゃんがふみちゃんを好きになるのに、兄という生身の男性の存在が影を落としていると思いたくないんだが、兄がいるせいでそうも読めてしまうのがつらい。女の子が女の子を好きになるのは、女の子が女の子を好きになる、それだけであってほしい。ゲイでもゲイでなくても。

ところでこの街に暮らして、オノヨーコとも坂本龍一とも小沢健二ともすれ違うのに、まだ友部正人とすれ違えていないのはどういうことなの……。やはり私も走るしかないのか、ニューヨークシティマラソン。

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2017-10-19 / 絶やさない

このところ在宅作業が続いていて、日記を書くモチベーションがまるでないのだが、「日記をやめる」ことができない、という感じの病に罹患し続けているので、何かしら書く。絶やさない。何もしないけど絶やさないことだけをする。

10月8日は「Elsie Fest 2017」というフェスに行ってました。ダレンクリス主催、セントラルパーク開催、「ミュージカルオタクのためのワールドハピネス」という感じの規模。いや、盛った。規模は京浜ロックフェスティバル。究極のインドア派であるブロードウェイオタクたちが集って「ドレミの歌」で大合唱したり、アランメンケンメドレーに狂喜したり、そんな音楽イベントです。基本的にノリは「再結成だよ! 『Glee』ファン感謝祭」であり、私はちょっと正直そこには乗り切れなかったんだけど(だって隣で大号泣してる子とかいるんだもん……じつは全話観てないとか口が裂けても言えんわ……)、隅々まで本当に楽しかった。夏っぽいイベントはもうお腹いっぱい。打ち止め。

13日の金曜日、ファッションドローイングワークショップのあと、QUADシネマで映画『TOM OF FINLAND』を観る。夜はミッドタウンに移動して、「Basso56」という店で11月に登壇する講演会の打ち合わせ。『TOM OF FINLAND』はもしかしたら今後、日本語字幕付き配給上映がないかもしれないと思って慌てて観に行ったのだが、フィンランド語のパートが多く、そこは英語字幕がつくので、とても観やすかった。そうか、ヨーロッパの映画とか、もっと映画館に観に来ればいいんだな、英語字幕ついててアメリカ人も英語字幕で観るんだから。と当たり前のことに気づく。最初の二年間はそんなこと考える時間もなかった。映像が美しいんだけど、お話はとてもベタに作ってあって、私はそのベタさがとても好きでした。マイノリティとアメリカ、祖国と約束の地、死と未来。『アリージャンス』のことなど思い出す。

14日はパーソンズ美術大学の同窓会と称して、総勢7名の宴会。「Tableside」でハッピーアワーのグラスワインを飲み、「UpState」で牡蠣を2ラウンドしてフェトチーネで〆、「Vaci e Vendetta」でダラダラ二次会のち、0時閉店間際の「Van Leeven」に駆け込んでジェラート食べるという、イーストヴィレッジのはしごフルコース。大人数で「UpState」なんて狂気の沙汰だと思ったが、6名席までなら意外と行けた。「Vaci」は架電など不可能なので、会計後にダッシュで先回りして円卓席を確保、他のメンバーにはLINEで位置情報送って追いかけてきてもらう。ということをしたんだよ、と夫に言ったら「編集者という病……!!!」と爆笑される。まぁたしかに、なんで私が後輩たちのために走り回ってアテンドして「接待」してんのかよくわからん。でも「Still House」の前辺りを走ってるとき、CM撮影の現場に入ったとき以来の「わたし、生きてる……!」という実感に襲われたので、まぁ好きでやってんですな。全員から「どの店も美味しくて、いいエリアですねー」と言われたので「接待」大成功、満足である。だが「Vaci」はオペレーションが最悪だから土曜の夜でも必ず空いていると踏んだだけで、事前に予約さえ取れたならもっといい店はいっぱいある!

「Van Leeven」のパンプキンスパイスは、「スーパーヒーローに、変!身!すぅ!る!」(by小沢健二)と歌いたくなる味。昔も書いたかもしれませんが、ハロウィーンって結局、コスプレパレード以上に「香り」と「味」だよなぁ、まぁ、クリスマスも突き詰めるとそうだけど、クリスマスについては終了後も余韻が長く(なんなら冬の間じゅうずーっと)続くので、ハロウィーンとサンクスギビングをテキパキ過ごしながら期間限定フレーバーを早めに堪能するというのは、この国においてとても貴重な、季節を感じられる行為。

どこででも話しているのは、「女が性を語ること、女が女の手によりメディアを編んでそれをブロードキャストすること、すべてが社会の意識変革につながると信じている」というようなこと。そんなの当たり前じゃん、と言われるかと思いきや、日本語でも英語でも、まだまだ伝わらない部分が多くて歯がゆい。先日、ある日本人女性から「セックスの話は、夜に酒を飲まないとできない」と言われて、大変カチンと来た。仲の良い相手だから思わず声を荒げて、「昼日中からセックスの話ができないのはなぜなのか、あなたにそれを『できない』と思わせているものの正体は何なのか、胸に手を当てて考えてみてほしい。『婦人公論』の編集者だった頃から、『オトコのカラダはキモチいい』の文庫化作業をしている今まで、私はずっと、その『何か』と戦い続けている」と答えた。いつか伝わると嬉しい。そんな気持ちのなか、はるばる日本から川上未映子責任編集『早稲田文学 女性号』をようやくゲットしたので、これからじっくり読ませていただきます。

昔やって全然うまくいかなくてやめてしまった「tweetのよりぬき」でもしてみましょうか。クリックするとそれぞれのスレッドに飛んでいって、ちょっと引くほどの長文が読めます。秋の夜長にどうぞ。

▼一般人の承認欲求が加速し続けるとどんなババアが生まれてしまうのか想像もつかないという話。

▼池上線が無料乗り放題になったときの五島帝国臣民(東急電鉄沿線住民)の話。

▼BLの話。昔、「BL苦手な腐女子」を名乗っていたことがある。今も気持ちはあまり変わらない。

▼最近、自称オウンドメディアから目を疑うような依頼が増えていてその「裏」を想像した話。

▼日本人女子が海外で受けるナンパについての考察。

▼岡村靖幸が(意外にも)息が長くずっとかっこよく居続けているという話。

▼秘密選挙と、投票行動をSNSで書くことについて。

▼オタクあるある、としての「二次元限定性癖」の話。主に近親姦について。

▼HIPS「夜をぶっとばせ」が、『オトコのカラダはキモチいい』の原点だったのでは? という話。

▼「登場人物として神の設定に背く」のは楽しい、という話。

▼「VR技術に期待すること」と「面白さ」の難しい関係。

▼ストリートスナップを受けて咄嗟にポージングするのは無理ゲー、という話。

▼精神科医と、精神疾患治療中の18歳女性との性行為は「醜聞」か? という話。

▼「死んだら書簡やゲラよりもtweetを有難がってほしい」という話。

▼骨格診断から、おしゃれ日米比較のような話。

▼Adobe Senseiによって変わるのは「プロ養成学校の教師(せんせい)」、という話。

▼ヤンキース田中の通訳の話。

▼愛し愛されて生きる帝国劇場と石川禅、という話。

▼「CDを聴く」行為のボーホー性を、ボーホーでも億劫がるようになる、という話。

▼ジュリー下戸さんがヴィトンの財布を買ったので、私も買い物の話がしたくなった話。

以上。どれもちょっとしたコラムくらいの長さがあるんだから、全部ブログに書けばいいのにね。でもブログにいちいち書いてる暇がないくらいには、目の前のことに貧乏暇無しなんですよ。本当に。

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2017-10-06 / みたびの秋

日付の感覚を失っていた一週間がやっと終わった。前職とのちょっとした揉め事など解決しながら、新規の仕事を全部受けようとしてToDoリストがとんでもないことになりながら、手元ではひたすら終わらない『ユリイカ』の原稿を書いていた記憶しかない。とか言いつつ書き出してみると結構遊んでいるな……。

9/29(金)はSANNGA projectの展示会「Fabrics! Beyond Boundaries!#2」へ。急遽変更になった会場は参加作家であるSAYAKA DAVISのスタジオだった。というか、以前に演劇のインスタレーションや映像の展示を見に来たところ。Smith-9th Stsから歩いてすぐのところで、渡米直後の訪問では「な、なんて遠いところへ来てしまったんだ……空が高い……」と思っていたのが、2年経った今来てみると「ちょ、マンハッタンから至近にこんなに広いスタジオ、いいな……便利……」とまるで感想が変わる。南仏バケーション絡みでドレス買ったりコート買ったり散財したので、今秋冬はもう財布の紐を締めるぞ……と固く決意していたはずが、もちろんそんな簡単にはいかず、褒め上手なかわいいショップ店員さん(?)の激賞に気をよくして、SAYAKA DAVISのニットと、CALICOのシルクストールを購入。またどこかで自慢します。

一本で乗っていけるはずのオレンジ線が遅延だというので、Gに乗り、Cに乗り、Aに乗り換えて、ヘトヘトになりながらSimpleStudioにてFIT日本人同窓会主催のKichi先生講演会。大遅刻したら講演会は半分以上終わっていて、懇親会だけめっちゃエンジョイしてさっきまでショッピングしてた買い物袋を片手にニースのおみやげ渡したら、「贅沢!」と怒られた(笑)。いつものコリアンガーデンで打ち上げ。今秋のパーソンズ新入生だという子が「私、SFCの福田研なんです!」と言うので驚く。出身高校が姉妹校というパーソンズ生はいたけど、出身大学学部が同じというのは珍しい。

9/30(土)、今まで食べた中で一番おいしいカエルを食べる。そしてホールフーズで安売りしてたTERRAのチップスが美味しくてハマりそう。『浪費図鑑』『新しい分かり方』の献本が届いたのはこの頃だったかな。それぞれ開封した途端、あまりにも食べ合わせが最悪で笑う。まぁ、どちらも両方送っていただけるのが私である、ということで。

10/1(日)、Sculptors Alliance主催、Natsuki Takaujiキュレーションの彫刻展示「METAL」のクロージングパーティーのため、KちゃんEちゃんと待ち合わせして、「ガバじま」ことガヴァナーズアイランドへ。初めて行ったけど素晴らしい場所だった。マンハッタンからフェリーで5分10分、のんびりした田舎町にワープしたような雰囲気で、自由の女神も摩天楼も至近距離で眺められる。10月末で閉まってしまうのでもう一回くらい行きたいな。なおラスベガス銃乱射事件があったのはあったのはこの夜。

10/3(火)はWildCard(ヤンキースvsミネソタツインズ)。夫のオットー氏が奮発したプレミアチケットで、バックネット裏の最良席。「何ここ銀橋じゃん! SS席じゃん!」と言うのだがヅカネタは通じない。ホームゲームの1回表で3点取られたときのお通夜っぷりったらなくて可笑しかったが、その後ちゃんと獲り返して8-4でヤンキース勝利。20時プレイボールから0時頃の試合終了まで、歌ったり踊ったり起立したりハイタッチしたりとせわしないとはいえ、基本座りっぱなしなのでやや寒い。8回くらいでホットチョコレート買って暖を取った。まずいチョコレートを溶かすとおいしいホットチョコレートになる、という感じの、紙くさい、甘すぎない、懐かしい味。

4日(水)はオカキモチ文庫化作業のSkype会議。日本時間の午後に合わせて、深夜0時から明け方4時まで。今までは日本時間の深夜に合わせて、東海岸時間の午前中にすることが多かったのだけど、くたびれ度合いはどっちもどっち。11月下旬に東京で著者三人で何かできるとよいねという話をして解散に。ええはい、私、次回は11月下旬に日本へ帰ります。帰れることになりました。つまり……『レディ・ベス』大阪公演に遠征もするぜーーー!! 旅に生きる流れ者、とは俺のこと!!(最初に言うのがそこか)(お仕事のご依頼もお待ちしております)

Instagramのニース旅行写真日記は一段落。前から作ろうと思っていた別アカウントも作成しました。街中で見かけた、番地や表札やその他の数字を蒐集する「Wild Numbers」というプロジェクトです。本当はミニサイズの写真集作るつもりだったんだけど、いつまでも作業しないので取り急ぎSNS。困ったときのSNS。

学校にも通い直すことにしました。といっても授業を受けるわけではなくて、二学期目からずっと参加していたKichi先生のファッションドローイングワークショップに、引き続きモグリ学生として参加する。数ヶ月ぶりに行ったキャンパス、今までと変わらない光景なんだが、私だけが「授業時間割」にそって動いていないから、その自由さが不思議な感じ。扉を開けてみたら、たしか同じ年次で卒業したはずのBFA生のAとかAAS生のEとかも来ていて、まだ授業を取っているような取っていないような、仕事の合間に息抜きに来ているようなことを言っていた。なんだ、結局みんなそうなんじゃん。というわけで、曜日の感覚を身につけるために、そして手を動かすことを怠けないように、金曜午後はアナログドローイングを頑張るぞ。後輩とも仲良くなれるといいな。絵日記はこちら

7日(土)はLAから仕事で来ていたニキータと、初対面のTinyさんと「Bessou」でランチ。二人とも働きづめでぐったりしていた。NYの贅沢スパをすすめ、新日本プロレスをすすめられて、解散。かつての後輩にして今はマルチに大活躍する在米フリーランスの大先輩であるニキータに「イッコさんもう四年か五年かは居るような気がしてた!」と言われたが、まだまだ日米の切り替えや両立がうまくいっていない。そろそろ寒くなってシャレた靴なんか履いてられなくなるよねと言いながら、まだ革製のヒールサンダルなど履いていられる陽気が続く、みたびの秋。
 

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